第6話



「いっくでえええええ!」
 突然の展開! 皆が見ている前で、さっきまで泣いていたピィが、また飛び降りた! 皆、展開についていけず口をあんぐりあけて、棒立ちになった。
「ひゃあああああ」
 ピィは体に叩きつけてくる強風に体を煽られる。あっという間に、細い川が目の前に迫ってくる。さっきは怖さのあまりに目をつぶってしまったが、今度こそは目をつぶらないぞと必死で自分に言い聞かせて飛び降りたので、目をつぶらない。目にも風が当たって少し痛い。
「はっ」
 一方、アーボたちは立ち直り、すぐに崖のふちから下を除く。勢いよくつるが下に向かって引っ張られていき、小さなピィの姿は見えなくなっていく。やがて、ビンと音がして、つるが限界をむかえ、それより下に伸びなくなった。皆はつるの先を凝視している。小さなピンクの点がつるの先でブラブラしていたが、やがて下の川に落ちて小さな波を立てた。
「落ちた」
 誰かの言葉に、皆とびあがって、大急ぎで崖下の川まで駆け下りた。あんまり慌てすぎたので、最後には団子のように皆そろってもみくちゃになって川に転落する羽目になった。ピィが落ちたときよりも派手に水を跳ね上げ、団子は落ちた。それでも何とか身をほどいた。
「何しとるん」
 川岸から声が聞こえ、皆そろって川岸を見る。ずぶぬれのピィが立っている。
「な、何してるって……」
 アーボは水をしっぽでバシャバシャ跳ね上げた。
「お前がいきなりダイビング決行して、川に落ちたんで、見にきたんだよ」
「うち、無事やけど」
「そ、そりゃそうなんだけど……」
「なんや、自分ら、うちのこと心配してくれたん? おおきにな〜」
 ピィは笑顔で目を細め、短い手をパチパチたたいた。

「楽しかったでえ」
 ピィは、モモンの葉のシートに寝転がって笑った。
「怖かったけど」
「そら、誰でもこえーよ」
 アーボは尻尾でピィの前髪を弄った。
「でも、一度楽しさを覚えると、病み付きになるんだよな、アレ」
 ほかのポケモンたちもうなずいた。
「で、またやるの」
「今は休憩や。後でやるで。あー、川の水冷たいわあ」
 落下のショックがまだ少し残っているのか、手がプルプルしている。楽しかったと言ったものの、これだけはどうしようもないようだ。慣れている皆も、未だに体のどこかがプルプル震えるのだ。怖いのではなく、単なるショックで。
「あー、気持ちええわあ」
 ピィは休憩を終えると、短い脚をじたばたさせて起き上がった。
「で、またやるの」
「ややわあ、それは最後のお楽しみや」
 ピィはアーボの背中に乗った。
「お前、おいらを乗り物扱いすんじゃねえよ」
 アーボは牙をむいたが、ピィは全く気にかけていない。
「まだちょっと歩くには不安定なんよ。……さっきの自然公園、つれてってほしいんやけど」
 暫時の沈黙。
「ま、まあいいじゃん」
 ブルーはカパカパと口をあけた。
「公園にもどろうや」

 公園に向かう途中の、小さな洞窟の中。
 ブルーが突然鼻をヒクヒクさせた。
「雨のにおいがする」
「マジかよ」
 コノハナは頭の葉っぱを指先で弄った。
「あ、マジだなこりゃ。一雨きそう」
 その言葉を裏付けるかのように、彼らが洞窟から出た途端、ザーと大粒の雨が降り出した。
「あーあ、真昼間からこれかよ。まあこの季節、よくあることだし」
「なーんや、残念。ところで、ここはよう降るん?」
「この季節はよく降るぜ。そんなに長くは降らないよ、通り雨だし」

 ぐう。

 誰かの腹が大きく洞窟にこだました。
「聞かんといてや……」
 ピィは真っ赤な顔で腹を押さえていた。

 雨が止むまで、十分もかからなかった。雨はあっという間に止み、どんより曇った空は青く澄み渡り、虹がかかった。
「キレイやなあ」
 戻ってきた自然公園の側に自生しているモモンの実を口にほおばりながら、ピィはキラキラした目で虹を眺めている。
「都会にも出るんじゃないの、虹」
「うん、でるで。でもあんまり見ないんや。ビルいっぱい建ってて、よう見えへん」
「都会の奴って損ばかりしてるんだなー」
 アーボは舌先でクラボの実を一つすくいあげ、口に入れる。ピリッとした辛さが口に広がるも、この味が好きらしい。
「こんなに綺麗な虹、めったにおがめるもんじゃないぞー。今のうちに目に焼きつけとけよ」
「ほーふるわ」
 ピィは口いっぱいに木の実をつめこんだ。
「ほれにひえお、おろひおい、おいひいわあ」
「口に頬張ったまま喋るなよな〜」
 昼食を終えた後、ピィは乾いた落ち葉の上に寝転んで、かんかんに照らしてくる太陽の光で日光浴。
「いっぺんやってみたかったんや〜、こんな日光浴。かわいた葉っぱがたくさんあって良かったわあ」
「こんなひなたぼっこくらい、どこでもできるはずだろ」
「コンクリートの上に寝そべるんは嫌や。公園の遊具で試したこともあったんやけどね、鉄の上に寝転がってもあまり気持ちのいいもんやないし、公園の芝はチクチクするだけやし。はわー、やっぱり自然の草が一番ええわ」
 日光浴を楽しんだ後、ピィはこの自然公園の遊具で遊びたいと言った。
「うち、明日の汽車にのらないかんのよ。だから今日のうちに目一杯遊ぶんや」
 公園の遊具は金属ではなくつると木を組み合わせて作られている。ブランコ、とびばこ、シーソー、うんてい。中でもつるをからみあわせて作られたジャングルジムは面白かった。あっというまに時間は過ぎていき、太陽は西の空へ傾いていく。空は徐々にオレンジ色に変わり始める。もう夕方だ。
「あー、遊んだ遊んだー! 鉄の遊具もおもろいけど、この公園の遊具も同じくらいに楽しいわあー」
 ピィはまた草の上に寝転んだ。他の皆も遊びつかれて、草の上に寝転がる。
「面白かっただろ」
「うん。あっ」
 ピィは急に起き上がった。
「せや、またアレやりたなったわ、バンジージャンプ」
「さんざん遊んだ後じゃん」
「最後にやる言うたやろ、うち」
「でも、疲れてるんだしさ」
 ウパーは尻尾を地面にペチペチ叩きつけながら、言った。
「疲れてるときにやるとアブナイって。体がまいっちゃうよ。やるなら明日にしようよ」
「でも、明日朝一番の汽車に乗らないかんし……。朝の六時に汽車が出るんやで?」
 皆は顔を見合わせた。
「じゃあ、さ」
 もじもじとコラッタは尻尾を丸めなおした。
「ごはん済ませたら、にしない?」
 その意見でまとまった。たらふく木の実を腹につめて、食休み。そのころには、太陽は山の陰に隠れようとしているところ。まだ十分明るい。
「おなかもいっぱいやし、疲れもだいぶとれたし、最後のお楽しみやー!」
 ピィはうきうきしながら洞窟を潜り抜ける。後ろからアーボたちもついてくる。夕日はまだわずかに顔を出している。このくらいなら洞窟の中も分かる。
「一回バンジーやったらおしまいだかんな! 休んだとはいえ、お前ホントは疲れてるんだから」
「わかっとるって」
 ピィはアーボの念押しを半ば聞き流しながら、スキップしていった。サラサラと川の流れる音がわずかに聞こえてくる。洞窟の外に出ると、ピィは丈夫そうなつたを探して自分の体にしっかりと巻きつけた。
「んじゃ、行くでえ! これ済んだら、今日の遊びは終わりやでー」
 ピィは一度ピョンとその場で跳び、続いて、
「行くでええええええ!」
 飛び降りた。つたがあっというまにガケの下へ引っ張られていく。皆、それにつられてガケの縁から下を覗く。
「やっほーーーー」
 よくわからない叫び。ピィのピンクの体がつたにからまってブラブラ揺れている。
「おい、何だか川の水、流れがちょっと早くない?」
 そう言ったのはコノハナだった。皆、言われて、じっと川面をにらみつける。
「ホントだ。雨のせいかな」
「ちょっと増水してるのもあるだろね。このくらいなら――」

 ぶち。

 わきから聞こえた音に、皆、とっさに横を向いた。
「あっ」
 ピィの体をつなぎとめている命綱のつたがちぎれた音だった。


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