第3章 part1
ゼリーを舐め続けるスズメバチを研究所に残して、深夜三時すぎにスペーサーは帰宅した。帰宅後、やけに疲れを感じ、部屋に入ってからすぐにベッドに倒れこんで寝てしまった。それからいつもどおり朝七時に起こされた後、Jr.が朝食と弁当を作っている間に、浴室でシャワーを浴びる。ゆっくり風呂に入るのは休日のときか、研究がどうしても捗らずに苛立って早めに帰るときだけだ。冷たいシャワーで汗を流し、眠気を払ってから、着替えて朝食を取る。
「そうだ、Jr.」
スペーサーは、食べているとき、ふと思いついて口を開く。向かいに座っているJr.は、トーストから口を離す。
「なに? スペーサー」
「うちに、図鑑はあったか?」
「図鑑? あったと思うけど、何の?」
「昆虫図鑑。子供用の簡単なものでもいいから」
なぜ急に、とJr.は口の中で呟いたが、それ以上は何も言わず席を立つ。それからしばらくして、Jr.は片手に少し古い図鑑を持って戻ってきた。ずいぶん読まれていないのか、埃のにおいがする。
「あったよ。結構前に出版されたものみたいだけど――」
「いいんだ、ありがとう」
図鑑を受け取り、スペーサーは礼を言った。
弁当を持たされ、鞄を引っつかんで、八時過ぎに、スペーサーは家を出る。あまり車の走っていない道路を、まだ頭の隅に残る眠気と戦いながら車を走らせて、研究所へ向かった。
研究所の、自分の研究室につく。ドアを開けると、スズメバチがどこからか飛んできた。
『あんたどこ行ってたんだい! アタイがあの甘いの舐めてたらいきなりいなくなっちゃって』
「どこって家――ええと、巣だな。私にだって帰る場所はあるんだ」
『あ、あんたの巣なの。なるほど』
スズメバチはあっさりと納得して、デスクの上にとまった。スペーサーは、そのままデスクの片隅に鞄を置いて、椅子に座る。
「さてと」
引き出しを開ける。そこには、昨夜のカプセルがまだ転がっている。
スペーサーが、この研究をやってみようと考えたのが、今から一週間ほど前。
休日、Jr.と一緒に観たホラー映画の「狼男」からヒントを得たのである。月の光を浴びて変身する狼男。月の光が肉体に何らかの刺激を与えた結果ああなるのだろうかと考えたのが、始まりだ。
もちろんこの研究は、興味本位で始めた極秘のモノ。日常の研究とは違う。手元の薬をちょっと改造すれば望みの成分が出来上がるため、薬物購入は必要ない。誰かに知られたくないため、薬物の試験は自分を実験台にした。専用の施設からモルモットをもらう手もあるのだが、記録をつけられてしまうので、考え直した。
「ハチ毒がこの薬の成分を変化させたと考えるべきだな、やはり」
鞄から昆虫図鑑を取り出す。
『あんた、さっきから何やってんだい』
スズメバチが、飛んでくる。スペーサーは昆虫図鑑と、手元に飛んできたスズメバチを交互に見つめた。
『なんでアタイをじろじろ見つめんだい?』
「調べものだ」
『それよりおなか減ったよ。昨日のあの甘いの、ない?』
スペーサーが指差した方向に、ゼリーのパックが置いてある。親指ほどの大きさの一口ゼリー。たまに彼が脳内の糖分補給と称して(要するにおやつとして)食べている。
スズメバチがゼリーを舐めている間、彼は図鑑のハチの項目を調べる。このスズメバチは、都市部に多いようだ。
「ちょっと来い」
彼に呼ばれたスズメバチは、名残惜しそうにゼリーから離れる。
『なんだい?』
「ここに立って――いや、とまってくれ」
スズメバチは素直に、指されたページの上に乗る。そこには、このスズメバチの写真が載っている。
キイロスズメバチ。
(確かに黄色いな。刺さない所を見ると、私には敵意を持っていないようだが――)
図鑑の上のスズメバチは、落ち着きなさそうに触角を動かす。早くゼリーを舐めたくて仕方ないらしい。
『まだかい? アタイおなか空いて死にそうなんだけど』
「ああ、ありがとう。もういい」
スズメバチはゼリーめがけて飛んでいった。
(とりあえず、これは夜までおあずけ、と)
スペーサーは図鑑を閉じ、所長から依頼されていた研究に取り掛かった。
Jr.は、ラジコンやプラモデルを持った子供たちに囲まれていた。彼自身がプラモデル好きなのと近所の子供たちの要望もあって、学校が休みの期間の時は、よく子供たちを自宅に招いて、プラモデル組み立て教室や勉強会を開いている。
子供たちは、外で飛ばしたり走らせたりするラジコンのほか、精密部品の多いプラモデルを持ち込んでいる。基本的に組み立てるのは子供たち。この時には、Jr.はアドバイザーになる。しかし、Jr.は手先が器用なので、どうしても無理だと子供が判断したときは、手伝って組み立ててやることもある。
朝も早くから、十五人もの子供たちは暑さにも負けず元気にはしゃいでいる。様々なプラモデルやラジコンの部品が散らばり、どれがどのパーツなのか見分けがつかなくなりそうだった。中には、接着剤を必要とする部品があるため、子供たちのいるリビングの中は専用の換気扇がつけられている。
「あ、出来た出来たー」
嬉しそうな声が上がり、高さ二十センチほどの、小さな戦闘ロボットの模型が机の上に立つ。
「わー、すごいすごい!」
己のプラモデルを組み立て中だった他の子供たちも、そのロボットの模型を見る。部品の切り取り部分や部品のずれが目立つが、それに目をつぶりさえすれば、模型は、ほぼ完璧なロボットの姿だった。
「よく出来たねー。これは結構部品こまかいからね。がんばった!」
Jr.も褒める。褒められた子供は照れくさそうに笑う。負けじと手の早くなる子供たち。それから十分ほど経つと、子供たちの間で、完成を祝う声が次々と上がった。
昼ごろ、Jr.は子供たちを家に帰す。もちろん自宅で昼食を振舞ってもいいのだが、今日は、高校受験を控えた近所の中学生たちから臨時の勉強会を開いて欲しいと依頼されているため、その準備をしなければならない。午後一時から五時までの予定なので、子供たちがいては準備の邪魔になる。
プラモデルを大事に抱えて歓声を上げる子供たちを見送った後、Jr.は再度、リビングを見渡して掃除機をかけなおす。組み立て終わったら掃除をするという決まりを作っているのだが、如何せん子供の掃除は甘い。隅のほうへ飛んでしまった部品のカケラなどが残っているのだから。
一通りリビングの掃除を終え、勉強机用にリビングのテーブルをセットしなおして椅子代わりのクッションを並べる。小さなホワイトボードを、時計の代わりに壁にかける。ボードの左側に今日の夕食のメニューが書いてあるので、消す。使うテキストを確認し、エアコンの温度を調整した後、Jr.はやっと自分の昼食をとることができた。すでに十二時半を過ぎている。少し疲れてはいたが、Jr.は特に不平を漏らす事などない。好きでやっている事なのだから。
昼食の片づけを終える頃、受験生達が、家の呼び鈴を鳴らした。
ドアの外には、荷物を持った十人ほどの中学生達の姿。塾や図書館が混んでいるので、落ち着いて勉強が出来ないのだ。
「やあ、いらっしゃい」
Jr.は彼らをリビングへ通す。暑い外と比べ、エアコンで涼しいリビング。気温三十九度、じりじりと太陽が照りつけている暑い中を歩いてきた受験生達はほっと息を吐いて、汗を拭った。人数が揃っている事を確認したJr.は彼らにアイスティーを出し、席に着かせた。
涼しい部屋にいる中学生達が冷たいアイスティーを飲んで落ち着いた頃を見計らい、Jr.は市販の高校受験用テキストを取って、ホワイトボードに図や公式を書き込んで説明を始めた。
「まずこの正三角形の辺Xと、直角二等辺三角形の内部に引いてある辺Yの長さが同じである事を証明するには、この部分が重要。ここは長さがわからないけれど、正三角形の辺の長さがわかれば半分は解けたも同然だからね。だから正三角形の辺の長さが全部一緒であることを利用すると解きやすくなる――」
生徒達は、熱心に聴き、メモを取った。
夕方を過ぎ、研究員のほとんどが帰宅した頃。
ボルト所長は、スペーサーの研究の進捗ファイルを見て、満足そうに頷く。研究室に並べられた様々な薬物や、器具の中に、どこに置き場があったのか、研究の進捗を示すファイルが置かれている。この所長、研究員がいてもいなくても、勝手に部屋に入ってくる。部屋の主は、今はいない。
「進捗としては、予想以上だ。まだ仮説の検証段階とはいえ、ここまで進めてくれるとは思わなかった。これなら、期日に間に合いそうだな。期限なしと言うと、少し時間を置いて即座に取り掛かる奴だからな」
所長が出てから数分後、部屋の主・スペーサーが、スズメバチと一緒に戻ってきた。
「トイレまでついてくることはないだろうに。ヒトではないとはいえ、メスの蜂――」
『といれ? あんな変な臭いのする場所が、ニンゲンにとって大事なの?』
「大事も何も、生き物には生理的欲求と言うものが――」
デスクの上のファイルに目を留める。
動かされている。
「また所長が勝手に入ったな」
スペーサーはドアを閉め、溜息をつく。動かされているのはファイルだけなので、他に何もいじられていないことがわかる。しかし、勝手に部屋に入られ、ものをいじられるのは好きではない。自宅で、掃除その他諸々のためにJr.が入室するのを例外としては。
スズメバチが、型に入ったゼリーの残りを舐めている間、スペーサーは、手書きのノートを開く。彼にしか解読できない文章やら公式やら図やら、ボールペンで書かれたものがぎっしりとページを埋め尽くしている。
映画の狼男の姿を思い出す。狼と人間を混ぜたような姿。四足の狼が二足歩行していた。
(改良すれば、二足歩行も夢ではないな。薬の成分は理論上完成している。後は、成分を変化させるための起爆剤と、起爆剤によって起こる身体変化を細胞レベルか遺伝子のレベルで調整できれば、望み通りの姿を手に入れられるはずだ……)
スペーサーは立ち上がると、薬物の棚に手を伸ばした。スズメバチの後ろで、様々な薬品の瓶が並べられ、手入れされた器具が即座に並べられていく。
ノートに薬物の構造式を書きながら、彼はなにやら呟きながら作業を開始した。ゼリーを舐め終わったスズメバチは、特に邪魔するわけでもなく、彼のすることをじっと見ている。
彼は既にスイッチが入った状態になっている。このときは、他の事が目に入らなくなる。もちろん、自分の健康が損なわれようと、彼は研究を中断しない。夢中になってやり続けるのだ。
構造式に従って、薬物が色々と調合され、器具に入れられる。なにやら口の中で呟く言葉は、彼にしか理解できない独り言。日は暮れていき、研究室の時計は夜の八時をさす。それでも彼は作業のペースを全く落とさなかった。
一連の作業が終わった後、嫌なにごり方をしたオレンジの液体の入ったビーカーに蓋をして、スペーサーは、医務室へ向かった。誰もいないが、勝手に入る。内部の設備が施錠されるのは、最後の研究員が出てからだ。それまでは、万一の怪我に備えて開いている。
診療器具の入った引き出しを開けて、採血セットをそろえる。そして、準備をととのえると、自分の腕に針を刺して、試験管一本分を採血した。採った血液を、持ってきた試験管に移す。
『なにやってんの?』
スズメバチが聞くが、彼は無視して止血をし、採血セットを消毒して元の場所に収める。そのまま研究室へ戻る。自分の血液をスポイトで三ccほど採り、別の小さなビーカーに数滴ほど載せた濁り液の中に、落とす。両者はビーカーの中で混じる。ガラス棒で少しかき混ぜると、さらに嫌な色合いに変わる。妙に赤く濁ったオレンジ。かすかだが、鉄のニオイもする。
スズメバチは嫌そうな羽音を立てて、エアコンの上にとまる。スペーサーは薬の様子を見ていたが、首を振って、オレンジの液体を一滴つけたしてかき混ぜる。それを数回繰り返すと、急に血液と液体の混ざったモノの色が変化した。赤っぽいオレンジだったのが、完全な赤に変わった。もちろん、その色は血液そのもの。
「うん、これだ」
スペーサーは満足そうに頷いて、ノートの構造式に、ボールペンでちょこちょことメモを付け足した。
「理論的には正しいが、実験は必要だな」
ちゃんと消毒した注射器の中に薬を入れ、彼はその針を、止血したばかりの箇所に、刺した。薬が体内に流されると、針を刺している箇所がまるで痣のように嫌な色に変わる。痛みが伴うのか、スペーサーは顔を歪める。
「針で刺す痛みじゃないな……」
注射器の針を刺した箇所を始点に、体の中で何かが暴れまわっているような、鈍い痛み。中から体をぶち破ろうとしているかのようだ。
そのまま傷口を消毒して止血しなおし、注射器を消毒した後、スペーサーは、器具を片付けて、荷物をまとめ、部屋を出た。
「今日はもうこれくらいに……」
妙に頭が重かった。眠気とは違う。まだ夜の九時だったが、いつもの朝帰りよりも運転するのも辛く感じたほどだった。
げんなりした表情で帰宅したスペーサーを見て、風呂上りのJr.は驚いた。夜六時以降まで研究が延びることはもう日常茶飯事だが、研究延長のときに夜中前までに帰ってくることなど、滅多になかったからだ。
「今日は泊まらなかったんだ?! 珍しいね」
「そんなに珍しいか?」
スペーサーは頭が重かった。Jr.の返答も待たず、彼は歩き出そうとするが、足がふらついた。
「おっとっと」
Jr.はすばやく支える。スペーサーはそのまま脱力して、Jr.にもたれかかってしまった。
「大丈夫? 疲れてるんじゃないか?」
「かもしれない……」
Jr.に支えられたまま、彼は部屋に連れて行ってもらい、ベッドに横になる。
「熱はないみたいだけど、何だか顔色悪いな」
Jr.は、スペーサーの顔を覗き込む。
「水飲む?」
「いらない……寝かせてくれ」
スペーサーの言葉に、Jr.は素直に従った。部屋を出る前に窓を開け、風通しを良くする。
「寝たいなら、いいけど……何かあったら呼んでくれよ」
「うん……」
Jr.は退室の際に部屋の電気を消す。ドアの閉まる音と同時にスペーサーは息を吐いた。何とか起き上がる気力を振り絞り、着ている服を脱いだ。
体が熱い。心拍数が上がっている。おびただしい汗が流れる。体内で何かが暴れるような鈍痛が少しずつひどくなり始め、今度は金槌で殴られているかのような激痛に変わる。指先がチリチリする。
意識が朦朧とし始めた。
誰かの声が、耳元で聞こえたような気がしたが、彼の意識はそのまま闇の中へ沈んでいった。
Jr.は、自分の部屋で、時計の秒針がコチコチと規則正しく時を刻むのを見つめながら、机に向かっていた。
昼間の勉強会を思い出していた。
生徒達が苦手とする、数学、生物学、法律基礎。市販のテキストを使っての解説。法律基礎の解説の途中、受験生の一人が挙手をして質問をした。弁護士の従兄がいるというその受験生は、Jr.に問うた。
「最近、クローンの人権侵害するひとがいるっていうニュース流れてますよね。結構訴訟も起こってるし。Jr.さんは、そういうひとを訴えたりしないんですか?」
周りの受験生達は少し眉をひそめた。不謹慎な質問をしたといわんばかりの表情。だがJr.は嫌な顔一つせず、答えてやった。聞かれるだろうと、ある程度は覚悟が出来ていた。
「よほどのことがない限りは、訴えたりはしないよ」
「何でです? クローンの人権侵害用弁護士も出てきてるんでしょう?」
「確かに、専門家は輩出されているね。訴訟の数も多いし、クローンは必ず勝っている。でも僕は、そうやって『人権』を必要以上に振りかざすようなやり方は嫌いなんだ」
「え? でも弁護士は人権を守るのが――」
「では、僕から聞くけれど、君は『人権』を何だと思ってる?」
「何って、社会に生きる人間に必要なもので、守られるべきものでしょ? 法律でそう決まってるし、オリジナルとクローンは生存権と基本的人権を持ってるし、でもクローンは法律の上では制約も多いから――」
「うん、そうだね。確かにクローンには生存権も基本的人権もあるし、それらの権利は守られるべきものだ。しかし、オリジナルと区別するために法律上の制約が多いのも事実。就ける職も限られているし、結婚も出来ないからね。これは後の時代の改善を待つとして――」
Jr.はいったん言葉を切る。
「僕が嫌いだというのは、『人権』を盾にして、オリジナル以上の権利を要求したり、取るに足らないことを『クローンの人権侵害』と騒ぎ立てることだ。この場合、『人権を犯す行為』の線引きが非常に曖昧で、ちょっとしたことでも『クローンの人権侵害』につながる。例えば、先ほど君が僕に投げかけた質問で僕が嫌な思いをしたというだけで、僕は君を訴える事もできる。それは理解できるかい?」
相手は頷いた。
「もちろん僕は、嫌がらせを受けた事が何度もある。その気になれば、それ関係の弁護団にでも連絡するさ。でも、僕はまだ訴えないよ。僕は確かに人工的な方法で生を受けた。けど、僕は一人の人間として皆に接してもらっている。オリジナルの複製品としてではなく、一人の『人間』として。そうしてもらえるだけで、僕は嬉しいんだよ」
生徒達は、思わずあっと小さく声を出した。
「確かにクローンの人権はオリジナルと同様守られるべきものだけど、行き過ぎると逆差別を生む。そうなるとますますクローンに対して世間の目は冷たくなる。特別扱いされる奴だってね。クローンはまだ絶対数が少ないとはいえ、クローンだけが必要以上に優遇される事はあってはならないと、僕は思うよ。そして、僕にとっての『クローンの人権侵害』は、誰も彼もが、僕を、ただのヒトの偽物として扱うときだ」
あの時本音は言ったものの、Jr.は内心、不安だった。
クローンが生み出される理由は、オリジナルによって様々だ。Jr.はスペーサーの助手となるよう生み出されたが、知識は持っていても、Jr.が興味を持ったのは研究でなくてプラモデル。最初は研究に付き合っていたが、そのうち、二人で一緒に研究すると外部に何らかの形で秘密が漏れるから、という研究所の方針から、Jr.は家で留守番をするようになった。スペーサーの望むときに力を貸す、という形で彼の研究を手伝っているとはいえ、本当にこれでいいのだろうかと、不安だった。直接手伝ってくれない彼に、オリジナルは内心不満を抱いているのかもしれない。
もし、オリジナルから、「もう要らない」と言われたら――
頭を振って、その考えを払拭する。
「ふう。窓開けようかな」
Jr.は気を取り直し、立ち上がって窓を開ける。涼しい夜の風がふわりと体を撫でる。
「ああ、涼し――」
次の瞬間、彼の目の前を、何か黒いものが高速で通り過ぎた。
「?!」
窓から身を乗り出す。だが、何か黒いものは、何処にも見当たらなかった。
「気のせい、かな?」
夜の闇の中、涼しい夜風だけが、彼の顔を撫でていった。
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