第2話
火山のふもとの洞窟には、炎ポケモンたちが見張りとしてたむろしていた。だがそのポケモンたちはいずれも傷だらけで、地面に倒れている。
「どうしたの?!」
マリルはころころと駆け寄る。足の遅いマグマッグは精一杯の速さでついてきた。
傷だらけのバクーダは、首をやっと動かした。
「空から、何かが……そして、爪が、鋭い爪が俺達を……」
「爪?」
「二本の、爪……」
バクーダはそこまで言うと、がっくりと首を落とした。マグマッグはその様子を調べ、ほっと息を吐く。
「大丈夫。オボンの実と薬草を使えば、何とかなるよ。たいした傷じゃないけど、動くことは出来ないと思う」
マグマッグは木の実を採りに行き、マリルもそれを手伝う。実っているオボンの実と葉、近くに生えている薬草をすりつぶして混ぜ合わせ、ポケモンたちの傷口にすり込んでやる。一時間後、ポケモンたちの手当てが終わった。
マリルは、洞窟を見た。疲れて近くの岩にもたれかかっていたマグマッグは、目を上げ、マリルを見る。
「どしたのさ、マリル」
「ねえ」
マリルは洞窟を指す。
「誰か、入っていったみたいだよ?」
わずかな星明りとポケモン特有の夜目で、洞窟の入り口にふさふさした白い体毛が落ちているのが、見える。マリルは毛を拾い上げ、丸い耳を洞窟の奥へと向ける。
「足音が聞こえるよ」
マリルは非常に耳が良い。マグマッグはマリルに倣ってじっと聞き入るが、何にも聞こえない。
「オイラには聞こえないけど、そいつが、見張りを倒して中へ入っていったってことだよな。なんて恐ろしいことするんだよ……」
マグマッグはぶるっと身震いした。マリルは洞窟をじっと見つめていたが、やがて、口を開いた。
「入ってみる」
「えええっ」
マグマッグは飛び上がった。
「正気かよ、マリル! この洞窟の奥に、何がいるか分からないのに」
「でも、誰か入っていったんでしょ?」
マリルはビーズのように丸い目を瞬かせる。
「あたしも入る」
「ええええええっ」
更にマグマッグは飛び上がる。
「正気の沙汰じゃないよ、マリル! 中に何がいるか分からないじゃないか! それに、見張りを倒して入っていった奴だって、洞窟の中で生きているとは限らないよ。自殺行為は止めてくれよ」
「でも、誰がはいったのか、調べてみる価値はあると思うよお」
「そりゃそうだけど……」
マグマッグの目が伏せられる。マリルは友の躊躇に構わず、洞窟の入り口に入ろうとする。マグマッグが止めようとしないのを見て、
「じゃ、行くね」
マリルは洞窟の中へと、入っていった。
洞窟の中は暗く、外からさしこむわずかな光が足元を照らすだけである。夜目の利くマリルとはいえ、たったこれだけの光で周りを見るには不十分である。洞窟に吹き込む風がヒュウヒュウと音を立ててこだまする。
「暗いなあ」
マリルはひとりごち、奥へ進んでいく。足元はごつごつしており、しょっちゅう躓いた。歩くにも不憫なこの洞窟、一体この奥に何があるというのだろうか。見張りを倒して入っていった侵入者は、この洞窟の中の、何を求めているのだろうか。
考えながら歩いていると、苔で足を滑らせ、ボールのように転がりながら、マリルは落ちた。
「きゃー」
坂を転がった後、苔のクッションの上に落ちた。
「あいたー。やっぱり足元見えないと、つらいなあ」
尻尾を鍾乳石に巻きつけて起き上がり、マリルは身を震わせて土ぼこりと苔を払う。
「といっても、明かりはないし……」
周りは視界がきかないほど暗く、明かりなど見当たらない。それを知ると、マリルは急に心細くなった。入ってきたときは好奇心が足を前に突き動かしていた。だが、冷静になった今、周りが闇に閉ざされているので、どちらへ行けばいいかすらわからない。戻ろうにも戻れない。
「どうしよう……」
その時、先ほどマリルが転がってきた坂の上に、光が見えた。炎のようだ。
「あっ、明かり……」
マリルはまたしてもボールのように坂道をころころと登る。先ほど転げ落ちたのが嘘のようだった。
「あっ」
明かりは、マグマッグの体だった。炎の体という特性をもつため、体が光を放っているのである。
「やあ、マリル」
マグマッグはどこか照れくさそうに言った。
「来てくれたの?」
マリルは尻尾を振った。
「……だって、マリルはいつも向こう見ずだし」
「ありがとう……」
マリルは、短い腕で、マグマッグを抱く。マグマッグは熱かったが、寒くて暗い洞窟の中では、その体の熱さと光がマリルを心強くさせた。
「じゃあ、帰ろうよ」
「ううん。あたしはまだ先に行きたいの。誰がこの奥へ入っていったか知りたいもの」
マリルは洞窟の奥を見る。マグマッグはマリルが何を言っても決意を変えようとしないことを十分に承知していた。だから、行くと言ったら必ずマリルはいくのである。
「わかったよ、オイラも行くよ。ほんとはここ、入っちゃいけないんだけどね……」
マグマッグ自身、この洞窟に入ることには抵抗を感じている。だがその反面、禁忌を破ることに対する誘惑が頭をもたげてもいた。この洞窟の奥には何かがある。それを確かめるために、あえて禁忌を破るのだ。
マリルとマグマッグは、互いに寄り添い合って、洞窟の奥へと進んでいった。
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