第7章 part1



 銀夏の月半ば。
 シンイチは陽の昇らぬうちから、白んでくる空の明るさを頼りに宿の裏で素振りをしていた。日が昇ったらルピ山へ出かけようと考えている。前日ウィルが「調べ物をしたいから」と言うので、数日モーラベルラに滞在することになったためだ。
(それにしても最近のウィルさんはむっつりした表情が増えた……。あの人の件以来だな)
 毒にやられた剣士を助けてから、ウィルは考え込むことが多くなってきた。別れる前、剣士はウィルを捕まえて幾つか質問をしていた。ウィルは仰天していたがしぶしぶ答えていた。一体何を聞いていたのだろう。シンイチは気になったが、己が立ち入ることではないと考え、聞かなかった。
(ウィルさんが調べ物のために滞在したいというのも、きっとあの時の質問に関係のある事を調べたいからだろう。何を聞かれたかは知らないが、ウィルさんの顔つきから考えて、あまり良い事ではないんだろうなあ)
 朝食後、ウィルはさっさと町の学術図書館へ出かけ、ボロンはマーシアと一緒に買い物へいった。最近、彼女に読み書きを教えてもらっているからだ。ガブりんはボロンについていった。シンイチは一人、ルピ山のふもとへ向かった。

 シンイチがルピ山のふもとに到着するころ、ウィルは図書館の奥にいた。古代の薬や呪術を扱っている書物を探しているのだ。許可証が無ければ立ち入れない場所だが、ウィルは、研究に明け暮れていたころに許可証を作っていたので、すんなり通してもらえた。
(俺の記憶が確かなら、このあたりにあの物騒なモンがあったはずだ)
 一時間ほど探しまわった末、ほこりっぽい、ぼろぼろの書物を何冊かやっと見つけ出した。机の上にそれをそっと広げ、ウィルは古代文字の解読を始めた。
 昼近くになって、ウィルは図書館を出た。その手には紙を持っている。パブに飛び込んで、
「ほら、調べてきたぞ」
 くたびれた顔のウィルは、入り口付近の壁にもたれている剣士に、紙を渡した。
「これは……?」
「資料を片っ端から読みあさってまとめてきたものさ。現存している資料のうち、俺に解読できるのはこれくらいだし、許可証を持っている一般人が閲覧できるのも、このくらいだ。こっから先のもっとヤバイ資料は、研究所の連中しか閲覧できない。だからそれで我慢してくれ。俺のうろおぼえの中途半端な知識よりマシだろ」
「……礼を言う」
 剣士はぽつりと言って、紙に目を落とした。ウィルは頭をかいた。
「はー。何故俺に頼むかね、こんなこと」
「お前しか、詳しく教えてくれる者はいなかったからだ」
「そのセリフから察するに、エゼルを捕まえることは出来なかったんだな。ところで、ガレリア洞窟で別れて、昨日俺に書物の調査を頼むまでの間、あんた今まで何処へ行っていたんだ?」
「あるクランの居場所を調べていただけだ……」
「あんたなりの調べ物か。まあ、あんたが何をしようとしているかは、聞かないでおくよ。ゾンビパウダーについて調べてるあんたが抱える面倒事に巻き込まれるのは嫌だからな。……それじゃ」
 ウィルは剣士に背を向け、パブを出て行った。剣士は紙に目を通し終えると、懐にそれを入れ、パブを後にした。
「湿地の魔女……」

 シンイチの放った袈裟斬りが、デュアルホーンの柿色装束を派手に切り裂いた。手ごたえはあったが装束の下になめし皮を身に着けていたと見え、思っていたほどのダメージを与えることは出来なかった。斬られたデュアルホーンはナイフを握り、攻撃する。身をかわすたびに、シンイチの腕や肩や手首がかっと熱くなる。後退した拍子に脚元の濡れたコケで足が滑り、シンイチの姿勢が崩れる。シンイチの首を狙って振られたナイフがむなしく空を切った。デュアルホーンが先ほどの空振りの際に体重をかけ過ぎて前傾姿勢になったところを、そのまま姿勢を低めたシンイチが脚を払って転ばせる。さらに冷気を帯びた刀が勢いよく振りおろされ、デュアルホーンの体は大きな氷塊の中へ閉じ込められてしまった。数か月前とは比べ物にならない大きさの氷塊が、シンイチの目の前に転がった。自分の背丈ほどもある。シンイチはしばらく息を切らして見つめていたが、首を振った。
「まだだ、まだ小さい! あの人のは、この倍以上はあった……!」
 周りの気配を確認し、敵がいないと確信してから、シンイチは傷の手当てをする。ナイフに毒が塗られていなくてよかった。傷薬を塗り、ポーションを飲むと、傷は癒えた。
(それにしても、なぜいきなりわたしを襲ってきた?)
 奥義・凍滅によって氷塊の中に閉じ込められているデュアルホーンを、シンイチは見る。素振りを開始したところで、いきなり背後からこのデュアルホーンが襲ってきたのだ。
「戯れか、命令か。どちらにせよ、もう帰った方がいいだろうな」
 シンイチはモーラベルラの町に向かって歩き出した。もう稽古どころではない、今度はタイゾウが襲いかかってくるかもしれない。
 町についたころ、ちょうど昼時だった。昼食を取ろうと思ってパブに向かって歩いて行くと、その入り口付近から声が聞こえた。思わず足が止まる。
「ほら、調べてきたぞ」
 中から聞こえてきたのは、ウィルの声だった。見ると、疲れた顔のウィルとあの剣士がいる。二人とも入り口付近に立っている。シンイチの立っている場所からは二人の姿が見えるのだが、二人の方は話に夢中になっていてシンイチに気付いていない。シンイチはそっと後ずさって、魔法医とパブの間の、細い路地の隙間に滑り込んだ。耳を澄ませばちゃんと声は聞こえてくるし、細い路地の傍に置かれた大きな看板が上手い事彼の姿を隠してくれる。
「これは……?」
「資料を片っ端から読みあさってまとめてきたものさ。現存している資料のうち、俺に解読できるのはこれくらいだし、許可証を持っている者が閲覧できるのも、このくらいだ。こっから先のもっとヤバイ資料は、研究所の連中しか閲覧できない。だからそれで我慢してくれ。俺のうろおぼえの中途半端な知識よりマシだろ」
「……礼を言う」
「はー。何故俺に頼むかね、こんなこと」
「お前しか、詳しく教えてくれる者はいなかったからだ」
「そのセリフから察するに、エゼルを捕まえることは出来なかったんだな。ところで、ガレリア洞窟で別れて、昨日俺に書物の調査を頼むまでの間、あんた今まで何処へ行っていたんだ?」
「あるクランの居場所を調べていただけだ……」
「あんたなりの調べ物か。まあ、あんたが何をしようとしているかは、聞かないでおくよ。ゾンビパウダーについて調べてるあんたが抱える面倒事に巻き込まれるのは嫌だからな。……それじゃ」
 足音が聞こえ、ウィルがさっさとパブから出て行くのが見える。さらにもうしばらく経ってから剣士がパブから出てきた。ウィルと反対の方向つまりシンイチが隠れているほうへ歩き、そのまま通り過ぎた。
「湿地の魔女……」
 剣士のつぶやいた言葉を、シンイチは聞きとった。
 結局何も食べずに宿にそのまま戻ったシンイチ。ちょうど皆戻ってきて一室に集まっている。
「おかえりー、シンイチにいちゃん」
 部屋に入ったシンイチを、ボロンとガブりんは嬉しそうに出迎える。後ろで、マーシアが教材を机の上に並べている。
「お前早かったじゃん。夕方まで戻らないんじゃなかったのか?」
 ウィルは疲れた顔でベッドに座っている。
「事情がありまして、稽古はきりあげました」
 その時、シンイチはふと後ろを振り返る。誰か廊下にいるのだ。ドアがノックされる。ウィルは怪訝な顔をしたが「どうぞ」と言った。
「邪魔するぞ」
 ドアが開けられ、そこには、あの剣士が立っていた。数秒の沈黙。その間誰も動けなかった。剣士は構わず部屋の中に入り、シンイチに言った。
「小僧、お前に用がある。今すぐ、俺と来い」
「……ちょ、待て、シンイチを連れていくつもりか、あんた!?」
 沈黙の末、やっとウィルが声を絞り出した。剣士は「そのつもりだ」と言った。
「数週間ほどこいつを借りたい。目的を果たすには、どうしても必要だからな」
「シンイチにいちゃん、どっか行っちゃうの?」
「しばらく借りるだけだ。必ず返すから案ずるな」
「待ってちょうだい!」
 ボロンの次にマーシアが声を出す。既にシンイチの腕をつかんだ剣士は鬱陶しそうに彼女を見る。
「シンイチ君だけを連れていく理由は何?」
「俺の目的を果たすため。それが理由だ」
「回答になっていないわね。でも、シンイチ君が『ついて行かない』と言ったら、どうするつもり」
「腕ずくで連れて行く。必要ならばお前たちを手にかけてでも」
「手にかけるだと? そいつはハッタリか? それとも本気か?」
「俺の言葉がハッタリだと思うのか?」
 たちまち空気が張り詰める。ウィルは魔力の蓄積を開始し、マーシアはレイピアの柄に手をかける。しかし剣士はシンイチの腕から手を放したものの、自分の刀の柄に手を伸ばそうとしない。剣を先に抜かれても、相手の刃が届くより先に抜刀できる自信があるのだろう。
「ま、待ってください!」
 どうしたらいいのかわからずおろおろしていたシンイチは、ウィルたちと剣士の間に割って入った。
「い、行きます、お供いたします! 皆が斬り殺されるくらいなら、ついて行きます!」

 宿を出た剣士とシンイチは、エアポートに向かって歩いていた。
(エアポートに到着したと言う事は、フロージスへ渡るのかな?)
 また飛空艇酔いになるであろうことを想像したシンイチ。だが飛空艇に乗るのはこれで三回目だ。もう慣れているはず。そう自分に言い聞かせた。飛空艇に搭乗して機体が空へ飛び立ってからは、気を紛らすために窓から外を眺めることにした。窓に映る綺麗な青空。はるか下には海が見えるが、彼は極力それを見ないようにした。最初に搭乗した時、それで酔ってしまったからだ。
 不安がよぎる。
(ボロンは泣いているだろうな、きっと。帰ったら埋め合わせをしてあげないと……)
 宿を出る前に、シンイチは時間をかけてボロンとガブりんを説得した。必ず帰ってくるからと約束もした。送り出す時は手を振ってくれたが、今ごろ泣いているだろう。驚愕しっぱなしのウィルとマーシアは説得に時間はそんなにかからなかったが、冷静になった時には、呆れているに違いない……。
「おい」
 不意に隣席の剣士が声をかけたので、シンイチはびくっとした。
「は、はい」
「今更、帰りたいと思っているのか?」
「いいえ」
 シンイチは首を横に振った。ついていくと言った以上後には退けない。剣士は不審の眼で見るがそれ以上は言わなかった。しばらくしてまた剣士は口を開いた。
「……おい、小僧」
「シンイチです」
「お前の名前などどうでもいい。お前、トラメディノ湿原に行った事はあるか?」
「いいえ」
「そうか。では、トラメディノ湿原にいるという湿地の魔女の話は知っているか?」
 湿地の魔女。またこの単語を聞く羽目になるとは。
「名前だけは知っていますが、話や噂を聞いたことはありません」
「そうか……」
 剣士はまた考え込んでしまい、もうシンイチに話しかけようとはしなかった。
 翌朝、フロージスのエアポートに飛空艇が到着する。結局仮眠室ではよく眠れなかったので、シンイチはあくびを噛み殺しながら飛空艇から降りた。
 フロージスの町から東の方角に、雲ひとつない明るい青空なのに、不気味な黒雲がかかっているところがある。あそこが、トラメディノ湿原ではないだろうか。
「物の怪でも出そうだな」
 シンイチは呟き、剣士の後を追って歩き出した。道が進むにつれ、少しずつ周りがぬかるみにかわっていく。それにつられて空も徐々に薄暗くなってきた。曇っているせいだと思いたい。泥の中に足を突っ込まないよう、足元に注意しながら慎重に歩く。そのうち、足元はぬかるみから木製の桟橋になる。乗ると、二人分の体重がかかってギイギイと不気味なきしみ音を立てた。そのまま歩き続ける。周りの空気がじめじめしてきた。風が無く、蒸し暑い。さらにしばらく行くと、小屋が一軒見えてきた。そのころには、雨のにおいすらもした。沼に面したその小屋を覗いてみると、釣りにつかうと思われる小型の手こぎ舟があるほかは、特に家具などない。この場所が、冒険者たちの休憩所として使われているようだ。
「この北はサイノカミの地か……魔女の住まいはこのあたりのはずだが……」
 剣士はぶつぶつ言っていたが、やがてシンイチを見た。
「ここでいったん休むぞ」
 有難い言葉だった。乾物で軽い食事を済ませるころには、外は雨が降り始めていた。
「足止めか……」
 剣士はため息をついた。シンイチはその一方で落ち着きがない。周囲をきょろきょろ見回している。
「どうした、じっとしている事も出来ないか」
「あ、いやその――誰かに見られている気がして」
「ここには俺達以外にいない、と言いたいところだが、お前の勘なら信じてやる」
 本気で言っているのかシンイチをからかっているのか、その仏頂面からは判断できない。
「あの」
 雨が周りの音を支配するころ、シンイチは沈黙を破るために剣士に話しかけることにした。考え事をしていたのか、剣士は目を閉じていたが、目を開けた。
「まだ貴方のお名前を聞いていませんでした。教えていただけますか?」
「……ギィ・イェルギィ」
「ありがとうございます……」
 あっさり教えてくれたのでかえってシンイチは拍子抜けした。
「……ギィさん」
「何だ」
「そろそろお話しくださってもよろしいのでは? わたし一人をここまで連れてきた理由を」
「湿地の魔女に会った後で教えてやる」
「左様ですか。では話を変えます。何故貴方はゾンビパウダーを調べておられたのです?」
 ギィが動揺を示した。
「何故それを――あの導士が喋ったのか?」
 あの導士とはウィルを指しているのだろう。シンイチは首を横に振り、タルゴの森とモーラベルラのパブの傍とで盗み聞きした事を話した。
「貴方は剣聖フリメルダと刃を交えることを望んでおられます。しかし、彼女の消息とは何の関係もなさそうな薬について、わざわざウィルさんに古文書の調査を頼まれた……」
「……」
「わたしはユトランドの薬については何も知識を持ち合わせておりません。しかし、パブで話しておられたウィルさんの口調を考えれば、ゾンビパウダーというものが毒物のたぐいであろうと想像できます。ゾンビパウダーと剣聖フリメルダ、一体どんな関係があるのですか?」
 シンイチが話す間、ギィは苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。二度も盗み聞きされていながら気づかなかった自分を責めているのか。盗み聞きしたシンイチを忌々しく思っているのか。
「……それも、湿地の魔女に会った後で教えてやる」
 何も話すつもりはないようだ。
「わかりました。では、質問は止めにいたします」
 雨は止まない。シンイチは暇を持て余した。ギィはまた目を閉じている。ふと、シンイチは気づいた。桟橋の傍に、何か光るものが浮いている。その光るものは小屋の方へとゆっくり近づいてくる。シンイチは反射的に刀をつかんで身構える。ギィが目を開けた。シンイチの視線の先にある謎の光るものを見ると、すぐ刀の柄に手をかける。
「何だ、こいつは……ボムではないな」
 その光るものは笑い声をあげた。女の声だ。
『怖がることはないよ、あんたたち』
「貴様、何者だ」
 ギィの問いに、不気味な光るものは答えた。
『あんたたちが会いたがっている、湿地の魔女だよ』
「ま、魔女?! 人魂ではないのか?!」
 シンイチの裏返った声に、光るものはまた笑う。
『東国の坊やには、こういうものは珍しいかい。ちょっと精霊術を改造してみただけさ』
「な、なぜわたしの出身を――」
『訛りでわかるよ。暇つぶしにあんたたちの事を観察させてもらったよ。東国の坊やは気がついたようだが、そっちのあんたは気づいていなかったようだね』
 ギィは仏頂面のままだった。
『こんなところで話すのもなんだから、あたしの住まいへ来な。あんたたちはゾンビパウダーについての話をしていたろ、こういうメツッとして暗い話、あたしは大好きなんだよ、ウフフ。案内してやるから、ついてくるんだね』
 ギィはためらわず、光の玉の後を追う。シンイチも追う。何故か、雨がやんでいる。虫の声も蛙の声も、何も聞こえない。風すらない。聞こえてくるのは、泥水の中に草が踏まれて水の跳ね上がる音と、桟橋を歩くギシギシという音、衣擦れの音だけ。そのまま進んでいくと、明かりが遠くに見えてくる。東屋がある。明かりはそこから漏れている。東屋の後ろ側には不気味な沼があり、目をやっただけで、シンイチはぞっとした。何かが潜んでいる、そんな気がしたのだ。こんな不気味な沼の傍に住んでいるとは、相当の変わり者だ。
「さあ、お入り」
 東屋の前に到着すると、火の玉が消える。そして、声が中から聞こえた。ギィは遠慮なく、東屋のすだれを押し上げるついでに、逃げる前にとシンイチの腕を引っ掴んだ。
「邪魔するぞ」
 東屋の中は、不思議な香りで満ち溢れている。天井につりさげられた綺麗なカンテラからは昼間のように明るい光が放たれている。部屋の真ん中に不思議な文様の刻まれたつぼが置いてあり、紫の煙をぽっぽと絶え間なく上げ続けている。室内の棚には香炉やら瓶やら、色々置かれている。そして、不思議な文様の刻まれたつぼの向こうに一人のヴィエラが立っている。綺麗な飾りのついた帽子をかぶり、着ている服には、宝石をあしらった飾りをいくつもさげている。歳はマーシアよりもずっと上だ。このヴィエラこそが、湿地の魔女と呼ばれる人物だ。
「よく来たね、あんたたち」
 魔女は不気味に微笑む。なぜかシンイチは己の背中に冷たいものが流れるのを感じた。思わず一歩下がるが、ギィはそれを許さない。掴んでいる腕を乱暴に引っ張ってシンイチを前に引きずり出す。
「いきなりだけど、あんたたちはゾンビパウダーというものが何なのか、知っているかい?」
 シンイチは首をかしげたが、ギィは答えた。ウィルに調べてもらったメモで予習したのだろう。
「古代呪法の秘薬の一つ。服用した者を徐々に腐敗させて、生きながらにして屍へと変えていくもの」
「まあ、おおむねその通りだね。ゾンビパウダーで生ける屍となった連中を使って不死の軍隊を作ろうとした国もあった……結局その国は滅んだけどね」
 魔女はいたずらめいた光をその目に宿し、ギィとシンイチを交互に見る。ギィは動じた様子もないのだが、シンイチは青ざめている。
「で、あんたたちはゾンビパウダーがほしいのかい?」
「いや。俺がほしいのは、その治療薬だ。その薬を作れるのは、あなただけだと聞いた」
「その通り。今ではあたしだけしか作れないよ。作ってやらないこともないが」
 魔女はつぼの前まで歩いてきた。
「代償が必要なのさ。あんたたちが店で何か買ったら代金を払うだろう、それと同じようなもんさ。もっとも、あたしに依頼をするんなら、本来は1の下に0が七つ付くくらいの金を払ってもらいたいけれど、これだけは別さ」
 そして魔女は、ギィを見た。
「ゾンビパウダーの治療薬を作るには、記憶か寿命を、差し出してもらわねばならないよ」


part2へ行く書斎へもどる