第9話



 ハクリューの守る水晶をほっておき、ザングースは対岸のマリルをにらむ。メタモンは、ぐにゃぐにゃと体を変える。変身だ。
「先に進むために休戦にしといてやったが、ここまで来れば、もう休戦協定はお終いだ。力を手に入れるのに邪魔なてめえらまとめて、ここでぶっ潰してやる」
 対岸のマリルとマグマッグ。マグマッグは震えたが、マリルは負けじとザングースをにらみ付ける。ハクリューは何も言わず、見ているだけ。その代わり、神秘の守りで水晶と己の周囲を防御する。
「……」
 メタモンの変身が完了し、姿がゴーリキーに変わる。しかし、マリルもマグマッグも思わず吹き出した。なぜなら、姿はゴーリキーそのものだったのだが、その顔はメタモンのままだったのだ。緊張感のない間の抜けたメタモンの顔では、戦う側としてもやる気が失せる。
「なぜ笑うメタ! メタの恐ろしさ、じっくり見せてやるつもりだったけど、勘弁ならんメタ」
 笑われたことが分かり、メタモンは激怒した。しかしどれだけ怒ろうが、顔に迫力がないので、ちっとも恐ろしさは伝わらない。
「メタモン、相手にするだけ時間の無駄だ。さっさと行くぞ」
 ザングースが跳ぶ。湖面に向かって、近くの水晶を引き抜いたメタモンが、水晶を投げつける。投げつけられて臨時の足場となったその水晶をザングースは利用し、着地後、再び跳ぶ。わずか一跳びで、対岸へと届くほどの跳躍力。あっというまにマリルとマグマッグとの距離を詰める。その爪が光って、ブレイククローを放ってくる。
 マリルがハイドロポンプを放つ。ブレイククローは最初のうちは水流に押されていたが、やがて渾身の力で水を切り裂いた。切り裂かれた水流が一気に飛び散る。
「ひゃっ」
 マグマッグが慌てて身をかがめた。水技をくらうと大ダメージを受けるからだ。逆にマリルが自分と同じタイプの技をくらってもたいした打撃にはならない。
 ザングースのブレイククローは、ハイドロポンプを切り裂いた後、無防備なマリルに向かってくる。マリルはとっさに湖に飛び込み、一撃を避けたが、ブレイククローは先ほどまでマリルのいた場所を簡単に切り裂いて、岩をぼろぼろに砕いてしまった。
 対岸のメタモンが、湖を周ってくる。途中、水晶を何本か引き抜いて担いでくる。続けて湖にいるマリルに向かって水晶を投げつけてくるが、マリルは水にもぐって回避した。
 一方、岸に取り残されたままのマグマッグは、ザングースの攻撃をしのぐのに精一杯だった。ザングースは素早い。マグマッグは遅い。次々に繰り出される爪の攻撃を、体をくねらせて回避し、火炎放射や岩落としで防いだ。それでも、かすり傷は負う。一分も経たないうちに、マグマッグは疲れを感じ始めた。
 水中からマリルが顔を出す。同時に水鉄砲を勢いよく噴射し、次の水晶を投げようとしていたメタモンの腹に当てる。無防備な腹に水鉄砲をくらったメタモンは、よろけて転倒した。
「マグマッグ!」
 ザングースが切り裂くを放ち、回避が遅れたマグマッグはまともに一撃を食らう。その爪の勢いで、マグマッグは湖の中へ落ちた。マリルは急いで泳ぎ、水の中を落ちるマグマッグを拾い上げ、泳いで水面に向かった。
「あ、ありがとマリル……」
「イイの。それよりだいじょぶ?」
 何とか対岸までたどり着き、マグマッグを岸辺へ押し上げる。マグマッグは水に落ちたことでかなりダメージをうけている。おまけに、ザングースから食らった、切り裂くの一撃が体力を削り取っている。
 ザングースとメタモンが二手に分かれて岸辺を回って、挟み撃ちにしようとする。マリルはマグマッグを庇うように立つ。そして、一人で何とか二体分の攻撃をしのごうとハイドロポンプを構えたとき、
「お止めなさい!」
 初めてハクリューが口を開いた。その声で、皆、ハクリューの方を見る。
「分かりました。あなたに力を与えましょう」
 ザングースは尾を振った。
「ほんとか?」
「はい」
 ハクリューは水晶から離れる。光り輝く水晶はザングースのほうへと漂い、手の中に落ちる。
「すげえ。でけえのに軽いぞ」
 ザングースは水晶を見つめる。光を放つ水晶は、やがて、ぱっとまばゆい光を放つ。水晶の内部で光るものが飛び出し、ザングースの周りを包む。包まれたザングースは、しばらく自分の体内で何かがめぐるような感覚を覚えていたが、やがてザングースは苦しみだした。
「ザングースは、力に試されているの。でもその様子では、失敗のようですね」
 ザングースの苦しみは終わった。光が体内から飛び出し、また水晶の内部に戻る。
「あなたは力に選ばれなかったようですね」
 水晶はハクリューの元へ戻る。ザングースは息を切らしていたが、やっと起き上がった。
「てめえ、騙しやがったな!」
「何を騙したというのですか」
「ふざけんな! その中にこの辺を更地にしちまえるような力があるって言ったのはてめえじゃねえか! 俺の中に入ってきたアレは、力でもなんでもねえぞ! 俺の体んなかをぐるぐる周っただけだ。しかもものすごく熱かったぞ」
「それが力なのですよ。そしてあなたは力に選ばれなかった。正しく力を使いこなすことが出来ない、力はそう判断したのです。この水晶の力は、正しく使わなければ暴走しますから」
「なんだと……! 俺が力を使いこなせないとでも言うのか!」
「あなたの考える力は、ただの破壊の力。ですがこの水晶の中に秘められた力は、本来ならば、この火山帯の秘めるエネルギーを利用して温泉を湧かせるためのものなのですよ。爆発の力と熱い温度を用いることで、温泉や間欠泉を適度な温度で保ち、炎ポケモンのすむ火山帯の飲み水を供給するだけでなく、この辺一体の強すぎる噴火のエネルギーを少しずつ削って温泉の温度を保つのに用いているのです。だからこの力を破壊利用すれば、極端な熱エネルギーによって更地になってしまうの」
「つ、つまり……」
 マグマッグが息を切らしながら口を開いた。
「その水晶の中の力って、オイラたちのための、力なの?」
「ええそうよ。この力は本来、貴方達火山帯にくらすポケモンの生活環境を整えるために使われている。熱エネルギーを必要以上に使わせないためには、この水晶の中にためておかなくてはならない。そのエネルギーを扱えるポケモンは数少なかった。私だけしか、あの時は扱えなかった。だから先人達からこの水晶を守るように言い付かってきたのです。それがいつのまにか、力の伝説となってしまったようだけれど」
 ハクリューの言葉に、ザングースはぺたんと膝をついた。
「そんなつまんねえ事のための力なのか……? そんなつまんねえ力のくせに、なんで俺に使いこなせねえってんだ!」
「つまらぬ力と感じるのは、あなたが破壊に利用できるか否かの力だけしか価値を知らないからです。破壊することは楽です。ですが、破壊されたものを完全に修復するには、何倍もの時間が必要なのです。この力はそのために使われるの。破壊ばかり求めるあなたには、決して使いこなすことは出来ないでしょう」
「ちくしょう!」
 ザングースは吠えた。
「俺が今までこの伝説を信じてここまで来たこと自体が間違いだって言うのかよ! しかもその力は、破壊力どころか、温泉をわかすためだけに使うただのコンロじゃねえか! そのうえこの力を扱いこなせねえだと?! ふざけんな! そんなくだらねえ力なんぞこうしてやる!」
 ザングースが飛んだ瞬間、皆、その動きを見ることが出来なかった。ハクリューでさえ見えなかったようだ。次の瞬間、バキリと音を立て、ザングースの爪が、水晶に突き刺さる。渾身の力を込めた一撃らしく、ザングースの手が震えている。
「何をするのです?!」
「知れたこと、破壊に使えねえ力なんぞいらねえってんだ! だから壊して――」
 その時、水晶のひび割れの部分から赤い光が漏れ出してきた。ザングースは爪を抜こうとしたが、爪から伝わる熱さに思わず顔をしかめる。
「な、何だこれは――」
「いけない! 水晶に秘められた熱エネルギーです! 封印している水晶がひび割れたから、ひび割れから熱が漏れ出している……おさえこまなくては大変なことに!」
「お、おさえこまなかったらどうなるの?」
 怯えたようなマグマッグの言葉に、ハクリューは言った。
「エネルギーが一気に解放され、この辺り一帯は熱で蒸発し、何もない場所に……」
「そ、そんなっ!」
 マリルが今度は口を開く。
「早く熱を押さえ込まないと」
 ザングースが爪を引っこ抜くと同時に、赤い光が徐々に水晶の内部から漏れる。ハクリューの体を赤い光が取り囲むが、すぐに青い光がハクリューから発せられる。熱を押さえ込んでいるようだ。
「いけない……どうやら私の力は永い時を経て衰えてしまった。私だけで押さえ込めるかどうか――」
「あたしも手伝う!」
 マリルが赤い光に向かってハイドロポンプを噴き出した。ハイドロポンプは勢いよく赤い光に当たる。じゅうじゅうと蒸発音が聞こえるが、どうやらハイドロポンプは熱で蒸発してしまうらしい。
「それじゃだめだよ」
 マグマッグは言った。
「水じゃあ、熱で蒸発しちゃうよ。たぶん岩でも溶かされちゃうだろうけど」
「じゃあどうするメタ!」
 メタモンはまだゴーリキーの姿のままである。
「これじゃ近づけないメタ」
 水晶は赤くなり、力を押さえ込んでいるハクリューの周りを取り囲む光は、赤と青の二つだったのが、赤に変わりつつある。
 一方湖に落ちたザングースは、泳いで対岸へとたどり着く。
「あのエネルギーを一気に解放したらここらへん一帯が更地か。つまり、ここにいる俺達もそうなっちまうって事なのか?」
「そうです。だから私は、力を抑えなければ――!」
 ハクリューが力を抑えている先で、マリルは諦めずにハイドロポンプを打ち出す。水は赤い箇所に当たるだけで蒸発してしまうが、何度も打ち出されることで、徐々に光が弱くなっていくようだ。
「連続してハイドロポンプをあてれば、もしかしたら、力が弱まるかもしれないメタ!」
 メタモンが言う。この洞窟内部が徐々に暑くなり始め、湖の周りに生える水晶は赤く光り、湖からは湯気が立ち始める。マリルは懸命にやっているとはいえ、力不足のようだ。
「ひび割れた場所を塞げないかな?」
 ハクリューが力いっぱい、熱を封じようとしているとき、マグマッグは言った。マリルはハイドロポンプを打ち出すのをやめ、マグマッグを見る。
「どういうこと?」
「ひびが入ったから、エネルギーがもれてきたんでしょう? だったら、またひび割れた箇所を塞いでやればいいと思う。岩とか溶かして、ひび割れたところに押し込んで、水で冷却させればいいと思う」
「なるほど」
 メタモンはさっそく、近くの壁を砕く。マグマッグは火炎放射で岩を溶かし、半分だけ液化させる。半分液化した岩は熱かったが、炎タイプのマグマッグなら平気だった。それを他の岩と共に、岩落としの要領で投げつけるのである。
「あのひび割れた箇所に命中したら、すぐにマリルはハイドロポンプを撃って」
「うん」
 ひび割れは、少しずつ、大きくなっていた。


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