最終章 part2



 ドオオオオン!
 激しい爆発。
「な、何だ?」
 硬質化した何本かの木をどうにか切り倒したとはいえ、まだ優勢とはいえない戦士たちだが、突如《森》の奥から轟音が響いて多くの木々が空へと舞い上がり、さらに《森》から強い風が吹き付けた後に煙が勢いよく上がるのを見た。戦士たちを襲っていた苔の獣と蔓はいっぺんに動きを止め、身を翻すと大慌てで《森》へと飛び込んでいった。
 戦士たちは一体何が起こったのかと呆然としたが、ドームから緊急帰還命令が放送されると、ボディに埋め込まれたチップが反応してボディに命令を下したので、彼らは引き上げねばならなかった。

 アーネストは《森》の作った網から飛び降りて脱出し爆風を逃れた。《森》から出てまもなく、チップが反応したのでボディがアーネストの意思とは関係なくドームへと駆けていく。緊急帰還命令が出たのだ。どうせアーネストはドームへ戻るつもりでいたから、安堵してチップにボディを動かさせていた。
「あー、やっと帰ってこられた……」
 アーネストはドーム入り口の検査を終えて町中に入った。大勢の戦士たちがたむろしてアレコレ話をしている。いずれも先ほどの爆発について話しているようだ。
「ま、バクダンのおかげなんだけどな」
 それからアーネストは肩の荷物を覗きこむ。肩に担がれたスペーサーは終始茫然とし、アーネストの呼びかけに応えるどころか自力で歩くこともままならない様子だったので、仕方なく研究所まで届ける羽目になった。実際、嫌っている相手とはいえ、自分の手でバラバラに切断して行動不能にしたうえで見捨てねばならなかったのだから、初心者の彼にはショックは大きかろう。
 研究所は、《森》の内部から生還しスペーサーを担いできたアーネストを、そろって専用の検査室へ放り込んだ。《森》の放つ花粉や苔、あるいは小さな種などに脳やボディや武器が侵されていないか調べるためだ。ボディから取り出した脳を生命維持装置につないだ後に念入りな検査が始まり、やっとアーネストが新しいボディをもらって、スペーサーと共に《森》に入ったことについてさんざん根掘り葉掘り聞き出された後に研究所を出たのは、数日後のことだった。
 その脚で薬局にアーネストが姿を見せると、ヨランダは心底から安堵した。そして彼の大冒険を聞かされると心底から仰天した。《森》に入って生還したと聞けば誰だって最初はホラを吹いていると思うだろう、だがアーネストの冒険は真実なのだ。
「でもあんたがホントに無事でよかった……」
 だから、驚きも喜びも色々混じっていたヨランダが言えたのは、労いとも呆れともつかない言葉だけだった。
「俺だってまだ信じられねーよ、ちゃんと生きて帰ってこられたってことが。おかげで検査入院させられたけど、これはしょうがねえか」
「検査入院……なるほど、数日間の騒動はあんたのせいだったわけね」
「は? 何のことだ?」
 眼を丸くしたアーネストに、ヨランダは言った。
「数日前、つまりあんたが研究所で検査入院してるときに、町中に通達が出たのよ。花粉や苔が侵入した可能性があるからって、町中の空気清浄機が一斉に作動して、清掃ロボットが町中を駆け回って家の壁から室内まで全部掃除して、全市民が身体検査をしたの。アタシももちろん受けたけどね」
「へえ、そうだったのか!」
 他人事のようなアーネストの言葉に(実際他人事である)、ヨランダはあきれ返る。
「あんたが《森》に入ったからそうなったのよ。さいわい、誰一人として苔や花粉の付着はなかったけどね」
 そこでヨランダは話を変える。
「そういえば、あんたが《森》にはいる原因作った人はどうなったの? あんた、ちゃんと連れて帰ったんでしょう? それからどうしたのよ」
「あいつか? 確かに連れて帰ったし俺と一緒に検査受けたけど、その先は知らねえ。あいつ研究員だからそのまま研究所にいるんだろ」
「それもそうね。でも、苔に操られていたからとはいえ同僚を切り刻んで身動き取れなくさせるなんて、思い切ったことしたわねえ」
「そうするしか、なかったんだよ。でなけりゃ俺たちが脱出できなかった。あいつの判断は正しかったよ」
 押し寄せてくるであろう更なる追っ手を相手にいつまでもぐずぐず戦っていたら、時限式のバクダンが爆発し、アーネストたちも爆発に巻き込まれたかもしれない。そう考えると、スペーサーがクレメンスをずたずたに切り刻んで動けなくさせ、追撃を不可能にさせたのは正しい判断だったといえる。
「あいつは戦士としちゃ初心者だからなあ。最初は苔に操られてるのにも構わず同僚を連れて帰ろうとしてたんだぜ。でも、《森》との戦闘じゃ、《森》に捕まった奴を見捨てなきゃいけないのはもう当たり前のことなんだし、いつまでも見捨てたこと引きずっていられるかよ」
 アーネストとて、今ではそれなりに実力を持っている戦士だが、かつては何度か《森》に囚われる戦士を助けようとしたこともあった。だがいずれも不成功に終わり、逆に自分が何度も囚われかけたのもあって、相手を見捨てることを選ぶようになった。彼だけではない、戦士として活動する者にとってそれは暗黙の了解。助けに行って自分も巻き込まれるよりは、見捨てて被害を最小限にとどめるほうが正しいのだ。人道的には非難される考え方だろう、だがこの土地ではその考え方が当たり前なのだ。
「まあしばらくはショックで動けねえだろうよ。俺だってそうだったんだし」
 慣れとはおそろしいものだ。
「アタシだって似たような経験してるけど、あんたほど早くは立ち直れなかったわね。……で、あんた戻ってきたばかりだけど、もう討伐に行くつもりなの?」
「いや、今日はいい。ちょっと休みたいから」
「それならちょうどいいわね。だって、またしても外出禁止令がでてるのよ。たぶん、あんたが戻ってきたからそうなったんでしょうけど」
「それも俺のせいなのかよ?!」
「だって、無事に出てきたとはいえ、《森》に入った以上、何をくっつけてるかわからないじゃないの。だから行政や研究所が、あんたを病原菌みたいに警戒してるんでしょ。いやなら、後を追わずにそのままにしとけばよかったのに。あんたも案外甘いのねえ」
「……」
 アーネストも義理堅さの点については自覚があったので、黙らざるを得なかった。スペーサーのあとを追って《森》に入らなければこんなことにはならなかったのだ。無事に戻ってきたとはいえ、《森》の奥へ入ったのだから、未知の花粉や苔の胞子などが付着しているかもしれない。町が警戒するのも当然のことだ。
「でもねえ」
 ヨランダはカウンターに頬杖をついた。
「アタシはあんたが無事に戻ってきただけでも、充分よ」
 そして、
「でもね、もうこんな無茶はしないでちょうだいよ」
「そうする」
 アーネストは返事をした。確かにもう《森》には入りたくない、今後よほどのことがない限りは。
 雑談を終えてアーネストが薬局を出た後、その背をヨランダは見送っていた。
「ホントによかった……」

《森》の中から生還する大冒険から数週間が経過した。時限式液体爆弾による《森》の受けた被害は甚大で、空から見れば、上に大きな網を作っている《森》の中央部分が抉られたような、直径一キロメートル以上にもわたる大きなクレーターが出来ていることがわかるほどだ。それでも《森》を完全に討ったとはいえない。未だに苔の獣がちょくちょくドーム周辺に姿を現していたからだ。変化があったといえば、サイボーグを操っていた大量の花粉をまきちらさなくなったことぐらいだ。爆発の範囲に、その花粉をまく花があったのかもしれない。
 やがてドームの外への外出禁止令が解かれたので戦士たちは外へでるようになったが、ドームの中では相変わらず対サイボーグ用の訓練が続いていた。液体爆弾の製造は再開していなかった。おそらく《森》に甚大な一撃を加えた液体爆弾以上にすぐれたものを製造できなかったのか、あるいは戦士がそれを悪用するのを防ぐためか、それはわからない。
 新しいボディに馴染んだアーネストも、切れ味と頑丈さが大幅に強化された新しいハルバードを手にしてドームの外へでるようになった。対象は苔の獣と《森》の木だ。あまりに幹が太すぎるものでなければ、渾身の力でハルバードを振るえば硬質になった木をどうにか切り倒せるのだ。彼のほかにも、新型のボディを得ている戦士も多くいるため、木の伐採にむいたボディを持つ者は苔の獣より木を狙うようになっていた。そのおかげでこれまで以上に切り株の数が急速に増えてきたが《森》も黙ってはいない。光合成が出来なくなるので網を作るのを止めたが、以前のように幹の硬度を高めるだけでなく、枝や蔓による攻撃もより激しくおこなうようになった。切り倒そうと幹に近づきすぎれば枝や蔓が攻撃を仕掛けて《森》に引きずり込もうとするし、距離があるなら苔の獣の群れが邪魔をするのだ。
 そんなある日、
「今日は昼から晴れるのか」
 ギルドのカウンターにて、アーネストはモニターの天気予報を見ながらぼやいた。外出禁止令を解かれてからおよそ一ヶ月が経過した日のことである。
 曇り空だったので天気を確認してから討伐に行こうと思ったのに、彼がギルドに到着してすぐ雨が降り始めたのだ。
「さて、夕方から頑張るか」
「そうだな」
 聞き覚えのある声がすぐ近くから聞こえ、アーネストはぎょっとして振り返った。
「お、お前……!」
 すぐ後ろに立っていたのは、しばらく姿を見なかったスペーサーであった。相変わらず防具はベストだけという軽装であったが。
 驚きのあまり眼を丸くしているアーネストに、スペーサーは不機嫌に言った。
「何だその顔は。私がここにいることが、そんなに驚くべきことなのか?」
「そりゃあ……」
 非常事態とはいえ同僚を切り刻んで見捨てねばならなかった、あの光景を思い出せば、アーネストにとってスペーサーがここに平然としていることが不思議でならない……。戦士の中には、見捨てることで逆に精神を病んで戦士を引退する者すらいるのに、彼はおよそ一ヶ月程度で立ち直っているようなのだから。
「お前、あんなことがあったのによく平気だな」
「あんなことがあって、私が平然としていると本気で思っているのか?」
 スペーサーの言葉には棘があった。
 事情を聞いたところ、アーネストはますます仰天した。アーネストが研究所から退院を許されたあの後、スペーサーは、首につけていたチョーカーのカメラに保管されていた映像から、既に《森》に操られていたクレメンスを連れ帰るどころか爆死させねばならなかったことを上層部に責められたという。そしてスペーサー自身、クレメンスを見捨てねばならなかったとはいえそのおかげで多少病んでしまったのもあり、また手術室へと放り込まれて今度はボディではなく脳を直接いじられることになった。病んだ精神を強引に回復させるための手術で、おかげで彼は数週間も経たずに立ち直ったのだった。
「クレメンスを見捨てたことは事実だが、あれはもう過去のことなんだ」
 全てを過去のことで片付けてしまうよう、引きずりすぎて心を病まないように脳をいじられたとわかったアーネストはぞっとした。スペーサーが淡々と話すのがその証拠。
「お前、人の心もなくしちまったのか?」
「さあ? だがこれで仮にあんたを見捨ててもなんとも思わなくなるかもしれないな。あんたの言っていた、見捨てるのが当たり前というのを私も身に付けたわけだ」
 しれっと言ってのけるスペーサーを見て、アーネストはますますぞっとした。とはいえ、アーネストも戦士を見捨てることについてはもう馴れっこになっていたので、スペーサーの変わり様についてとやかく言える立場ではない。
「……そうなのかよ。で、お前あんだけとんでもねえ事やらされときながら、まだ研究所にいんのか? 俺だったらもう愛想つかして辞表叩きつけてるぜ」
「私はいなけりゃならないんでね。これからも」
 さっき以上にスペーサーは不機嫌に言った。
「液体爆弾は機械の不備で、《森》で爆発させたアレを越える性能のモノは製造できないそうだが、私には新しい研究課題が課されたので、どうしても今の仕事を続けなければならないんだ」
「新しい研究?」
「《森》の生態調査。今まではサイボーグ側の研究ばかりやってきたので、今度は液体爆弾に次ぐ新兵器開発のため、《森》の木々やその中の生態系についてもっと細かいことを調べるんだとさ。私が《森》の奥まで入ったから、そちらのデータの方が重要になったんだろう。上は決めるだけ決めて、こちらには何も伝えないからな」
 ハー、と大きくため息をついた。
「そんなにイヤなら辞めればいいだろ」
 アーネストの言葉に、
「辞められるものなら辞めている。しかし、辞表は破り捨てられてしまったんでな」
「すげえブラックなとこだな……」
「とはいえ、私としても《森》の内部については興味がある。だから仕方なく生態調査を引き受けた」
「何かおかしくねえか、その動機。イヤなのかやりたいのかどっちなんだよ、一体全体」
「両方だ。《森》にはいることは、研究者としては興味があるのだが、人としては自分の命を軽んずる行為になるから、嫌なんだ」
 動機がやっぱりおかしいような……アーネストは混乱して頭を抱えた。スペーサーは、頭を抱えるアーネストを怪訝な顔で見る。
「考え込まなければならないようなことを言ったつもりは無いのだが」
「俺にとっちゃわけのわからねえ事を言われたからだ!」
 アーネストはそこで考えるのをやめた。
「なんだかわからねえけど、やっぱりお前おかしいだろ、襲われるのわかってて《森》に入るなんてよ」
「なんだ、私の心配か?」
「そんなわけあるか!」
 アーネストはカウンターをドンと叩いた。カウンターに置かれた食器類が軽く跳ね上がる。
「そう言うのなら、私を追いかけてこずに見捨てていればよかったのに。あんたも案外甘いんだな」
「ぐぐ」
 それを言われるとアーネストは反論できない。
「ああそうだ、こないだは私を研究所まで連れ帰ってくれて、ありがとう。それじゃ」
 スペーサーはとってつけたように礼を言ってから、くるっと回れ右して別れを告げた。
「……やっぱあいつ絶対友達できねーよ」
 去り行くその背中を見て、アーネストは呟いたが、
「生きるために相手を見捨てることを是としなければならないなら、そんなやつとの友情はいらない」
 と、去り行く背中から返されてしまった。

 昼を過ぎると、雨はやんだ。《森》は光合成を再開する。地面がぬかるんでいて、戦うには足場が悪いため、戦士たちが外に出たのはある程度地面の乾いた夕方からだった。
 アーネストは薬局でワクチンを購入して摂取し、ハルバードを肩に担いで他の戦士たちに混じってドームの外へ出た。日が暮れかかる中、《森》は最後の光合成に励んでいる。その《森》の生い茂る枝葉の一部が、まるで抉られたかのようにごっそりとなくなっているのを、アーネストは見た。そのなくなった枝葉の周囲は凍り付いていて、誰がやったのかは一目瞭然だ。
(あー、あいつ《森》に入ったのか。ホントにバカなこと平気でしやがるなあ)
 できれば《森》に操られたスペーサーと戦うのは遠慮したいところだ。いざとなったらスペーサーをハルバードで切り捨てねばならなくなるかもしれないが。
(生きて帰れよ)
 アーネストが心の中でエールを送ったとき、苔の獣が《森》から飛び出して襲い掛かってきた。戦士たちに混じって、アーネストはハルバードの柄を握りしめ、迎え撃った。
 いつものように戦いが始まった。





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