第3章 part1



 アランとアユミの旅は、アユミがフロージスからゴーグを目指したのと同じルートをたどった。
「アユミさん、やっぱり旅には慣れてないクポね」
 旅を始めて三日目。アユミのくたびれ切った様子から、アランはアユミが旅慣れぬ者と改めて確信した。ゴーグを発ったその日は口数も多く陽気だったのに、日が経つにつれて口数が減り、眼の下にはくまが出来始めた。明らかに寝不足になったのだ。
「はい……」
 アユミは力なく返答した。実際、旅慣れぬ身なのだ。チョコボに乗って移動しているとはいえ、ずっと座りっぱなしであっても疲労は溜まる。野宿は、焚火では火力が足りないし夜風は冷たいし地面は堅い。アランが見張ってくれているとはいえ、いつ魔獣が襲ってくるか分からず不安でなかなか眠れない。持っている食糧を、目的地に着くまでに食べつくさないよう計算し、食べる量を決めねばならない。当然、満腹はおろか腹八分目まで食べることなど絶対にできない。長く口の中で噛んで満腹中枢を刺激できる干し肉や、栄養のあるチーズが主な糧食になるとは言え、毎食食べているとそのうち飽きてくる。雨が降れば防寒着や油紙などで、濡れて消耗しないように対策を取らねばならない。水筒の水もなるべくちびちび飲み、給水できる場所を見つけるまでは可能な限り持たせねばならない。
 そんな状態で、旅慣れぬアユミが疲労を溜めていくのは当然。甘いものが食べたいし、風呂にも入りたいし、柔らかな暖かい布団にもぐりこみたい。
「あの、フロージスまであのどのぐらいかかりますか……?」
「クポ」
 アランは地図を取り出した。
「ええと、ネーズロー地下道を最短距離で進んでいるから、明日にはアイセン平原にたどりつけるクポ。だから、仮眠や休憩込みで、フロージス到着が明後日の昼ぐらいじゃないかと思うクポ」
「あさって……」
 アユミの顔に、明後日にフロージスへ到着できると言う安堵と、まだ二日近くチョコボの背中でゆられねばならないのかという絶望が、いっしょくたに浮かんだ。
「まあまあ、明後日なんて、長いようで短いものクポ。幸い、モンスターや盗賊には一度も遭遇してないクポ。このまま幸運が続けば、もうちょっと早く到着できるかもしれないクポ。元気だすクポ、アユミさん」
「はああい」
 アランの言った幸運は、二日後の朝、フロージスに到着するまで続いてくれた。天候にも恵まれ、モンスターや盗賊の襲撃も受けなかったのだ。本当に運が良かった。
「ここからモーラベルラ行きの飛空艇に乗って空の旅をするクポ。まあ旅といっても半日もかからないクポ」
 チョコボ屋に、へとへとになったチョコボを預けた後、
「でもアユミさんはくたびれてるから、それは明日にした方がいいクポ。このフロージスの町と、モーラベルラの町は気候が全然違うから、今日は体を休めておいてほしいクポ。向こうに着いた途端にぶっ倒れる、なんてことになってほしくないのクポ」
 アランの勧めで今日は一泊することになったが、これほどアユミにとって嬉しいことはなかった。彼女が求めていたのが、それだったから。
「ありがとうございます、アランさん!」
 宿をとると、彼女は入浴を終えてすぐ熟睡、そして目を覚ましたのが翌日の朝。
 簡単な朝食の後、防寒着のチェックをしてから、二人は宿を出てエアポートへと向かった。
 アユミが初めてユトランドへ来た時、このエアポートに飛空艇は降りた。だから彼女がこのエアポートに入るのは二度目になる。ロアル行きの切符を買い、目的地行きの飛空艇へ搭乗して間もなく、飛空艇は出発した。
「もうシートベルトをはずしていいクポ」
 飛空艇が一定の高さまで上昇し、西、すなわちロアルへ向かって進み始めると、アランは自身の座っている椅子から、シートベルトをはずして降りた。
「もう知ってるかもしれないけど、離陸と着陸の時だけは危ないからベルトを閉めておくのクポ」
 アランは、アユミがベルトを外したのを見て、己のひげをなでる。
「ロアル大陸までは、荒れた海を越えなくちゃならないからしばらく飛ぶけれど、そう長くはかからないクポ。着陸の前には機内放送が入るから、それまでは好きにしていいクポ。歩きまわってもいいし、売店で買い物してもいいし、景色を見ててもいいクポ。モグはここでカタログ見てるクポ」
「はい」
 アランの言葉通り、アユミは早速探険を開始。
「私が乗ってきた飛空艇とは作りが違うのね」
 ブリッジから仮眠室まで歩きまわり、売店の品物を見て、最後に、展望室から見える海と大陸を見た。
「あれがロアル大陸……」
 遠くに見える大陸。それが目的地のロアル大陸だろう。
 騒がしい客たちに混じって、だんだん大きくなってくるロアル大陸をじっと見つめていると、間もなくモーラベルラのエアポートへ到着するという機内放送が入った。アユミは急いでアランの元へと戻った。
 昼前、飛空艇はエアポートへ着陸し、しばらくしてから乗客を搭乗口からどっと吐き出した。そしてその乗客たちは、エアポートの出入り口からも吐き出される。その一方で新たな乗客が町からエアポートの出入り口に吸い込まれていく。
「うううう、寒いいいい」
 アユミは防寒着にくるまって震えた。
「あっちは暑かったのに、ここは真冬なの?!」
 モーラベルラの町は、雪に覆われていた。空は灰色の雲に覆われ、粉雪がちらちらと舞い落ちてくる。
「そうクポ。ここは年がら年中冬で、フィーグ雪原のような寒さに包まれてるクポ。だから言ったクポ、気候が全然違うって」
 アランは既に外套を羽織り、マフラーを巻いている。
「さ、部品調達に行くクポ」
 ゴーグの町は機械工学が発達しているが、このモーラベルラでは魔法が発達している。地面にからくりが埋まっているのを見ることはできないが、町で見かける魔法道具店や本屋の数は、ゴーグよりはるかに多い。
「ここクポ、いつもモグが部品調達をしているお店は」
 アランが入った店は、魔石を扱う店。床から天井に至るまで棚が設置されており、棚以外にも、あらゆる所に様々な大きさの魔石が置いてある。アユミの頭ほどもある大きなものから、瓶に入る砂粒サイズの小さなものまで、様々だ。アユミが店内をきょろきょろしている間、アランは店のバンガの主人と話をし、赤く光る、握りこぶし大の魔石をたくさん箱に詰めてもらった。
「いつもありがとうクポ」
 アランは礼を言って代金をギル紙幣の束で支払い、自分の背丈ほどもある木箱をどっこいしょと持ち上げる。
「アユミさん、部品の調達は終わったクポ。帰るクポ」
「あっ、わ、わかりました」
 アユミとアランは揃って店を出る。
「エアポートの午後の便に乗る前に、腹ごしらえするクポ。モグ、アユミさんの好きそうな甘いものいっぱい揃えてるおしゃれな店知ってるクポ。甘いもの好きクポ?」
「ええ、もちろん!」
 午後の、目的の便が出るまでに時間はたっぷりあったので、二人はアランの勧めた店で軽食をとり、それからエアポートにてフロージス行きの便に乗った。
 飛空艇が離陸し、シートベルトを外してリラックスしたアランは、苦笑に近い表情をした。
「それにしても、アユミさん、本当に甘いものが好きなのクポ。ケーキばっかり食べて」
 言われてアユミは顔を赤く染めた。
「だって、羊羹やおまんじゅうより美味しくて……つい……」
 故郷ではめったに食べられない「ケーキ」という菓子は、このユトランドでは食べ放題。ふわふわして柔らかな、綿菓子とはまた違う食感。クリームの甘さと果物の酸味が混ざり合い、彼女の舌の上で極上のほどよい甘みへと変わる。彼女の知る限りの言葉を尽くしても表現できないその素晴らしい瞬間。アユミはその瞬間を味わうために、何度もケーキをおかわりしていた。
「でも、さすがに食べすぎたみたいです。うっ」
 満腹するまでケーキを食べて満足したアユミだが、一度に、大量のケーキを腹に詰め込んだものだから、胸やけが今頃襲ってきた。
「気持ち悪いクポ? しばらく休んでいる方がいいクポ」
「そうですね……」
 胸やけは、フロージスのエアポートに到着するまで続いた。
 エアポートを出ると、太陽は西の地平線に沈みかかっていた。それでも、防寒着が要らないほど気温が高く、アユミは今まで手放さなかった防寒着をあっさりと脱いだ。海を一つまたいだだけでこの気温差だ、頻繁に行き来していたらきっと元気な自分でももたないだろう。
「もう夕方クポ。今日は宿をとってたっぷりと寝て、それから旅の支度をしてゴーグへ戻るクポ。アユミさん、夕飯、食べられるクポ?」
「たぶん、無理です。うう」

 翌日の朝、アランは重い木箱を担いだまま、アユミと一緒に旅の仕度をした。露店で、干し肉や塩の塊等の乾物の他に松明やランタンの油など、帰りの旅に必要なものを買う。水を買って水筒に入れてもらい、最後に、チョコボ屋でチョコボをレンタルする。前回と同じく二羽だが、片方はモーグリ搭乗用の鞍の後ろに、荷物運び用の特別な形の鞍をくくりつけられている。
 アランは、木箱を荷物運び用のチョコボの鞍にくくりつける。
「そういえば、その木箱の中には何が入ってるんですか?」
 アユミの問い。彼女は、アランがモーラベルラの店で買い物をしていた時、店の中のものに気をとられていたので、何を買ったか見ていなかったのだ。
「これね、魔石クポ」
「魔石? からくりに魔術の力が必要なんですか?」
「そうクポ。魔石は石炭よりも優秀な動力源クポ。だから、いつも大量に仕入れてるクポ。まあそのせいで、いつもこの旅の帰りは危険なのクポ」
 荷物用の鞍に載せた木箱を、アランは軽く叩いた。
「じゃ、出発するクポ。帰りのルートも、行きと同じ道をたどるクポ」

 腹ごしらえをしてからフロージスを出発した。雲ひとつない南の空に在る太陽に照らされながら、二人はチョコボに乗って進んだ。まずは南下してアイセン平原へ向かう。
「これが最短ルートだし、砂漠や沼地に比べて、モンスターが出にくいクポ。でも、油断は絶対に禁物クポ。何も持ってないやつより、何かお金になりそうなものを持ってる奴を選ぶのが、盗賊クポ。ちょうど、この魔石いりの木箱を持ってるモグはいい標的だから、奴らは狙って襲ってくるのクポ――」
 アイセン平原への道は、ある程度舗装されている。キャラバンが通るためか、車輪のわだちがいくつも道に見えている。町から離れるにつれ、舗装された道が少しずつ普通の土の道に変わり、丈の高い草が道の周りに現れ始める。
「キャラバンもよく通る道だけど、それってある意味危険クポ」
「危険? 良く通るんでしょう?」
「良く通るってことは、商売のためによくこの道を使うと言うことで、当然ルートもだんだん決まってくるものクポ。だから、頭のいいモンスターや盗賊たちもそれを憶えて、襲ってくるのクポ。ここらへん、昔はあるクランの縄張りだったらしいけど、今はモンスターと盗賊のすみかみたいなモンだクポ」
「や、やっぱり盗賊はいるんですね」
「当たり前クポ。だからこうして、モグが材料を調達する時には護衛のクエストを出しているのクポ。モグは旅慣れているし、自分の身を守れるだけの力はあるけど、それでも大きな荷物を抱えての旅は本当に危険なのクポ。アユミさんも気をつけるクポ」
 アランの言葉は、間もなく現実となった。
 アイセン平原に差しかかるころ、丈の高い草の間から、チョコボの行く手を遮るように何かが飛び出してきたのだ。とっさに手綱を引いてチョコボを止める二人。
「クエエエエ!」
 甲高い声を上げ、チョコボはややよたつきながらも何とか止まる。
 飛びだしてきたのは、バクナムスの群れ。ざっと六体。それを見たアランは素早く、銃を取り出した。
「バクナムスだクポ! アユミさん、戦闘準備クポ!」
 バクナムス種のモンスターは残酷でずるがしこいことで有名。ヒュムより小柄だが、罠を仕掛けては旅人がそれに引っ掛かるのを見て笑ったり、襲いかかる際には確実に勝てる相手を選ぶなど、悪ぢ絵を働かせる分、力任せに攻め立ててくるだけの普通のモンスターよりも、たちが悪い。
「ゴフーッ」
 リーダー格と思われる、体のひと際大きな(それでもアユミより頭一つ小さかった)バクナムスが、こん棒を振りあげた。周りのバクナムスたちが、二羽のチョコボを囲み、じりじりと距離を詰めてくる。
「アユミさんは背後を頼むクポ!」
 アランの言葉で、鞍から飛び降りたアユミはすぐ抜刀する。チョコボは修羅場に慣れているのか、警戒はしているけれども逃げ出しはしない。
 アユミは素早く敵を数える。背後の敵は二体。正面に三体。
 アユミは躊躇いなく、バクナムスの一体に斬りかかる。バクナムスが反応するより早く、銀の一閃が襲いかかり、無防備な首筋をとらえた。
「ゴッ……!」
 その首筋から赤まじりの銀の閃光が走り出る。どうと倒れるバクナムス。続いて、赤まじりの閃光は隣のバクナムスに襲いかかる。驚きから覚めたバクナムスが反撃しようとこん棒を振りあげた所で、無防備なその胸部に、アユミの全体重を乗せた突きが命中。刃は深々とバクナムスの胸にずぶりと突き刺さる。
「よし、仕留めた!」
 二体目のバクナムスも、アユミにかすり傷ひとつおわせること無く絶命し、仰向けに倒れてしまった。
 アユミは振り返る。
「アランさん?!」
 パアンと破裂するような音。故郷(くに)でも聞いたことのある、銃声だ。何かが倒れる音。アユミの視界に入ったのは、チョコボの右側にいたバクナムス。
 チョコボは銃声にぎょっとしたが、逃げださずにいる。だが足踏みをしているところからして、恐怖を感じていて今にも逃げ出したいと考えているであろうことは間違いないだろう。
 アユミがアランの援護へまわろうと、チョコボの真正面へ足を踏み出しかける。
「正面に出ちゃダメクポ!」
 アランの一声と同時に、再度の銃声。脳天を銃弾で貫かれたバクナムスが倒れた。アランの言葉が後一瞬遅ければ、アユミが撃たれていた。
 残る一体は、チョコボをはさんで、アユミと反対の位置にいる。バクナムスが飛びかかってきたところで、アランは素早く銃を左手に持ち替え、引き金を引いた。
 三度目の銃声と共に、バクナムスは左胸から血を噴き出させつつ、地面へ落ちた。
「うまく急所に当たったクポ」
「終わったみたいですね」
 アユミが刀の血糊をぬぐって鞘に収めようとした時、草むらが揺れてまたバクナムスが飛びだしてきた。アランの手に握られたままの銃口が火を拭き、アユミめがけて襲ってきたバクナムスを鉛玉で迎え撃った。腹をおさえて後ろに倒れるバクナムスだが、アランの放った弾は急所を外しており、絶命には至らない。アランが、倒れて呻くバクナムスに再度鉛玉を撃ちこむと、今度こそ、バクナムスの息の根は止まった。
「まだいたんですね……」
 最後に倒れたそのバクナムスを見たアユミの、驚きの言葉。アランは小さく首を振った。
「隙が多いクポ、アユミさん」
「え」
 振り返ったアユミに、ボンボンを揺らしながら、アランは言う。
「動きは早いし、狙いもいいから、ちゃんと武術の鍛錬は積んでいるのは間違いないクポ。でも、モグが何してるか確認せずに飛びだしたり、まだ周りに敵がいるかもしれないのにあっさり武器をしまいこんだりと、本当に隙が多いクポ。ある程度実戦の経験はあるけど、護衛のような命を落とすような戦いには不慣れクポ。モグがアユミさんを撃ってしまったり、さっき飛びだしたバクナムスに襲われてけがをしてしまってたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないクポ」
 アユミの顔が赤くなった。
「まだ経験が足りないだけと思うけど、これでは先が不安クポ。これがキャラバンとか、大きな隊商の護衛のクエストだったら、間違いなくアユミさんはクビになってるか、死亡しているクポ」
「……」
「だけど、経験を積むなら今からでも間に合うクポ。ま、死んだらそれまでだから、生き残ることを考えて戦うクポ。さ、さ、急いで進むクポ」
 アランは先をせかし、チョコボを落ち着かせてから走らせる。アユミは無言でチョコボの鞍にまたがり、チョコボを走らせた。


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