第5話



 洞窟の奥は暗く、ヒカリゴケの光とマグマッグの体から放たれる光をあわせて、やっと周囲が見えるほどでしかない。
 さて、先ほどまでザングースとメタモンが言い争っていた場所まで行く。巨大な岩が行く手を塞いでいた。
「俺たちゃ、この岩をどうにかしてえと思ってんだ。だがな、どうやっても無理なんだよ」
 ザングースは爪を光らせる。その爪は少し欠けているようだ。
 マリルは岩に触ってみる。ざらざらとしているが、ところどころにひっかき傷がついているのが分かる。ザングースの爪の攻撃によるものだろう。しかし、ひっかき傷だけしかついていないところを見ると、この岩はとんでもなく固いようだ。
「そうメタ!」
 メタモンが突然叫ぶ。そしてマグマッグを見る。
「岩を超高温になるまで熱して、ハイドロポンプで冷やしてみるメタ。ガラスなんかはそれで割れるメタ」
「ガラスと岩は違うよ……」
「でもやってみる価値はあるメタ」
 マグマッグはしぶしぶ、岩に向かって、火炎放射を放つ。時間が経つうちに、周りがだんだん蒸し暑くなってきた。火炎放射の熱気が岩に吸収されるだけでなく、周りにも熱がこもることで、温度が上がったのである。そのうち、岩がだんだん赤くなってきた。岩が炎の熱を吸収したのだ。
「やるメタ、ハイドロポンプ!」
 マリルが大きく息を吸いこんで、ハイドロポンプを撃ちだす。丸くて小さな体に反比例して、巨大な水の柱が岩を直撃する。ジュウウと、耳をつんざくような音が、洞窟内に反響し、思わず耳を塞ぎたくなるほどであった。火炎放射によってとてつもなく熱くなった岩が急激に冷やされて、大量の水蒸気があたりに立ち込める。少しずつ、周りの温度が下がってきたようだ。
 マリルがそろそろやめようかと水の勢いを弱めると、メタモンが止める。
「まだメタ! あれだけ巨大な岩なら、心底まで冷やさないと駄目メタ」
 仕方なく、マリルはまたハイドロポンプを吹き続ける。やがて水蒸気がひき始めると、メタモンがザングースに言った。
「今メタ! 今度こそブレイククロー!」
 ザングースは、言われなくともといわんばかりの勢いで跳び上がり、爪を立て、岩へつきたてた。
 ビキッと、亀裂が入る。そしてザングースが力を込めてブレイククローを放つと、バキバキバキメリメリ、と音が聞こえ、巨大な岩は、あっけなく真っ二つに割れた。
「おお、今度は割れたぜ。すげえや」
 ザングースは、爪をふりふり、先ほどまで自分達の目の前に立ちふさがっていた岩を眺める。
「メタの予想があたったメタ。さ、進むメタ」
 メタモンは、岩屑を乗り越えて進む。皆も続いた。
 奥の通路には、ヒカリゴケが全く生えていなかった。冷たい空気が体をなでる。マグマッグの体から放たれる熱と光が、皆の暖房であり光であった。
 見る限り、通路はそこそこ広いが、でこぼこしており、歩きにくい。何度かマリルがつまずき、ザングースに蹴飛ばされる羽目になった。
「ところで、なんでこの洞窟に入ったの?」
 歩きながら、マリルはザングースに問うた。
「だって、こんな何にもなさそうな洞窟に入るなんておかしいよ」
「何もねえだと? 何もねえなら、なんでポケモンたちが守ってんだ。何かあるから、守っているんだろうが、ガキが」
「ガキじゃないもん、マリルだもん」
 マリルは、あかんべえと舌を出す。ザングースは鋭い眼光でマリルを睨み返し、爪をぎらつかせた。
「や、やめなよお、二人とも……」
 マグマッグが怯えた声を出す。今にも互いにバトルしかねないマリルとザングースの間に入るのは容易ではなかったが、それでも精一杯勇気を振り絞ったのである。
「そうメタ。ここで争っても無意味メタ。この洞窟を出てからにするメタ」
 メタモンが、マグマッグよりも強い口調で割り込んだ。
「ちっ」
 ザングースはマリルから目をそらし、先へ進んだ。マリルは、元々丸い体を、ぷくっと膨らませたが、マグマッグの隣を歩いた。少し寒かったのだ。

 しばらく歩くと、広々とした場所に出た。そこには、誰かが暮らしていたかのような穴ぼこがいくつもある。
「なんだ、ここは」
 ザングースは、周りを見回した。この場所は天井が高く、その天井から地面に至るまでヒカリゴケが敷き詰められていた。そのためこの場所はとても明るく、マグマッグの体からの光は不要であるほどだ。
 室内を思わせるようなこの場所には、椅子らしき大石がいくつか円形に並べられ、テーブルらしき平たい大岩が真ん中においてあった。さらに壁の方を見ると、穴ぼこがいくつか開いており、かすかだが果物のにおいもする。
「誰か暮らしていたみたいメタ。人間の生活様式だメタ」
 メタモンは手近な穴を覗いてみる。マリルは歩き疲れていたので、椅子らしき大石の上に座った。マグマッグは足がないので、その場でじっとしているだけである。ザングースは、メタモンに倣って別の穴の中を覗いていたが、叫んだ。
「おい、こりゃすげえぞ! 食料の山じゃねえか!」
 ザングースが見た穴は、たくさんの木の実が入っている。しかも、どれもが新鮮だった。
「こっちは、なんだか寝床みたいメタ」
 メタモンの見た穴は、いくつもの平たい岩に藁を被せたのが、等間隔で壁に並んでいるものであった。藁はよく揉まれており、寝心地が良さそうだ。
 更に、もう一つの穴には、泉が湧き出ていた。こんこんと湧き出る泉は、涸れることがないかのようだ。
「しかし、なんだこの穴は。そりゃ木の実はうまいんだが」
 ザングースはヒメリの実を齧りながら、また、この場所を見渡した。マリルは泉の中に頭を突っ込んで水を飲んでいた。
「ぷはっ、美味しいなあ、この水。飲んだだけで力が湧いてくるみたい!」
「この寝床はやわらかメタ」
 メタモンは、寝床らしい、藁を敷いた大岩の上に寝そべる。軟体のメタモンがとろけているように見えるところからすると、本当に柔らかな寝床なのだろう。マグマッグは乗らなかった。体の熱で藁が燃えてしまうかもしれないからだ。
 マリルは木の実をほおばった。夕方にチーゴの実を食べてから何も食べずにいたのだから。腹時計から考えて、いまは朝方であろう。
「おいしー! 外で食べる木の実の何倍もおいしー!」
「でもさー」
 同じく木の実を食べに来たマグマッグが言った。
「洞窟の中なのに、どうしてこんなに木の実がみずみずしいの? まるで採ってきたばかりみたいだよ?」
「そんなこと、どうだっていいじゃない。こんなに木の実がおいしいんだもん」
 マリルはブリーの実で口の周りを汚しながら、笑って返した。マグマッグは首をかしげた後、ナナの実を口に入れた。
 腹いっぱい木の実を食べ、泉の水を飲んだ後、休憩するために、寝床で眠りについた。


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