第3話



 じーっと、コラッタはこちらを覗き込んでいる。
 アーボは尻尾をカラカラと鳴らしながらいった。
「よう、なに覗き込んでるんだよ?」
 が、コラッタはピィをじっと見つめるばかりで、返事をしない。ピィはちょこちょこ歩いていって、逆にコラッタを見つめ返す。コラッタは明らかにピィを好奇心の目で持って覗き込んでいる。
「は、初めてみるヤツ」
「うち、ピィ言うんよ。よろしゅうしたってや」
「お、お前、どっから来た?」
「汽車に乗って町から来たんよ」
「町? あの線路の向こうから?」
「そうやけど、それがどないしたん」
「町から来た奴を見るのが初めてなんだよ」
 アーボが言った。コラッタは頬を赤く染めて首を茂みに引っ込めた。
「何で引っ込むん?」
「あいつ、結構シャイなんだよ。んじゃ、畑まで戻るぞ」
「うん」
 畑へ戻るまでに、そんなに時間はかからなかった。
「駅はここからすぐそこだからな。坂上ればわかる」
「うん、ホンマ、おおきにな!」
 が、ピィは、去ろうとするアーボの尻尾を引っ張った。アーボは怒って振り向いた。
「なにすんだよお! 尻尾ひっぱんなよお」
「せっかくやからさ、近くを観光したいんよ。案内してくれへん?」 「何でそこまでしてやらなくちゃいけないんだよ!」
「あんた、この辺に詳しい言うたやん」
「あのなあっ」
 アーボが何か言おうとする前に、ピィはその背中にどすんと乗った。
「案内してくれへん?」
 その強引さに、アーボは折れた。

 アーボはピィをのせたまま、のろのろと前進していく。畑の側の道を進みながら、ピィとのおしゃべりに付き合っている。
「あそこの農家な、おいらが時どき食べ物分けてもらいに行ってんだ。木の実も美味いけど、料理も美味いんだぞ」
「へー、お店やってるわけやないん? 食堂には見えんのやけど」
「違うよ、傷物で売りに出せない野菜を自分とこで料理して食べてるんだよ。町で売られてるのは形の綺麗なキズのないやつだから、お前見たことないだろ? へんな曲がり方したキュウリとかグローブみたいな形のナスとか」
「あらへんな、そういえば」
「お前ら都会の連中って損してるよなー。採れたて野菜の美味しさを知らないんだから。形の悪い野菜だって、もぎたてのは美味いんだぜー」
「そうなん? 一度食べてみたいわー」
 畑の端に来ると、分かれ道に出る。一方は農家へ、もう一方は林に向かっている。道しるべからして、林へ進むとため池に出るようだ。
「何なん、ため池って」
「水を溜めとくところだよ。日照り続きで水不足になったら困るだろ。作物が枯れるしさ」
「せやな。ため池なんか見てもおもろないし、この道右に行ってくれへん?」
 アーボは右に曲がり、農家に向かう。ピィは窓ごしに中を覗く。
「誰もおらへんね」
「車庫に車がないから、どっか出かけてるんじゃないか? ここらへんは広いから、車がないと何処へも行けんのよ。隣の家に行くのにも自転車か車要るし」
「へー」
 そのままアーボは前に進んでいく。畑の中で綺麗なナスが並んでいる。
「ちなみに、隣ん家行くのに、おいらの足(つーか脚ないけどな)だとあと三十分はかかるぞ」
「えっ、そんなにかかるん?」
 ピィは目を丸くした。
「隣ん家行きたいなら行ってもいいけど、そのまえにお前の重さでおいらがくたばっちまうよ」
「おなごにむかって体重の話なんかせんといて!」
 ピィは頬を膨らませた。
「でも三十分もかかってまうん? ならええわ。今度はあっち行こう」
 ピィが指したのは、林の中。
「林の中のどこへ行きたいんだよ。人間の手も結構入ってる場所なのに」
「あんたにとって一番ワクワクする場所連れてったって!」
「わくわくする場所ねえ」
 アーボは何事か呟きながら林へ向かう。
 林に入ると、太陽の光はすぐに木々の枝に阻まれ、木漏れ日が地面に届く程度になっている。町では木漏れ日がなかなかお目にかかれない。自然のある公園でさえ、枝が綺麗に剪定されるので木漏れ日ができるほど枝が伸びない。
「キレーな木漏れ日やなあ」
「何だよ珍しくも何ともないじゃん」
「町で見ること自体、ろくにあらへんかったんやで。キレーやわあ」
 ピィは木漏れ日を見ながらはしゃいでいる。アーボはそのまま前進した。しばらくすると、アーボは進むのを止めた。
「しっ、静かに」
「どしたん」
「静かに!」
 アーボは尻尾で、左前方を指した。
「あそこ、見えるだろ、何かいるのが」
 ピィが見ると、それは何か丸いもののようだ。だがそれはゆっくりと膨れたり縮んだりを繰り返している。呼吸しているようだ。
「ホンマや。何なん、あれ」
「あれな、ゴンベが寝てるんだぜ。寝起きすんげー悪いから、絶対に騒ぐなよ! 起こしたら暴れて手がつけられないんだからな」
「わかったで」
 アーボはそっと、ゴンベの脇を通り過ぎる。その間はピィも黙っていた。
 ほっとアーボが息をはいたところで、もう安全地帯に入ったのだと分かる。が、ピィはまだ喋らなかった。ピィはゴンベではなく、別のものに目を奪われていたのだ。
 真っ赤なキノコの群れ。キノココやパラスではないことは確かだ。あれはただのキノコだ。だがなぜあんなに赤いのだろう。絵本で見た、毒キノコのたぐいだろうか。
「あれ、何なん? あの赤いの」  ピィは聞いてみた。アーボは赤いものを見て、ちろちろ舌を出した。
「見ればわかるだろ、毒キノコ! おいらは大好物だけど、お前にゃキツイだろ」
「美味しいん?」
「おいらには、美味しい。ほかの奴らには、まずいと思う。ラムの実がここにないから、食べるんじゃないぞ」
「食べられへんの……味見もあかん?」
「駄目っ」
 味見で一口かじるくらいならいいだろうと思っていたが、アーボの言葉からすると、普通のポケモンは口にしてはならぬもののようだった。アーボは毒タイプのポケモンなので、毒をもつものを食べてもなんともないのだろう。
 アーボはしばらく進んでいく。今度は、林を抜けていく。まぶしい光が再び地面に降り注ぐ。林の向こうには未舗装の道路らしきものがのびているが、伸び放題の雑草を見る限りでは、どうやら今は使われていないらしかった。
 ピィは周囲をきょろきょろと見回す。打ち捨てられた手押し車にイトマルが巣を張っている。穴の開いたポリバケツから、ツボツボの首が伸びている。奥のため池付近で、コイキングが跳ねた。
「どこまで行くん」
「もうちょっと」
 アーボはそのまま進んでいくが、のろのろとしか進まない。アーボはそんなに脚が早くない(それ以前に足がないわけだが)ので、自分で歩いていくほうがずっと早いかもしれないと、ピィは思った。
「ホレ、ついたぞ」
 急にアーボが止まる。ピィはアーボの首らしき箇所をぐっと引っつかんで、「どこ? どこ」と周りを見回す。
「ぐえっ」
「どこなん、あんたのワクワクする場所」
「ごご……ばだぜど!」
 気管を絞めたのでアーボは暴れてピィを振り落とした。ピィは草の上に転がったがすぐに体勢を立て直して立ち上がる。
「もー、何で振り落とすん」
「お前がおいらの首絞めるからだろ! 苦しかったぞ!」
「あ、そうなん。すまなんだわあ」
「それで謝ってるつもりかよ!」
 アーボは牙をむいたが、ピィはひるまず、またアーボの背中に乗った。
「で、あんたのワクワクする場所、どこなん?」
 アーボは、マイペースなピィを見て、ぶつぶつ呟いた。が、ピィに何を言っても無駄と思ったのか、言った。
「ここだよ、ここ」


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