第2話



 ピィが体をねじ込むと、ガサガサと茂みがくすぐったそうな音を立てた。
「何やこの茂み! 覗きこんだときはあんなに容易くかきわけられたのに!」
 意外なことに、茂みは細い枝が複雑に絡み合っていた。
「えーいや、こーらさー!」
 細い枝をバキバキと折りながら、ピィは茂みの中に無理やり体をねじ込む。枝が折れ、あるいは体をこすってきた。
「よいっしょおおおお」
 それでもピィは何とか茂みの中を通り抜け、獣道らしき細道へ入り込んだ。ぶるっと体をふるって、木の葉や細い枝をふるい落とす。
「あの紫、いったい誰やろ。足跡追ってけば、誰かわかるかも」
 ピィはちょこちょこと走り出した。
 細道に残る足跡や這いずった後は、ずっと奥まで続いている。木漏れ日でまだら模様になった地面に残る、誰かの足跡。ピィはわき目もふらず、地面の足跡を見つめながら前進した。足跡は途中で消えているが、消えた場所の地面が途中で異常に柔らかくなっているところから見ると、土の中に潜ったのだろう。誰がそんな事をするのか見当もつかないが。掘り返してみると、掘ってそんなに時間は経っていないようで、湿り気のある土が手先についた。泥のような柔らかさは、ゆうべが雨だったのもあるだろう。ピィは葉っぱで手を拭って、足跡の追跡を再開した。
 這いずった跡を見ながら、ピィは進んでいく。這いずった跡は右へ曲がり、そのまま真っ直ぐ進み続ける。
「誰の足跡やろ〜な〜」
 しばらく進んでいくと、ピィは木にぶつかってしまった。
「あいたたた」
 ピィは頭をさすった。
「地面ばっか見とったから、木に気づかんかったんやな。失敗、シッパイ」
 ピィは改めて木を見上げる。大きなオレンの木だ。綺麗な花が咲きみだれている。周りの木々よりも一回り背が高い。町でこんなに巨大な木を見た事がない。ピィはしばしその巨大な木に見とれていた。
「でかいわあ」
 木漏れ日がとても綺麗だ。風が枝を揺らして、オレンの花の香りをとどけている。町ではめったに嗅ぐことのない、いいにおい。これなら美味しいオレンの実がなるだろう。実ったら、ぜひとも食べてみたいものだ。

 ガサッ。

 突如聞こえた物音に、ピィは反応した。音のした背後を振り向くが、茂みがあるだけで誰もいない。たしかに物音はしたので、誰かそこにいたはず。素早く茂みに駆け寄ったピィは、茂みをガサガサとかきわけて、頭をぐいっと突っ込んでみた。
「あっ!」
 ピィは叫んだ。
 茂みの向こうにいたのは、アーボだった。

 辺りに、テッカニンのやかましい鳴き声が響き渡っている。
「……」
 両者は、しばし硬直して、互いを凝視していた。
 空気を先に動かしたのは、ピィだった。
「あんたなん? さっき、うちのこと覗いてたんは」
「うん」
 アーボは尻尾を動かした。ピィは、さっきこの道に入る前に見た紫の何かはこのアーボだったのでは、と思った。
 アーボは、ピィを上から下までジロジロ見つめてきた。
「お前、ここらへんの奴じゃないだろ?」
「そうやけど、何でそう思たんや?」
「だってさ、お前みたいなやつ見たことないもん」
 アーボはシュルシュルと舌先で音を立てながら、さらにピィに聞く。
「それにさ、お前のその喋り方、おかしくね?」
「うちの住んどる町は皆、こないな話し方するんよ。別におかしくあらへん。あんたにはおかしいやろーけどね」
「うん、おかしいな。ここらへんじゃ、そんな喋り方しないし」
 アーボはシュルシュルと音を立てた。
「でさ、お前なんでこんなところにいるんだよ」
「何でって、うち、今日汽車で観光に来たんよ。ちょっと遠くへ行きたい思うて」
「そーじゃない。何でここに来ているんだっていう意味なんだ」
「何でって、あんたを追ってきたんよ」
「おいらを追ってきた? 何で?」
 ピィは、畑のトラクターの上に乗って畑を眺めていたときに見た紫の何かを追ってここに来たと話した。
「で、追ってきたらあんたがおった、っていうわけや。あんたなん? 畑の傍におったんは」
「あー、それならおいらだね。でもお前モノズキっていうかコウキシンオウセイだよなー、わざわざおいらを追ってくるなんて。フツーはほったらかすだろ」
「うちは、何でもこの目で確かめんと気がすまんタチなんよ。だからここまで来てまったってわけや。カンニンしたってや」
「別に構わないよ。で、その紫の正体がおいらだって分かったんだから、お前の好奇心は満たされたわけだな」
「うん」
 今度は、ピィがアーボに質問する番だった。
「あんたはここらへんに住んでるんやろ?」
「うん、そうだよ」
「ということは、ここらへんの地理に詳しいんやな?」
「そうだよ」
 ピィはその答えに目を輝かせた。
「なあなあ、ついでやから道案内してくれへん?」
 アーボの顎が、外れそうなほど精一杯開かれた。
「な、何だってええええ!? どうしていきなり!」
「あかんの? 畑のとこに戻りたいだけなんやで」
 ピィは目を潤ませた。
「うちみたいな、小さなおなごをたったひとりであの畑の傍まで歩かせる言うんかいな」
「そんなちびのうちから汽車で一人旅してここまでくる度胸があるだけでも、褒めてやりたいよ。でも、元来た道を歩いて戻ればいいじゃん。畑のあたりからそんなには離れてないんだぜ」
「うち、方向オンチなんよ」
 しばしの沈黙。
 やがてアーボは折れた。
「わかったわかった、畑の傍までついていってやるよ」
「やったー! おおきにな!」
 ピィは飛び上がって大喜び。

 ガサッ。

 またしても物音。
 とっさに振り向いた二匹から少しはなれたところにある茂み。その中から、顔を出している誰かさん。
 コラッタだった。


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