第1話
ポケモンたちの住む、ポケモン渓谷から南へ百キロ。そこには、炎ポケモンの住まう火山帯がある。休火山のために噴火は起きていないが、山の根元にいくつか間欠泉が噴出して、天然の温泉が作られていた。
険しい火山のふもとには洞窟がある。昔から、その洞窟の奥にはなにやら奇妙な力を持っているポケモンがいると伝えられているが、真偽は不明である。
山に住むポケモンたちは誰一人としてそこに入ったことがない。否、近づこうともしない。なぜなら、その洞窟の奥深くに入った者は誰一人として生きて帰ってはこなかったからである。その事実が、火山の洞窟に伝わる伝説を裏付ける材料となり、見張りとして火山のポケモンたちが入り口に陣取るようになった。
マリルは、間欠泉の吹き出る勢いに乗り、ポーンと、ボールのごとく空中に飛ばされていた。ボールのようなまん丸な体は宙を舞い、ゆっくりと落ちていく。やがて、温泉へ、派手な水しぶきを上げて、落ちた。
「きゃああ」
悲鳴が聞こえるが、怖がっているのではない。楽しんでいるのである。このマリルは、ポケモン渓谷から川を下ってやってきた。持ち前の好奇心の強さと新しい物好きな性格が手伝って、このマリルをここまでこさせたのである。間欠泉と温泉を初めて目にしたマリルは、温泉につかってのぼせてしまったり、間欠泉が吹き出るのを利用して温泉へとダイビングしたりと、数日前から温泉の近場で遊んでいた。
さて、温泉に浸かって体温が上がると、マリルはいったん温泉から外へ出る。そして、近くに生えているチーゴの木までよちよち歩き、あらかじめ敷いておいた葉の絨毯の上に寝転がる。火傷を治す効果のあるチーゴの実なのだ、その木の葉は、温まりすぎた体温を下げてくれる効果があった。
「あー、気持ちいい〜」
木陰で涼んでいると、その近くをマグマッグがのんびり通りかかる。溶岩ポケモンであるため、温泉には浸かれないが、湯を飲みに来ることはある。
「やー、マリル」
木陰で寝そべるマリルを見つけ、温泉から顔を上げて、マグマッグは挨拶する。マリルはころんと転がるようにして起き上がり、マグマッグを見る。この火山帯へやってきたマリルの、最初の友達である。
「あっ、マグマッグだあ」
ころころ転がるように、マグマッグの元へ走る。
「ねえねえ、間欠泉で遊ばない?」
「オイラは駄目だよ。炎ポケモンだから、水に弱いんだ」
「でもお湯だよ?」
「水を沸かすとお湯になる。だからお湯も水の一つなんだ」
「そおなんだ」
マリルは温泉に飛び込み、泳ぐ。ちょうど間欠泉が吹き上がり、マリルは空高く飛ばされ、そして温泉に派手な水しぶきを上げて落ちた。マグマッグは慌てて後退する。
「オイラにしぶきを当てるなよ」
「ごめーん」
マリルは温泉から上がると、マグマッグに言った。
「ところで、チーゴの実でも食べない? いくつか枝から落としてあるの」
「今はいいよ。まだ日が高いしね」
マグマッグはそう言って、のそのそと火山のほうへ行く。マリルはその後を追ってヨチヨチと歩く。
「ね、ね。こないだから気になってたんだけどお」
「ん?」
「火山の近くに、洞窟があるでしょ? いつもマグカルゴやバクーダがたむろしてるとこ。あれは何の洞窟?」
聞かれたマグマッグの目が伏せられた。
「知らないほうが、いいと思うよ。知ったら、マリルは行きたがる」
「でも、知らないから行きたくなるってことも、ありえるよ」
マリルはそのつぶらな目をぱちぱちさせた。マグマッグはしばらく黙っていたが、やがて話した。
「あの洞窟はね、入ってはいけない場所なんだ」
「入ってはいけない場所?」
「そう。オイラ、ちびの時にあそこへ入ろうとしたことあったけどさ、皆に止められたんだ。そして聞かされたんだよ。あの洞窟の中に入ったら、もう二度と出ることが出来ないんだって。実際に、たくさんのポケモンたちがあそこへ入っていったけど、二度と帰ってこなかった。入っていったやつ、みんな腕っ節の強そうな連中だった。周りのみんなは言っていたんだけどさ、『あの中に入ったら、二度と生きて帰れない』って。でも聞きゃしないんだよ」
マリルは大人しく聞いていた。浮き袋である丸い尾を揺らし、小さな脚でよちよちと歩く。やがて、その洞窟が見えてきた。周りを、バクーダやマグカルゴが取り囲んでいる。まるで洞窟を見張っているかのようだ。
「あの洞窟だよ。あそこに入っちゃいけないんだ。オイラだって恐ろしいよ、何がいるかわかんないんだからさ」
マグマッグは言った。マリルは洞窟の入り口をじっと見つめた。
「あれが洞窟……」
そのつぶらな両目を瞬きさせると、マグマッグに言った。
「あっちで遊ばない? 面白い形の石をいっぱい見つけたのよ」
マリルとマグマッグが、溶岩の冷えた岩場で石を積み上げて遊んでいるとき、火山帯付近を流れる清流のそばに、何者かが姿を現した。
「間違いない、この清流だ」
「そうみたいメタ。ここまで川をさかのぼった甲斐があったメタ」
「清流の川上には、あの洞窟へ通じる道があるというな。さっさと行くぞ」
「待つメタ。そんなに焦る必要はないメタ。あの伝説が本当なら、洞窟にはそう簡単には入れないかもしれないメタ」
「どういうことだ?」
「いわくつきの洞窟なら、バリヤーとか見張りとかが、あるはずメタ。誰かが入れないようにって――」
「へん。そんなもん関係ない。この俺の爪でひきさいてやらあ」
二つの影は、川の上流へと向かい、山すその岩場へと消えていった。
日が沈むころ、マリルはマグマッグと別れた。間欠泉の近くに生えるチーゴの木の洞の中へとよちよち歩く。そこが、マリルの宿である。チーゴの実をたらふく腹に入れ、尻尾を体に巻きつけて、すぐにマリルは眠りについた。
炎ポケモンに守られている洞窟。入り口付近をかためるポケモンの大半はうとうとしており、今にも眠ろうとしているものもいた。
その洞窟の上部は、崖になっている。その崖の縁から、何者かの影が顔を出す。そして、その影は、大きな翼を持つ影と共に、洞窟の入り口へと飛来した。
大きな翼を持つ影に乗ったもう一つの影の手に生える、鋭く尖った大きな二本の爪が、月の光を反射して、ギラリと輝いた。
眠ってからどれだけ経ったのか。ふと、マリルは目を開けた。間欠泉の吹き上げる音や噴出の際の振動で目を開けることもしばしばあるが、今回は、なぜか起きたのである。
満月が辺りを明るく照らしている。外へ出てみると、周りの様子がはっきりと見えた。
「マリルぅ〜」
遠くから、聞き覚えのある声。
マグマッグである。
「どしたの?」
マリルが問うた。精一杯の速度でマリルの元へとやってきたマグマッグは、息を弾ませながら、話す。
「大変だよ、あの洞窟の見張りが……!」
「見張りが?」
「みんな、やられちまったんだよ!」
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