第5章 part2



 モーラベルラの謎の暴動は、あっというまに周辺の町や村に伝わった。暴動鎮圧のためのクエストがだされ、多くのクランや賞金稼ぎがモーラベルラの町に到着した。貴族たちも警備兵をかりだして鎮圧を急がせた。
 暴動を起こしたのは、モーラベルラ・カップの後で発病した病人たち。町の住人のほか、立ち寄っていたクランのメンバーも含まれているのだ。エンゲージのプロがいるだけに、事態の収拾には時間がかかった。
 魔法医たちがフロージスの町からの連絡を受けた。フロータイボールの寄生体を抜き出すべく、病人たちを一ヶ所に収容してもらい、大急ぎで摘出に取り掛かった。結果、寄生体を抜き出すことは出来たが、何人かの患者は手遅れであった。大きくなったフロータイボールの幼生が、体内の臓器を食い荒らしていた。
 暴動が完全に終ったのは、発生から二日後だった。

「少ない手勢を増やすために、フロータイボールの寄生を利用してるんだろうな。言う事聞かせられなければ意味無いだろうけど」
 フロージスのパブに貼られた張り紙を見て、ウィルは呟いた。壁に貼られた掲示物にはでかでかとモーラベルラの謎の暴動について書かれている。そして周りの客もその話で持ちきりだ。
「あの人数ではとてもユトランド全土を攻め落とせないでしょうから、そんな方法をとったのかもしれないわね。でもこんなに早く鎮圧されるとは思っていなかったかも」
 マーシアはレモネードを飲み干した。
「ところでシンイチ君は?」
「さあ……ん?」
 ウィルのマントの裾が引っ張られる。見ると、ボロンがいる。ガブりんが床に座ってパンをかじっている。
「ねー、ウィルにいちゃん。おいらに教えてほしいことあるんだけど」
 ウィルが話を終えると、ちょうど外で雷が鳴り、続いて大雨が降り始める。
「あー、濡れた濡れた!」
 シンイチが飛び込んできた。数日前の寄生からすっかり回復している。
「お前どこ行ってたんだよ」
 手拭いで髪を拭いているシンイチに問うと、町はずれに行っていたと返答した。
「二日も動かないと、体がなまってしまって……」
 熱い緑茶を注文する。できれば饅頭や大福などの茶菓子もほしいのだが、あいにく扱っていないのだとか……。仕方ない。ここは彼の故郷ではないのだ。
 シンイチは緑茶を飲んだ。雨で冷えた体が温まる。そのうち、にわか雨だったようで、すっかり晴れてしまった。とはいえ、土砂降りで地面がぬかるんで、これでは稽古もできまい。
「おい、シンイチ。晴れた事だし、買い物行くぞ」
「あ、はい」

 ネーズロー地下道の入り口。
「寄生体の暴動誘発は、すぐ鎮圧されたようだな」
「まさかこれほどまでに早く収まるとは思わなかったぞ」
「四天王が撤退を余儀なくされただけの事はあるかも知れぬ。カミュジャの他にも、我々の脅威となる存在がまだあるのだろう」
「ふん。実験は失敗だと見るべきかもしれんが、ユトランド全域で活動するクランにもこいつを植え付ければいい。奴らは戦いのスペシャリスト揃いだからな、鎮圧にはさらなる時間が必要となろう」
 柿色装束を身にまとったデュアルホーンの残党たちは、ひそひそと話をしている。タイゾウはこの場にはいない。
「それにしても、タイゾウの奴、あのシンイチとか言う小僧にはやけに執着するではないか。同じ郷里の者同士、特別な思い入れでも持っているのだろうか」
「いや、単にからかって楽しんでいるだけだろう。タイゾウは元々危険人物としてマークされていたらしいが、その腕前を見込んだ里の長が側近を説得して護衛に付けたそうだ。だが奴は長を殺害し、他の者も次々に殺害したそうな。遊び半分でな」
「遊び半分だと?」
「だからあの小僧を遊び半分で殺したとしても、驚かんぞ」
「そうだとしても、我々を裏切るような真似はすまい。もし裏切ったならば、今度は我らの手で制裁を加えるまでの事。そもそも我らは奴が裏切るのを前提として、奴を雇うことに決めたではないか」
「その通りだな」
 その時、タイゾウが外から戻ってきた。
「頼まれたものを持ってきた。湿地の魔女はなかなか気難しい女だな。承諾させるのにずいぶんと骨を折ってしまった」
 薬瓶をわたす。その中には不気味な紫色の粉が入っている。
「どうもあの魔女は我々のやろうとしていることを見通しておるようだ。ニヤニヤ笑っておったぞ」
「だが止めはしなかっただろう? 誰もあの魔女には手を出さぬらしいのだが、それほどまでに恐れられている存在なのだ。我々の目的を見通すことなど簡単だろう」
「さあタイゾウ、次はゴーグの町へ向かうがいい。その薬を風に乗せてバラまけば、充分だ。数日のうちに効果が現れる」
 すぐにタイゾウは姿を消した。
「我らデュアルホーンがユトランドを制するその時まで、貴様にはたっぷりと働いてもらわねばな」

 ゴーグの町は、ダオブリッジを渡った先にあった。フロージスの町を発ってから約一週間。暑いクシリ砂漠をレンタルチョコボで抜け、長い橋を渡り、やがて鋼鉄の町並みが見えてくる。機械いじりの大好きなモーグリたちが町のあちこちを駆けまわっている。
「わー、すごい!」
 ボロンは、町のあちこちに無造作に放られているガラクタに興味しんしん。ガブりんは逆に全く興味を示していない。シンイチは好奇心の目で、用途のわからない機械やガラクタを眺めている。
「変わったからくりですね……。動くのでしょうか」
「動かないと思うわよ。放りっぱなしってことは、修理できていないってことだもの」
 マーシアは帽子をとってあおいだ。
「とにかく水浴びしたいわあ。体中砂まみれなんだもん」
 宿をとり、パブで食事を済ませる。ウィルとマーシアは買い物に行く。ボロンは珍しくウィルについていった。一緒に買いたいものがあるのだとか。シンイチから離れないという約束に違反することになるが、別にシンイチはそれをとがめるつもりはない。ボロンの手くせの悪さは治ってきていたが(何度か、シンイチがこっぴどく叱りつけたせいもある)、ウィルが見ていれば大丈夫だろうと思ったからだ。ガブりんはもちろんボロンについていった。シンイチが暇つぶしに、そこらに転がっている機械を眺めていると、モーグリの集団がポンポンを揺らしながら駆けて行く。
「大変クポーッ! 自警団を呼ぶクポーッ」
「またあいつらが来たクポー!」
 シンイチの傍を、武装したモーグリたちが駆けて行く。どうやら彼らが自警団のようだ。だがそのうち一人が立ち止まる。シンイチの刀とシンイチの顔を交互に見て、
「ねえ、アイツら追っ払うのに手を貸してくれないクポ? ちゃんとギルは払うクポ!」
「あいつら? 誰の事ですか?」
「以前、モグたちが雇ってた用心棒クポ! でもあいつら悪者だったから、モグたち自警団はガリークランと力を合わせて追い払ったのクポ。でも懲りずにまたまた来たのクポ! 逆恨みもほどほどにしてほしいクポ!」
「何やってるクポ! 早く来るクポ!」
 リーダーと思われるモーグリナイトにせかされ、シーフのモーグリはシンイチの手をつかんだ。
「ああもう、早く来るクポ!」
 十人ほどの元・用心棒たちは、シーフのモーグリが連れてきたシンイチを見て、笑い飛ばした。
「何だその小僧は?! 前にも一人しか雇っていなかったみたいだが、今度はそんな弱そうなの連れてきやがったのかよ!? 雇うカネすらなくなったかあ?」
「こ、この子は強いクポ! お前らこそ、今度こそコテンパンにしてプリズンに送ってやるクポ!」
 強気のモーグリナイト。元・用心棒たちは相変わらず馬鹿にした笑いを顔に浮かべたままだ。
「こないだは油断しちまったが、今回はそうはいかねえぞ。お前ら、やっちまえ!」
 敵が一斉に武器を抜き放つ。裏魔道士が術の詠唱を開始する。
「やっつけるクポ!」
 ところが、裏魔道士の詠唱した赤い霧がモーグリたちの頭上を覆うと、途端に、鞘から武器が抜けなくなってしまった。
「武器封じの術クポ!? まさかブレードキーパーの共振クポ?!」
「おれらが何の対策もなしにノコノコ来ると思ったのか? やっぱり機械いじりしかできない世間知らずのモーグリだぜ、貴様らは! はっはっは!」
 大笑いする連中。剣やナイフを握っているモーグリたちは大慌てだ。当然シンイチの刀も抜けない。だが、彼はあわてない。
「モーグリさん」
「ど、どうしたのクポ?」
 モーグリナイトは必死で鞘から剣を抜こうとしていたが、シンイチに呼ばれて焦りの表情を向ける。
「剣を抜かずとも戦える術を持つ方はおられますか?」
 黒魔道士、動物使い、からくり士、銃使い。
「で、でも君はどうするのクポ? 刀が抜けないと何もできないクポ!」
「刀が抜けずとも戦うすべならば持っております。わたしがあの裏魔道士に近づくまでの援護をお願いしたいのです」
 モーグリたちは心配そうな顔になった。だが、四の五の言ってはいられない。
「わ、わかったクポ」
 戦力ダウンしたと見たか、敵が笑いながら襲いかかってきた。明らかに油断している顔だ。シンイチが走り出す。自警団の動物使いがチョコボを呼び出し、銃使いが援護射撃をする。黒魔道士は次々に術を詠唱する。からくり士が赤いゼンマイを使うと、上手くシンイチにヘイストがかかる。移動速度がはやくなったシンイチは鞘ごと刀を帯から抜いて攻撃を受け流し、まるで風のように素早く、奥の魔術師の元へ駆ける。そして応戦しようとした裏魔道士の首筋に手刀をたたき込んで気絶させる。モーグリたちの頭上を覆う赤い霧が消え、武器を抜けるようになった。モーグリナイトとシーフはさっそく武器を抜いた。
「この小僧っ!」
 ここまでくると、もう敵は容赦しない。だが、シンイチも、こんな卑怯な方法を用いて戦おうとする敵に情けをかけるつもりなどない。襲いかかってきた闘士の攻撃を、シンイチは電光石火の抜刀で受け止める。二回刃を交えただけで、シンイチは相手の手首に峰打ちを見舞い、手からブレードを落とさせる。こぶしで殴りかかってきたので身をかわし、バランスを崩した相手のこめかみに刀の柄頭を叩きつけて昏倒させる。横から斬りかかってきた青魔道士のみぞおちに膝蹴りを入れてダウンさせるが早いか、弓使いが放った矢を寸でのところで刀で叩き落とした。
「いくクポーッ」
 自警団が勢いづいた。いつの間にか形勢が逆転していた。モーグリ自警団とシンイチに挟まれて、敵の数は減り始めた。
「調子にのるな、ガキがあ!」
 リーダー格の用心棒が刀を振りかざした。後ろからの攻撃だがシンイチは苦もなく迎撃する。数合わたりあっただけで勝負はあっけなくついた。手首に峰打ちを叩きこまれ、しびれたところで刀を落とされる。脚を払われて体勢を崩したところで、喉に刀の切っ先を突き付けられた。
「つ、つええ……」
 身震いする敵。見下ろすシンイチの目は冷たい。
「こんなガキ風情に追い詰められるとは、それでも用心棒ですか?」
 一段落。
「ありがとクポー」
「おかげで助かったクポ!」
 元・用心棒たちがプリズンへ引っ立てられた後、モーグリの自警団はシンイチに礼を言った。
「キミはほんとに強いクポ! モグたちと一緒に自警団しないクポ?」
「いえ、貴方がたの援護があったからこそ、勝利をおさめることができたのです。わたしはお手伝いをさせていただいたにすぎません。用心棒なのに、強くなかったのが救いですよ」
 自警団は謝礼金を差し出そうとしたが、シンイチは受け取らなかった。先の町で、体力の果実を売って稼いだお金がまだ手元にあるから、と丁重に断った。
 知らない間にギャラリーが増えていた。ゴーグの住人達がいつのまにやら現れて、シンイチに拍手を送った。目立ってしまったシンイチは真っ赤になった。
「で、ではわたしはこれで――」
 逃げるようにその場を去って町中に入った。宿に戻ると、
「あ、おかえりー」
 ロビーにて、ボロンとウィルが一冊の本を前にして、同じテーブルについている。水浴して替えの服を着ているマーシアも一緒だ。ガブりんは床に寝そべっているが、シンイチの姿を見てか、起き上がった。なぜ誰も踏みつけてしまわないのか不思議なものだ。
「ただいま戻りました」
 シンイチは大きく息を吐いて、テーブルに近づいた。
「おいシンイチ。お前また何かやらかしただろ。外で喝采が聞こえたぜ」
 ウィルはにやにや笑っている。シンイチは真っ赤になった。具体的には言わなかったが、どうやらウィルはシンイチが何をしていたのか、見当がついているらしい。

 その夕方、ダオブリッジが急きょ閉鎖となった。アントリオンが大量発生し、ダオブリッジを渡ろうとしたため、ゴーグは橋をあげたのだ。アントリオンは当然クシリ砂漠からゴーグへ入り込むことは出来なくなった。一方、ネーズロー地下道からはフロータイボールが現れ始めた。結界が急きょ張られ、フロータイボールたちの出現は最小限に食い止められた。
「きな臭いよな。モンスターの大量発生だなんてよ」
 パブで食事をとっている時、ウィルは言った。周りの客は、隅の席に座っている彼らの話には耳など傾けておらず、それぞれの喋りに夢中だ。
「モーラベルラの時と同じ事が起きるわよ、絶対に」
 マーシアは空のスープ皿をわきにどけた。
「しかもこの島は周りを海に囲まれているわね。ダオブリッジとネーズロー地下道をふさがれたら、後は船を使う以外、この町を出る方法がないし。そんなところで、モーラベルラのときのような暴動が起こったらどうなるか、わかるわよねえ」
「もちろんです。逃げ場が無い以上、救援が来るまでこの町は完全に孤立します」
 シンイチは箸をおいて、膝の上に乗ったガブりんが焼き魚の載った皿に手を伸ばそうとするのをやめさせる。隣席のボロンは、ジュースを飲むのをやめて、言った。
「でも、危ないんだったら知らせなくちゃ」
「知らせるって誰に?」
 ウィルはため息をついた。
「知らせる相手がいないじゃねーか。それ以前に、信じてもらえるかどうかもわからんだろ、こんなマユツバな話なんか。あくまで俺らは、この情報からデュアルホーンの残党があの暴動を起こそうと企んでいるという推測をしているだけに過ぎないのを忘れるな。大量発生と言うのがただの偶然で、それ以上は何も起きないかもしれないだろ」
「でも、やっぱり私たちだけでも警戒しておいた方がいいかもしれないわ。きっと何か仕掛けてくるわよ!」
 その時、シンイチは一つ思いついた。
「駄目で元々です、話しに行きませんか? 信じてもらえなくても、心にとめてもらえるかもしれません」
「話すって、誰かアテでもあるの?」
「はい」
 ……。
 その深夜、町中に突如フロータイボールの群れが現れた。人家の窓を突き破って飛びだしたフロータイボールに、人家からは悲鳴が上がる。血のにおいが人家の窓からあふれる。住人達はパニックになって逃げ出す。
「クポーッ! 出撃クポ!」
 工房や研究所が並ぶ町の北側で、ゴーグ自警団が討伐を開始した。
「やっぱりあの子の言ってたとおりクポ!」
 襲いかかるフロータイボールの群れ。自警団は、次々にフロータイボールをしずめていく。幼生から成体への途中ではあるがすでに戦闘力を有しているフロータイボール。だが能力全体は成体には遠く及ばない。一太刀で切り捨てられていくのだから。
 町の東側には住宅街があり、そこでシンイチたちが討伐に参加している。ボロンとガブりんは宿に残してきている。
「結局出てきやがったのかよ。大量発生がただの偶然であってほしかったぜ」
 ウィルは、フロータイボールの群れをサンダラで撃墜する。稲妻に撃たれ、感電したフロータイボールはそのまま力無く地面に激突した。シンイチとマーシアはそれらにとどめをさしてまわっている。
 急に、フロータイボールの群れが西へ向かって移動する。ゴーグの町の中央に、大きな広場があり、そこを目指しているのだ。
「魔物寄せのお香が効いてるみたいね」
 マーシアの言葉通り、広場では、たくさんのフロータイボールが、噴水の上に置かれた香炉の上に集まっている。腐敗臭のするお香がたかれているのだが、一部のモンスターはこのにおいが大好きなのだ。
 当然フロータイボールたちは一網打尽。
 町が落ち着きを取り戻したのはそれから数時間後。フロータイボールはいずれも人家から飛び出してきたのだが、シンイチの時と同じく、住人にタネが植え付けられていたのだ。だがタネを植え付けられた住人たちは昏睡状態には陥っていない。だから、フロータイボールは住人の臓器を喰いやぶって外へ飛び出したのだ。
 朝を迎える。ゴーグ自警団はシンイチたちに何度も礼を言った。フロータイボールの幼生に操られた住人達によるモーラベルラの暴動のことは噂で聞いていたが、まさかこの町でも似たような事が起こるとは思っていなかったとのこと。
「また君に助けられちゃったクポ! 君が教えてくれなかったらもっと被害はひどいものになってたクポ。どんなに感謝しても足りないクポ!」
「いえ、あの暴動事件を耳にしておりますし、町が急に孤立した状態となったので、もしかしたらと思った次第です……」
「でもおかげで助かったクポ。そういえば、町の南側も君たちがやっつけてくれたのクポ?」
「南側? 俺たちはそこへは行ってないぞ?」
「ええ、私たちがいたのは東側の住宅街だけよ」
 モーグリたちは互いに顔を見合わせた。
「でもモグたちも知らないクポ。てっきり君たちのおかげかと――」
 だがシンイチたちには全く覚えのない事であった。
「どっかのクランがやったんじゃない?」
 マーシアの言葉で皆一応納得した。

 ネーズロー地下道とダオブリッジが再び開く。外からきた行商人やクランが通ってくる。逆に、シンイチたちはゴーグから外へ出た。
「ありがとクポー!」
 ゴーグ自警団はシンイチたちを見送って手を振ったが、その後ろから、あの剣士がゆっくりとした足取りでモーグリたちの傍を通り過ぎ、ダオブリッジへ向かって歩き去った。


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