第4章 part1



 旅の準備を整えたアユミは、ゴーグの町を発った後、一週間かけて目的地へ向かう間、チョコボの背にゆられていた。フロージスの町に到着したアユミはチョコボ屋にチョコボを預けてから、疲れた体を引きずってまず宿を取った。ゴーグから出発してフロージスにたどりつくまでの間、魔獣に一度も遭遇しなかったのはとても運が良かったが、旅慣れぬ身の上で、単身の旅は、やはり辛い。大きな桶に湯を張ってもらって体を洗い、宿の女将に洗濯を頼んだ後、真昼間からベッドで眠ってしまった。たった独りでの野宿は不安でよく眠れないのだが、布団の上ならばぐっすり眠れる。今のアユミには、ごつごつした岩肌や大量の草よりも、何よりも布団が必要だった。
 翌朝までぐっすりと眠ったアユミは、洗濯した着物を身につけ、たっぷり朝食を取り、陽が高くなってきたところで部屋代を払って宿を出た。目指すは、叔父のクランのメンバーの一人だったグリアの女性が住む場所。サンディという女性を知らないかと色々な人に尋ねた結果、アユミは一時間も経たないうちに、治安維持管理局でサンディ本人に会う事が出来た。
 サンディは、この町一番の腕きき戦士であり、現在は町の自警団のリーダーを務めている。
「へえ、あんた、あのリーダーの姪御さんなんだね!」
 総じて小柄なグリア族、サンディもその例にもれず、アユミより少し背が低かった。サンディは明るい桃色の髪をした風水士で、年齢はヒュム換算で言えば二十代後半と言った所。
「で、同じクランにいたチャドおじさんに話を聞いて、今度はあたしに話を聞きにきたってことか」
「はい」
 アユミはにっこり笑って答えた。サンディはにやっと笑う。
「素直ないい子だね。あの仏頂面のリーダーとは大違いだよ。じゃ、まずは場所を移すかね。今日はまだ仕事はないけど、ここにいると邪魔だからね」
 開いたばかりのパブで、サンディはかつて所属していたクランの思い出を語る。加入前の彼女は大荒れで「フロージスいちの不良娘」と自称して不良グループに所属しており、迷惑行為を日夜繰り返していた。が、ある夜、シンイチ率いるガードナーによって、無謀にもガードナーにエンゲージを挑んだ不良グループは徹底的に叩きのめされ、グループは解散を余儀なくされた。が、サンディはそれでは済まず、更生と称してガードナーへ強制加入させられたのだった。
「あたしがクランを抜けたのは四年前。それからずっと、あの仏頂面のリーダーの噂は聞いてたけど、半年前のクラン解散宣言の後は、何にも聞かなくなったなあ。リーダーがどっかうろついているのも、見た事が無いね。故郷に帰ったんだろうと思ってたけど、あんたがわざわざ来るってことは、帰っていないって事か」
「そうです……。叔父上は戻っておりません。それで、サンディさん。叔父上はどんな方だったのでしょうか?」
「リーダーは腕ききの剣士だったけどね。戦闘はともかく、ほかの点では地獄みたいな生活だったよ。結構こき使われたし。あたしとしちゃあ、もう、どんなに金を積まれようが、あんな思いするぐらいならクラン加入はごめんだね」
 サンディはフウと息を吐いて紅茶を飲む。アユミは、熱すぎる緑茶を前に、サンディを見、おそるおそる問うた。
「あの、叔父上はそんなにひどい人だったんですか……?」
「剣士としての評判はすばらしかったよ。いろんなやつがリーダーに挑戦状をたたきつけては、ぶちのめされていったんだから。でもね、あたし個人としては、ひどいひとだったよ。あたしは子供が苦手なのにお守をさせようとしたり、晩くまで起きられないあたしに夜警のクエストやらせようとしたり。もう散々な生活だった。一度なんか、大金の報酬を用意した金持ちのクエストを引き受けておきながら、安っぽく見られたくないからってつまらない理由で報酬を受け取らなかったことがあったんだ。あれは本当に呆れかえったよ、もう」
「じゃあどうしてすぐにクランを抜けなかったのですか?」
「こき使われてたけど、給金はちゃんともらっていたもの。それに、あたしは不良グループにいた時に色々なもんを壊してたことがあってね、その時の弁償金の支払いを親が全部やってたもんだから、今度はあたしが家族にそのぶんの金を返さなくちゃいけなくなったんだ。クランの仕事は危険なものも多いけど、そのぶん報酬はなかなかの高額だったからね、そう簡単に抜けられやしないさ。借金の返済も、楽じゃないよ、全くもう。あんたも借金なんてつくるんじゃないよ」
「さようですか……」
 アユミは半ば混乱している。サンディはシンイチに対し文句を言っているが、これは自業自得というやつではないのだろうか。壊したものを弁償するのは当たり前のことなのに。それとも、このユトランドではアユミの故郷の常識が非常識となっているのだろうか。
(い、異国の常識って、わからない……。でもここを旅する以上、憶えておいた方がいいかもしれないわ。それにしても叔父上がこんなにひどく言われているなんて。チャドさんとは正反対の評価だわ。この人の場合、むしろ叔父上に対する個人的な恨みが骨髄まで沁みとおっているという感じがしなくもないけど……)
 とにかく落ち着こうと、アユミは異様に熱い緑茶を吹いて冷まし、少しずつ飲む。サンディは先に紅茶を飲み終え、受け皿にカップを置いた。
「というわけで、あたしがリーダーについて憶えていることと言ったらこのぐらいだけよ。いい思い出はないね。他の奴らはそうでもないだろうけど」
「あ、はい。ありがとうございました!」
 アユミは湯飲みをテーブルに置いてぺこりと頭を下げた。
「で、アユミだっけ?」
「ええ」
「ユトランドに来てからも、ずっと独り旅だったのかい?」
「ええ」
「しかも、服の汚れからして、あんた旅慣れてないみたいだね」
「はい……」
「それでもチャドおじさんに会ったと言うことは、この町からゴーグへ行って尚且つまたこの町へ戻ってきたということだけど、あんたよっぽど運が良かったんだね。凶暴なモンスターのほかにも、盗賊や追剥にも遭遇しなかったんだなあ」
「いえ、魔獣には遭遇しました。その時は同行者の方に助けていただきました」
「あら、旅のお仲間?」
「いいえ」
 アユミが、ゴーグで受けたクエストの詳細を話すと、サンディは大笑いした。
「何だいあんた、本来守るべき相手に守られてたってのかい! 本末転倒も甚だしいねえ、あははははは! リーダーが聞いたらきっと頭から湯気を立てて怒るぞ、こりゃあ!」
「むう」
 アユミは赤面しながらもふくれっつらをした。サンディはひとしきり大笑いした後、笑いをなおもこらえながら話を再開する。
「まあとにかく、これからガードナーの連中に会いたいなら、まずは飛空艇にのってモーラベルラまで行き、そこでアレンて言うン・モゥを訪ねりゃいい。あいつはのんびり屋だけど頭は良くてね、まあン・モゥはたいていそうなんだけど。クランにいたころは医者になるための学費を貯めてた。で、戦闘の時は、手当てをリーダーから任されていたのさ。たぶんあいつなら、もう医者になってるんじゃないかな? あたしより先にクランを抜けてしまったし、モーラベルラに行く用事なんて全然ないから、あたしはアレンの事をそれ以上知らないけどね」
 冷たい人だなあ。昔の知り合いにどうして連絡を取ろうとしないんだろう。アユミは思ったが口には出さなかった。
「わかりました。本当にありがとうございます。では早速エアポートへ――」
「待ちな」
 アユミが立とうとするのをサンディは引きとめる。
「何でしょう?」
「せっかくだから、これから出そうと思っていたクエストを引き受けてくれない? なに、簡単さ。アレンへ届けてほしいものがある。それだけだよ」
 サンディはにっこり笑った。アユミが首をかしげながらもそれを承諾すると、
「ありがとう。じゃ、しばらくここで待ってておくれ」
 サンディはそう言って、いったんパブを出ていった。しばらくしてサンディは戻ってきた。パブのマスターにクエスト用紙をもらい、必要事項を書き込んで依頼料と共に渡す。
「アユミ、こっち来な。クエストの手続きはもう知っているだろ?」
「はい」
 カウンターまで来たアユミは、少額の情報料を支払った後、サンディから封筒を受け取った。
「じゃ、こいつをアレンのとこへ持っていっておくれ。報酬は前払い、今から渡すよ。で、こいつはお茶代ね。報酬から引かないから安心しな。今回はあたしのおごり」
 サンディは、少な過ぎない程度のギル紙幣をアユミに渡す。アユミは礼を言って受け取った。
「あ、アレンにそいつを渡した後の報告は必要ないよ。お人よしのあんたならちゃんと届けてくれるだろうからね。なんたって、根っこはお人よしのリーダーの姪なんだからさ」
「はあ」
 馬鹿にされたのか誉められたのか、よくわからないので、アユミは中途半端な返事をしてしまった。
 サンディは、アユミの背を叩く。
「それじゃ、早速出発しておくれよ。昼の便に乗れば、今日中にモーラベルラに到着できるからね。防寒具は持ってるかい? あそこは寒いよ?」
「はい、持っています」
「よし、じゃあさっそく出かけておくれ」
 サンディは、にかっと笑った。
「はい、行ってまいります。色々ありがとうございました、サンディさん」
「危険な事もたくさんあるけど、旅を楽しむんだよ、アユミ。それと、甘い話にはくれぐれも用心しな。リーダー以上のお人よしみたいだからね、あんたは」
 そうしてパブを出ていったアユミを、サンディは見送った。
 アユミの背中が見えなくなると、パブのマスターはサンディに言った。
「今の異国の娘、あのガードナーのリーダーの姪なんだってな」
「うん。リーダーの思い出話を聞きに来てたのさ、わざわざ。遠いところからご苦労な事だよ、本当にね」
 サンディは軽くため息をついた。
「血のつながりがあっても、顔はリーダーには似てないけどね、髪の色以外は。姪じゃあ仕方ないか」
「そりゃそうだな」
 マスターは一呼吸置いた。
「本当に、シンイチの噂は全く聞かなくなったなあ。一時期は『剣聖フリメルダを越えた剣士』と呼ばれて、そのころは年がら年中誰かから挑戦状がパブに舞いこんできていたのに……いなくなったおかげで剣士たちからのクエストの数ががくっと減って商売あがったりに近くなっちまった。そういや、クラン解散後は故郷にも戻っていないようだな、姪がわざわざ来るってことは」
「そうみたいだねえ」
「冷たいな、ガードナーにいたくせに」
「あたしが望んで入ったわけじゃないんだ。リーダーは厳しかったし、クエストはすごくきつかった。ちゃんと支払ってくれる給金が高かったのが唯一の救いだよ。全く」
 サンディは、マスターに先ほどの茶代を払う。
「じゃ、そろそろ仕事しないとね」
 そう言って、パブを後にした。

 パブを出たアユミは大通りを歩き、エアポートに到着した。
「さて、モーラベルラ行きの飛空艇へ乗ればいいのよね。またあの寒い町へ行かなくちゃいけないのか。でも仕方ない」
 海をまたいで夏から冬に、気候が変わる。寒暖の差が非常に激しい。
「海をまたぐだけでこんなに気候が変わるなんて変な所ね。とにかく搭乗券を買おう」
 モーラベルラ行きのチケットを受付で購入してから、運よく数分後に出発する予定の飛空艇に乗ることができた。
「空の眺めは、やっぱりすごいわねえ」
 アユミは、窓から地上の景色を眺めた。故郷からユトランドへ行くために乗った飛空艇でも、彼女はこうして窓から外の景色をじっと眺めていた。そして今も、同じことをしている。窓の外に広がる、抜けるような青空と、深い青をたたえる海。視界の西側ではフロージスの町並みが徐々に小さくなっていくのが見える。オーダリア大陸が徐々に遠くなっていく。
 遥か東には、一部分だけ真っ白なロアル大陸が見えてくる。どうしてモーラベルラの近辺だけが年じゅう雪だらけなのだろうと、アユミは不思議に思う。モーラベルラの雪は人工的に降らされているものだが、時には晴れてくれる事もあるらしい。
(何のために雪を降らせてるんだろ? 観光資源にでもしてるのかしら)
 それから、懐の隠しにいれてある、サンディに渡された手紙を確認する。
(うん、大丈夫ね)
 手紙の無事を確かめてから、アユミは改めて、これから会いに行く人物のことを考える。モーラベルラ在住のアレンというン・モゥ。サンディはのんびり屋だと言っていたがどんな人物なのだろう。そして、アユミの叔父シンイチについてどんな話を聞かせてくれるのだろうか。
(医者ってことは、病院へ行けばいいのよね? でも病院っていってもたくさんあるかもしれない)
 クエストでアランと一緒にモーラベルラへ来た時は、おしゃれな店でひたすらたくさんケーキを食べていたことしか憶えていない……周りの建物をもっと観察すればよかったとアユミは後悔した。
(まあいっか。モーラベルラへ到着したら、改めて探せばいいんだわ。医者なら病院勤めは間違いないのだし、もし務めていなければ、片っ端から人に聞けばいい。今度はケーキを食べに行くんじゃないんだから、町の地理をしっかりと覚えよう)
 アユミは、モーラベルラに到着するまで仮眠しようと、仮眠室に入った。


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