最終章 part2



「……」
 そうか、そう言う事だったのか。
 何もかも納得がいった。
 管理塔の一室にいたみすぼらしい連中は、これから実験材料となる地上民たちだったのだ。私はそれを見てしまったから、口封じのために地上へ落とされてしまったのだろう。私が《CAGE》の住人にこの事実を知らせないようにするために。声帯が駄目になってしまったのは、おそらく何を見たのかを吐かされた際の後遺症だろう。何も覚えていないと言う事は、薬を盛られたのかもしれない。
 あの無線の事とあわせて考えれば、マクベスはこの辺り一帯の地上民を《CAGE》に輸送する役目を持っているのだろう。マクベスが追放された理由は、店の品で地上の者を富ませたため。それは確かだ。だが、追放前かその後かはわからないが、管理塔の誰かがマクベスに目をつけて、こっそりと地下工場用の機械や設備をくれてやり、代わりに地上民を輸送させる役目を与えていたのだろう。同時に、私をこの家に軟禁して監視しているのだろう。
『そういえばマクベス、そんな大事な事をどうして私に話してくれるんだ?』
 マクベスはその問いに、声をあげて笑った。
「なんでって、お前が聞いたからに決まってるだろ! 何を言ってんだよ、がはははは!」
 マクベスは笑いを崩さないで、私の顔を見ている。その時の私は一体どんな顔をしていたのだろう。
「おいおい、アスール。顔色が悪いぞ。《CAGE》の本当の姿を知って、ビビってんのかあ? だがそれが現実と言うものさ。この地上に住んでいると、空を飛ぶでっかい《檻》の中に住む連中が自分たちは地上に施しを与える神様だと思いこんで、そうふるまっているのが滑稽に思えてくるだろ? 処分スペースがないせいで、自分たちで処理できないゴミを押し付けているだけのくせになあ。そして、足りないクズ鉄や遠方の牧場で育てた家畜なんかをこっそり地上から調達して、さも自分たちで生産したかのように見せかけて、《CAGE》のハイテクで無尽蔵に品物を作り出せると思いこませている……。管理塔の連中の姑息な考えには腹が痛くなってくるぜ、はっはっはあ! おかげでこちらはたんまり稼げているけどな!」
 マクベスは大笑いしている。だが私は笑えなかった……。
 これまでの世界が、足元から完全に覆された。
《CAGE》は、地上の犠牲によって初めてその生活が成り立つ仕組みを作り上げていた。そして、《CAGE》の住人は誰一人としてそれを知らされては来なかった。《CAGE》は地上にその優れた技術で恩恵を与える存在であるどころか、逆に、地上からの物資の補給が無ければその生活を続ける事が出来ない、脆い存在であるということを……。
 そして、そこへ連れていかれたユリシカはおそらく……。
「お前も幸せだよなあ、《CAGE》の本当の姿を知る事が出来るなんてよ。あそこで息の詰まる生活をするよりは、このうすぎたない地上でヒイヒイ汗を流しながらその日暮らしをする方が、よっぽど楽しいしな。機械の修理をして、ガラクタを奪い合って、やっと手に入れたわずかな金でその日の食料を買う、その日暮らしの生活。お前もいい経験が出来たろう? あの《CAGE》に住むよりずっとスリルに満たされた生活を送れるんだぜ、ここは」
 どう、返答すればいいのか分からない……。
 稲光は、視界だけでなく私の頭の中をも、真っ白にした……。
 それから数日過ぎた。
 私は、腑抜けのようになって日々を過ごしていた。あの《CAGE》の本当の姿を知った事のショックがあまりに大きすぎたからだ。これまでの世界は全て崩れ去った。新しく土台が作られるまでにはどうしても時間を要してしまうものだ……。
 腑抜けになった私を見かねてか、マクベスはある日提案をした。
「よお、アスール。そんなにヘコむことはねえだろう、それなら、久しぶりに気の晴れるような事をしたらどうだ。機械いじりが好きだったろ、お前は」
 まあ、そうなのだが。
 マクベスは、ニカッと笑った。
「どうだ、アスール。久しぶりにあの町へ戻って暮らしてみないか?」
 は?
「何を驚いた顔をしてるんだ。俺はな、お前がそんな腑抜けになっちまったのが我慢できないから、いつものお前に戻ってもらおうと思って、提案しているだけなんだぞ」
『いや、別にあの町に戻らなくとも、お前がここへ機械類を持ってこれば済む事だろう。わざわざ戻る必要がどこにあるんだ』
「ガラクタを散らかせるほど、うちは広くないんだよ。それに、お前はここにいると退屈じゃないか? 何の刺激もない生活なんだから」
『いや、そうでもない。ああいうやかましい連中といつも一緒にいると、くたびれてしまう。私は、静かに暮らしていく方がいい』
「そうかあ」
 マクベスは頭をかいた。
「まあ、お前みたいにヒョロヒョロしたやつがあんな屈強な連中の中に飛びこんでガラクタの奪い合いなんかやったら、ペシャンコにつぶされて終わりだろうしな、はっはっは!」
『まあ、私もいつまでも厚意に甘えているわけにもいかないと思ってはいるのだ。しかし、あそこへ戻るには少々勇気がいる。《CAGE》から落ちた生き残りとして私はあの集落で注目を浴びたのだから。戻ったら、また注目を浴びるだろうし、ユリシカがどうしているか、とか《CAGE》へ帰っていたのかと、色々質問されるのは間違いないのだ』
「そりゃそうだな。なんだ、結局お前はあのユリシカを心配しているんじゃねえか。そんな照れ隠しなんかするなよ。地上の貧民をこれほど気にするって事は、結局ホレてたってことだろう、命の恩人でもあるしな、がっはっは!」
『そうじゃない』
 なぜ急に外へ出ることを提案したのだろう。私を監視しておくなら、己の手の届く所に置いておく方がよほど都合がいいだろうに。それとも、《CAGE》の管理塔から、何か命令が下ったのだろうか。私を外へ出してしまえと。
 マクベスは管理塔側の人間だ。もし管理塔から何か指令が下ればそれに従うに違いない。管理塔にとって、生きていて困るのなら、私をさっさと処分すればいいだけなのだ。何のために私を一年もここに軟禁しているのだろう。私に利用価値があるからここに置いているだけなのか? もし利用価値があるなら、それは何だ?
『まさか、管理塔が、私が生きている事を嗅ぎつけたのか? 私がまだ生きていると知ったら、追放の身にしたとはいえ、刺客を放って襲ってくるんじゃないか?』
 カマをかけてみることにした。もちろん、危険な事だと言う事は百も承知。それでも、聞かずにはおられなかった。
 マクベスは私の質問を読むと、しばし神妙な顔つきになる。そして、豪快に笑った。
「嬉しい気づかいだが、そんな心配いらねえよ。こっちは、管理塔の末端の連中に袖の下を使ってるんだからな。で、見逃してもらっていると言うわけだ。だからお前が心配する必要はないんだよ。それに、お前が生きているなんて知ったって何になる? たとえお前がここを飛び出して、外で暮らす連中に《CAGE》の正体を話して聞かせたとしても、そいつらがそれを鵜呑みにすると思うか? むしろお前の《CAGE》での暮らしを誤魔化すためにそんな話をしているんだと、思っちまうぜ。地上の連中にとっては、《CAGE》は天国のようなところさ。一生遊んで暮らせて、金も使い放題で、金ぴかの屋敷に住んでいられる、贅沢三昧できる場所……」
 そうだ。ユリシカは《CAGE》について話すとき、きらびやかな屋敷だの何だの、全くの想像で話をしていた。地上民にとって《CAGE》は憧れの地。暮らしに困らない場所だと思い込んでいる。本当は、ちゃんと働かねば生活が成り立たないのだが。
 マクベスは、どっかと椅子に座った。
「アスール、お前が何を考えているかは、俺には分からんがな、お前は何も心配しなくていいんだよ。管理塔の連中は、お前の事なんか塵芥程度以下にしか考えてない。例えお前が生きていても、奴らは手を出さないぜ、安心しな。俺が保証する」
 私はその時どんな顔をしていたのか。
「また顔色悪くなったぜ、アスール。大丈夫だよ、俺がお前の安全を保証するから、俺の別荘にしばらく住みな。気分転換だ。そうすりゃ、お前の顔色も良くなる」
 渋りすぎるとかえって相手が警戒するだろうから、結局は首を縦に振った。

 マクベスの別荘は、あの町からもマクベスの自宅からも離れた所にあった。赤茶けた地面がむき出しになった場所ではなく、珍しく、小さな草がある程度生えたところだ。数頭のやせた乳牛が草を食んでいる。そのおかげで眺めはそれなりに良い。別荘自体は狭いが、独身者が暮らすには十分な大きさだ。洗濯ものは夜の間にマクベスの使用人が洗っている。
 私がこの別荘での生活を始めてから、一週間ほど経過した。読書をしたり、別荘の中に置かれた旧式のガラクタをいじくりまわすなどして、暇をつぶしていた。何も起こらない平凡な生活。マクベスの家にいた時と変わらない生活。違うところは、話し相手がいないと言うことだけか。
 最初は気分転換になり、確かに一時は悩みを忘れられた。だが一ヶ月ほどで、その暮らしに飽きが来た。
 ユリシカと一緒に暮らしていたころの記憶がふと頭の中をよぎる事がある。機械と錆と油と土埃と安酒のにおいがまざった町。《CAGE》が落とす廃棄物を奪い合い、それを修理して売り、あるいは日用品にし、旧式のラジオで放送を聞きながら缶詰食料を口にする。その騒がしい生活が、なぜか急に懐かしくなってきた。隣の芝生は青い、ということか。
 そんなある日、別荘のベランダで何気なく乳牛を眺めていると、遠くから、あのエンジン音が聞こえてきた。《CAGE》のエンジン音が聞こえ、西空のかなたにポツンと現れる黒い点。廃棄物を捨てるためにこのあたりに来たのだろう。《CAGE》は、たまりにたまったものを捨てるために、このあたりにやってきたのだろう。その廃棄物の落下地点に、おそらくはユリシカの住んでいた集落があるはずだ。
 黒い点はある地点でピタと停止し、そのままホバリングして何かを落としていく。小さいが確かにそれが落ちていくのが見える。廃棄物だろう。それが終わると、また《CAGE》は出発し、エンジン音を響かせて遠くへと消えていった。今頃地上では、その廃棄物をめぐって大勢が争っているのだろう……。
 日が暮れるまで、私はベランダにいた。
 翌日、マクベスがこの別荘へ来た。
「よお、だいぶ顔色がよくなったじゃねえか。転地療養は成功ってところだなあ、がっははは。おや、どうしたんだ?」
 私はマクベスにメモを見せた。
「なるほど。隣の芝生は青いってやつか。でもお前には向かないぜ、あの暮らしは。お前にはユリシカっつう強いボディガードがいたから、あの暮らしができたんだよ。それでもあいつらのように額から汗を垂らして暮らしたいなら、そうだなあ、自給自足の生活をしろや、ここで。自分で食うための野菜やら肉やらを、自分で生産し、自分でさばき、自分で料理するんだよ」
 自給自足。
「もちろん、それは並大抵の事じゃ出来ないんだぜ。今でこそ、この土地でこれだけ草が生えるようになってきたが、作物が育つようになるまで結構時間が必要でな、くわえてこの辺りは土がやせているから野菜を何度もつくるには向かない。それでもやるか? 育つまでの間、何も食えないのは駄目だからな、缶詰食料をたくさんやるし、苗や株は好きなだけやるがどうする?」

 それから一年が経過した。私が自給自足の暮らしを始めたころは、マクベスの言葉通り、確かに大変だった。マクベスが農耕や酪農に関する本をいろいろくれたとはいえ、本の通りに作物が育つかと言えばそうではなかった。水不足や水のやりすぎのほか、土地がやせていてなかなか育たず、根つきも悪くて、いくつもの苗を枯らした。くわえて乳牛の世話もし、仕事は倍増だ。試行錯誤の毎日、苦労だらけの自給自足。それでも、一口ぶんの野菜が熟した時は本当にうれしいものだった。とはいえ、まだまだ自分の腹を満たすには不十分であったので、非常食代わりに大量に保管されている缶詰食料で腹を満たしていた。
 時々、《CAGE》が遠くをゆっくり飛んでいくのを見る。飛行ルートから外れているためにここは見えないのだろう。私とて、もう《CAGE》にかかわりたくはない。時々たずねてくるマクベスはおそらく私を監視しているのだろうが、私にはもうどうでもいい。マクベスの監視から逃れるためにひとりで暮らす事を選んだが、結局完全に離れることはできないようだった。それより日々の生活で私は手一杯になっていて、マクベスが管理塔の手先ではないかなどどうでもよくなっていた。多忙な日々をすごすうちに、《CAGE》へつれていかれたユリシカのことも少しずつ頭から追いやられていった。
 新しい生活はわずかずつだが軌道に乗ってきた。畑仕事で体は日焼けし、重いものを運ぶ力仕事で筋肉が就いてきてだいぶしっかりした体格になり、《CAGE》にいたころの面影はほぼ消えてしまっていた。そんなある日、雨が降りそうな雲行きの中、マクベスが訪ねてきた。何やら神妙な顔で、わたしたいものがあると言う。家の中に入るよう勧める私に構わず、玄関先で彼は言った。
「手、だしな」
 言われるままに手を出すと、マクベスは小さなものを私の手にそっと載せた。
 それは、ひしゃげた形の、錆だらけの金属。だがそれには見覚えがあった。
「町の近くの、荒れ地に落ちていたのさ――アスール?!」
 とっくに諦めていた事なのに。わかっていたことなのに。
 ユリシカはもう戻って来ないと言う事を。
 マクベスが去った後、私は玄関に立ったまま、錆だらけのヘアピンを握りしめていたようだった、大粒の雨に全身を打たれても、なお。

 雨の止んだ夕方、あの集落があると思われる方向に、墓をつくった。墓と言っても、杭をいくつか組み合わせたシンプルなものだけれど。ユリシカのつけていた、錆だらけのヘアピンを墓の根元に埋めた。墓前には花を添えたいのだが、この荒れた土地では手に入らない。
 共に暮らしていた時、《CAGE》のことを話すべきだったのだろうか。いや、それでも彼女が私の話を信じるとは限らなかったろう。《CAGE》は天国のような場所。その話が地上に完全に浸透している限り、私ひとりの言葉など、きっと届かなかったろう。仮に真相を知っていたとしても、私ひとりで何ができるんだ。
 いや、もうこれ以上悔やんでも仕方がない。
 私はもう、《CAGE》に係わりたくなどない。あの集落へ戻るつもりもない。戻れば私は住人から詰問されるだろうし、最悪の場合、『選定の日』で私が指名され、《CAGE》へ逆戻りすることになるからだ。
 臆病者と罵りたければそうすればいい。私はもう、地上の貧民とも《CAGE》の管理塔の連中とも、係わりを持ちたくないのだ。

 西の地平線に落ちていく大きな夕日。その中に映る小さな点《CAGE》を見つける。あれはこれからもずっと、空を漂い続けるのだろう。住人に真の姿を知らせぬままに。そして地上の貧民はこれまで通りの生活を続けるだろう。《CAGE》へ何時か移住することを夢に見て……。



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ご愛読ありがとうございました。
今回は、幻想から現実、逃避、放棄というバッドエンドで締めくくりました。
歴代の作品の中でもこれは駄作の域かもしれない。何度も展開に困り、
年内に終わらせるはずだったのがだんだん延びてしまいました。
いたらぬところ多々ありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
ありがとうございました!
連載期間:2012年1月〜2013年4月

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