第3話



 しばらく皆は風に吹かれたまま、ぐったりとしていた。
 ふと、ルクシオの鼻がヒクヒクと動いた。
「ん?」
 続いて、たてがみが風になびくと同時に、ルクシオはシャンと立ち上がった。
「食い物のにおいだ!」
 その言葉で、皆同時に立ち上がった。先ほどまで動けないほど空腹だったはずなのに。
「どこどこ?」
 皆が詰め寄る。ルクシオは首を真っ直ぐ前に向けた。
「あっちだ!」
 言い終わらぬうちに、皆、走り出した。いつもはのんびり歩いているヌオーでさえ、皆と肩を並べるほどの速度で走っていた。
 空腹を癒せるなら、木の皮でも食べたかった。その本能が、皆の足を動かしている。
 やがて、ルクシオの言う『におい』を、他の皆も嗅ぎ取った。甘いにおい。木の実のにおいとはどこか違うが、そんな事はどうでもいい。この先に何か食べられるものがあるという期待が、皆の足を動かしていた。伸びている道は相変わらず暗いままだったが、やがて、少しずつ明るくなり始めた。その明るさが少しずつ増してくるのと同時に、皆の走る速さも上がった。
 突如、視界が白に包まれた。
 眩しい。
 目が慣れるまでしばらく時間がかかった。それでも、目が慣れてくると、皆、目を明けて目の前の景色を見た。
「わあ」
 誰かが漏らす。
 目の前には、広間があった。通路の突き当たりなのか、大きな部屋が出来ており、その中央には大きな穴が開いている。イワークが体を横たえれば橋をかけられるくらいの幅だ。そして、その穴の側に木が生えている。
 においの元。
 たくさんの実がなった、オレンの木だ。
 皆は歓声を上げ、オレンの木に飛びついた。たわわに実る枝を選んで、エイパムが枝を揺する。ブイゼルたちは、落ちる実を受け止めて、大喜びで食べた。口の中で、熟した木の実の果汁がたっぷりと溢れ、喉の渇きも癒してくれた。
 満足するまで食べた後、皆、冷たい岩の地面に寝転がった。
「うい〜、満腹う」
 エイパムは、腹をさする。満腹で腹が膨れ上がっている。
「食べ過ぎたダナー」
 ヌオーは腹ばいになった。それは他の皆も同じ事。もう皮一枚も食べられないほどオレンの実を詰め込んだのだ、満腹で動けなくなっている。
「ちょっと休もうか」
 ブイゼルが提案するまでも無かった。歩いた疲れと、腹を満たせた満足感が押し寄せ、さほど時間が経たないうちに、そろって眠ってしまったのだから。
「う……ん……?」
 どのくらい寝ていたのだろうか。
 ブイゼルは目を開けた。
 だいぶオレンの実は消化されたらしく、食べた直後の息苦しさと、満腹感は無い。周りを見渡すと、ルクシオがエイパムの尻尾の上に寝そべり、尻尾を押さえつけられているエイパムがうなされている。ヌオーは腹ばいになったまま寝言を呟いていた。
「そうだ、出口探すんだっけ」
 ブイゼルは起き上がって背伸びをし、この岩部屋の入り口を探す。右、左、上、下。
「あれ?」
 寝ぼけているのかと、自分の目をこすり、また部屋の壁を見回した。右、左、上、下。少なくとも天井と地下から来ていない事は明らかなので、上と下を見るのを止める。右、左。
「あれ?」
 今度は自分の手で確かめるため、壁に触れながら一周してみる。
 ぐるりと一回りしたが、出口を表すものは、どこにもなかった。あるのは、壁だけ。
 ブイゼルのあげた驚愕の大声で、眠っていたエイパムは目を開けた。ちょうど寝返りを打ったルクシオの体の下敷きにされ、すったもんだの挙句、ルクシオを叩き起こした。
「どうしたの?」
 尻尾をぶんぶん振って眠気を払い、ついでにルクシオのたてがみも掃って、エイパムは目をこする。
「どうしたもこうしたもないよ!」
 ブイゼルは驚愕をあらわにしたまま、叫んだ。

「出口が、なくなっちゃったんだ!」

 眠っていたヌオーがやっと目を開けた。
「何なんダナー?」
 目覚めたばかりで現状の飲み込めないヌオー。ルクシオとエイパムは、ブイゼルの言葉に、一瞬固まったが、すぐにブイゼルに倣って大声を上げた。
「何だってええええ?!」
 大声に耳をふさぐブイゼルだが、すぐに言った。
「本当だよ! 寝ぼけてなんかいないよ! 出口がなくなったんだから!」
 皆は壁を見渡す。彼らがこの場所に入る前の出口が、壁に存在しているはずだった。
 だが、あるのは壁だけ。
 どこにも、出口はなかった。


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