第8話



 湖の真上に、突如浮かび上がった水晶。美しい青い光を放っている。
「な、なんだこの水晶」
 ザングースは、現れた水晶を、驚きのまなざしで見つめた。
「わからんメタ」
 メタモンは体をぐにゃりと動かす。
「とにかく、調べるメタ」
 メタモンが言うまでもなく、好奇心に駆られたマリルは、湖に飛び込んで泳ぎ、水晶の真下へと行く。岸から、マグマッグが心配そうにマリルを見つめていた。
 真下から水晶を見上げる。何の変哲もない水晶。光っているだけ。どこから出てきたのかと水の中へ潜ってみたが、水の中には水しかない。底は深くて見えない。もっと潜ってみたかったが、浮力が働くので、それ以上は無理だった。
 水の上に出てきたマリルを、岸辺からマグマッグが心配そうに見ている。
「水の中には、何にもないよ」
 岸辺にあがり、マリルは言った。
 ザングースは、水晶をじっと見つめている。メタモンは、ザングースをつつく。
「何してるメタ。早く調べるメタ」
「え、あ、ああ」
 ザングースは爪を鳴らして、勢いよく飛びあがる。水晶を砕くつもりなのだろう。いきなりブレイククローを放った。

 ガチン!

 ブレイククローはあっけなく弾き返され、ザングースは湖の中に落ちた。
「だ、大丈夫メタ?」
 メタモンが、岸辺に上がってくるザングースに声をかける。
「ああ、これくらいで死にはしないぜ」
 ザングースは岸へ上がると、ぶるっと身震いして毛皮から水気をはらった。そして、水晶をにらみつける。
「ありゃあ、ただの水晶じゃねえぞ。俺の技を弾きやがった」
「確かに。石英くらいなら、ザングースのブレイククローで粉々メタ。でもあれは――」
 その時、水晶がまばゆい光を放ち、内部から何かが姿を現した。長い体を持ち、透き通るような瞳を持ち、そして――
「ハクリュー……」
 誰かが言った。
 そう、水晶の内部から現れ、水晶を守るように巻きついたのは、ハクリューだった。ハクリューはその、何でも見透かしたような美しい透き通る瞳を、皆に向けた。
「お、お前、この水晶の守り神かっ」
 どこかふるえた声のザングース。ハクリューは何も言わなかったが、首を少し傾けた。肯定なのか、否定なのか、よくわからない。
「もしそうなら、あの、力の伝説の通りなら、お前の守ってるその水晶の中に入っているはずなんだ。絶対たる力が!」
 爪が、ぎらっと光る。
「……伝え聞くところによれば、炎の洞窟の中に硝子の湖があり、その湖の中には絶対たる力を秘めた水晶が眠っているというメタ」
 メタモンが言う。
「もし、ハクリューの巻きついてる水晶がそれだったら――」
「力ずくで奪うまでじゃねえか!」
 ザングースが跳ぶ。ぎらっと爪を立てて、勢いよく、切り裂くを放つ。
「くらええーっ!」
 直後、ハクリューが竜の息吹を放つ。ザングースの爪はそれを切り裂こうとするが、あっけなく爪は竜の息吹に弾き返され、なおかつ直撃を食らった。
 湖に落ちたザングースを、メタモンが体を伸ばして湖の上に乗り出す。
「大丈夫メタ?」
「だ、大丈夫だ……くっ、強いな」
 ザングースは岸に上がった。
 マリルは、ぼけっと見ていただけだったが、やっと口を開いた。
「ねえ、この水晶って、一体何なの? 力が秘められているって、どういうこと?」
 すると、ハクリューがマリルの方を向いた。
「私は、この水晶を守るよう言い付かった者。はるか昔より、この湖の中で、この水晶を守ってきました。この水晶の中には、ある力が秘められているのです。私は、この水晶に秘められた力を外敵に渡さないために、ここにいるの」
「どんな力なの?」
 次に聞いたのはマグマッグである。禁断の洞窟の奥にこんな水晶があったと初めて知った驚きと好奇心が、そうさせている。
 ハクリューは、首を振る。
「言うと、貴方達は恐れるでしょう……。この力は、決して解放してはならないものです」
「しらばっくれてんじゃねえぞ!」
 ザングースが怒鳴る。
「その水晶の中には、確かに力がある! 俺はわかってるんだ! その力、さっさとよこしな」
「では、貴方は――」
 ハクリューが目を向ける。
「この水晶の力を入手した後、どうするつもりなのですか?」
「決まってるだろ、力を入手した後、俺は戦うんだ! 俺の敵と――」
「その敵を倒した後、どうするつもりなのですか? 貴方の得た力は消えませんよ」
 そこで、ザングースが目を大きく見開いた。考えていなかったのだろう。尻尾が不安げに揺れる。側でメタモンがザングースを見ている。
「そんなもの、後から考えらあ。とにかく今は、その力が欲しいんだ! さっさとよこせ!」
 ザングースは爪を鳴らす。しかしハクリューは首を振る。
「差し上げるわけにはいきません。貴方の手で扱えるほど、この力は小さなものではありません。この力を解放してしまえば、この火山帯が全て消し飛んでしまう恐れもあるのですよ」
「消し飛ぶだって!?」
 マグマッグが、大きな目を更に大きく見開いた。しかしザングースは、笑っている。
「上等じゃねえか。それだけすげえ力があれば、あの敵に勝てる! 怖くなんかねえぞ。むしろ嬉しくて仕方ねえ。ますます欲しくなってきたぜ」
「およしなさい」
 ハクリューは首を振るが、ザングースはそれを無視する。
「俺はな、あの敵に勝つために力を追い求めてきた。色んな敵を倒したし、立ちふさがる障害はこの爪で引き裂いてきた。今更手を汚すことに何にも感じねえよ」
「そんな!」
 マリルは思わず声を上げる。ザングースは、マリルをにらみつける。
「黙ってろ、チビ。俺の問題に口を突っ込むな」
「あんただけの問題じゃないじゃん!」
 マリルは、丸い体を精一杯大きく膨らませる。
「あんたが力使って、このへんが全部更地になっちゃったら、マグマッグの住むとこ無くなるじゃない!」
「それがどうした!」
 ザングースは怒鳴る。
「俺は力が欲しい! それだけだ! だからその周りの奴がどうなったって構いやしねえ。おう、てめえ俺に文句があるんだろう。その目を見れば分かるぜ。ハクリューのいう事が正しければこの辺一帯がどうなるかわからねえ。だがな、俺はそれでも構わないんだ。だから――」
 ザングースは、爪先をマリルに向けた。
「俺に文句をつけるやつは、この場でくたばってもらうぜ!」


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