第5話



 ルカリオが棺のふたを落としたので、ほこりが周りに舞ったが、そのうち落ちた。
 しばらく沈黙が流れる。
 空っぽの棺。
 デスマスはおろおろ。
「空っぽ? そんなバカなことあるはずがないでっす! これはご主人さまのご遺体をおさめたもので……」
 ルカリオは、びしっと棺を指さした。
「でも亡骸が入ってないのは事実だろ。本当に、お前のご主人さまとやらは、ここに埋葬されたのかよ?」
「間違いないのでっす! アタクシはちゃんと見てましたからっ。というか、どうしてあなた棺を調べる気になったのでっすか?」
 デスマスの言葉に、ルカリオは首を振って反論した。
「お前の話に矛盾があったのを思い出したからだよ。お前の話だと、トレーナーの死後、あの石もポケモンも一緒に埋葬したと言う。そして、地震が起きた後、石が大丈夫か確かめるために石棺から取り出して調べたとも言った。でも、俺が最初にここに来た時、波導で石棺を調べたんだが、最初から空っぽだったんだよ。亡骸も何にも入っていなかったんだ」
「……」
「お前、さっき、棺が空っぽのはずが無いと騒いだ。だけど、石の無事を確かめるために石棺を開けて中を調べたなら、当然亡骸が先に目につくはずなんだ。お前が俺に見つからないように喰ったり隠したりしたんなら話は別だけど。……なあ、本当のことを話してくれよ、この棺には最初から亡骸なんて入っていなかったんじゃないのか? 石だけが残されていて、亡骸は他の場所に埋葬されているんじゃないのか?」
 デスマスはしばらく黙っていた。空気が重苦しい。ルカリオはその重苦しさをはらうために、言った。
「本当のこと言ってくれないと石探しには協力できねーぞ」
 デスマスは、ルカリオの言葉にやっと応えてくれた。
「そうでっす。アタクシのご主人さまとキュウコンは別の場所に埋葬されてまっす。ここにあるのは、石だけなのでっす……」
 ため息を一つついた。
「ご主人さま亡きあと、石とご主人さまは最初のうちは一緒に埋葬されてまっした。でも、棺を無理に開けて石を取り出したのは、病を患ったキュウコンでっした。石を作ったのはキュウコンでっしたが、あいにく言葉が通じなくって、人間時代のアタクシには、キュウコンが石を取り出そうとした理由がわかりませんでっした。ただキュウコンの様子がただならぬものだったので、石とご主人さまを一緒にすると何か危ない事が起きかねないのだと想像してまっした」
「ふむふむ」
「キュウコンは、アタクシに伝えまっした。ご主人さまのご遺体を、急いで別の場所へ埋葬するように、と。テレパシーを使って……」
 一部のポケモンはテレパシーを使って人間との意思疎通が可能なのだ。残念だがルカリオはそれができない。
「なぜなのかと聞く暇を、キュウコンはくれませんでっした。そのままキュウコンも命が尽きてしまったから……。キュウコンの言葉通り、アタクシたちは石をここに残して、かわりにご主人さまとキュウコンを別の場所へ急いでうつしまっした。アタクシが病に倒れたのはその後でっす」
「うん」
「アタクシも、ご主人さまたちと一緒の場所へ埋葬されたんでっす。アタクシが、ご主人さまに一番かわいがられていましたから、当然でっすけどね。そのあとで、ポケモンとしてある意味よみがえったわけでっすが、死んでから初めて、キュウコンが石をご主人さまの亡骸から引き離そうとした本当の理由がわかったんでっす」
 デスマスはため息をついた。
「あの石、徐々にご主人さまのご遺体を呑み込みつつあったのでっす。記憶の石の内部へと……」
 ……。
「亡骸を飲み込むだって?」
 ルカリオがその言葉を飲み込むのに時間がかかった。
「そうでっす。ご主人様の記憶を封じ込めたあの石は、ご主人さまそのものを欲していたのでっす。なぜかというと、ご主人さまの記憶を固めて作ったあの石はキュウコンの意志で作られているからでっす。キュウコンがご主人さまに抱いていた感情がご主人さまを欲しているのでっす、一緒にいたいって」
「キュウコンのイシがイシを作ったって……。まあ作ったのはキュウコンだよな、そりゃ。ということは、キュウコンがトレーナーを好きだったから、石を作る時にその感情をこめちゃったってことなのか?」
「はい、そうでっす」
「そして石は、トレーナーの亡骸を吸収しようとした。死んでからも一緒にいたかったってことか。そのくらい大好きだったんだなあ……」
「はい、キュウコンはご主人さまによく懐いていまっした。人間で言うところの実の親子、みたいな感じでっしたねえ。ああ、懐かしいでっす、ハイ……」
 デスマスはしみじみしている。
「思い出話はいいから!」
 ルカリオは言った。そうしないといつまでもデスマスは人間時代の回想にふけってしまいそうだから。
「でも、一緒にいたいから亡骸を飲み込むことの、何がまずいんだよ?」
「わかってらっしゃらないっ! アタクシ、記憶の石が割れたらどうなってしまうか、あなたにご説明したはずでっす! ご主人さまの生前の記憶とこの世界が置き換わっていく、そう説明したはずでっす!」
「うん、そいつは憶えてるぜ」
「ご主人さまの亡骸をあの石が取り込んだら、今度こそ、石から漏れ出てくる記憶は――」
 その時、ルカリオは波導を練りあげ、放った。
 波導はデスマスのすぐ左を抜けて壁にぶつかり、あなを開ける。
「な、何をするんでっす……」
 デスマスの言葉にも耳を貸さず、ルカリオは、砂埃を上げる壁の穴に波導を送って奥を探る。
「何かいる!」
 飛び出してきたそれを、ルカリオはなんとか回避した。
「あっ、記憶の石がっ」
 デスマスは叫んで、石を追って飛び出した。
「待てよ!」
 ルカリオも飛び出した。遺跡の外に出ると、辺り一面が真っ赤に――
 記憶の世界の砂漠だ。
 デスマスの姿を探したが、見つからない。気配も波導も、何も感じとれない。ルカリオは完全に孤立してしまった。
「まさかこの近くに石のかけらがあるのか?」
 ルカリオはまた周りを見た。だが、砂漠と偽物のオアシスと遺跡があるだけで、特に変わったものはない。案内役のデスマスがいないと、方向音痴のルカリオはどうしようもない……動けば迷子になってしまうだけだ。
「くっそー、こんなときに……」
 その時、ルカリオの頭の中に声が響いてきた。

(こっちへ来て)

「誰だ?!」
 だが声は、同じ言葉を繰り返した。
(こっちへ来て)
 ルカリオは正体を探ろうとしたが、周りに何もない以上、探りようがない。仕方なく、声に従うことにした。
「わかったよ。で、どっちへ行けばいい?」
 ルカリオの目の前に、まっすぐ、白い道が伸びていく。
(この道を通ってきてください。わたしの元へまっすぐ来られますわ)
 ルカリオは道を踏んでみた。柔らかな砂の感触。だが熱さは感じない。とにかく、じっとしているわけにもいかないので、ルカリオは道の上を歩きだした。ある程度歩いてから後ろを振り返ると、彼が今まで歩いてきた道は、消えている。おそらく声の主はルカリオに他の場所へ行ってほしくないのだろう、だから道を消して後戻りできなくさせているのだ。
(だからって道を消すなよな……帰り道がなくなったみたいで怖すぎる)
 真っ赤な砂漠に伸びる、一筋の白い道。ルカリオは白い道だけを踏みながら、まっすぐに、ひたすらまっすぐに、進んでいった。そのうち遠くに何かがポツンと見えてくる。目を凝らすと、どうやら遺跡のようだ。だが先ほどまで彼がいた遺跡ではなく、別の形をしている。三角形のようだ。人間の用語で言うところのピラミッド。
(こちらへどうぞ)
 ピラミッドの一ヶ所が、ぽっかり口を開ける。ルカリオは導かれるままに、そのピラミッドの中へと入った。内部は暗いが、波導を駆使して周りを確認すれば問題ない。ルカリオは目を閉じたまま、まっすぐに歩いて行った。
(こちらです……)
 急に、目の前から音がした。石をずらしているような音。そして、閉じている瞼の隙間から光が差し込む。明かりが目の前にあるのだとわかり、ルカリオはそっと目を開ける。最初は明るさに目が慣れず、すぐ閉じてしまった。次に目を開けると、明るい光が優しく目に飛び込んできた。
 細い通路の奥にある入り口。その入り口の向こうに小さな部屋がある。その部屋には棺が三つ置かれていて、その棺の一つの上に、ポケモンが座っている。だが、それは幻だ。ポケモンは波導を放っていない。デスマスと違い、ポケモンは死んでいる。ただ単に、生前に残した力が姿を作り出しているにすぎないのだ。
 九本の立派な尾。美しい毛並み。
「俺を呼んだのは、お前なのか?」
 ルカリオは問うた。
(はい、そうです……)
 キュウコンは、静かにうなずいた。


第4話へもどる第6話へ行く書斎へもどる