第3話



 ルカリオは目を覚ました。どのくらい眠っていたのだろう。石の床から身を起こし、頭を振った。まずここはどこなのかを思い出す。そうだ、真っ赤な砂漠の中にある遺跡の中だ。
「ふあああ、それにしても、本当に俺は元の世界に帰れるのかよ……」
 あくびして立ち上がる。周りを見回す。あのフワフワしたデスマスはどこにいるのだろうかと周りを見て、波導を周りに送ってみる。壁の中にポケモンの波導を感知した。活動していない落ち着きのあるものだ、眠っているのかもしれない。壁を壊してやろうかと考えたが、やめた。
「それにしても、腹が減ったなあ」
 喉も渇いてきた。だが、ここは記憶の世界だ、元の世界に帰れるまで飲み食いは出来ない……。
「くそう、飢えと渇きも我慢の修行のうちって、考えるしかないのかよ」
 一日一個の木の実で空腹に耐えるアサナンよりもずっと厳しい修行をしている、と思えば……。
「赤い石を探せばいいのは分かったけど、本当にこんな世界にあるのか?」
 とりあえずルカリオは辺りを探してみることにした。デスマスはまだ眠っているらしく、出てこない。ルカリオは、眠る前と同じように床をなでまわした。だが今度は、指先に波導をしっかりとこめてあり、どんな小さなものも感じ逃さないようにしてある。
「ふあああああ」
 壁の中から声がしたかと思うと、デスマスが姿を現した。
「おはようございまっす! あら、何してらっしゃる?」
「おう、石を探してんだよ」
 ルカリオは念入りに床や壁に触ってみる。
「あの石は元々この遺跡にあったんだろ。なら、かけらくらいなら見つかるんじゃないか? お」
 ルカリオの手に何か違和感がある。石の下に何かがあるのだ。しきつめられた石を苦労してどけてみると、
「あああっ」
 両者は声をあげた。そこにあったのは、ルカリオの指先ほどの大きさの、赤い石だったのだ。
「やったぜ! 見つけたぜ!」
 ルカリオはすぐに手を触れた。
 周りが急にぐんにゃりと揺れて、またすぐに正常になる。
「あれ?」
 ルカリオは自分が今別の場所にいることを知った。周りを見回すと、確かに遺跡の中にいるのだが、何か違う。この遺跡の方が、もっと空気が重い。手の中には、輝きを失った赤い石のかけらが残っている。
「あらあら、これは驚きでっす!」
 デスマスが、甲高い声をあげた。
「元の世界に、戻ってしまいまっした!」

「元の世界に戻れたなら、万事解決じゃないか」
 オアシスの水を飲み、傍に生えている木から木の実を山ほどもぎとって食べ、満足したルカリオはデスマスに言った。
「そういうわけにもいかないのでっす」
 デスマスはルカリオの前を横切って、木の実を一つもぎとった。
「あれは欠片にすぎないのでっす。あの欠片を全部集めて、一つの石に戻さなくちゃならないのでっす」
「まだあるのか……まああの大きさなら欠片と言われても納得がいく。で、元の石の大きさはどのくらいだ?」
「あなたの、胸のツノくらいでっす」
「なんだ、そんなに大きくないじゃないか」
 太陽がじりじり照りつけて暑くなってきたので、ルカリオは木陰に移動した。
「アタクシ、あの石をうっかり落として、十個くらいの欠片にしちゃったんでっす」
「十個だって? じゃあ、さっき手に入れたのが一個。俺たちをあの変な世界に連れて行ったのが一個。となると、残りが八個ってことか?」
「そうでっす」
 そこでルカリオは木の実をもう一つかじった。
「ところで、あの赤い石についてもっと詳しく教えてくれよ。お前があれだけあわててたんだ、あれが壊れたら、一体どんな不吉なことが起きるんだ? 世界の滅亡とか、そんなのか?」
「そんな大げさなものではありまっせん。では、教えてさしあげまっす!」
 いきなりデスマスの目が光った。

 石は、あるポケモンによって作られたもの。そのポケモンのトレーナーは、己の記憶を石の中に封印し、思い出として残すことにした。ポケモンは喜んでトレーナーのために石を作った。トレーナーはその石を生涯大事に持ち歩き、様々な記憶をその石の中へ封印していった。思い出はどんどん増えていき、たとえ人間が忘れても石は決して忘れなかった。
 トレーナーはある時病に倒れた。看病もむなしく、ポケモンや人々に見守られて、そのトレーナーは息を引き取った。自分が死んだら、石も一緒に埋葬してほしいと言い残して。
 言葉のとおりに埋葬されたトレーナーと赤い石。石棺の中に一緒に入れられ、深い地の底で共に眠ることになった。亡くなったトレーナーの後を追うように、ポケモンも病で数週間後に世を去り、トレーナーの隣に特別な石棺でもって埋葬されたのだった。

「というわけなのでっす」
 デスマスの長い話を要約すると、前述の通り。ルカリオは話の長さ故にあくびをかみ殺していた。
「おわかりいただけまっした?」
「うんうん」
 ルカリオはそれから聞いた。
「その赤い石は色々な思い出が詰まった大事なものだってことはわかった。でも、そんな大事な石、何でお前が触ったんだ?」
「こないだ、大きな地震があったんでっす! このあたり一帯を揺るがして、石棺のフタの一つをずらしてしまうほどの大きさだったんでっす! アタクシが目覚めた時はもう時すでに遅しでっした。で、中で石が割れてないかチェックするために、アタクシは石を手にしたのでっすが、うっかり手をすべらして落してしまったのでっす。そして、石は砕け、中に封印された記憶が解放され始めたのでっす」
「で、記憶が解放されると、あの幻の世界に変わる以外に何か影響あるのか?」
「ご主人さまの記憶が解放されると、記憶の世界が徐々にこの世界に浸透するのでっす。そうなると現在の世界はご主人さまの過去の記憶の世界と置き換わってしまい、ここに存在するはずのポケモンや建物や植物なんかは、全部消え去ってしまうのでっす」
「……」
「あなた、おわかりになりまっした? 口を大きく開けてないで、何とかおっしゃい」
 世界が置き換わる? そして今ここにあるものが全部消え去る? ルカリオは、今聞いた話が信じられなかった。
「消えるって――置きかわるって――」
「ここに存在してるアタクシたちは消え去り、代わりにご主人さまが過去に見聞きした思い出がこの砂漠の姿となるのでっす。メグロコたちも当時はここには住みついてはいませんでっした。彼らがここらへんに来たのはほんの数年ほど前なんでっす」
「……置き換わるって、それじゃあ世界の滅亡と何ら変わりはないだろ! 今の俺達が消えて、代わりに、死んだ奴の記憶の世界だけが残されるって、そんな夢物語みたいなこと、あってたまるかよ!」
 ルカリオは興奮しており、自分が何をしゃべっているかも分かっていない状態だ。デスマスはしばらく黙ってルカリオの鎮静化を待つ。
「だから、アタクシたちが石を探さなくちゃならないのでっす」
「うん。そうなんだが、石は砕けたんだろ。たとえ集めきることが出来ても、どうやって直せばいいんだよ。くっつけるものなんて何もないし……」
「アレはもともとポケモンの力で作ったものでっす。だから、ポケモンの力を使うしかないのでっすよ」
 そしてデスマスはルカリオの目の前までまたしても近づいてきて、
「ですから、一刻も早く、探すのでっす。こうしている間にも、どこで記憶が解放されてしまったか分からないのでっすから。あなたが触ったことで、ほかのカケラにも生者の力が伝わってしまったことでしょうから、今頃少しずつ開放が始まっていることでっしょう。急いで探すのでっす」
「お、おう」
 またしてもルカリオはデスマスの威圧感と不気味さに負けてしまったのだった。


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