第7話



 命綱のつたが切れ、ピィは川の中へ落ちた。まだつたが体に絡まったまま。
「落ちた!」
 皆そろって弾かれたように飛び上がった。だがすぐに迂回してガケを降りる。ウパーは直接水に飛び込んでピィを追い、他の皆は岸沿いに川下に向かった。
「どこいったー!」
 川沿いに走り、川を下る。少し川の流れが速い。皆がガケを降りている間に、ピィはもう先に流されたと見える。ウパーは皆より早く先へ進む。もぐってみるが、川が少し濁っていて視界があまりきかない。外は少しずつ暗くなってきている、急いで見つけなければ!
 川が二股に分かれた。片方はそのまま小さな池に向かうが、片方は細くなってさらにガケ下をちょろちょろと落ちる程度の水に変わる。どうか池に向かって流されてくれと願うばかり。この勢いでは、ピィはガケ下へ放り出されてしまうから。
 二股に分かれたところで、皆はいったん止まる。手分けして探そうとすると、
「あっ」
 コラッタが耳を動かした。
「悲鳴が聞こえたよ!」
 左側を指す。ちょうど、空がまた雲に覆われ始める。しめった風のにおい。またひと雨きそうだ。
「池だ! 急げ!」
 雨が降ってきたら池の水かさも増してしまう。ピィが泳げるかどうかわからない。もし泳げなければ溺れてしまう。
 ウパーは皆より早く川を下る。皆は岸沿いについてくる。少しずつ暗くなってきたが、ゴロゴロと遠くで雷の音が聞こえた。
「まずいよ、雷までなりだした!」
「夕立だろ、どうせ。とにかくさっさと池に行こう!」
 言うまでもなかった。だが、彼らが足を踏み出した途端に、ドザーと激しい雨が降り注いできた。
「あーあー、降ってきちゃったよ、まったく」
 コノハナは頭の上の葉をふるって雨を落した。
「雷が落ちてくる前に、早く探そうぜ。雷が鳴り始めたら避難しよう」
「ひょっとしたらピィが自力で岸辺に上がってるかもしれないから、皆はさ、川岸から奥の方もみといてよ、こっちはぼくがみるから」
 ウパーはまた川の中に潜った。
 皆は足を滑らせないように気をつけて、川沿いに進み始めた。
 雨は次第に強まってきた。

 川の終点には、深さ一メートルの池がある。
「ぷはっ、あー、えらい目にあってまったわ」
 ピィは草を掴んで、岸に這い上がった。命綱のつたは、とうの昔に体から外れて、先に流されてしまっていた。
 ピィは岸辺に寝転ぶ。背中が小石で少しチクチクするが、今はどうでもよかった。
「それにしても、命綱切れてまうなんて、思わなんだわ。もっと丈夫なのを選べばよかったわ」
 遠くから風が吹いてくる。だがその風はしめっている。雨のにおいだ。雲も押し寄せてくる。
「ひと雨きそうやな〜。どこで雨宿りしよう?」
 起き上がると、近くの木陰に急ぐ。木陰に入りこむと、ザーザーと雨が降り出した。遠くから雷の音も聞こえる。見上げると、細い稲光が空を引き裂いているのが見える。
「ややなあ、雷までなりだしよったわ。でもこれ、夕立なんかな? 夕立ならすぐ止んでくれるんだけどなあ」
 苔の上に座る。気持ちいい感触。木陰にいても、葉の隙間から雨がぽつぽつ降ってくる。滝の如く降り注ぐ雨に打たれるよりは良かったが……。
 ピカッと目の前が真っ白になり、続いて耳をつんざくような雷鳴。ピィは思わずギュッと目をつぶった。どこかに落ちたのか、地面が少し揺れた。
「むっちゃ近かったわ、今の……」
 ピィは恐る恐る目を開ける。雨がザーザー降り続き、空は暗い。稲妻の光だけしか明かりがない。
「はよ、止んでくれんかな……むっちゃ心細いわ、うち」
 ため息をついて、ピィは木にもたれかかった。

「やべーなー、こりゃ思ったよりひどいぞ」
 土砂降りの雨。コノハナはぶるっと身を震わせて雨を落した。もう前が見えなくなるくらい、雨の降り方はひどい。皆、一時、木の陰に避難している。さすがにウパーもこれ以上水の中にいると危ないので、いったん岸に上がって皆と一緒に雨宿り。
「探すどころじゃないじゃん。でもこのまま待つのもなー」
 ブルーはカチカチと牙を合わせた。
「そんなに夜目が利かないし、早く止んでくれるのを待つしかないよ」
 アーボは尻尾の先でぺしぺしと木の幹をせわしなくたたいている。暗くなる視界。明かりでもなければピィを探すのは難しい。せめてバルビートとイルミーゼがいてくれれば……。
 稲妻が空を引き裂き、続いて耳をつんざくような雷鳴。
「あいつ大丈夫かなあ」
 アーボはひとりごちた。
 急に、コノハナは頭上の葉っぱをピンとたてた。
「おい、皆おぼえてるか、今夜は――」

 どのくらい経ったのだろう。
 雨が弱まってきた。
「あ、あかん。寝てまったわ」
 ピィは頭を振った。雨がやむのを待っているうちに、うとうとして眠りこけていたのだ。雨は弱まり、ポツポツと音が聞こえるばかり。蒸し暑さはひいてきて、ちょっと肌寒いくらい。苔はじめっとしていて水を吸いすぎており、座っていると気分が悪くなってくる。ピィは立ち上がった。体が濡れているので、体力を消耗してしまっている。休んだ気がしない。
「ああ、晴れてきよるわ」
 雨はやんできた。そして、風が吹いてきて、雨雲を吹き払う。きれいな満月が雲の隙間から姿を現し、辺りを照らした。きれいな光。ピィは木陰から出て、しばし月に見とれた。
「綺麗やわあ」
 雲は次第にひいていく。空は晴れ渡り、澄み渡った。星が輝き、月の光はよりいっそう眩しくなった。
「こんなきれいな満月、おがんだことあらへんな……」
 ふと、満月の周りに別の光が表れた。いくつもの光が飛び回る。何だろうと目を凝らすと、それはバルビートとイルミーゼの光だった。
「わー、綺麗!」
 ピィは見とれた。バルビートとイルミーゼのいくつもの光は、ダンスを踊り、ネオンサインにも負けない美しい光景を作り出す。照らされた川の水は光を反射して綺麗に輝いている。満月を背にしたバルビートとイルミーゼのダンスは、見るものすべてを魅了させる。
「わー!」
 ピィは思わずパチパチと拍手した。その音に気がついたか、飛び回っているうちの一組がピィの傍にやってきた。
「やあ、見慣れない子だね」
 バルビートはピィを物珍しげに眺める。
「せや、うち、都会から遊びに来たんよ。今は迷子になってまったけど」
「迷子なの? おとうさんとおかあさんは?」
 イルミーゼの問いに、ピィは首を振った。
「うち、ひとりで来たんよ」
「一人とは、えらいねえ。で、どうしてここにいるんだい」
「さっきバンジージャンプしたら、命綱切れてまって、川に落ちたんよ。で、ここまで流されてまった」
「バンジージャンプ? あー、あのガケからの飛び降りね。でもあなた運がよかったわね」
 イルミーゼは言った。
「ここは川の最終地点の一つよ。もう片方は小さなガケになっていて、川はガケ下に細い流れとなって落ちて行くの。さっきの雨でだいぶ増水してしまったから川の流れも速かったでしょ、あなたがそっちに流されてたら、いまごろガケ下におっこちてたわ。ゴツゴツした岩や鋭くとがった岩が多いから、ぶつかったら大怪我よ」
「えらい事になるとこやったんやな……」
 ピィは身震いした。くしゃみが出る。寝ている間に体を冷やしてしまったようだ。
「あらら、雨で体を冷やしたのね。じゃあ、いったんほかの場所に移りましょうよ。今夜は晴れたから、わたしたちのダンスを披露する小さなショーをやってるの。ほかのみんなも見に来るわよ。あなたも来る?」
 ピィは耳を動かした。ほかのみんなも来る。アーボたちも来るのだろうか。
「うん! 行くわ!」
 ピィはバルビートの背中に乗せてもらい、池を離れた。


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