第3章 part2



 アイセン平原からネーズロー地下道への道は、行きのルートよりも遥かに険しかった。たどった道のりは同じだが、行きの時とは違い、モンスターに襲われるようになったのだ。ゴーグ出発時の、誰にも遭遇しなかった幸運はアユミから去ってしまった。
 アランの荷物を狙ってか、それとも単にアユミたちを餌としてしか見ていないのか、出現するのはいずれもモンスターばかりだ。盗賊が出てこないのは安心だ。モンスター以上に頭が切れる上に術や多彩な技を身に付けた盗賊の群れが相手となると、たった二人では勝ち目など無いのは分かり切っているから。
 バクナムス、野生のチョコボ、コカトリス、アントリオン。出現するモンスターは、いずれも群れで登場し、昼も夜も襲いかかってきた。
「アユミさん。ちゃんと寝ないと駄目クポ。明日はネーズロー地下道へ入るのクポ。今のうちに休んできちんと体力をつけておかないと駄目クポ」
 ネーズロー地下道へは明日到着する。溶岩のたぎる活火山が近くにあるので、ボムやグレネードといった炎属性のモンスターが多数生息している。活火山なので近辺は熱く、頻繁に水分補給をしないと体力を奪われてあっというまに倒れてしまう、危険な土地だ。もちろん、地下道と言う名前がついているのだから、地下へもぐってゴーグへ一直線というルートもとれるが、採掘が進み過ぎたので今は崩落の危険性が高くなっており、よほど急がない限り立ち入らない旅人の方が多い。
 アユミは、連日の戦闘と旅で疲労もたまっていたが、神経が張り詰めていて、余計に眠れなくなってきていた。
「モグがちゃんと見張っているから、大丈夫クポ。いざとなったら起こしてあげるから寝るクポ。それに、ネーズロー地下道は、地上は熱いけど急いで通ればたった一日で通過できるところだから安心クポ! あともうちょっとなんだから気力を振り絞って、今は寝るクポ」
「……はい」
 焚火の前で、目を閉じているアユミは、アランの言葉に負けてか、寝息を立て始めた。だがその寝息は浅く、ただ休んでいるだけに過ぎない。火がぱちぱち爆ぜる音やアランが少し身動きした際の衣擦れの音でもすぐ彼女はパッと目を開けて身構え、戦おうとするであろう。本来、護衛を雇っているアランとしてはその方がありがたいのだが、アユミはどう見ても疲労の溜まった状態、身構えることはできてもきちんと戦うまでの力はあまり残っていないだろう。
「ゴーグまであと少し。買った部品も大丈夫。とにかく明日は大急ぎであの道を抜けるクポ。このままだと、アユミさんがぶっ倒れてモグが守る羽目になるクポ」
 アランは、木箱を見つめた。
「あとちょっと。とにかく木箱を無事に親方の所へ運ばないと」

 翌日、アランの不安は的中した。
 ネーズロー地下道の地上のルートでは、溶岩の活動が非常に活発になり、火口からドロドロと流れて小さな川を作っていた。チョコボが熱がるので、なるべく溶岩の細い川を避けながら進んでいったのだが、途中、アユミが水筒の水を切らしてしまった。水の石を出して割り、そこから毀れる水を飲んで水分補給を続けたが、溶岩の川の道をやっと渡り切ったところで、疲労と水分不足がかさなったアユミはとうとう倒れてしまった。
 最も辛い箇所を渡り切って、揺らぐ景色の向こうに見える町を見つけ、目的地は目の前というところで、気が抜けてしまったのだろうか。
 アランはアユミがチョコボの鞍から落ちたことに気づき、慌ててチョコボを止めて引き返させる。
「アユミさん、大丈夫クポ?!」
 アランは自分の水筒を取り出し、残りわずかな水をアユミの口に含ませる。よほど渇きに耐えられなかったか、彼女はそのまま水をむさぼるように飲み干す。しかし、水を飲み終えると、また力尽きたらしく、ぐったりと地面に臥した。
「限界がきちゃったクポ……。とにかく出来る限りの応急処置をして、町へ着かないと駄目クポ」
 応急処置はできるけれど、本格的な治療は病院に行かねば出来ない。
 とにかくアランは手持ちの道具でアユミに応急処置を施した。熱を下げるために氷の石を体に当てて布で固定、思いきり力を込めてアユミの体を持ち上げ、座らせたチョコボの鞍に載せなおしてから、彼女の体を革ひもで固定する。その状態で、そのチョコボの手綱を取る。
「さ、モグについてくるクポ」
「クエッ」
 チョコボは大人しく、アランの指示に従った。

 アユミが意識を取り戻したのは、ゴーグの病院の一室だった。見たことのない部屋で眠っていた彼女は、目を開ける。頭が痛む。体の感覚が戻ってきたところで、ぱたぱたと小さな音がする方へ首を向ける。視界の端に、大きく赤い丸いものが飛びこむ。
「あっ、気がついたクポ」
 聞き覚えのある声だ。
 また一つ、赤くて丸いものが視界に飛び込んだ。
「本当クポ、よかったクポ」
 アユミはその声の正体を確かめるべく、もっと首を動かした。視界に入ったのは二人のモーグリ。アランと、赤いつなぎを着た、彼の務める工場の親方。
 意識のしっかりしてきたアユミに、アランは話をした。ネーズロー地下道の溶岩川を通りぬけて、あと一歩で町に着けると言うところでアユミが倒れた事、慌てて応急処置を施し、アランがチョコボを急がせてゴーグへ着かせ、通行人の助けも借りて病院へ彼女を担ぎこんだ事、モーラベルラで買った部品は無事に工場の親方へ渡した事。
 ぼんやりした頭がだんだんはっきりするにつれ、アユミの記憶も少しずつ整理され始めた。最後の記憶は、水の石を割って水を飲んで、急に頭が重くなったところであった。そこで倒れてしまったのだろう。
「ごめんなさい。護衛するどころか、ずっと護衛されっぱなしになってしまって」
 謝る彼女に、ボンボンを振りながらアランは言った。
「まあ、旅慣れない身だから仕方ないかもしれないけど、モグも焦りすぎたクポ。半日ぐらいでつっ切れると思ってたけど、アユミさんの体調の事をすっかり考えてなかったクポ。こちらこそ申し訳ないクポ」
 検査を経て、アユミは退院した。入院費を払うと、彼女の財布はほぼ空になった。
「とりあえず」
 彼女の退院後、工場の親方モーグリは言った。
「部品は無事だったし、アユミさんも無事だったんで良かったクポ。欲を言えば、護衛のような危ないクエストは、アユミさんにはまだ早すぎたから、もうちょっと旅慣れてから引き受けてほしかったクポ。でもその点についてはモグにも責任があるクポ。昔はクランに入っていた身だからそれなりに人を見る目はあったと思ったけどクポ」
「はい」
 アユミはしょげた顔で返答した。
「でも、いちおうクエストは達成できてるんだからちゃんとお礼は支払うクポ」
「あ、ありがとうございます!」
 ほぼ空になった財布に、硬貨が入る。彼女の財布はずっしり重くなった。
「クエストのお礼も渡せたし、モーラベルラでの部品調達も終わったし、さ、工場へ戻るクポ、アラン」 「はいクポ」
「……旅の時には落し物をしないのに、なぜ町中だと物を落とすクポ」
 アランは人混みの中へ駆けていったが、道に点々と歯車やネジが落ちていた。
「じゃあアユミさん。モグもこれで失礼するクポ」
 親方がアユミに背を向けようとしたところで、彼女はふっと思い出した。
「あ、ごめんなさい。ちょっと待って下さいますか?」
「何クポ?」
「実は、私、ユトランドでひとを捜してるんです」
「クポ? どなたクポ? モグの知ってる人だといいクポ」
「私の叔父で、シンイチと申しますの」
 その名を聞いた途端、親方は飛びあがった。
「クポーッ?!」
 その驚き方に、アユミはこのモーグリが叔父の事を知っていると即座に読みとった。
「叔父をご存じなんですか?」
「知ってるも何も、そのひとは、モグが加入していたクランのリーダーだったクポ!」
 アユミはモーグリに話を聞いた。モーグリの名はチャド。双子の弟チコと共に、シンイチの率いるクラン『ガードナー』に加入していたという。
「リーダーは強かったクポ。何度もリーダーには助けられたし、モグたちもリーダーを助けてたクポ。根がお人よしだったのが欠点だったけど、エンゲージではそれこそ向かう所敵なしの剣士だったクポ! 今でも自慢のリーダーだクポ!」
「そうなんですか……」
 かつてのクラン仲間から叔父の話を聞くことになるとは思わなかったアユミは、ただ驚くばかり。
「そうクポ。モグと弟は、五年前に、工場を運営する資金がたまったからクランから脱退したクポ。その後もリーダーは時々モグの工場に来て護衛のクエスト受けてくれたけど、半年前に、クラン解散を宣言したクポ」
「クラン解散……叔父は、それからどうしたのでしょう?」
「故郷に戻ったんじゃないのクポ?」
「いいえ。私の故郷(くに)には戻ってきていません」
「そうなのクポ? リーダーは帰ってないのクポ?」
 チャドは頭をかいて、首をかしげる。
「あれからリーダーの噂はさっぱり聞かないからてっきり故郷へ帰ったとばかり思っていたけど、そうじゃないなら、ユトランドの外へ行ったかもしれないクポ」
「ゆ、ユトランドの外……!?」
「あるいは、ユトランドのどこかで隠居生活を送ってるかもしれないクポね。『ここに骨を埋めることになるだろう』って、つぶやいていたことが昔あったクポ」
「そうなのですか?」
「まあモグがそれを聞いたのは何年も前のことだから、モグの記憶は確かとは言えないクポ。でも、リーダーは十年以上もユトランドに住んでるんだから、本当に愛着がわいて帰りたくないのかもしれないクポ」
「……」
「モグがリーダーについて知ってるのはこのぐらいクポ。でもこのユトランドには、モグとチコ以外にも、まだ『ガードナー』のメンバーがいるはずクポ。彼らに聞いてみたらいいと思うクポ」
 チャドはポケットから紙とペンを取り出してから、『ガードナー』のメンバーの名前を書いて、アユミに紙を渡した。
「ここからだと一番近いのは、フロージスのサンディだと思うクポ。他の町に住んでなければ、まだあそこにいるはずクポ。モグたちが脱退した後で脱退したはずだけど、今は結婚してるかもしれないクポ。モグの紹介だと言えば、何かリーダーについて思い出話でもしてくれるかもしれないクポ」
「ありがとうございます!」
 深くお辞儀した彼女に、チャドはにっこり笑って言った。
「こっちこそ、リーダーの姪御さんに会えるなんて思わなかったクポ。懐かしい話が出来て嬉しかったクポ。リーダーに会えるといいクポね」
「はい!」
 紙を大切に荷物袋にしまいこんだアユミ。
「本当にいろいろありがとうございました! では私はフロージスへ向かいます。それではお元気で!」
 アユミは駆けだして、人混みにあっという間に姿を消した。
 チャドはアユミの背中を見送った。
「クポ……。リーダー、元気してるクポ? モグはリーダーがどこにいるか知らないんだけど、姪御さんが来てるんだから、ちゃんと会ってあげてほしいクポ」
 そして、仕事の時間であることを思い出した彼は、工場へ向けて歩きだした。


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