第6章 part1



 金夏の月。朝早く、ゼドリーの森を流れる川の傍で、一人、舞う者がいる。歌謡を口ずさみ、黒く長い髪を揺らし、東国特有のゆっくりとしたステップで舞っている。着ているのが旅装でなくて正式な舞の衣装ならばもっと映えたであろう優雅な舞だ。
 シンイチは舞をやめた。特に手入れもしないのに綺麗な黒髪を首の後ろで束ね、帯を締めなおして刀をさす。ストレスがたまると、それを解消するために舞うのだ。舞っている間は何も考えなくてすむ。体が勝手に舞ってくれる。教えてくれた亡き母に感謝だ。
(おなごとして生まれるべきだったと姉上にからかわれた事があったなあ)
 ふと故郷の家族を思い出す。父、兄二人、姉一人、そして今は亡き母。九つ年上の長兄コウタロウは五年前に結婚して子供を二人もうけた。六つ年上の次兄ヘイジは婿養子として二年前に家を出た。四つ年上の姉サユリは去年結婚して家を出た。父ゲンゾウは厳格だったが、兄姉全てを平等に扱い、育て上げてきた。家を継ぐ長男だからと甘やかさず、末子だからとほったらかすこともなかった。母アヤメは、稽古で疲れた子供たちのために何くれと世話を焼いてくれた。母の温かな手で頭をなでてもらうのが好きだった。
(母上……)
 川面に、涙が落ちていった。

 大勢の冒険者が訪れるカモアの町。以前にも訪れた事はあったが、この大地祭ほど大勢の人はいなかった。一週間以上も続く大きな祭りだ。町は飾り付けられ、広場では出し物がある。屋台が並び、人々が行きかっている。そして一番の目玉は、ラブリーボイスの生ライブだ。だが、その祭りの中でも気になるのは、ところどころにプリズンから派遣された警備兵が紛れ込んでいることだった。もちろん祭りには、羽目をはずして騒動を起こし他人に迷惑をかける者もいるので、それを取り押さえるために警備兵は必要だ。だが数が多すぎる。警備兵だけでなく、いくつかの凄腕クランも警備に参加している。モーラベルラやゴーグの暴動事件を警戒しての措置なのかもしれない。ラブリーボイスも腕の立つクランなので、いざとなったら彼女らも出陣するだろう。
 今日は半日だけボロンたちの面倒を見てほしいとシンイチは頼んだ。マーシアは快く、ウィルはいやいやながら、それを引き受けた。二人に礼を言い、シンイチは軽い足取りでどこかへ去った。
 ラブリーボイスのライブが終わった後、休憩のためにパブに立ち寄ってみる。祭りのさなかだからか、真昼間なのに客がかなり多く、ほぼ満席状態だ。路面側は空席があるのでそちらに座ることにする。
「さすがはカモアの大地祭ねえ。いつ来ても、人がいっぱい!」
 マーシアは、ラブリーボイスのライブで黄色い声を張り上げ続けたので、声が少しかれている。
「はーあ、祭りを楽しみたいのに、なんでガキのお守なんかしなくちゃならんのかねえ」
 ウィルは椅子の背もたれに体を預け、冷めかけた紅茶を飲んだ。視界の端に、屋台で買ったお菓子を山分けするボロンとガブりんがいる。
「しょうがないじゃない。たまにはシンイチ君にも羽目をはずしてもらった方がいいもの。ほんとのこと言うと、あの子たちはシンイチ君じゃないと面倒見切れないと思うけど」
「そうだな。生意気盛りのあいつらも、シンイチの言うことなら素直に聞くからなあ」
 昼を過ぎてからシンイチはパブの方にやってきた。テラス席にいる皆を見つけて歩いてくる。
「お前、どこ行ってたんだ?」
 辺りを見て回っていたとシンイチは答えた。肩の重荷が下りてほっとした表情だ。
「あっ、シンイチにいちゃーん」
「がう!」
 ボロンとガブりんはさっそく、戻ってきたばかりのシンイチを見つけて、手を引っ張ってどこかへ連れて行ってしまった。くたびれた顔で、夕日が沈むころにシンイチは宿に戻ってきたが、背中に、くたびれて寝てしまったボロンとガブりんを背負っていた。
 楽しい祭りの日々は過ぎて行った。そしてカモア大地祭の最終日。夜空は美しい魔法の花火が咲き乱れた。砲撃士や魔砲士が次々と魔法の弾を打ち上げ、空で爆発させる。赤、青、黄色、オレンジ、様々な色の美しい花火が空を彩って、祭りのフィナーレを告げたのだった。
「ん、何だあれ?」
 急に、周りがざわめいた。最後の花火が散った後、またひとつ大きなものがあがったのだ。とても大きな花火なのだろうと皆が思った。
「がう!」
 ガブりんが怯えてシンイチにしがみついた。さっきまで嬉しそうに花火を見ていたのに、この反応。
「花火じゃないぞ、あれは!」
 誰かが言った。
 それが空で爆発した。眩しい光が辺りに降り注ぐ。
 歓声が悲鳴に変わる。光で目がくらんだ人々の頭上から降り注いできたのは、フロータイボールの群れだったからだ。同時に、町の路地裏から咆哮が聞こえ、ウェアウルフの群れが襲いかかってきた。
 人々が花火を見に集まってきた中央広場はたちまちパニックに陥った。警備にあたっていた警備兵とクランはあらかじめ打ち合わせてあったと見え、警備兵は主に人々の誘導を行い、クランの方はモンスター退治を開始する。警備にあたっていたクランはバウエン一家を初めとして、ラブリーボイス、イーストランド、ホップクロフト、デスアンパイアなど。中でも張り切っているのはガストオブカモア。自分たちの縄張りを荒らすモンスターを蹴散らすべく奮闘している。
 人々が、プリズンや役場、寺院に避難する。旅人の中で戦闘経験のある者はただちにモンスター退治に駆り出される。当然シンイチたちもそれに参加する。
「きりがねえぞ。こいつら何処から湧いてきてんだ?!」
 魔力の切れてきたウィルは、大きく息を吸って周囲の力を体内に取り込み、魔力を回復させる。シンイチとマーシアは肩で荒く息をし始める。ほかのクランや戦士たちも、疲労が蓄積し始めている。倒せど倒せどそのたびに新しくモンスターが飛び出してくるのだ、このままでは疲労困憊で立ち上がることすらできなくなる。
「どこかでモンスターを召喚してるのかもしれないわ」
 マーシアの鋭い突きが、突進してきたウェアウルフの急所を正確に貫く。ウェアウルフは一撃で絶命し、どうと倒れた。
「ねえ、二人とも! 一分でいいから私を守って! 精霊たちに聞いてみる!」
 なるほど。精霊に、モンスターの出所を突き止めてもらうわけだ。マーシアはレイピアをいったん鞘に納めて目を閉じ、集中する。彼女の傍にモンスターが近づかぬよう、シンイチとウィルが背中合わせで彼女を守る。やがてマーシアが目を開ける。
「わかったわ。町の東にある、大きなチョコボのテントの中に、召喚用の魔法陣が――」
 疲労が押し寄せ、マーシアはへたりこんでしまった。
 不意に、周りのモンスターが一斉に消滅した。
「召喚場所を突き止めたようだな」
 聞き覚えのある声。振り返ったが、声の主はタイゾウではない。柿色装束を着た、デュアルホーンの残党のひとりだ。街灯の上に立っている。
「だがもう遅い。これからフィナーレなのでな、モンスターどもの召喚はやめたのだ」
 その手に持っているのは、小さなフロータイボール。
「我らの目的はユトランドの征服。四天王が破れ去った後、彼らに代わり、我らが本国より遣わされた。我らはほんの少しの人数で、このユトランドで大きな戦力を得ることに成功した。こんな風に」
 フロータイボールが羽を広げようとした時、いきなりその目の前が魔法の氷で覆われる。直後、フロータイボールに一撃。デュアルホーンは衝撃で街灯の上から落ちた。
「親に合図を出されちゃ、かなわねーからな」
 ブリザラのマジックバースト。ブリザラを目くらましにしたウィルはマーシアのレイピアをフロータイボールに突き刺したのだ。デュアルホーンの手に載っているフロータイボールは絶命している。
「貴様!」
 デュアルホーンが攻撃の矛先をウィルに向けようとしたが、それは果たせなかった。シンイチが素早く駆けて相手のみぞおちに拳を叩きこんだせいだ。
 気絶しているデュアルホーンはプリズンに引き渡され、モンスター退治は終わった。キャラバン用チョコボを飼っている大きなテントの中に召喚用の魔法陣が描かれているのが発見されたが、すでに力を失っていた。怪我人を癒した魔法医は警備にあたった者たちや住人に対し一人残らず検査を行い、体内に植え付けられていたフロータイボールの幼生を摘出した。親の合図が無かったので、幼生はただ体内で栄養をむさぼっているだけだった。だがもう一日合図が遅ければ、体内の臓器を喰っていただろう。シンイチたちも当然検査を受けたが、異常は無かった。
 取り調べの後、捕らえられたデュアルホーンの残党は、体内に仕込んだ薬で自ら命を断った。だが、その前に彼は叫んだ。
「これが我らデュアルホーンの最後の宣戦布告だ! ふがいない四天王に代わり、我らがユトランドを征服する!」

「カモアの大地祭の計画は半分失敗か。タネを植え付けておいたクランの連中に、互いをつぶさせるつもりだったのだが、まあいいだろう。我々の宣戦布告自体は成功しているのだからな」
「奴を助けには行かんのか? デュアルホーンの四天王は部下を可愛がっていると聞いていたのだがなあ。お前たちもそうではないのか」
 タイゾウは問うた。だが返答は冷たいものだった。
「ふん。奴らと一緒にするでない。あの小僧どもにあっけなく捕まるような愚か者は要らぬ。まあ、助けずとも、あやつは自ら命を絶っているだろうしな」
「そして、ユトランド全土に本格的に広まるだろう、これまでの暴動は皆我らが起こしたものであると言う事が」
「我らはいつでもフロータイボールの幼生を奴らに植え付けてやれる。だがその前に、タイゾウ、貴様にはひと暴れしてもらおうか」
「やっとわしの出番が来たか」
 タイゾウは不気味に笑った。
「それで、わしは何をすればいい。もう薬の使いはやりたくないんだがな。あの紫の粉、危うく吸い込むところだったわい」
「いや、もうその必要はない。貴様にはこれからユトランドじゅうを飛び回ってもらう。お前の渇きを癒すにはちょうどよかろう」

 撤退したはずのデュアルホーンが再びユトランドをねらっている。カモア大地祭最終日の翌日から、あっというまにその噂は広まった。ガリークランを初めとしていくつかの強豪クランがデュアルホーンの侵攻を食い止め、結果、彼らは撤退したはずだった。だが、四天王が去る前に、上層部の側近たちが送り込まれてきたのだ。しかも今度は兵を一人もつれていない。その代わり、彼らが手下として使うのは、フロータイボールの幼生を植え付けた者たち。彼らに暴動を起こさせている。自分たちは高みの見物をしていればいいのだ。人々を不安に陥れたのは、フロータイボールのタネがいつ体内に植え付けられたか知ることが出来ないということ。魔法医を訪れる人々で治療院はごったがえしはじめた。
 タルゴの森の村でも、同じ事がおきている。カモア大地祭の事件から一週間経っても、小さな治療院から人々がいなくなることはない。医者のマックの緊急の依頼で、薬草ムスクマロイを摘みに、原っぱへ出る。途中、一振りの剣を掲げるシークの石像を見つけたが、一体誰がこんなものをここへ置いたのだろうかと、シンイチたちは首をかしげた。それから、ムスクマロイをめいめいカゴいっぱいに摘み取って、村へ帰る道を歩いた。最近、ボロンはウィルに薬草について色々教えてもらっており、今もムスクマロイを用いて作る薬やその効能について色々質問している。一体どうして薬草に興味を持つようになったかはシンイチの知るところではないのだが、ボロンには、スリをして生計を立てるよりは薬屋を営んでくれる方がずっといい。
 その夜。満月の明かりを頼りに、シンイチはひとり、村の傍で居合抜きの稽古をしていた。昼間はマーシアにつきあってもらって手合わせしたが、最近はマーシアの腕もシンイチには及ばなくなりつつあった。突きを主体としたレイピアの攻撃に最初は苦戦したものの、何度か繰り返すうちに目が慣れてきて、今では、数回刃をぶつけただけで、彼女のレイピアはあっけなく宙を舞うか地面に落されてしまうのだから。早朝と深夜に、故郷にいた時のように修練を積んできた結果だ。最近はガブりんを説き伏せて、港町でシンイチから壺焼きをかっさらったのと同じような素早さであちこちかけずり回らせ、それを正確にとらえる特訓をしている。おかげでだいぶ動体視力があがった、気がする。
 手拭いで汗を拭き、一息つく。
(奥義の威力は使い手の力量をそのまま表している。父上はそう言っていた。やはりわたしはまだ力が足りないんだ……)
 ふと、森の奥の方から何か話し声が聞こえてきた。シンイチは足音に気をつけながらそっと道を歩き、声の聞こえてきた方へ向かう。木々にさえぎられて月の光があまり届かない。道を外れた森の中から聞こえてくるので、木にぶつからないように気をつけながら歩く。そうしてやっとのことで近づく事が出来た。二人が言い争っている。シンイチは、見られないように、離れた木の陰に潜んで気配を消し、じっと見つめた。月の光がちょうど枝の隙間から差し込んで、二人を照らす。
 一人は、あの剣士だった。もう一人は白を基調とした服を着た騎士風の男。言い争っていると言うか、剣士が一方的に怒鳴りつけて相手の男が半ば怯えて言い訳をしているという感じに見える。離れている上に風が出てきて枝をサワサワとこするために、話の内容が聞きとれず、やっとシンイチが聞きとったのは、「フリメルダ」「薬」「ゾンビパウダー」「湿地の魔女」という言葉だった。そのうち剣士は相手を突き飛ばした。もう行ってもいいという意思表示だったと見え、相手の男は逃げるように去って行った。剣士はその背中を見送ってたたずんでいたが、やがて歩き出していった。
 剣士が歩き去った後も、シンイチはしばらくその場でじっとして息をひそめる。誰もいないとわかると、シンイチは村へ向かって歩き出す。月が雲に隠れて周りが見えづらくなり、何度か木の根につまずいた。それでも無事に村にたどりつき、彼は宿の部屋に戻った。またしてもボロンとガブりんが、一つしかないベッドの真ん中を占領している。仕方なくそっと彼らを端に寄せる。
(確かフリメルダというのは、あの人が手合わせしたがっていた女のひとだったはず。だが、湿地の魔女だの薬だの、一体何の話なのだろう?)
 シンイチは横になりながらも考えたが、そのうち眠りに落ちた。

 タイゾウは屋敷の窓から外へ出た。東雲の光が、辺りを照らし始めている。
「ふん、ユトランドを血で染め上げたとしても、わしにはまだ足りぬ。もっと、もっと血がほしい。血を見なくては心が休まらぬ!」
 手に握られた匕首には、真新しい血がついていた。
「さあ、次だ!」
 テレポでタイゾウが消えた後、屋敷の使用人が主人を起こしに来た。だがその主人は使用人の呼びかけにこたえることはなかった。既に絶命していたのだから。
 タイゾウが次々と暗殺していったのは、ユトランド各地のプリズンの最高責任者たちだ。人々はデュアルホーンへの恐怖を再び蘇らせた。厳重な警備の敷かれた中をやすやすと突破して、タイゾウはいともたやすく獲物をしとめたのだ。ユトランド自治協会はこの連続暗殺事件を重く見て、ただちに会議を開いた。デュアルホーンの残党たちは指名手配され、数多くの賞金稼ぎたちに手配書が配布された。
 タイゾウが嬉々として飛びまわる一方で、ユトランドじゅうの空気が不安で重くなっていた。


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