第4話



「なんで、何でなんだよう!」
 エイパムは尻尾を乱暴に振り回して、じたばたした。
「そんな事言われても困るよ」
 ブイゼルも尻尾を回すが、すぐに尻尾はしょんぼりと地面に垂れた。
「気づいたら出口が――」
「お前ら出口出口って言うけどよ!」
 ルクシオが吠える。
「俺達が入ってきたのは、『入り口』だろ! だったら、先に進んで『出口』を探せばいいだろ! どのみち『入り口』から逆に進んだところで、行き止まりしかないんだから――」
「いい案だけどさ」
 ブイゼルは尻尾を振った。
「確かに『入り口』からここへ来たのは間違いないよ? でも肝心の『出口』はどこ?」
「それをこれから探すんだろっ」
 ルクシオはたてがみをふるった。
「でも『出口』って」
 ヌオーが口を開き、前脚で、前方の床に開いた、大穴を指す。
「ここしかないんダナ」
 その通り。天井にも壁にもどこにも『出口』がない。この大穴しか、進める場所はない。
「ここしかないって言われても――」
 皆、穴の渕から、穴を覗きこむ。深くて暗くて、落ちたら最後、二度と登ってくる事などできそうにない。
 だが、もと来た道がない以上、そしてこの先に進むための道がない以上、彼らが進む事のできる場所は、ここしかない。それはわかりきったことだ。だが――
「大丈夫、かな?」
 エイパムの呟きに、誰も答えない。穴の中は深く、暗く、何の物音も聞こえてこない。そんな穴に飛び込んで大丈夫かなど、誰にもわかるはずがない。
 穴を見つめて、しばらく経過した。

 ブワッ!

 突如、突風が穴の中から吹き上げてきた。穴のふちを覗き込んでいた皆の体が、まるで木の葉のようにたやすく舞い上がる。
『わあああああああああああああああ!!!』
 空中に持ち上げられた皆は悲鳴を上げたが、穴の中から吹き上げる突風は、今度は穴の中へ向かって空気を吸い込む流れに変化し、宙に浮いた皆はあっという間に穴の中へと吸い込まれていった。
『わあああああああああああぁぁぁぁぁぁ――……』
 空気の流れはどんどん速くなる。それにつられて、皆が穴を落ちてゆく速度も上がる。掴まる場所もなく、ただ風に流されて落ちてゆく。とうに悲鳴を上げる気力もなくし、半分気絶したのも同然。
 風は、突然止まった。落ちてきた皆は、下から吹き上げる小さな竜巻の中に落ち、ぐるぐると周って、冷たく濡れた石畳の上に横たわった。
 最初に意識を取り戻したのは、ブイゼルだった。尻尾を動かし、続いて体を起こす。冷たい石の上に横たわったため、体が少し冷たい。
「みんな、大丈夫?」
 起こして周る。かたや腕で揺さぶり、かたや尻尾で揺さぶり。
 皆、やっと目を覚ました。頭がしっかりするまで更に時間はかかったが、それでも何とか自分達がどうやってここまで来たのかは飲み込めたようだった。
 吹き上げてきた突風が掃除機のごとく穴に向かって吹き込み、その風に乗って穴の中へと吸い込まれたのである。
「ああ、そうか。穴の中にいるんだね、オイラたち」
 エイパムは尻尾を振った。
「ここが地球のへそ、だなんて事はないよなあ?」
 ルクシオは周りを見渡し、真上に首を向ける。彼らの周囲にはぼんやりと光る水晶のようなものが所々に埋まっており、その光で辛うじて周りを見渡せる。その光を頼りにこの場所の天井にあたる場所を見るが、そこにはただ闇が広がるだけ。
「どこかの穴の底ってことは間違いないダナ」
 ヌオーは尻尾で地面をなでた。砂が、粘液のついた尻尾についた。
「だって、ヌーたちは、地面に足がついてるからダナ」
 それもそうだ。
「でも、どこの穴の底なんだろうね」
 ブイゼルは尻尾をスクリューのように回した。
「海底かな?」
「さあな」
 ルクシオは尻尾を乱暴にふった。同時に鼻をヒクヒクさせる。
「なんだ?」
 皆がルクシオを見る。ルクシオは鼻を動かしながら、足を動かす。
「な〜んかニオうぞ?」
 ルクシオは歩いていく。皆も後からついていく。
 壁のある箇所でルクシオは止まる。
「なんだろな、ちょっと変なニオイがここからもれてる」
「へんなニオイ?」
「うん。なんだろな、痛んだオレンの実と、もぎたてホヤホヤのオレンの実を一緒に置いたみたいな」
 どうもわからない比喩だが、ルクシオの立っている場所がニオイの発生源らしいことはわかった。
「壁からニオイが出るはずないし。どっか隙間が開いてるんだね」
 ブイゼルは尻尾で壁沿いに地面をなでつつ、壁をなでてみる。ずいぶん長いことブイゼルはそうしていた。しかしエイパムは面倒くさそうな顔で、動かない。
「そんな面倒くさいことせずにさ、壁こわしたらいいじゃん」
「壊せったって……」
 ブイゼルは振り向く。ルクシオはその隣で、後ろ足で耳の裏を掻いていた。
「壊したら、他の壁まで一緒に壊れちゃうかもしれないじゃないか。ここの一箇所でもひびを入れてごらんよ、もしかしたら、ひびの入った箇所から亀裂があちこちに走って壁の崩壊を招くとか――」
 ガコン。
 ブイゼルの押した壁の一部がへこんだ。
 ビキビキ。
 岩壁に亀裂が入っていく。続いて、ガラガラと岩壁が崩れ始めた。
「なんだそりゃーっ!」
 皆、仰天して逃げ出した。岩壁は、ブイゼルが触っただけであっけなく崩れ落ち、もうもうと砂埃を上げた。
「……」
 音と振動と衝撃が収まり、皆、目を恐る恐る開けた。
 崩れ落ちた岩壁の向こうに、さらなる道が伸びていた。そしてその道の先にあるのは、真っ暗闇だった。
「いやなニオイがするぜ」
 ルクシオは、風に乗って流れてくるそのニオイをかいで、たてがみをふるった。
「なんかこうさ、胸糞悪くなるっぽいニオイだ」
 適切なたとえではなかったが、闇の中から流れ出るわずかなニオイには、生きとし生ける者に不快感を与えるものが含まれているのに間違いはなさそうだった。寒気がし始め、胸焼けでも起こしたかのような嫌な気分。何より、皆が感じていた。
 この先に、行ってはならない。
「で、でもさ」
 ブイゼルは口を開いた。
「行くしかないよ。出口、ここしかないみたい、だし……」
 ぶるぶる震えた声。ブイゼルの尻尾が、己の意思に反して、激しく震えている。武者震いだと、ブイゼルは自分で自分に言い聞かせるが、脚はあいにくその言い聞かせを否定する。ちっとも前に出ない。まるで錘でもつけられたかのように、あるいは接着剤で貼り付けられたかのように、ピクリとも動かせなかったのだから。
 必死で踏ん張り、なんとかブイゼルは最初に足を踏み出した。そして、闇の中に入ろうとする。

 ゴッ!

 闇の中から何かがブイゼルに勢い良くぶつかり、ブイゼルは勢い良く跳ね飛ばされ、後ろのルクシオとヌオーを巻き込んで地面にぶつかった。
「な、何だ今のは」
 問う暇もない。
 闇の中から、声が聞こえた。

『貴様ら、どこから入ってきた……』


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