第1話



 真夏を迎えたポケモン渓谷。河川は日々水浴びをするポケモンたちの賑やかな笑い声で溢れ、はるか南の海岸でも、同じようにたくさんのポケモンが水浴びをしていた。
 人間の科学技術でこの世界に再び姿を表した、古代に絶滅したとされる化石ポケモンたちだがその子孫達が、この渓谷に住んでいる。海岸の浅瀬で海草をもぐもぐ食べるリリーラなどその代表。この渓谷ができたころからずっとこの海岸で暮らしていたリリーラたちの子孫だ。本当は海底で暮らしているはずなのだが、永くてのんびりした環境変化に適応したのか、浅瀬でも生活する体になっている。個体数は少ないが、浅瀬の岩や海底に張り付いて、海を眺めてのんびりしている。彼らは、海中の温度が上がる夏が好きなのだ。
「きゃっほー」
 今日も、ポケモンの声が聞こえる。たまたま、引き潮で水面に顔を出している一体のリリーラは、首だけを後ろに向ける。
 森から浜へ駆けてくるポケモンたち。ブイゼルを筆頭に、ルクシオとエイパムがいる。その少し後から、ヌオーがよちよち歩いてくる。彼らは海岸まで一気に駆けてきた後、勢いよく海にダイブした。派手に水しぶきが上がり、リリーラは水をかぶる。
「あー、ごめんごめん」
 気づいたエイパムが、尻尾を手のように振った。リリーラは顔の周りの花びらに似た触手をぷらぷら動かして、気にしてないと答えた。
「ちょうど顔が暑かったしー、別に構わないしー、水は気持ちいいしー」
 語尾をやたら延ばすのんびり屋のリリーラは、また空を眺めた。引き潮で顔が出ているときは空を眺め、満潮で顔が水中に没しているときは海中を眺めているのだ。
 やがてヌオーがやってきて、のそのそと海中に入る。
「ヌーは、水が好きなんダナ」
「よかったねー」
 ヌオーは、のんびりと泳ぐ。ルクシオは犬掻きをしながら、それでもばしゃばしゃと派手に水を跳ね上げる。エイパムは自分の尻尾をブイの代わりに水面に突き出し、泳ぐ。ブイゼルは海中を泳ぎ、テッポウオのごとく勢いよく水面に飛び出したりもする。炎天下の昼過ぎ、水は太陽で温められていたが、泳ぐにはちょうどいい水温であった。
 泳ぎ疲れて、休憩のために一度海から上がる。木陰に葉をたくさん敷いて、その上に寝転がる。涼しくて気持ちいい。リリーラが波に揺られながら空を眺めているのが見えて面白い。
「あー、気持ちいいねー」
 潮風に吹かれながら、ブイゼルは尻尾をスクリューのように動かす。回る尻尾から風が吹いてきて、側で寝ているルクシオのたてがみを撫でた。
「あ、もうちょっと風、風」
 ごろんと砂地に寝転がると、毛皮が砂だらけになる。
「うひゃっ。砂だらけになっちまった」
 ルクシオはすぐ立ち上がってブルッと身震いする。砂があたりに飛び散った。
「うひゃー」
 エイパムが葉の上に起き上がって、尾で砂をガードする。ヌオーはそのまま砂風呂にするつもりか、砂をかぶっても平然としている。
「あ、ごめんごめん。ついやっちゃったよ」
 ルクシオは謝る。そして、砂から葉のシートの上に寝転がりなおした。木陰に潮風が吹いてくる。涼しい。
 まだ日は高い。昼寝しても、夕方になるにはまだ十分に時間はある。波の音と、風で木の葉がこすれるサワサワという音を聞きながら休んでいるうちに、皆目を閉じていた。
 次に目を覚ましたのは、日がだいぶ西の空へ傾いた頃。随分眠っていたようだ。あと一時間ほどで、夕方になるだろう。
「いやー、寝たねえ」
「寝すぎかな」
「もうひと泳ぎするダナ」
「そうだね!」
 皆、再び海に飛び込んだ。
 夕方になって腹が減ると、皆、海から上がり、塩水を落とすために近くの小さな湧き水をシャワー代わりに浴びた。体を乾かし、森へ急ぐ。だいぶ日が傾いて、眩しいオレンジの光が森の中に差し込んできた。
 他のポケモンたちも、夕飯の木の実を取りに来ているのが見える。
「ああ、おなかへった」
 エイパムが木に登って、大きなモモンの枝の上でピョンピョンはねて、実を落とす。木の下にいるポケモンたちは、落ちてくる木の実を拾い集めた。
「一番美味しいのは、てっぺんの木の実なんだよねー」
 エイパムは、木のてっぺんにするするとよじのぼり、夕日を浴びてオレンジに染まったモモンの実をつまみ、ほお張った。
「うん、美味しい」

 今日も暑い真夏日。
 朝も早くから、ブイゼル・ルクシオ・エイパム・ヌオーは海岸へやってきた。たらふく木の実を腹に詰め込んで、綺麗な冷たい水を飲んで体力をつけた後、勢いよく海の中へ飛び込み、好きなように泳ぎ始める。
 誰かが、潜ってみようと提案する。他の皆は賛同し、深く息を吸った後、海中に潜った。
 海中は、太陽の光を受けて、地上と同じくらい明るい。岩やサンゴや海草たちが目を楽しませてくれる。テッポウオの群れが近くを通り、サニーゴが時折挨拶をしてくれる。
 ヌオーはのんびり泳いでいたが、ふと、くずれかけの岩の側に穴があるのを見つけた。覗き込んでみると、少し深めの穴らしい。が、ただの穴ではないような気がした。
 ミズゴケが、どこにも生えていない。周囲にはフジツボやミズゴケがたくさん見つかるというのに、この穴の周りだけ、ミズゴケもフジツボもない。不自然すぎた。
 ブイゼルが尻尾をプルプル回しながら泳いできて、ヌオーの脇から穴を覗いた。
(真っ暗だ)
 感想はそれだけ。しかし、奥になにがあるのか気になった。
 ブイゼルが穴を覗きこんでいるのに気づいたか、ルクシオとエイパムも泳いでくる。
 ブイゼルは思い切って、頭を穴に突っ込んでみた。海水が穴の中に流れ込んでいくのがわかる。
(ん?)
 ブイゼルは、ふと、耳をすます。潮の流れの中に、何か聞こえたような気がしたのだ。穴の中に流れる海水はゴボゴボと音を立てている。だがその音の中に、何か別の音が聞こえた。あえて言うと、それは、呼び声だった。
『!!!!!』
 急に海水の流れが激しくなった。穴の周りに集まっていた皆は、揃って、海流に流されて穴の中へと引き込まれていった。


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