第2話



 流されているうちに気を失ったらしい。
 ブイゼルは、目を開けた。耳の奥がキンキンと響いている。頭も重かった。それでも何とか起き上がり、周りを見る。
 周りは、ゴツゴツとした奇妙な暗色の岩だらけ。小さな洞窟のようだ。周囲の岩の上に、ルクシオ、エイパム、ヌオーが横たわっている。ブイゼルは尻尾をスクリューのようにプルプル回して、駆け寄り、揺り起こす一方、尻尾で風を送った。
 程なく、皆、目を覚ました。ルクシオは全身の水気を、体をふるって飛ばす。ヌオーは、ぼけっとした顔つきで――いつもの事だが――座り込む。エイパムはせわしなく尻尾を振った。
「ここ、どこなんだ?」
 ルクシオの問いに、ブイゼルは頭を振った。
「わかんない。たぶん、どこかの洞窟なんだろうけど」
「こんな洞窟初めて知ったダナ」
 ヌオーは周りを見て、平たい尾を揺らした。
「あの海の中に、こんな洞窟があったなんて、ヌーは、今日初めて知ったダナ」
 周りは、明るい。ヒカリゴケも何もないのに。
 この洞窟全体が光を放っているかのようだ。彼らの影は、地面に映ったり岩壁に映ったりしている。
「ああ、明るいわけだな」
 エイパムは、岩の一部を尻尾で引っつかむ。ガリンという音と共に、尻尾でつかまれた岩の一部が砕ける。
「この岩ん中、入ってるんだよ、小さな小さな光のもとが」
 エイパムの見せる岩の欠片の中に、確かに、青白い光をぼんやりと放つ何かがある。これが洞窟の内部を照らしているようだった。
「だから、オイラ達この洞窟の中が見えるんだよ」
「ふーん。それはそれで、真っ暗闇よりはいいんだけどさ――」
 ルクシオがたてがみを振った。
「で、ここの出口、どこ?」
 暫時の沈黙。
「と、とにかく」
 ブイゼルは尻尾を回した。
「出口、探そうよ」

 どのくらい歩いたのか。
「疲れた〜」
 エイパムが、冷たい岩の床に腰を下ろした。
 ずっと歩き通しで、皆、疲れきっていた。ヌオーはべったりと岩の床に腹ばいになり、ルクシオは自慢のたてがみをなでつけることもせずに岩壁にもたれ、ブイゼルは仰向けに寝転んでしまった。
「疲れた……どこまで続くんだよ、この洞窟」
 誰も入ったことがないと思われる洞窟なのだから、正確な深さを知っている者はいない。ましてやこの洞窟に関して、彼らの誰も、伝え聞いた者すらいない。この洞窟自体、存在すら知らなかった。
「おなかすいたなあ」
 ぐうう、とエイパムの腹が鳴る。海で泳ぐ前にちゃんと木の実を腹に詰め込んだのだが、水泳と歩きで完全に消化されてしまっていた。
「あーあー、このへんの岩が食えれば」
 ルクシオはいらいらして、尻尾で壁を叩いた。固い岩は尻尾を弾いた。
 ふと、ヌオーが顔を上げた。
「ヌー、何か聞こえたんダナ」
 その言葉で、皆、一斉にヌオーを見た。
「何か聞こえたって?」
 皆、顔を見合わせ、耳を澄ます。
「地面に耳つけると、聞こえるんダナ」
 床に耳をつける。聞こえるのは、自分達の息遣いと、体をぺたりとひっつけているために聞こえる心音だけだった。
「何も聞こえないね」
「しーっ」
 しばらく息を潜める。
「ん?」
 皆、ぐっと自分の耳を床に押し付けた。
 何かが伝わって聞こえてくる。
 何かの声のような……。
「何だか知らないけど、声みたいだね」
 ブイゼルは、耳を離して尻尾を回した。
「声ってことは、その正体わかんないけど、誰かこの洞窟にいるってことだよな」
 ルクシオは、体をぶるっと振った。自慢のたてがみがきちんと風になびいてセットされる。
「つまり、この洞窟のどこかにいる誰かに、出口がどこか聞けばいいんだよね」
 エイパムは尻尾をぶんぶん振った。
「そういうことだね!」
 ブイゼルは跳ねる。
 ヌオーが立ち上がる。
「でも、腹減ったんダナ……」
 その一言が、皆を現実に引き戻した。それと同時に、皆の腹が鳴った。腹の音は洞窟内で大きくこだました。
「腹減ったよなあ」
 ルクシオはたてがみをふるった。尻尾がたれてきて、元気がなくなる。
「改めて腹が減ったって気づいたら、目がまわってきたにょ〜」
 エイパムの語尾がおかしくなる。
「休んだところで、よけいにおなか減るだけだし。でも歩いてもおなか空くしなあ」
 ブイゼルは尻尾をスクリューのように回すのもやめていた。
 改めて自分達が空腹である事を認識し、急激に元気がなくなった。湧き水でもあればがぶ飲みして腹を満たせるが、この洞窟の中には水すらないように思われた。ただひたすら続く長い道だけが、彼らの前にも後ろにもあった。
 休んでも歩いても空腹が増す一方。結局休憩を挟みながら歩き出したものの、飢えと渇きに容赦なく攻められ、一時間も歩かないうちに、また道の中で座り込んでしまった。
「腹減ったよ〜」
 エイパムは尻尾を引きずりながら歩いていたが、とうとう歩く事をやめてしまった。
「もう限界……」
 ブイゼルも座り込む。ルクシオも両足を止め、ぐったりとふせった。ヌオーはバターのごとくとろけた体で、とうの昔に歩みを止めてしまっていた。
 空腹と疲れで動けなくなった皆を、あざ笑うかのように、洞窟の奥から風が吹いていた。


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