第6話
暗闇の中に、光があった。その光の下には、湖があった。
湖は、光を放っているようだ。その光を放つ源は、水の中にあるようだ。さらによく見ると、光は湖の底から漏れているのだ。
湖の中に入ってみる。水の中に潜ると、冷たいけれど、どこか気持ちの良い水の感触があった。そのまま潜っていくと、光は徐々に強く明るくなる。黄色っぽい光だったように思ったが、水の中で光を見ると、どうやらその黄色っぽい光が徐々に青白くなっていくようだ。見間違いなのか、水の中にいるから光の色が変わって見えてしまうのかは、この際どうでも良いことであった。
光の側に近づくと、何かが見えてきた。何か透明で、それでいて美しい光を放つ何かが。その何かが光を放っているから湖が輝いていることは明白である。もっと近づいてみようとするが、光はそれ以上の接近を許してはくれなかった。
近づいて手を触れようとした途端、眩しい光が目をくらませた。
眼が覚めると、見たことのない場所であることに気づく。はてここはいったいどこなのかとしばらく周りを見回してから、いつもの火山帯付近の木の洞の中ではなくて、気持ちいい藁の上で眠っていることを思い出した。
「あ、そっか。洞窟の中に入ったんだっけ。そんで木の実を食べて、ここで寝ちゃったんだっけ」
マリルはころんと起き上がる。すぐそばでマグマッグが寝ている。藁が燃えないように、ずっと床の上で寝ていたのだ。元々火山帯のポケモンなのだから、寝床はいつも平らな岩の上。石の床で寝るくらい、別に何ともない。
「起きて」
マリルがゆすると、マグマッグは目を覚ます。マリルが目を覚ましたときにやったのと同じように、周りを見回した。
「あれ、ここどこだっけ?」
「あの変な洞窟の中」
マグマッグはまだ頭がぼんやりしていたようだが、やっとのことで思い出すことが出来たらしかった。
「ああそうか、禁断の洞窟の中にはいっちゃったんだっけ……」
他の大岩の上に、ザングースとメタモンが寝ているはずであったが、いない。
「あれっ、あいつらは?」
「さあ」
寝床から出て、広間らしき場所へ向かう。そして、木の実を食べたところへいくと、そこにザングースとメタモンがいて、木の実をほおばっていた。
「何だ、やっと起きたのかお前ら。もうちょっと起きるのが遅かったら遠慮なく置いていこうかと思ってたぜ」
「そこまで寝ぼすけじゃないもん」
マリルはぷくっと体を膨らます。
「まあまあ、起きたんだから、まずは腹ごしらえメタ」
メタモンが、喧嘩が始まる前にと止めに入る。マグマッグも、おろおろしていたが、メタモンに賛同するようにマリルとザングースの前に割って入る。
「マリル、食べようよ……」
言われて、マリルは素直に果物の側に近づく。が、ザングースのほうへは近づかなかった。その方が良かったと、マグマッグが安堵した。下手にザングースに刺激されて、こんなところでバトルを始められたら困るのだ。調停役に一応メタモンもいるとはいえ、こんなところで落盤をおこして巻き込まれるのはごめんなのだ。
「とにかく食べよう」
さて、腹いっぱい木の実を食べ、泉の水を飲んだ後、先に進むことにした。
「でも、どこに出口があるの?」
マリルは目をぱちくりさせた。
この、人間の生活様式をそのまま再現したかのような場所にはいくつかの穴ぼこがある。寝室らしき穴、食料のある穴、泉の湧いた穴、ただの行き止まり。それだけしかない。どこにも、先に進むための通路はない。この場所それ自体が、この洞窟の行き止まりであるとしか思えなかった。
「なんだよ、まさかここで行き止まりだって言うのか?」
ザングースは爪を鳴らす。メタモンはくにゃくにゃと体を曲げる。困っているようだ。
「困ったメタ……」
皆がうーんと呻っていると、
「行き止まりじゃないと思うよ」
マグマッグが、行き止まりと思しい、何もない穴の中へ入る。
「ここ、溶かされた岩で塞がれてるんだ。岩はまた冷えて固まったみたいだけどね」
マグマッグが見つめているのは、岩壁の端っこ。
「ここから空気が流れてくるね。たぶん、隙間だと思う」
「じゃ、そこをどけ、軟体動物」
ザングースが穴の中に入ってくるので、マグマッグは脇へとどいた。
ザングースは岩壁の、マグマッグが見つめていたと思われる箇所へ爪を立てて走らせていたが、ぴたっと止めた。
「ここだな。爪が引っかかった」
ザングースがにやりと笑う。
「下がるメタ。危ないメタ」
メタモンが、マリルとマグマッグに言う。マリルもマグマッグも、素直に下がる。ザングースは、一歩下がると、大きく深呼吸をし、
「おらあああーっ!」
気合一発、ブレイククローを放った。ブレイククローは岩壁をえぐり、やかましい音を立てて、岩壁はあっけなく砕かれてしまった。
「鍛えに鍛えた技なんだぜ、このくらいの薄壁なんか紙とおんなじだ」
ザングースはもう一度にやりと笑った。
もうもうと立ちこめる砂埃。砕かれた岩が粉になるほどの威力を持ったブレイククローが壁を割った結果だ。
「すごいなー」
マグマッグが思わず漏らす。マリルは耳を動かした。
「見ろよ、この奥を」
ザングースが、爪を鳴らしながら、奥を指す。
砕かれた岩壁の向こうには、更なる通路が延びていた。
相変わらず奥の通路は光がなく、皆、マグマッグの体から放たれる光を頼りにして進んでいた。居心地の良いあの場所から離れたくはなかったが。
マリルは歩きながら、眠っていた間に見ていた夢の内容を思い出そうとしていた。自分が湖の中に潜って、光の源を追いかけたことは覚えている。しかし、その湖の内部にある光の源がどんなものであったか、覚えていなかった。
どんなに深く思い出しても、光の正体を思い出すことだけは出来なかった。何かが強く輝いていたことだけしか思い出せない。
(きっと忘れちゃったんだ)
マリルはそう片付けてしまった。
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