第5話



 闇から突然聞こえてきた声に、皆、ぎょっとした。目の前に広がる闇の中から、その声は響いてきた。
 殺意を持っているわけでもない、敵意を抱いているわけでもない。警戒されているわけでもないようだが……。
「ど、どこからって」
 やっと声を絞り出したのは、ブイゼルだった。
「お、落っこちてきただけだよ、来たくて来たんじゃないんだよ! ほんとだってば! 別に何か盗もうとかそんな事考えてないし、ただ出口が知りたいだけで他に何にも考えてないよ!」
 だんだん自分が何を言っているのかわからなくなってきた。
 闇の中から、声が響いてきた。
『落ちてきただと? 落ちてきたという事は、貴様らは、あの穴の側に生えていた木の実を食したのだろう?』
「食した……食べたって事だよね」
 ブイゼルはルクシオに囁く。ルクシオはうなずいた。
「ああ、俺達あのオレンの実を腹いっぱい食べた」
 闇の中から、返答もしていないのに、突風のごとく声が吹きつけた。
『木の実を口にしただと!? 口にしたというのか……』
 怒声がふりかかるかと皆は身構えたが、次にはすさまじい笑い声が吹き付けてきた。
『ははははは! なるほどな。外の世界の者たちは、しばらく見ぬうちにとんと無知になったとみえる。知っていたら、あの木の実を口にする事など絶対にないだろうからな』
「どういうことダナ」
 ヌオーが尻尾で地面をはたいた。相手の言葉に興味をそそられているようだ。
「あのオレンの実を食べたのが問題なのダナ? あれはあんたの所有物だったダナ?」
『ふん。あれは違う。あれは、貴様らの世界と、この世界との境界線としての役割を持っているだけだ。私が所有しているのではない』
「じゃあ、その実を食った俺達に、何か起きてるのか?」
 たてがみをブルリと震わせ、ルクシオが聞く。
「別に俺達死んでるわけじゃないみたいだし、毒にもおかされてはいないはず――」
 その言葉は、突風のように吹き付けた笑い声によって、遮られた。
『ふはははは! 死んでいないと言うのだな? やはり自覚はしておらぬようだな』
 笑い声と同時に、彼らの目の前の闇が払われてゆく。一筋の光が差し込んで、道を作り出す。
『この道を進んで来い。お前達に、見せてやりたいものがあるからな』
 が、彼らが道に足を踏み入れる必要は全くなかった。道の方が伸びて、彼らの足元を勝手に覆った。そして、払われる闇の中へと勢い良く引っ張り込んだのだから。
 高速で引っ張り込まれたが、すぐに道は彼らを解放した。慣性の法則で地面に投げ出された皆は、引っ張り込まれた衝撃からやっと立ち直ってきたところだったが、今度は地面に投げ出された体の痛みから立ち直るのに時間を要した。なぜ地面に投げ出されたのか分からなかったからだ。
「うー、乱暴だな」
 不機嫌にエイパムは尻尾で地面をはたいた。
「でも、ここはどこ?」
 ブイゼルは周りを見回す。
 闇の中ではない。ざらざらとした地面の感触があり、流れてくる空気は、外のものであることがすぐ分かる。だが、どこから空気が流れているのだろう。上を見上げても、何も見えない。ここは闇があるだけだ。どこかの洞窟の中にいると思われるが――
『さあ、見るがいい』

 目の前が突然光に包まれた。

 目のくらみが治った。見ると、目の前には、ポケモン渓谷の森が広がっているではないか!
「ここは、森の側の崖の上にある洞窟じゃないか!」
 ブイゼルは尻尾を勢い良く振り回した。
「ポケモン渓谷だ!」
 皆の目が目の前の光景を映す。しばらくすると、その視界は涙で歪んでしまった。懐かしい、緑のにおい。風のにおい。
「帰ってきたんだー!」
 駆け出した。洞窟の入り口を抜け、真っ直ぐに森へ向かってダイビング――

 ごん!

 突然、何かにぶつかり、皆、跳ね返って洞窟の中へ押し戻された。
「いててて。一体何が起きたんだ」
 ルクシオはたてがみの土を振るい落とす。ヌオーは頭をぶつけたショックで目を回していた。
「何だこれ。壁があるぞ」
 エイパムは尻尾で前方をはたく。尾はそのたびに、目に見えない何かにぶつかる。ブイゼルは尻尾を回しながら、その目に見えない壁に触れた。押してもびくともしない。
「い、一体どうなってるんだろう」
 戸惑いを隠せぬ皆に、背後から声が吹き付けた。
『よく分かったろう。お前達は、あの木の実を口にしたことで、この世界から切り離された存在となったのだ』
 沈黙。
「そ、それはどういう意味なの」
 エイパムは、声に当てられ、ぶるぶる身を震わせた。声は容赦なく、吹き付けてきた。
『まだ分からないのか。あの木の実は、お前達が言うところの、死の世界の木の実だ。それを生きながらにして口にしたお前達は、もはや死者と同じ。生きる者が住まう世界に、もう二度と帰ることはできないのだ!』


第4話へもどる第6話へ行く書斎へもどる