最終話



 ハクリューが押さえ込もうとするひび割れが、大きくなる。それにともない、この洞窟内部は気温が上昇し、暑くてたまらなくなる。水に飛び込んでも、もう湯になっている。
 ハクリューの全身がいつの間にか赤くなっていた。
 半分だけ溶けかけた岩を、マグマッグがなげる。マリルは岩の飛ぶ方向を見て、狙いを定める。しかしながら岩は狙いをそれて、水晶の下部に当たっただけだった。
「あちゃー」
 マリルは耳を伏せる。メタモンは次の岩を砕き、マグマッグは岩を火炎放射で溶かす。
「次いくよ!」
 洞窟内部はかなり暑くなった。ひび割れがまた一段と、大きくなったのだ。ハクリューの巻きつきが解けてしまい、赤い体になったハクリューは湖の湯の中へと落ちてしまった。
「助けなくちゃ!」
 マリルはとっさに飛び込むが、湯の熱さに驚いた。火山帯の温泉よりも更に熱い。これ以上温度が上がれば確実に火傷するだろう。急いで、湯の中を沈みゆくハクリューの尾を自分の尾でひっつかみ、岸へ上がる。が、ハクリューの体が長いので、引っ張りあげるほうが苦労した。メタモンがぐいとひっぱると、ハクリューの体はすぐに引きずり上げられたが、ハクリューは水晶の力を抑えるのに力を使ってしまったのか、ぐったりとしている。しかも、体は熱い。
 ハクリューの抑える力がまだかろうじて働いているのか、水晶のひび割れはゆっくりとしたものだ。だがそれもすぐに加速してしまうだろう。
「だいじょぶ?」
 マリルは水鉄砲でハクリューの体を冷やしてやる。ハクリューは目を開けた。
「大丈夫……けれど、水晶が……」
 水晶の中央に、大きな亀裂が入った。同時に一気に周囲の温度が上がる。
「あついー」
 マリルは熱でくらくらした。メタモンは流れ落ちる汗をぬぐう。毛皮のザングースは一番熱いのだろうが、やせがまんしているようだ。一方で、まだマグマッグは平然としている。岩を溶かし、投げつけているが、いっこうに当たらないようだ。半分液化しているのだから、固体の岩を投げるよりも難しい。
「ちっとも当たらないよ、これじゃあひび割れを塞げない……」
「お前がへたくそなんだよ!」
 マグマッグを押しのけるザングース。そして、溶け残っている岩を持ち上げる。どろどろと、赤く溶けている岩が爪の隙間から流れる。
「おい、チビ。俺がこいつをひび割れにぶちこんでやる。ハイドロポンプを正確にひび割れに当てて、このインスタント・マグマを冷やせ。いいな?」
 マリルは熱のためにふらふらしていたが、構わずザングースは跳んだ。
 水晶に近づくごとに、熱くなる。だがザングースは、溶けかけている岩を、渾身の力で水晶に叩き込む。
「!」
 水晶に当たった瞬間、その溶けかかった岩は、完全に蒸発した。ザングースはそのまま湖の湯の中へ落下する羽目になったが、泳いで戻ってきた。
「やべえぞ。インスタント・マグマが蒸発しちまった。とほうもねえ熱だ」
 ビシビシ、と、水晶の亀裂が急速に大きくなるが、ハクリューがなんとか起き上がり、体から青い光を放つと、亀裂がそれ以上大きくならず、止まった。ひび割れは少しずつふさがり始める。それにともない、洞窟の熱が引き始めた。
「これ以上の亀裂をふせぐくらいなら、私が何とかします。けれど、完全に亀裂を防ぐには足りない……」
「何が足りないの?!」
「水晶の、かけらが……」
 水晶。この湖の岸辺に生えている。
「これをどうするメタ?」
 メタモンは、自分で引っこ抜いた水晶を一本持ってくる。ハクリューは、ひび割れる水晶を抑えながら、言った。
「水晶の中に水の力を入れ、あのひび割れた箇所に突き刺せば、水晶から発せられる熱を抑えることが出来ます。そうすれば、今の私でも水晶を完全に押さえ込めるはず」
「水の力……」
 皆がマリルを見た。マリルはまだ熱でふらふらしていたが、自分が見られているという事は理解した。
「なんでもいいの、水の技を水晶にぶつけて」
 ハクリューに言われ、マリルはメタモンの持っている水晶に向かって水鉄砲を放つ。すると、不思議なことに、水鉄砲は水晶の内部に吸い込まれていき、青い光を放った。
「冷たいメタ」
「で、こいつをあのひび割れた水晶に叩き込めば万事解決ってことか?」
「そうです……」
 ハクリューが話す間にも、体から放たれる青い光は弱くなったり強くなったりを繰り返す。そのたびに内部の温度が上下する。
「よし、じゃあメタがやるメタ」
 メタモンが力んだのもつかの間、変身が解けて、ゴーリキーの姿から元のメタモンの姿に戻ってしまった。これでは投げられない。かといってマグマッグでは投げること自体が下手だ。
「俺がやる」
 ザングースは体をふるって、流れ落ちる汗をふるい落とす。
「俺は奴を倒すまでは死ねないぜ。こんな所で焼肉になるのは真っ平ごめんだ!」
 メタモンから水晶をもぎとり、跳ぶ。だが、熱のためか足元がふらついて、十分に跳躍できたとはいえないようだ。先ほどよりも早くザングースの体が落ちてゆく。
 マリルがハイドロポンプで追い討ちをかけ、ザングースの背を押す。唐突に冷たい水を背中に食らってザングースは驚いたが、すぐに体勢を立て直した。
 赤く光る水晶。ひび割れた箇所の中に、手に持っている水晶を突き入れるだけの余地はある。
「そこだあああっ」
 ザングースは渾身の力を込めて、水晶を、亀裂の中へと叩き込んだ。
 まばゆい閃光。
 青い水晶が亀裂の内部に押し込まれると同時に、赤く輝く水晶が徐々に熱を失っていく。ハクリューの体がよりいっそう強い光を放つと、水晶の赤さが完全に失われて、またもとの透き通るような色に戻った。
 ひび割れた箇所が、完全にふさがっているのが見える。
 ザングースはそのまま落下してしまったが、泳いで戻ってきた。
「これで、もう大丈夫です……」
 ハクリューはほっと息を吐く。周りの温度が下がりだし、少しずつ涼しくなる。湖の湯の温度も徐々に下がり始めている。
「おさまったんだね」
 マリルはころんと尻餅をついた。

 水晶の暴走は収まった。ハクリューはかなり消耗してしまったようだが、それでも、水晶の力を操りながら体力を少しずつ回復することは出来るようだった。
 数時間かけて、ハクリューは瀕死の状態から何とか回復することが出来た。
「古代、人間達が作り上げたこの水晶。また、私が管理します」
 ハクリューは言った。
「この洞窟の中の時間は、ずっと止まり続けています。なぜなら、私が水晶を守り続けることが出来るようにするため。時間の経過で私の力は衰えてしまいますから……」
 ハクリューは水晶に巻きつく。水晶は青く優しい光を放つ。マグマッグは目を瞬きさせる。
「ふしぎだなあ。この洞窟にそんな仕組みがあるなんて。入ったことないからなあ」
「でも、誰も入らないから、ずっとハクリューが水晶を守ってこられたってことでしょ」
 マリルは耳を動かした。メタモンはその体に、ザングースをもたれかからせている。
「それより、メタたち、外に出なくちゃならんメタ。出口はもうふさがれちゃったから、別のところを探すメタ」
「そうだっけ」
 マリルは尻尾を振った。今になって、なぜこんな奥まで来たのかを思い出したようだ。ハクリューは首をかしげる。
「この洞窟はここでおしまいですよ。ですが、私の今の力なら、貴方達を外へ転送させることは出来ます。せめてものお礼に」
 水晶の暴走の原因はザングースなのだが。
 ハクリューは、その体から白い光を放つ。同時に皆の体も白い光に包まれ、転送された。

 次に気がついたとき、外にいた。
 火山帯から少し離れた林の中。空から太陽が照り付けているが、木々の枝葉に遮られて、木漏れ日が彼らを優しく照らしている。遠くから間欠泉の噴き出す音が聞こえてきた。
「こんなとこに出ちゃったんだ」
 マリルは林の向こうを見る。間欠泉の吹き出る音が聞こえてきた。ザングースはメタモンの体に自分の体重を預けながら、一息ついた。
「結局、伝説はスカか」
 メタモンは目をくりくりさせる。
「焦ることはないメタ。また旅に出るだけの話メタ。先は長いメタ」
「そうだな。頼む」
 ザングースの言葉に、メタモンは変身する。大きな翼を羽ばたかせるピジョットに変身するが、やはり顔はメタモンのまま。ザングースは、メタモンの変身したピジョットにまたがった。
「じゃあな。俺はこっからまた旅に出るから」
 それだけ言った。メタモンは翼を羽ばたかせ、あっというまに空に舞い上がっていった。
「行っちゃったね」
 マグマッグは空を見上げた。
「あいつら、責任感じてんのかな、自分達が水晶壊しかけたってこと」
「別にいいんじゃない?」
 マリルは耳を動かした。
「だって、みんな元通りになったし、火山帯の環境も、安泰になったんでしょう? だったらいいじゃない。いいからいいから、かえろ。また遊ぼうよ」
 マリルはマグマッグを押す。マグマッグは首をかしげたが、のろのろと火山帯へと進んでいった。

 空高く羽ばたくピジョットの背に乗ったザングース。メタモンの顔のピジョットは聞いた。
「どうしたメタ? 考え事してるメタ?」
「ん、ああ、ちょっとな」
 答えるザングースだが、その顔には、今までにない優しい笑みが浮かんでいた。


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ご愛読ありがとうございました!
今回は純粋な洞窟探険の話を執筆いたしました。
ポケモンのすむ世界にはまだまだ、幾多もの謎が眠るという設定の下での作業は
とても楽しいものでした。後半に少し詰め込みすぎた嫌いはありましたが。
まだまだ精進すべき箇所はありますが、楽しんでいただけたならば幸いです。
最後までおつきあいくださり、ありがとうございました!
連載期間:2006年1月〜2006年6月


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