最終話



 い、いらない……。
 ユウスケとヘイタは、顎が外れるくらい口を開けていたのではないだろうか。ゴチミルの言葉はそれほどまでに二人にショックを与えたのだ。半分諦めたとはいえ、こうもストレートに言われてしまうと……。いや、

 なんで? なんで!

 最もショックだったのはユメコに違いない。ゴチミルこそがユメコの持ち主であったのに「いらない」などと言われたのだから。
「確かに昔そういうぬいぐるみ見た覚えはあるよ。でもさ、見つけたからって今更持ってこられても困るんだよね、マジでさ」
 ゴチミルはぷいとそっぽをむいた。
「だからさー、持って帰って捨てちゃってください!」
 ここで確かにユウスケとヘイタはユメコの悲痛な声を聞いた。
 宙に浮いたユメコは、地面にぽとんと落ちた。ユウスケの手の中にあるぬいぐるみも、落ちた。

 外をヤミカラスの群れが飛び去っていく。すでに空は橙に染まり、大きな夕日が西の空をゆっくりと降りて行く。
 ユウスケとヘイタは無言で歩いていた。その手には、やはりムンナのぼろぼろぬいぐるみ。
 ユメコはマンションの床にぽとんと落ちたきり、二人の後を追いかけては来なかった。
「……どうするよ」
「どうすると言われても……」
 ユメコのぬいぐるみをどうするか。ふたりの新たな悩みはそれだった。
「捨てるってのも、ちょっと気がひける」
「ちょっとどころじゃねえよ。ポイ捨てしようもんなら今度はこっちがたたられるって」
 ユウスケの言葉をヘイタは懸命に否定して、ぶるっと震えた。
「そりゃいやだなあ。でもどうしようか、ホントに……」
 このぼろぼろのぬいぐるみ、つい持ってきてしまったが、ゴミ捨て場にポイと捨てるのもはばかられる。そうかといって自宅に飾るのも嫌だ。はて、本当にどうしたものか。
「やっぱり、遊園地に戻そうか?」
「そうしようっか」
 元あったところに戻すしか、思いつけない。ユウスケとヘイタは遊園地へと歩きだした。
 家路を急ぐ人々に混じって歩く中、ふたりの口からは陰うつなため息が出る。これからあの取り壊し間近の、おそらくはユメコ由来の怪異が起こる遊園地へ戻らねばならないからだ。
 遊園地へたどりついたころには、夕日は既に沈んでいた。錆ついているがしっかりと閉じられた大きな門が二人を出迎える。もう遊園地の中へ入りたくなかった二人は、門の前にぬいぐるみを置いた。雨ざらしになってしまうが仕方ない。
「帰ろうか」
「おう」
 ようやっと自分たちのすべきことは終わったのだと、ユウスケとヘイタは安堵のため息を漏らした。そして自分たちの家に戻ろうと遊園地に背を向ける。

「待って、待って!」

 前方の下り坂から聞こえた声に、二人は揃って足を止めた。声だけでなく足音も聞こえてくる。誰かが下から坂を上ってくるのだ。
「あっ」
 二人が声をあげたのは当然だった。なんと坂を駆け上ってくるのは、ユメコのぬいぐるみの受け取りを拒絶したゴチミルだったのだ。
 ゴチミルは、閉ざされた門の前で呆然と立っているユウスケとヘイタを見付けると、息を切らしながら立ち止まって、切れ切れの声で呼びかけた。
「あ、あのっ」
 荒い呼吸がある程度収まってから、そのゴチミルは言った。
「さっき、さっきの、ぬいぐるみだけど、もう捨てちゃいました?」
「いや、捨てるのもなんだし、そこに置いたけど……」
 ユウスケが後方の遊園地を指差す。彼の指した先には、ぼろぼろのムンナのぬいぐるみがぽつんと置いてある。ゴチミルはそれを見ると、息を切らしながらもホッと安堵したようだ。
「どうしたんだよ」
 ヘイタが首をかしげながら言った所、ゴチミルは意を決した強いまなざしを返してきた。
「あのぬいぐるみ、持って帰るんです!」
 えっ。
 ユウスケとヘイタは驚愕のあまり、目を点にして、口からはなんとも間抜けな声をあげていた。いらないと言っておきながら、急に掌を返して「持って帰る」と言うのだから、驚かない方がおかしいではないか。
 ゴチミルは言った。
「そりゃ確かに、最初は、いらないって思ったんです! でもあれって、やっぱり小さい頃の思い出だし、なんだか持って帰らないといけない気がしちゃって。だから、取りに来たんです!」
 そして彼女は二人の横を通り過ぎて、ぼろぼろのぬいぐるみを拾い上げた。ぬいぐるみからぼろぼろの綿の塊が、ほつれた縫い目の隙間を抜けて、ころりと一つ転がり落ちる。
「そ、それはいいんだけど」
 ヘイタはたらりと冷や汗を流している。
「よく、ここがわかったよね。確かコッチは、どこでぬいぐるみを拾ったか何て、全然言わなかったはずだけど」
「でも、思い出したんです。ここで無くなったんだって。だから、あのでっかい観覧車を頼りにここへ来たんです」
「あ、そうなの……」
 ゴチミルはムンナのぬいぐるみを抱えた。
「じゃあ、もう帰りますね。持ってきてもらってありがとうございました」
 彼女はぺこりと頭を下げた後、タッタッタと軽快な足取りで坂を下りていった。
 ユウスケとヘイタは呆然として後ろ姿を見送っていたが、その視線は彼女の背中だけに釘付けとなっていた……。

 ユウスケのアパートにて、ふたり揃って近くのスーパーで買った割引弁当をつついていたところ、ふとヘイタが口を開いた。
「なあ、見たか?」
 エビフライのしっぽを弁当のフタに落としての、言葉の短い問い。何を見たかという主語がないのに、ユウスケは理解し、咀嚼途中のからあげをごっくんと呑みこんで答えた。
「もちろん、見た……」
 二人の脳裏に焼き付いているその光景――ぬいぐるみを抱きかかえて坂を駆け下りていくそのゴチミルの背中に、ユメコがくっついていた。
「もしかするとさ」
 ヘイタはぽつりと言った。
「急に掌返してぬいぐるみ持って帰ったのって……あいつに憑依されちまったから、じゃねえかな」
「……かも、しれないね」
 ユウスケは小さくうなずいて、
「でもこれでよかったんだよ。あのぬいぐるみは元の持ち主のところへ、ちゃんと戻ったんだから。だから、これでよかったんだよ!」
 同じことを強調した。
「そ、そうだよな。あのまま遊園地もろとも取り壊されて、ガレキの下敷きになっちまうより、ずっとマシだよな!」
 うんうん、とヘイタは頷いた。
「だから、ユメコのことは何も言わない事にしようぜ。一応、丸く収まってんだからな」
「もちろん――あ、買ってきたコーラでも飲もうか」
「おう! 全部終わったんだから、早く忘れちまおうぜ!」
 そしてテレビ番組の力も借りて、狭いアパートの一室が多少明るさを取り戻した頃、

 ありがとう。

 ふと、二人はユメコの声を聞いたような気がした……。


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