第4話



 アーボが案内したのは、何の変哲もなさそうな小さな広場。穴が掘られたり、枯れ木がただ倒れていたり、誰かがそこらじゅうを弄繰り回した形跡しかなさそうな場所。
「ここなん?」
 ピィは周りを見渡して、つまらなそうな顔をした。期待したのに、こんな何の変哲もなさそうな場所につれてくるなんて……。
「何の変哲もない、なんていうなよ。ここは、まだワクワクする場所への通過点にすぎないんだぞ」
「あんたさっき言うたやん、『ここがワクワクする場所』やって」
「言いかけてやめちゃっただけだってばさ。本当は、『ワクワクする場所への通過地点』なんだよ、ここっ」
 そう言って、アーボは、スーッと深く息を吸い込んだ。
「おーい!」
 アーボが声を上げると、周りの茂みがガサガサと音を立てた。そして、いきなり飛び出る幾つかの顔。
「わああっ」
 ピィは仰天して、アーボの背中から転がり落ちた。
 茂みの中からポケモンたちが姿を現した。
「なーになーに」
 興味しんしんで、アーボとピィを交互に見る。アーボはピィを尻尾で指し、
「こいつね、汽車に乗って町から来たんだってさ。で、今日一日ここらへんを観光したいんだって。お前ら手伝ってくんね?」
 返事の前に、ピィはその周囲をポケモンたちに囲まれてしまっていた。皆、好奇心の目でもってピィを見つめてくる。ピィは怖気づくことなく、周りを見返す。ウパー、コノハナ、ブルー。先ほどのコラッタもその中に混じっている。が、照れくさいのだろうか、コノハナの後ろに隠れていながらもじっとピィをみつめてくる。
 ピィはぐるりを見渡し、アーボに問うた。
「誰なん、こちらさん」
「おいらの友達」
「そうなん、おおきに。よろしゅうしたってや」
 ピィが挨拶すると、周りのポケモンたちはぷっと吹き出した。
「何で笑うん?」
「お前の喋りが面白いんだよ」
 アーボは尾の先端をカタカタと鳴らした。
「ここらへんでそんな喋り方する奴いねーから」
「そりゃ、うちの住んどるとこは、こないな喋り方するんやから、しょうがないやろ」
 ピィはふくれっつらをした。
 周りのポケモンたちは、ピィにさらなる好奇心の目を向けた。うずうずしているようにも見える。町からの観光客が珍しいのかもしれない。
「何かうちに聞きたいことあるんとちゃう?」
 ピィのその問いかけは正しかった。皆、一斉にピィに質問を浴びせてきたから。
「町ってさ、ビルがいっぱい建ってるんだろ? 車いっぱい走ってるんだろ?」
「オレらみたいなポケモンも町に住んでるの?」
「町じゃどんな汽車が走ってるんだ? それとも電車?」
「食べ物って、あまいものばっかり?」
 一気に浴びせられて、ピィは目を回した。
「待ってーや、待ってーや! いっぺんに言われてもわからへん、答えられへん! 耳はふたつついとるけど、口とアタマはひとつしかあらへんのやで!」
 そしてピィは言った。
「あんたらの名前のアイウエオ順に質問し! そしたら答えたる」
 皆、言われたとおりにする。まずはウパー。
「じゃあ、町じゃどんな汽車が走ってる? それとも電車だけ?」
「主に電車が走っとるで。汽車は町外れしかあらへんから、汽車用の駅まで行くのに苦労しまくったでえ、遠いし」
 次にコノハナ。
「食べ物って、あまいものしかないの?」
「甘いもんだけしかないわけやないで。苦いもんもあるし、辛いもんもあるし。まあ色々やな。ない味のほうがあるかどうかを知りたいくらいや。てゆーか、何で甘いもんしかない思たん?」
「町からくる食べ物は甘いものばっかりだから」
「おみやげやろ、それ。おみやげには甘いもん送るんが多いんやから、あまいもんしかない言うのはあながち間違ってへんかもしれんね」
 次にコラッタ。やっぱりコノハナの後ろに隠れたまま。出てくるなら堂々と出てこればいいのにと、ピィは思った。
「オレらみたいなポケモンも町にいる?」
「ぎょーさんおるで〜。ここみたいに自然豊かやないけど、空き地とか公園とか、そないな場所で暮らしとるで。ポケモンセンターもあるから、ケガしたら治療してもらえるし。ちゃんと町のルールさえ守れば、町は暮らしやすいとこや」
 最後にブルー。
「町ってさ、ビルいっぱいあるんだろ? 車もいっぱい走ってるんだろ?」
「せや、ぎょーさん建っとるで。でも最近フケイキだとかでな、だ〜れも住んでへんビルが増えてきたんや。そのぶん、うちらポケモンが住む場所が増えるんやけどね。おう、車もいっぱい走ってるで。でも最近は数が減っとるけどね」
 質問タイムが終了した。今度は、ピィが聞く番だ。
「なーなー、さっきもアーボんが言うたけど、うち観光に来たんよ。あんたら、ここらへんでドキドキワクワクするような場所知らへん?」
「ドキドキワクワク?」
 ドキドキワクワク。ピィとしてはテーマパークをイメージしたつもりだった。だがこのあたりにテーマパークなどないのだから、彼らはそうではないものをイメージしたようだ。が、顔を見合わせるなり、いきなり「あるぞ!」と答えた。
「あそこに行きたいなんて、度胸のある奴だなあ!」
「あそこに一度行ったら、ヤミツキになるかもしれないぞ!」
「早速行こう! 一度行ったらまた行きたくなること請け合いだよ!」
「そうと決まればさっそく行こう! 時間たっぷりあるんだろ?」
 行くとも言っていないのに、ピィは引っ張られた。が、早くも、一体何処へ連れて行ってくれるのかとワクワクし始めていた。
 木々の間を抜け、茂みを通り、どんどん人里から離れていく。一体何処へ行くつもりなのだろう。どんどん奥へ、奥へ進んでいく。
「ついたぞ!」

 目の前に広がったのは、自然公園のような場所。たくさんの木々の間に渡されたつる、複雑に絡み合った枝から垂れ下がるブランコのようなもの、坂にある小さな川、いろいろある。金属の遊具はさすがにないが、なかなか楽しそうだ。
「わー、ここがワクワクする場所なん?」
 ピィは目を輝かせた。この自然公園のような遊び場所、金属でない遊具のさわり心地はどんなものだろうと想像する。やわらかい? かたい? 一方で、つるが千切れてしまわないかとちょっと不安になる。この自然公園らしき場所で、他のポケモンたちも遊んでいるのが見える。
「おおーい」
 コノハナが叫ぶと、遊んでいるポケモンたちは一斉にコノハナたちを見た。そして、ピィを見つけると、遊具から離れて駆け寄ってきた。
「なになに?」
「誰このコ」
「ここらへんじゃ見ないね〜」
 十匹以上はいるポケモンたちが一斉に取り囲んできた。ピィはまたしても目を回しそうになってしまった。ウパーは尻尾をふりながら、
「こいつね、町から来たんだけど、今日一日ここらへんを観光したいんだって。ドキドキワクワクする場所に行きたいって言うから、ここへ連れてきたんだ〜」
「せ、せや。うち町から汽車で来たんよ! 今日いちんちのご縁やけどな、よろしゅうしたってや!」
 やっとピィは踏ん張って立った。が、周りのポケモンはやはりプッと吹き出し笑いをした。自分の口調が彼らにはおかしく聞こえるのだと分かっているので、ピィは何も言わない。
「へー、町から来たの〜」
 好奇心の目がピィをまたしても取り囲んだ。
「ここ田舎だから町にありそうなものは何にもないけど、今日一日楽しんでいきなよ。ここ、ぼくらの遊び場だからさ」
「遊ぼーぜー!」
 またしてもピィは引っ張られた! が、すぐにピィは自ら飛び出した。
「いっぱい遊ぶんやー! 楽しんだるー!」


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