第4話



 ルカリオとデスマスは、オアシス付近の遺跡を拠点にして、砂漠をうろつき回り、石を探しまわった。じりじり照りつける太陽にルカリオは耐えられず、何度かオアシスに戻って休憩しなければならなかった。
「暑いのは本当は苦手なんだよなあ」
「さーさー、休んでないで、さっさと石探しにいきまっしょ!」
 デスマスに腕を引っ張られ、仕方なく、オアシスの水を頭から一度かぶって全身をぬらしてしまうと、ルカリオはまた砂漠に出た。彼らが必死で探した甲斐があって、その日のうちに六つ、石のかけらを見つけ出すことが出来た。
「順調に集まったとはいえ、残りはあと二つ。どこに落ちてるんだろうなあ」
 夕方。ルカリオは木の実を腹に詰め込んでから、遺跡の中に降りた。砂嵐が来るから避難しろとデスマスに言われたためだ。
 ルカリオが遺跡の地下室におりたところで、上空から激しい風の音が聞こえてきた。砂嵐が始まったのだ。
 集めてきた石のかけらは、デスマスが全て預かっている。
「ここらへん、夜になると砂嵐が激しいんでっす。それじゃ、おやすみなっさい〜」
 おやすみの挨拶のために、デスマスは壁の中から姿を現した。ルカリオは思わず身構えてしまう。しかしデスマスは気にする様子もなく、また壁の中に戻った。一体どうやって壁の中で寝ているのだろうと思い、波導を放って壁の中の様子を探ってみることにした。
 気づかれないように微弱なものを送りつつ、目を閉じる。目を閉じたほうが、相手の全貌をはっきりと捉えることができるからだ。
(あれ?)
 壁の中の光景が波導によってルカリオのまぶたの裏に映し出される。デスマスの姿が見える。だが何やらゴソゴソとやっている。一体何をやっているのだろう。あの砕けた石のかけらがデスマスの手元にあり、デスマスはそれをあれこれいじりまわしている。デスマスは、集めた石のかけらをつなぎ合わせようとしているのだろうか。
「記憶、記憶が――」
 デスマスの体についた、人間の顔をかたどった不気味なパーツが急に涙を流し始めた。ルカリオはぎょっとした。集中が途切れて、波導のキャッチができなくなり、何も見えなくなった。
(あちゃー、失敗だな)
 再び波導を送る。デスマスは泣いている。人間の顔のパーツと、デスマス自身の赤い瞳から、涙を流している。
「駄目だわ、これでは記憶が消えていく……」
 デスマスは腕をだらりと垂らした。
「一刻も早く集めなくては……」
 ルカリオの波導が途切れた。くたびれてしまい、それ以上集中できなくなったのだ。それと同時にルカリオはぐうぐう眠り始めた。

 朝が訪れ、ルカリオはデスマスにたたき起された。
「起きてくだっさい!」
 激しくゆすぶられ、ルカリオは夢から覚めた。あともう少しでおおきなリンゴをかじれるところだったのに。
「なんだよ一体……」
 ルカリオがねぼけまなこをこすりながら起き上がると、デスマスは甲高い声でわめきたてた。
「いつまでも寝ている場合じゃありまっせん! さっさと石探ししまっしょ!」
「わかったから、わめくなよ。まず腹ごしらえだ」
 ルカリオは大あくびを一つしてから、遺跡の外に出る。一面砂だらけの景色の中、オアシスだけが唯一見える。ええと、あの太陽が昇っているほうが東、なんだよな。そう思いながらオアシスまで歩く。木の実を腹いっぱい詰め込み、水を飲む。
「あれ?」
 ルカリオはオアシスの傍の茂みの中に、変わったつぼみを見つけた。
「時間の花だ! こんなところにも生えてるんだ」
「時間の花? なんでっすか?」
「この花は、過去の出来事を記憶できるモンさ。まあ、全部じゃあないけどな。波導を当てると、この辺りの過去に起きた出来事を映し出せるんだよ」
「面白そうでっすね。やってみてくだっさい」
 興味をそそられたらしいデスマス。ルカリオは遠慮なく、つぼみに波導をそっと送る。時間の花のつぼみが開いて、辺りが柔らかな光に包まれる。
 ルカリオたちの周囲の景色が変わる。周りの砂は赤くなり、遺跡も少しは見てくれが良くなった。その遺跡の地下から、誰かが階段を上って出てきた。厚手の衣に身を包んだ人間が二人。一人は中年の男だが、もう一人は若い女だ。そしてその後から出てきたのは、大きな尻尾を九本も自慢げにふっているポケモン・キュウコンであった。
 時間の花はつぼんだ。辺りの光景は消えて、元の砂漠に戻る。
「もう終わったのか。この花、ちょっと枯れかけているんだな」
 ルカリオはつぼみをなでる。もう花はひらいてくれない。デスマスはぽかんとしている。
「今の……」
「ああ、あれが、時間の花が再現してくれた過去だよ。この花は枯れかけてるから、もうこれ以上過去を映してはくれないみたいだけどな」
 それからルカリオは聞いた。
「お前、見覚えあるか? 今の光景」
「見覚え、ありまっす」
 デスマスは呆けたまま、応える。
「あれは、ご主人さまでっした……」
 デスマスは続ける。
「お懐かしいご主人さま……アタクシが生きていたころ、ご主人さまはご健康でいらっしゃいまっした。でも、病に倒れて――」
 しくしく泣き出した。ルカリオはぎょっとした。
「おい、泣くなよ……」
「わあああん」
 デスマスはとうとう号泣。
 どう慰めていいか分からず、ルカリオは、泣かせっぱなしにした。

 一段落。
「あの映っていた人間がお前の主人だってことはわかった。そしてその主人に仕えていたポケモンがキュウコンだってこともわかった」
 ルカリオは、オアシスの水を頭からかぶって体を冷やした。デスマスはしょげた顔で、時間の花の傍にいる。
「お前は、あの映像の中にいたのか? 昔、お前は人間だったんだろ」
「ハイ、いまっした。あの女のひとでっす」
 ルカリオは、映像の中の女を思い出す。白い厚手の衣。頭も白い布で覆われ、綺麗な黒髪が背中にかかっている。人間で言うと美人。だがあいにくルカリオには、人間の美醜の基準は良く分からないのだった。
「へえ、そうなの。とにかく、あそこを調べてみなけりゃ」
 ルカリオは、遺跡の地下に降りる。棺が並んでいるのが目に入る。一つだけふたが開いているが、それはデスマスが開けたものだ。そしてそのうちの一つ一つに波導をおくってみる。なにも反応がない。それどころか、棺はからっぽだ。最初に調べた時と同じだ。
「何してるんでっすの?」
 デスマスがおりてくる。ルカリオは、今度は棺の蓋に手をかけ、押したり引いたりし始める。
「あ、あなた何をしてるんでっすか! ご主人さまの柩を壊そうだなんって!」
「この棺のっ、中にっ、何も入って、ないんだよ! それを確かめるんだっ」
 ルカリオの言葉と同時に、石棺の重いふたはズルズルと動く。そしてひとつの棺の蓋が完全に開いた。
「えっ」
 覗きこんだデスマスは茫然とした。
 調べたとおり、棺はからっぽだった。


第3話へもどる第5話へ行く書斎へもどる