第7章 part2



 同じルートをたどっての、カモアの町への旅は、やはり楽なものではなかった。森を抜け、バティストの丘を上り、カモアの町へ到着する。文字で書くとこれだけだが、アユミとシングはその間に何度もモンスターに襲われたのだ。各地を縄張りにする悪質なクランや盗賊に遭わなかったのは唯一の幸いだった。
 モーラベルラを発っておよそ一週間、カモアの町へやっと到着できた時には、アユミは疲労で歓声を上げることすらできなかったほど。長旅による足の筋肉痛や、風呂に入れず埃だらけになる事にはもう慣れてしまったけれど。
「いやー、やっと見えてきたよ。カモアの町。まだ太陽が南中に昇ってないから今から行けば昼飯にありつけるよ」
「はい……」
 道中の戦闘でおたからをある程度集めてホクホクのシングとは逆に、アユミは、返事をするのもやっとのことだった。とにかく休みたい、風呂に入って体を綺麗に洗いたい、彼女が今求めるのはそれだけだった。そして一時間後に、昼食をたらふく詰め込んだアユミは宿の女将に洗濯と風呂の湯を依頼、体を綺麗に洗って間もなく眠りについていた。
 それからグラスの港町に到着したのが二日後であった。ビスガ緑地は広かったが、シングは近道を知っていたので、南へ横切るのではなく、東南へ向かい、道を短縮した。整備された道を歩いていくにつれて前方から潮の香りが風に乗って流れてきた。小高い丘からは海が見下ろせた。
「うわあ」
 アユミは、港町に踏み入れるやいなや、声を上げていた。
 どこを見ても、人、人、人。これまで彼女が見てきたどの町よりもたくさんの人が行きかっている。海からの潮風に乗って、様々な声が彼女の耳に届けられる。
「すごく賑わってる……」
「アユミさんの故郷もそうなんじゃないの? 港町は貿易で賑わうからね」
「私の故郷は内陸ですので……。港町自体、一度しか見た事が無くって……」
 言いながら、アユミは港町を見まわす。大勢の人が行きかい、露天商が客を呼びこんでいる。様々な商品が露店に並び、客の足を止めていく。
「わああ、貝殻の装飾品がある! かわいらしいなあ!」
 アユミの関心が早くもアクセサリーに向けられる。シングはヤレヤレと内心では思いながらも、
「それじゃあ、まずは――」
 昼食と宿取りと路銀稼ぎのクエストを、と言おうとしたのに、アユミはささっと歩きだしていた。貝殻や珊瑚の装飾品店へ向かって。
「待って、アユミさん!」
 シングは慌ててアユミを追った。
 路銀稼ぎとシングの買いものとで滞在は数日間になったが、アユミはその忙しい間にも露店を見て周り、見た事のない品物に目を輝かせた。装飾品、綺麗な布地などが彼女の目を楽しませてくれる。シングはアユミの買いものにはすべて目を光らせ、用のないものを買って無駄遣いしないようにと気をつけていた。港町の観光が終わると、二人は行きと同じルートを取って、モーラベルラ行きキャラバンの護衛クエストを受けた小さなクランと一緒にクエストをこなし、モーラベルラへと戻った。
 雪の降る町に到着後、二人はキャラバンや小さなクランと別れた。
「やはりアユミさんはまだまだ初心者だよ。戦う技はあっても、実戦経験が圧倒的に足りない」
「グラスの港へ行く間にも魔獣とたくさん戦ったのに……」
「そう、確かにたくさん戦ったけどね、そのたびに毎回一人で突っ走ったら駄目だよ。いくら近接戦闘に特化している戦い方とはいえ、一人で突っ込まれたら後ろからの援護が難しくなるんだよ。クランのひとたちだって呆れていたじゃないか……」
 シングのお小言を聞きながら雪の道を歩くのは楽しいことではない。
 宿をとり、昼食を済ませてから、午前中のお小言による胸のむかつきを払い落すために、午後は町の西に在るデルガンチュア遺跡への観光となった。この遺跡への道は整備され、観光客も多い。それでもモンスターが出没するために、観光協会はツアーを組む際に客の護衛用クランを雇っている。もちろん護身の術を持つ冒険者たちはそんなツアーに頼らずとも自分たちで遺跡を見に行ける。
「乗りあい馬車が出ているんですね」
 アユミは、町の停留所に止まっている大きなチョコボ馬車を見て声を上げた。
「大きいなあ」
「これは普通の馬車さ。観光で使うものはこの倍以上はあるよ。冒険者たちはこれに乗りあいをしていくんだ。チョコボ馬車なら数時間で目的地へ着けるからね。最近は液体系のおたからが品薄だからこれを機にプリン系モンスターを討伐して体液を採取しようっていう冒険者も多いよ」
 アユミたちはチョコボ馬車に乗り、定員およそ十名を乗せた馬車は発進した。ガタゴト揺れる馬車から、アユミは身を少し乗り出して周りを見た。雪景色が少しずつ無くなってきて、寒さも和らいでくる。人工的に雪を降らせている魔術の力から離れていくためだろう。
「フロージスに到着したときはカノル砦に見学に行ったけど、タートルの魔獣に囲まれたっけ」
 数時間、チョコボ馬車による往復便にゆられたアユミは、馬車からおりたった。
「うわあ、大きい」
「オーダリア大陸側のカノル砦やクシリ砂漠の遺跡に並ぶ、ユトランドの遺跡だよ」
 長い年月を経て風化しているけれど、どっしりとした遺跡がアユミの目の前にそびえたっており、遺跡の中には水路まである。アユミは好奇心の命ずるままに遺跡の中へ入って行こうとするも、シングが止める。奥にはプリン系モンスターが営巣していることがあるからというのだ。
「どういうわけか奴らはここが好きなんだよ。やつらの体液でこの遺跡が浸食されないのが唯一の救いではあるんだけど、それでも勝手に奥には行かないでくれよ。遺跡はそこそこ広いんだからさ、まよった末にプリンたちに囲まれて胃液で溶かされて、な事になりかねないんだよ」
「はい」
 隅々まで探険したいのに、アユミは内心ふくれっ面。
 乗り合わせていた冒険者たちは、遺跡の見物よりも、この場所に生息する魔獣を探している様子だ。魔術士系が半数を占めるのは、ここに生息するらしいプリン種が術に弱いために、それらの撃破を担当するからであろう。何気なく会話をして周りを見回しても、彼ら冒険者の目は遺跡ではなく、その外側にたいてい向けられているので、戦闘の素人たるアユミでも何となく彼らの目的を察することは出来た。
 遺跡には水が引かれており、ずっと奥へ続いている。一体どこから水を引いているのだろうと、アユミは遺跡の奥を覗き込んだ。
「あれ?」
 彼女は目を凝らし、うすぐらい前方を見た。誰かが、遺跡の中に佇んでいるように見えた。さらに目を凝らす。
「あれって、シンジ君?」
 背まで届く長い黒髪と暗色の着物。アユミの目に映ったのはそれだけだが、その背中だけで彼女はあの不思議な少年を思い浮かべていた。そのままじっと見ていると、遺跡の奥に佇む人物が動いた。そのままアユミの視界に届かぬ暗がりへ歩み去ったので、アユミはそれ以上の追跡を諦めた。
「アユミさん!」
 不意に背後から聞こえた鋭い一声で彼女は咄嗟に振り返る。
 シングが彼女を呼んでいた――遺跡の脇を流れる川付近にプリン種の群れが姿を現したのだ。赤、青、黄色、ピンク。
「ま、魔獣が!」
 冒険者たちはとっくの昔に戦闘態勢を取り、術の詠唱を開始していた。アユミは慌てて、プリンの一体を操って同士討ちをさせているシングの傍へ駆け、
「奥義・陽炎!」
 抜刀と同時に気合を込めた一閃。シングの背後を狙ったアイスプリンは一瞬にして炎に包まれ、いやな悲鳴を上げた。その音でシングは振り返り、体力を失ってぐんにゃりとするアイスプリンを見て冷や汗をかいた。
「僕の後ろにもいたのか。アユミさん、ありがとう」
 プリンの群れは瞬く間に討伐された。液体系のおたからを手に入れた冒険者たちは意気揚々と乗合馬車に乗り込み、シングとアユミもそれに続いた。数時間かけて馬車はモーラベルラへたどりつき、アユミは防寒具をはおるのを忘れてくしゃみをした。
 町に到着する頃には夕暮れとなっており、多くの人々は家路についていた。店でおたからを売ったアユミたちはパブで早めの夕食をとった後、シングの務める情報屋へ立ち寄った。内々の話があるから先に宿へ戻っていてと、アユミはシングに店を追い出される形で、寒い店外へ出た。そのころには魔法の街灯が辺りを照らしており、彼女の吐息は白くなった。
「早く帰ろう」
 宿へ向けて足を踏み出したところで、アユミはまたしても見覚えのある背中を見つけた。
「シンジ君!」
 宿の方向へ歩いているその背中に、歩みよりながらアユミは声をかけた。その背中の主は足を止め、振り返る。その赤い目がアユミの目を捉える。確かに彼はシンジであった。彼は、小走りで駆けよったアユミに向き直った。
「やっぱりシンジ君だった!」
 同郷の者に再度会えたアユミ。彼女がホームシックにならないで済むのはひとえにシンジのおかげであると言っても過言ではない。といっても、シンジの側からアユミに対し打ち解けた様子は見せてくれないが。
「また会えたね、元気そうでよかった! そういえばね、あなた、昼にデルガンチュア遺跡の奥にいなかった?」
 挨拶もそこそこに、さっそく彼女はずっと気になっていた事を問うてみる。
「……いました」
 シンジは肯定した。
「あんなに奥に入って、大丈夫だったの?」
「大丈夫です」
 アユミの問いに淡々と答えるシンジを見て、魔獣に襲われたとしても対処できるだけの実力があるのだろうか、実は運よく出遭わなかっただけなのだろうか、と密かにアユミは思った。
「大丈夫って、あそこで何やってたの、シンジ君。おたから探し?」
「……昔のことを思い出していただけです」
「昔?」
 シンジの、血潮のように赤い瞳が遠くを見る。しばらく返事が無かったので、アユミはまずいことを聞いたかと思い、慌てて口を開く。
「あ、ごめんね。言いたくなかったらいいの」
「……」
「そ、そういえばあの遺跡って水路があって、そこにプリンの魔獣がいっぱい生息できるようになってるのね。水に事欠かないものね。プリンの魔獣がいきなり出てきてびっくりしちゃった」
 アユミは慌てて話を変える。
「私、できるだけ応戦したけど、一太刀で相手を倒すのって本当に難しいわね。やっぱりまだ叔父上にはかなわないわ。この地方で伝説となった方なんだし、私なんてまだまだ修業が必要ね。戦闘でも、ひとりで飛び出していってシングさんに怒られるばっかりで。連携ってのが全然とれないって言われちゃってて。そういえばシンジ君はどのぐらい剣術ができるの?」
「……己の身を守るぐらいならば」
「旅をするにはやっぱりそれぐらいは必要よね。でも私、それすら出来てない気がしてたまらないの」
 アユミの声はだんだん暗く小さくなる。人々の雑踏が彼女の言葉を呑み込む。
「このユトランドに来てから、叔父上の話を聞きたくて町を周ったんだけど、クランの皆さん、口をそろえて言うんだ、『リーダーは超一流の剣士だった』って。もちろん精神的に脆い面があったけど、それをひっさいても、充分強かったって。なんか私、叔父シンイチの姪だって名乗るのが恥ずかしくなっちゃった。名乗ったら最後、皆そろいもそろって、叔父上と私を比べるんだもの」
 シンジの反応はない。構わずアユミは続ける。
「二十歳になるまでずっと修業してきたのに、今までのきつい修練は何だったんだろうって、戦闘が終わる度に思うの。魔獣も自力で討伐できるはずなんだけど、それ以上に連携が出来ていないって言われるし。でも私は離れて戦うよりは近づいて切る方が強いと思うからそうしているだけなのに」
 アユミの言葉はやっと止まった。しばらく、二人の周りだけ沈黙が支配した。
「故郷(くに)にはない珍しいものもたくさんあって、楽しい所だと思うけど、ここに来るべきじゃなかったのかな、私」
「そうでもありませんが」
 初めてシンジが反応した。無表情のまま。
「貴女の叔父上はユトランドに来たばかりの頃、無名の異国人だったはずです。ユトランドでの知名度が急速に上がったのは、クランを結成していたからにほかなりません」
「どういうこと?」
「剣聖フリメルダや剣豪フリーゼという過去の凄腕の剣士たちは、魔獣退治や弱者救済などの形で人々の記憶に残りました。彼女らがただ凄腕の剣士だったならば、それほど記憶には残らなかったでしょう。貴女の叔父上も同じです。クランを結成し、戦闘を中心とした依頼をこなすうち、次第に名前が知られていっただけのこと。人の記憶に残り、噂に上るようなことをしていれば、当人の知らず知らずのうちに有名人になっていきます。知名度が上がると言うのは、クランにとっては依頼がより多く舞い込みやすくなって良いことでもありますが、知名度を妬まれて勝負を挑まれることも少なくありませんので、一長一短の事なのです」
「そうなんだあ。よく知ってるのね、シンジ君」
 アユミが彼を誉めたところで、
「あれ、アユミさん。まだ宿に行ってなかったの。僕を待つ必要はないのに」
 店から出てきたシングが彼女に声をかけた。アユミはシングに向き直った。
「あ、ごめんなさい、シングさん。ちょっとお話をしてたんです」
「お話? 誰と?」
「シンジ君とです――あれ?」
 アユミは目を丸くした。というのも、さっきまでシンジの立っていた場所に目を向けた時、彼の姿は煙のように消え失せていたからだ。
「シンジ君? あれ、どこ行っちゃったの?」
 またしても、いなくなってしまった。アユミは彼を探して人混みを見まわした。辺りは街灯と月の光で照らされ、大勢の人々が行きかっている。この中に紛れてしまえば薄暗さも手伝ってその姿はほぼ見えなくなるだろう。
(もしかしてシンジ君、急いでたのかしら?)
 それを無理に引きとめてしまったのではとアユミは申し訳なくなった。
 シングは首をかしげながらも、
「とりあえず店長との話は終わったからさ、宿へ戻ろう。明日からはオーダリア大陸へ、おたから調達へ行かなくちゃいけないからね。早く寝て休もう」
「はい」
 アユミとシンジは宿へ行き、湯浴みの後でベッドにもぐりこんだ。ことあるごとにきしむおんぼろベッドの中で、アユミはシンジとの話を思い出していた。
「叔父上も一人旅でこの土地に来た時は、ただの剣士だったのよね。何十年もこの土地にいてクランを結成していればそのうち有名になって当たり前よね」
 瞼が次第に重くなる中、アユミは、
(どうしてシンジ君は一瞬にしていなくなったんだろう。急いでたのかしら。それとも――)
 やがて眠りの世界へ落ちていった。


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