第7話



 一同は、休憩所の隠し通路を通り、さらにずっと奥へ進み続けた。狭くて暗く、奥からは冷たい風が時折吹いてくる。しかし、風が吹いてくるという事はこの先に何かがあるという事を示す。皆はそのことを理解していた。マグマッグの体から放たれる光を頼りに、そのまま前進を続ける。
 道の向こうからは、風の音しか聞こえない。誰もいないようだ。もちろんこの洞窟の奥に誰かいる事を期待している者はいない。
 数時間は歩いたろうか、マリルは疲れたといった。
「ねえ、休もうよ。歩きっぱなしは疲れるよー」
 しかしザングースは拒否した。
「駄目だぜ。このまま歩くんだ」
「どうせこのまま道が続くんでしょ。この先に何かあったとしても、疲れてたんじゃあ、探険できないよ。それに、誰か襲いかかってきても、疲れてたんじゃあバトルもできやしないよお。ちょっとでいいから、休もうよ」
 マリルの言葉に、メタモンはくりくりと目を動かす。
「そうメタね。そろそろ休んだほうがいいかもしれないメタ」
「お前までそんな事言うのか?」
「疲れたら、休んだほうが懸命メタ。いざってときに、疲れていては動けないメタ」
 メタモンに言われ、ザングースはしぶしぶ足を止めた。
「しょうがねえな。ちょっとだけだぞ」
 そして一同はその場で休むことになった。
 傍らの平べったい石にころんと寝転がり、マリルは一息ついた。側にマグマッグが落ち着く。炎の体の発する熱が、暖かかった。暖房代わりに、皆、マグマッグを囲うようにしてそれぞれ休憩する。
 マリルはマグマッグによりかかりながら、ザングースを見る。ザングースは休んでいるようだが、どこか苛立っているようにも見えた。毛が逆立ってうずうずしている。どうやら休憩などしたくないらしい。今にも立ち上がって、一人で洞窟の奥へさっさと歩き出しそうな印象である。
(何だか、じっとしていたくないみたい。でも何で?)
 この洞窟の奥に一体何があるのだろう。ザングースもメタモンも、この洞窟の奥に何かがあるからこの中へと足を踏み入れたことに間違いはない。だが、その奥に何かがあると仮定して、その何かを手に入れてどうするつもりなのだろうか。マリルには分からなかった。
 とろけかかったようなマグマッグは、マリルがもたれかかってきたことには気がついていない。休んでいるのだから。

 さて、休憩が終わり、また歩き出した。狭い道は少しずつだが広がりを見せ、奥の方から吹き付けてくる冷たい風が、少しずつ強くなってくる。この先に何かがあることを示している。それは間違いない。
「そろそろ一番奥かあ?」
 ザングースは首周りの毛を逆立てる。その両手の爪は、ぎらっと光った。メタモンはその傍らをのろのろと進みながら、目を瞬かせる。
「わからんメタ。けど、奥に休憩所でもあるんじゃないかメタ」
 そんなことはどうでも良かった。マリルはまた休みたくなっていた。休憩が終わってから、またずっと数時間以上歩き通し。マリルはころころと道を転がっていきたかったが、先に何があるかわからないのでやめた。体が丸いので、転がるを使うことはできても、この先がもし下り坂ならば道で加速しすぎて止められなくなり、そのうち固い壁にぶつかって大怪我をするという可能性もありえるのだ。歩かない分、転がるは楽だが目が回ってしまう。それ以前に、この技を使った後は方向感覚がなくなってしまうので、よほどのことがないかぎり、転がるで移動しないのが普通なのだが。
 休みたいとマリルが口を開く前に、ザングースが声を上げる。
「おい、あれは何だ?」
 皆、つられて前方を見る。
 道のはるか先に、明かりがもれているのが見えた。先ほどまで見えなかったはずなのだが。
「何かあるメタ! 急ぐメタ!」
 メタモンの一声で、ザングースは体中の毛を逆立てるが早いか、「言われなくとも!」と一声叫び、ものすごい速度で駆け出した。
「メタたちも急ぐメタ」
 メタモンは精一杯の速度でついていく。マグマッグは呆れたような目をむけて、のろのろと動く。マリルはそれ以上速度を上げず、マグマッグの後ろからついていった。
 やがて、ザングースの興奮した声が聞こえてきた。何を叫んでいるかは分からないが、何かがあることに間違いはなさそうだった。
 マリルたちはザングースより随分遅れて到着した。
 道の先には、大きな洞穴が広がっていた。

「わあああああ」
 マリルは声を上げる。その声は、洞穴の中に反響して、何倍もの大きな音が出た。
「すごいなあ」
 マグマッグは目をきょろきょろさせる。
「この洞窟の奥に、こんな場所があったなんて信じられないなあ」
 洞穴の中は、大きなドームとなっている。そして、そのドームの中央に、湖があった。地底湖だ。地底湖をぐるっと囲む様にして陸地があり、その陸地の所々に、淡い光を放つ水晶が生えている。
 地底湖はあまり広くはなかったが、水深は深そうだった。マリルは岸から覗き込んでみた。見た限り五メートルはあるのではないだろうか。もちろんマリルは潜れないわけではない。水深は二十メートルまで平気だ。それ以上は水圧の関係で潜れない。
 しかし、泳ぎたくなった。
「泳いでもいいかな?」
「や、やめときなよ」
 泳ぎたいマリルに、マグマッグは怯えたようなまなざしを向けた。
「だってさ、何がいるのか、わかんないじゃないか」
「でも〜」
 マリルは渋った。
 一方、ザングースはメタモンと一緒になって、岸辺に生えているらしい水晶を調べていた。爪を使って砕いてみようとするが、ブレイククローでも切り裂くでも、水晶は壊れず、傷一つつかなかった。
 爪をさすりながら、ザングースは水晶を見つめた。
「こいつは一体なんでできてるんだろうな。攻撃を受け付けねえぞ」
「わからんメタ。けど、見たことないメタ」
「となると、やっぱりこの場所が、目的地というわけだな」
「そうメタ。力の伝承によると、硝子の湖の中にあれが眠ってるって……」
 メタモンがそこまで口にすると、突然、静かな湖面が波立った。
「波?」
 風など吹いていないのに、急に湖の中央から波が立ったのである。波はいくつも押し寄せて、岸辺へとぶつかる。
「わああ」
 マグマッグは炎タイプ。水の攻撃に弱いので、湖の波をかぶらないよう慌てて後退した。マリルは水タイプなので、水を浴びても平気だった。波を少し被ったが、冷たくて気持ちが良い水だった。
 それはともかく、湖の中央から光が溢れているのを見た。
 マリルはその光景が、夢で見たものとそっくりだという事を思い出す。
 光は、湖を真っ二つに割り、その割れたところからまばゆい閃光を放つ。目が眩み、慌てて目を閉じた。目のくらみが治まると、割れた湖は元の湖に戻っているのが見えた。しかし、皆を驚かせたのは、湖の上つまり空中に、一つの巨大な水晶が現れたからだった。


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