第7話
食後、歩き出した。水晶の道はずっと続き、ほかには何も無い。
「目が痛くなりそお」
プクリンは瞬きした。レディアンは、頭をぶつけないようにやや低めに飛ぶ。
カポエラーは前だけを見て歩いていた。足音と羽音しか聞こえないこの水晶の道の向こうに何があるのか、目をずっと前方に向け続けていた。
やがて、一筋の光が見えた。明かりのようだ。更に進むと、その光は少しずつ太くなってきて、やがて大きなドアとなった。
光の向こうには、大きな水晶の広間があった。円形で、天井には水晶の塊がいびつに埋め込まれている。
「何だろう、ここ」
レディアンは周りを見回した。カポエラーは、落ち着き払っている。
「たぶん、ここが終着だろうね」
「そうみたい」
プクリンは耳を動かした。
その時、この広間の中央に、一筋の光の柱が現れた。天井から床まで伸びた柱は、すぐに消えたが、その光の消えた後には、一体のポケモンがいた。
薄く輝くオーロラのような、三日月形の翼と体。しなやかで、それでいて気高さのある雰囲気。薄い桃色の頭部と、体の前で組まれているとおぼしき短めの赤い腕。
見たことのないポケモンだ。
「あの……」
最初に口を開いたのは、プクリンだった。
「あなたでしょ、わたしに話しかけてきたのは」
ポケモンは、返事をする代わりに、三日月の形の翼を光らせる。キラキラと、翼は薄い桃色の光を放つ。
そして口を開いた。
「私は、クレセリア。三日月の化身とも呼ばれています」
心の底から響く、鈴を転がすような声だ。誰でも聞きほれてしまう。しかしプクリンは違うようだ。
「そう、クレセリアさんね。でも、どうしてわたしに話しかけてきたの?」
プクリンの問いかけに、クレセリアは、視線をカポエラー、レディアン、プクリンの順にめぐらせる。
「あなたが、私の送る波長に適応した、渓谷ただ一体のポケモンだったから――」
クレセリアは目を伏せる。
「かつて、この水晶の世界と、あなたたちの暮らすポケモン渓谷は隣り合った場所でした。しかし、大自然の災厄により、二つの場所は経路を失い、残されたのは、渓谷の崖下深くにある、緋色の水晶ばかりとなりました。あの緋色の水晶は、この世界の出入り口を司るための通路。けれど、こなごなに砕けてしまい、門の役目を果たすには力不足でした。ただ一つ壊れなかったのが、門の飾りとして作った、水晶球――」
「僕が修行で見つけた、あの水晶球のこと?」
カポエラーは思わず声を上げた。クレセリアは、驚いたようにカポエラーを見る。
「あなたが、拾ったのですか?」
「拾ったというか、岩の中に埋まってたのを見つけたんだ。最初はただの珍しい水晶だって思ってたんだけど、いきなり光るし、勝手に崖下へ落ちていくし――」
「あなたが触れたことで、この水晶の世界への入り口がまた開かれたのです。ポケモンが触れることで、あの水晶球は力を発動する仕組みになっていました。そして、あなたたちはこの世界に来てくれた」
「来たくて来たんじゃないけどさ」
レディアンが口を挟む。
「この水晶の世界って、一体なんなの? あなたが作った世界なの?」
「ここは私の生まれ故郷です。いつから存在しているのかわかりませんが、私の意志の力でこの世界が存在し続けていることだけは知っています。かつて多くのポケモンたちは、この世界を訪れては、水晶で作られた世界で遊び、また渓谷へ戻っていきました。そして、大自然の災厄がこの水晶の世界とポケモンの世界を裂いた時、私はこの世界に取り残されました。そして、私は水晶の世界から出ることは出来なかった。この世界から私が離れてしまうと、この水晶の世界は完全に滅び去ってしまうことになる――だから」
「誰かに来て欲しかったのね」
プクリンは耳を動かした。
「で、あなたの声を聞き取れたのは、わたしだけ。だから私に話し続けたのね」
「そうです」
クレセリアは、翼を光らせる。
「誰でもいいから、私のところへ来て欲しかったの。あなたたちがこの世界に来てから望んできたものは全て差し上げましたし、迷わぬように、道も作りました。そして、あなたたちは私のところへ来てくれました。私はそれが嬉しいの」
クレセリアは、少しずつ前に出てくる。正確には少しずつ前に浮いて出てきているといったところか。そして、クレセリアは言った。
「お願いです。私と一緒に、この世界で暮らしてくれませんか?」
皆、仰天した。
「私はこの世界をずっと一人で守り続けました。けれど、もう私の心は限界です。誰も来てくれない世界を私一人で支えても、何の意味もありません。それに、私は、寂しいのです。誰かと一緒にいたいのです……」
「でも――」
レディアンが言う。
「ボクらは帰りたいんだ! 帰る方法を知りたいからここまで来たんだよ! それなのに一緒にいてくれだなんてムシが良すぎる話じゃないか。ここから帰る方法を教えてよ!」
しかしクレセリアはその言葉を無視した。
「この水晶の世界と、あなたたちの住む世界をつなぐことさえ出来れば、あなたたちは自由に行き来できます。しかし、門の力を持つ緋色の水晶の力が大幅に不足していて、常時行き来するのは困難です。門の水晶を完全に作り直さない限り、この世界の出口は現れません」
「えーっ」
皆そろって声を上げた。
「つまり、この世界の出口は存在しない?」
「そうです」
クレセリアは否定しない。シンプルな返答が、より真実味を増す。
「そんなあ。ここまで来たのに……」
レディアンは、羽ばたくのをやめ、床に降りてしょげ返った。プクリンは耳を伏せ、しょんぼりとした顔になる。カポエラーは半ば放心状態に陥った。この場所へたどり着けば、帰るための方法が何か見つかるかもしれないという期待は、この場で完全に打ち砕かれてしまった。
クレセリアは言った。
「私はこの世界を支えるので精一杯です。それももう限界が近づいている……」
部屋の中から、ピシピシというわずかな音が聞こえる。しかし誰もその音に注意を払わなかった。帰れないと知ったショックがあまりにも大きすぎて、物音どころではなかったのだから。
「私はずっと一人でこの世界を支えてきましたが、もう限界です。誰でもいいから、話し相手が欲しかった。そうすれば、少しは私の寂しさも紛らわせる事ができるかもしれません」
クレセリアの言葉に、皆が口を開いて反論しようとしたとき、部屋の中が、ミシミシ、ビシビシと先ほどよりも大きな音を立て始めた。
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