第5話



 ポッポの鳴き声が、辺りに響く。
「え?」
 ピィは青ざめた。
「あの、ここって……さっきの公園が遊び場じゃないん?」
 ピィが目の前にしているのは、自然公園のような木製の遊具溢れる小さな広場などではなかった。ここはその広場の更に奥にある細道を抜けた先。小さな洞窟だった。
「さっきのはいつもの確かに遊び場だよ。だけどドキドキワクワクしたいんなら、ここが一番だよ。最初は怖いけど必ず病みつきになること間違いなし!」
 ほかのポケモンたちは笑っている。無邪気に、純粋に。一体何があるのだろうかと、ピィは頭の中で考えた。しかし何も考え付けない。洞窟の奥にありそうなもの、ありそうなもの……。ズバットたちの住まい? ゴースたちの住まい?
「都会にはいっぱい遊び道具あるんだろ? でもこんなの無いだろ?」
「そ、そやね。こないなもん、あらへんわ……こんな天然のお化け屋敷みたいなもん、見るのはじめてや」
「おばけやしき?」
 皆は顔を見合わせ、続いて大声を上げて笑った。
「違う違う! お化け屋敷なんかじゃないって! この洞窟の先にもっとすごいのがあるんだってば!」
 ポケモンたちはピィを引っ立てるようにして洞窟に入った。洞窟の中はあまり暗くない。ごく短いトンネルに過ぎなかったからだ。トンネルの出口を過ぎると、たくさんの木々がいっきに視界をふさぐ。だがすぐにかきわけられるほど、枝は細かった。一体ここは何処なのだろうかと、ピィは枝を払ったが、大きな葉に目の前をさえぎられた。
「ホラ、ついたよ」
 ピィは、ごみのはいった目をこすった。そして、目の前を見るなり、
「うそや……」
 さらに青ざめた。なぜって目の前に広がるのは、まさに断崖絶壁。いやいや断崖絶壁という表現はオーバーかもしれない。とにかくトンネルを抜けた先にあるのは谷。底には幅広の深い川が流れている。
「何なん、これ……ガケやんか! 谷やんか!」
 ピィは悲鳴を上げた。が、
「谷って言ってもそんなに深くないって。ここで、バンジージャンプすると気持ちいーんだよな! ひゅおおおおっ、てサイコーの爽快感が味わえるんだぜ」
 アーボの言葉に、他の皆もうなずいた。ピィは飛び上がった。
「ばんじーじゃんぷ? ちょ、ちょっと待ってや! 皆そろってそんな無茶なことするん?! 死んでまうやん! ジサツコウイやん!」
「だいじょぶだいじょぶ、死なないって!」
 ウパーは近くの枝からつるを二本ほど取る。そしてそれを自分の足と尻尾に結びつける。ピィは目をまん丸にして、それを見ている。そんな細っこい命綱で大丈夫なのだろうか。見たところ、若い木のつるのようだが、強度はどのくらいなのだろうか。
「だ、大丈夫なん、その命綱……」
「大丈夫。この木のつるは丈夫丈夫! もともとドダイトスのじいちゃんとフシギバナのおっちゃんたちがこのへんの木々を植えて回ってたんだ、そこらへんの木のつるよりも、何倍も丈夫だよ」
 そして、
「スリルがあじわえなくちゃ、おもしろくなーい!」
 ウパーはダイブした。
「ひゃああああああああああああああああああ」
 声は徐々に小さくなるが、悲鳴というより興奮して楽しんでいる声だった。つるはビンビンと張り、揺さぶられたが、やがて止まった。そして先からボチャンという何かが水中に落下した音も聞こえた。音を聞くだけで、ピィはさらに青ざめていく。桃色のピィがだんだん白色に変わる。
「あの川から岸へ登ったら、ここへ洞窟を通って上がってくるのがちょっと面倒なんだよな。でもそれをひっさいたら十分面白いぜ」
「じゃ、ぼくらも行こうか!」
 コノハナ、ブルーが続く。ほかのポケモンたちも脚や尻尾につるを巻きつけ、パラシュート部隊のごとく次々と飛び降りた。
「ひゃほおおおおおおおおおお!」
「いえええええええええい!」
「うわっほおおおおおおおおお!」
 絶叫は下に吸い込まれていき、最後には何かが水に落ちるボチャンという音が連続で聞こえてきた。皆、ジャンプが終わったので川の中へ飛び降りたのだ。下ではしゃぐ声が聞こえてくる。
 ピィは身震いした。バンジージャンプなんてやった事がない。それ以前に、ガケから下を直視することも出来ない。高所恐怖症ではないつもりなのだが、どうしても覗き見る勇気が出てこない。
 やっとアーボに問うた。この場に残っているのは、アーボだけだから。
「何でみんな悲鳴あげよるん?」
「楽しいんだよ」
「こ、怖くないん?」
「最初だけだよ、怖いのは。後はもう楽しいよ。ダイブする爽快感がハンパじゃないからさー、晴れた日にはたいがいやってる。雨の日はさすがに危ないけどな、川の水量が増えて流れも少しキツくなっちまうからさ」
「うそや……」
「食わずぎらいはなし。で、飛び降りるのかよ?」
 アーボは舌をちろちろさせた。ピィは地面とアーボを交互に見た。
「あんたも一緒に飛び降りてくれへんとイヤや。ひとりはこわい」
「もー。わかったよ」
 アーボは自分の尻尾になんとかつるを巻きつける。ピィは短い己の手足を駆使して何とかつるを体に巻きつけた。
「じゃ、行くぞ!」
「う、うん……」
 ピィは思わず、目をぎゅっと閉じ、アーボの尻尾の先をぐっと掴んだ。痛みでアーボは抗議のまなざしを向けたが、あいにくピィは目を閉じていた。
「せーのっ!」
 アーボは飛び降りた。尻尾につかまったピィと一緒に。
 体に叩きつける強風! ピィはアーボの尻尾に必死でしがみついていた――つもりだったが、あっというまに力が抜けた。いつのまにかアーボの尻尾から手が離れてしまった。手を放してしまったことに気がついたが、怖くて目が開けられない。このままどのくらいの速度で川に叩きつけられるのだろうかと考える暇などなかった。

 びよよ〜ん!

 いきなり体に衝撃が走った。体につるを巻きつけた箇所がぎゅっと締まったように感じられ、続いてピィの体は上に跳ね上がった。びよんびよんと、しばらく激しい上下運動が続く。その間、ピィはぎゅっと目を閉じていた。
 やっとピィが目を開けたのは、自分の体がプラプラとわずかに揺れるまで、揺れが収まってからだった。目の前一メートルほど下のところに川が静かに流れている。ピィの体は宙吊りになってプラプラ揺れていた。
(た、助かった……)
 命綱は切れなかったようだった。
 ボチャン、と何かが水中に落ちた音。水面を見ると、川の中からアーボが顔を出してきた。
「よー、気分は?」
「……あう、あう」
 何と言ったらいいのか分からない。涙が溢れてきただけ。大粒の涙をボトボトと川の中に落としながらも、やっとピィは言葉を搾り出した。
「こ、こわこわ、こわかったああああああ」

「うーん、初心者にはシゲキがきつすぎたかもねー」
「だねー」
「高所恐怖症だったのかも」
「それがそうなら悪い事しちゃったな」
 ぴいぴい泣き続けるピィをなだめる皆。泣き止むまで三十分はかかっただろうか。ピィの体は震えがなかなか止まらず、始終カタカタと地面を脚がこすっていた。やっと泣き止んだピィの周りで、必死で泣き止ませようとなだめ続けたポケモンたちはくたびれてしまって座り込んだのだった。
 ピィは周りに構わずよちよち歩き出す。皆がその行き先を追うと、
「うち、もう一回やるわ!」
 つるを体に巻きつけていた!
「おいっ、さっき怖いってワンワン泣いてたろ、お前!」
 アーボがかみつくと、ピィはけろりとした顔で、
「うん、怖かったで。せやから、もう一回やるんや。さっきは目えつぶってまったけど、今度は目え開けてやるんや!」
 皆の口がかぱっと開いた。そして、皆が反射的に立ち上がった。さっきまであんなに泣いていたのに一体どうしてそんな気になったのか、さっぱり分からないからだ。事情を聞こうとピィを止めようとしたが、ピィはホップ・ステップ・ジャンプで、軽やかに飛び降りていった。


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