第5話



 食休みの後、また歩き出した。
「さっきから気になっていたんだけどさ」
 飛びながら、レディアンが言った。
「あのオーロラ、一体なんだろう?」
 言われて、カポエラーとプクリンは、空を見上げる。赤いオーロラが、空を覆っている。そのため、空が若干赤く染まっている。
「さあねえ。ただのオーロラにしか見えないけど」
 カポエラーは首をかしげた。が、プクリンは耳を動かした。
「あれは、ただのオーロラじゃないわ。あれは、話しかけてるのよ」
「話しかけてる?」
 カポエラーとレディアンは同時にプクリンを見た。プクリンは垂れた片耳をぴくぴく動かした。
「うん。話しかけてるの。わたしにはわかる」
「何て言っているの?」
 プクリンは耳を澄ました。レディアンは、自分の羽音が邪魔になるのではないかと思い、いったん着地する。
「この世界にようこそ、って言っているわ。わたしたちにむかって言ってる」
「わたしたち?」
「うん。わたしたちに向かって言ってるの、『ようこそ、外の世界の住人よ』って」
 カポエラーとレディアンは顔を見合わせた。
 オーロラの色が、赤から薄いピンクへ変化する。そして、カーテンのごとく大きく揺らめいた。
「言葉はそこで止まっちゃったけどね」
 プクリンはまた耳を動かし、次に、オーロラを見る。
「あのオーロラ、こっち来てくれって、言っているみたい」
 プクリンの短い腕が、オーロラを指した。
 薄いピンクのオーロラが、大きく、大きく、揺らめいている。
 まるで、招いているようだ。
 なんだか不気味だ。オーロラを見たことが無いわけではないが、普通ならば、オーロラは空にかかっているだけで、多少は揺れ動く。こんなはためき方はしないはずだ。
「なんで、ぼくらを誘ってるのかな」
 レディアンは目を瞬かせた。その青い目は、オーロラの色に染まり、ピンクになっている。
「わかんない」
 プクリンはそれだけ言って、耳を垂らした。
「でもさ」
 カポエラーは言った。
「行ってみるしか、ないんじゃない? どうせあの赤い崖下に戻ったって、壁をよじ登っても外には出られないんだから」

 歩きと休憩を繰り返し、体内時計が夕飯の時間を告げると今度はオレンの実をたらふく食べる。歩きつかれてはいたが、皆の脚は自然にオーロラへ向かっていた。早くあのオーロラの元へ行かなくてはならない。確証は無かったが、あのオーロラの元へたどり着く事ができれば新しい道が開けるかもしれないと、思っていた。
 そして、水晶の草原も、歩いていくにつれて、少しずつ景色が変わり始めた。草原の終わりとともに、岩が多く転がって重なり合っている。その岩ももちろん水晶だったが、その大きさは少しずつ増しており、階段を作っているかのような重なり方になり始める。まるで新しい道を見せているようだった。
 岩の階段を登っていく。空は相変わらずオーロラの幕がかかっているが、よく見ると、そのオーロラの揺れ方が異常に大きくなっている。
「何だろうね」
 レディアンはオーロラを見つめた。最初はゆっくりとした動きだったはずが、今のオーロラは、強風にあおられているカーテンのごとく、ぶわっと大きくはためいている。
「何だか怖くなってきたわ」
 プクリンは丸く縮こまる。声は聞こえないらしい。
「でも、行くしかないじゃん」
 カポエラーはそれだけ言って、先へ進んだ。
「そうしなければ、僕らはここから出られないんだから」
「そうね」
 プクリンは賛同するが、疲れているらしく、耳が垂れている。
 それでも、一時間ほどで、岩の階段は終わった。

 階段を登りきると、そこには、水晶で作られた巨大なオブジェがあった。ピラミッドのような形をしており、大きさとしては、ホエルオーほどもありそうだ。体長十四メートルのホエルオーを縦むきにすれば、このくらいの大きさにもなろう。
「でっかいねー」
 プクリンは、疲れているため、オブジェの前で座り込んだ。レディアンは、オブジェの周囲をぐるりと周る。複数の水晶を組み合わせて作ったようないびつなピラミッドのオブジェ。ほかに何もおかしなところは無い。レディアンの姿が水晶に映る以外は、何もおかしなところは無い。
「ねえレディアン――」
 カポエラーは、休憩ついでにレディアンの方を見る。
 が、
「?!」
 次の瞬間、カポエラーは自分の目を疑った。
 オブジェの周囲を飛んでいるレディアンが、二体に見えた。
 慌てて目をこすって見直す。
 一体しかいない。
「み、見間違いだよね」
 カポエラーは額の汗をぬぐった。
「どうしたの」
 プクリンが、カポエラーの側に寄ってくる。
「何かあったの」
「うん、何でもな――」
 カポエラーは右のプクリンに言い、左を向いて――
 言葉が止まった。

 オブジェをはさんで、プクリンが二体、立っていた。

「な、な、な……!」
 カポエラーは腰が抜けた。
「どうしたの?」
 レディアンが飛んできて、同じく仰天する。が、腰を抜かしたわけではなく、勢いよく飛び上がっただけに終わった。
 プクリンは、レディアンとカポエラーが何を驚いているのか解らなかったが、視線を追って、同じく仰天した。
 もう一体のプクリンが、いたのだから。
「きゃーっ、わたしがもう一人!!!!」
 もう一体のプクリンは、何も言わず、じっと立っている。よく見ると、そのプクリンの体はうっすらと透けており、向こう側の水晶のオブジェが見える。そして、影がない。
 明らかに、偽者だ。
「だ、だ、誰だ?!」
 カポエラーは精一杯勇気を振り絞り、そのプクリンに問うた。本物のプクリンは早くも、カポエラーの後ろに回っている。
 空のオーロラの光が弱まり、同時に、周囲が曇りのように薄暗くなった。
 もう一体のプクリンは、まるで煙のように、スーと消失した。後には、足跡一つ残されなかった。
 しばらく、沈黙があった。
 最初に口を開いたのは、カポエラーだった。
「今の、何だろう?」
 誰も答えなかった。

 空のオーロラは、ゆっくりと明るくなり始めた。


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