第6章 part1



 カモアの町の西に広がるビスガ緑地は、ゼドリーの森と比べれば、よく開けていた。木々は密集しておらず、地面に生える苔を踏むとそれなりに気持ちいい。木の枝が光を遮ること無く適度に明るさをもたらしてくれる。
 だがその豊かな自然は、突如大量発生したモンスター・プリンにより、枯れ始めていた。レッドマシュマロ、イエローゼリー、アイスプリン、プリホワ。よりどりみどり。彼らの体液が草木を溶かしている。
「これは思った以上に大変クポ!」
 焦った声を上げるのは、時魔道士のモーグリだ。
「シング、あの群れを操れないかクポ?」
「無茶言わないでください、チコさん! 操るのだって集中しなくちゃいけないから一度に一体が限度なんですよ!」
 シングは首を振って否定した。モーグリはため息をついた。
「そんじゃあしょうがないクポ。時魔法で手数を増やして対処するクポ」
 モーグリはアユミを振りかえる。
「お嬢さん、何か術は憶えてるのクポ? プリン種族には、刀の攻撃は効きにくい代わりに、術にはめっぽう弱いクポ」
「い、いえっ、術は何も憶えておりません……」
 うごめくプリンたちの数の多さに驚いているアユミは、慌ててモーグリに向き直った。
「剣だけなら技をいくつか……」
「属性を持つ技はあるのクポ?」
「あ、ありますっ、風、炎、氷、雷、闇――」
「そんだけあるなら充分クポ。じゃあ行くクポ! まずヘイストで手数を増やすクポ」
 元ガードナーの一員にして双子の兄弟チャドの弟・チコは、詠唱を開始した。
 プリン種との戦闘は困難を極めた。チコがヘイストでアユミたちの行動時間を早めることで手数を増やし、シングがプリンを操って同士打ちを狙うも、プリンたちの数はなかなか減って行かない。もちろん、この場には彼らのほかにも大勢の戦士や魔術士がおり、互いに同士打ちにならない程度の距離でプリンの群れを引きつけながら戦っているのだけれど……。
「アユミさん、一旦下がって! もう疲れてるじゃないか!」
 シングの鋭い声が飛ぶ。それというのも、アユミは肩で息をし、腕の振りも鈍くなっていたからだ。
「で、でもまだ――」
「討伐数が減って報酬がそのぶん減るけど、今はそんなことはどうでもいいのクポ。お嬢さんはいったん下がるクポ! ジャッジと契約してないんだから、命あっての物種クポ!」
 押し切られる形でアユミは後方へ下がらねばならなかった。
 大勢の戦士が戦ったおかげか、大量のプリンの群れは残らず討伐された。戦士たちは討伐数を確認するためにしばしその場に残った後、町へ引き上げた。
「全然手助けできなくてごめんなさい……」
 チコが討伐プリンの数を数えている間、アユミはシングに謝った。
「謝ることはないよ、アユミさん」
 シングは首を横に振る。
「雑魚とみなされたモンスターとはいえ、たくさんいたんだ。戦いに慣れていなければすぐ疲れて当たり前だし、ほかにも大勢戦士がいたんだ、下手に残って魔法に巻き込まれたりでもしたら、大変だったよ」
「そ、そうでしょうか」
「そうだよ。無理に前に出ようとするのは、かえって足手まといになるものなんだ」
「うう」
「それより、チコさんが数え終わったら町へ戻ろう。僕も必要なものは採集できたからね」
「今数え終わったクポ、ささ、戻るクポ」
 チコはずれた帽子の位置をなおした。

 カモアの町へ戻ったアユミたちはパブで報酬を受け取った。ほかの戦士たちに比べると額はそれほど多くなかった。
「とりあえずはこれでいいクポ」
 チコは満足そうであった。アユミは少し不満だった。もっと自分が頑張っていたら。
「ふー。とりあえず今日は稼げたクポ。チョット休憩クポ。ところでお嬢さん、シングと知り合いクポ?」
 チコは今頃になってアユミに質問をした。シングとアユミがビスガ緑地に到着した時には、すでに戦闘は始まっており、チコはシングの姿を見つけてすぐ、アユミともども戦闘に引っ張りこんだのだった。
「あの、それについてはここではちょっと話しにくいので……」
 アーロックの時同様、人の多い所で「ええっ」と驚きの声を上げられるのだろうと思い、アユミは人の少ない所での話を望んだ。チコは首をかしげたが、シングは納得した。
 そうして町はずれの街道ちかくにて、
「えええっ?! リーダーの姪御さんクポ?!」
 チコはアユミの話を聞くや否や、アユミの予想していた反応をした。
「で、アユミさんは今リーダーの話を聞くためにユトランドへ来てるクポ?」
「ええ」
「そうなのクポ。リーダーはてっきり故郷(くに)へ帰ったとばかり思ってたクポ」
 皆揃って、アユミの叔父シンイチが、クラン解散後に東の国に帰ったと思っている。クランリーダーは異国の出身なのだし、クランが解散したなら故郷で余生を過ごすだろう。皆はそう思っている。
「あの、もしかして叔父上は、クラン解散の後どこかへ出発したのですか?」
 アユミの言葉の後、チコもシングも首をかしげるばかりである。
「モグは兄さんと一緒にクランを抜けたから何も分からないクポ。もちろんクラン解散の時には感謝の言葉を伝えにいったクポ。今までリーダーにお世話になりました、故郷でゆっくりすごしてくださいって、改めて言いに行ったのクポ。その時にはまだリーダーはカモアにいたのクポ、ねえシング」
「そうですよ」
 シングもうなずいた。
「でも姪御さんが来ていると言うことはリーダーは故郷へ戻っていないクポ。それなら、ほかの土地へ旅に出てるのクポ? まさかビョウキか何かでどこかの土地で倒れてしまって動けないとか」
「ええっ」
 チコの言葉にアユミは青ざめるも、
「イヤ、チコさんは昔から心配性なんだ。だからそう過剰に心配しなくても。だいたいチコさんの心配はハズレる事が多いんだからさ」
 シングはそうささやいた。
「ほ、ほんとですか、シングさん」
「ああ」
「そ、それならいいんですが……」
 アユミはどう反応したものやらよくわからなかった。嬉しいのかがっかりなのか……。心配しすぎていて想像豊かにシンイチのことを案じているのならまだしも、本当に病気や怪我でどこかの土地に留まっているのなら……。
「まあとにかくここにずっといても仕方がないよ。ところでチコさん、ここにいるってことは、薬草をもらいに行く所ですか?」
「そうそう、忘れていたクポ」
 チコはポンと手をたたいた。
「ムスクマロイだけじゃなくてもっとたくさんの薬草がクエストで必要クポ。モグはチャド兄さんと違って工場で働いてないけど、代わりにモーラベルラの薬店で働いてるのクポ」
 チコが薬草をもらいに行くところは、この町の南東に在る、タルゴの森の中に在る小さな村であった。そこに、同じくクランのメンバーのひとりが薬草屋を開いていると言う。
「ええと、アユミさんでしたっけクポ?」
「ハイ」
「モグ達と一緒に来ないクポ? 道中は花が道のわきに植えてあるから迷わずたどりつけるクポ。今出発すれば、夕方には到着できるクポ。それに、あの村には、昔からリーダーを知ってる最古参のクランメンバーがいるクポ」
「是非行きます! それと、もしよろしかったら、叔父上についてお話を聞かせてくださいませんか?」

 アユミ、チコ、シングはカモアの町を発った。運よく、タルゴの森へ食材を仕入れに向かう小さなキャラバンに遭遇したので、交渉の末にチョコボ車の荷台に乗せてもらった。徒歩で向かうよりも、このほうがずっと早く目的地へ到着できる。
 荷台でゆられながらチコはクランの思い出を話した。まず、当時ゴーグモーグ社をクビになったチャドに引っ張られる形で、彼もクランに加入したのだった。
「モグとしては普通に就職したかったけど、機械化都市のゴーグでは魔導士はあまり重宝されてなくて、むしろ錬金術やカラクリの扱いに長ける技師の方が重宝されてたから、就職先がなかったのクポ。で、そのまま、クランにはいったのクポ」
 チコはシンイチについて話す。剣士に付いての評価は、以前にクランメンバーから聞いた通りのものであった。超一流の剣士であり、一方でメンタルが弱く引きずりやすい。武術に関してはけして妥協を許さず、日々休むこと無く修練を積んでいた。
「リーダーはいつもふた振り刀を帯に差してたけど、片方は手入れする時以外に絶対に鞘から抜いたことが無かったクポ。チャドにいさんがそれについてリーダーに聞いたことあったけど、『あずかりものだから』って答えをもらったクポ」
「預かりものですか?」
「その刀をすごく大事にしていて、誰かにその刀について侮辱されると、それこそ烈火のごとく怒ったクポ。その時のリーダーは本当に怖いのクポ!」
「そうなんですか」
 初めて聞いた。アユミは、自分の帯に差してあるひと振りの刀を見る。父から手渡されたそれは、母方の親族がいとなむ鍛冶屋で鍛えてもらったものである。別に家宝でも何でもない。アユミにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。身を守るには必要だがそれを馬鹿にされて頭から湯気を立てて怒るほどではない。
(刀を馬鹿にされると怒るって……しかも怒った時すごく怖いってことは、本当にその刀に思い入れがあるんだわ)
 預かりものと言うことは誰かから譲られたと言う事。しかも侮辱されると怒ると言うことは、それをよほど大切に思っているとみて間違いない。
(叔父上って物を大切にするひとだったのかしら)
 チョコボ車はガタゴト揺れながら、整備された街道を走って行く。やがて森が見えてきて、中へ飛び込む。森と聞いたがそれほど深くはなさそうだ。ゼドリーの森より拓けているようにも見える。街道の両脇には花が植えられていて、道がはっきり分かるようになっており、離れた所にある茂みや開けたところにあるチョコボ牧場では、キャピトゥーンが何匹か顔を出していた。
「さあ着いたクポ」
 チコの声と、チョコボ車が止まるのは同時であった。開けたところに出た。アユミは車から降りて周りを見る。森を開拓して作った村のようで、遠くではカンコンと樵が木を切る音が聞こえてくる。小ぢんまりした小さな村であった。
「ここが、タルゴの森の中に在る村クポ」
 チコはキャラバンに礼を言って金を払った。そしてアユミとシングを連れ、村を歩く。たどりついた先は、一軒の丸太小屋だが、そこには様々な種類の薬草を植えた鉢がところせましと外に並べられていた。
「ここがモグの目的の場所クポ」
 チコはそう言って、薬草だらけの丸太小屋の扉を開ける。チリンチリンと、つりさげられている鈴の音が辺りに響いた。シングに続いてアユミも入る。室内も薬草だらけ。天井からもつり下がり、壁の棚には全て乾燥済みの薬草が束ねておいてある。
「おーい、薬草がちょっと欲しいクポ!」
 チコは店の奥へ大声を出す。すると、どたどたやかましい音をたてて店主らしきシークの男が現れた。
「はいよー、いらっしゃーい、チコさん」


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