最終話
「さあ行くぞ!」
森から駅までは、のんびり歩けばずいぶん時間のかかるところにある。急いで走ればずいぶん時間は短縮できる。駅は坂の下、森は坂の上。坂まで出てしまえば、後は坂を下りるだけで駅にたどり着けるのだ。
とはいえ、道を間違えると、とんでもない方向に出てしまうのだが……。
「急げ! 急げ!」
小道を抜けながらの掛け声。皆に対して、ピィというお荷物を乗せたアーボは、徐々に距離を離されていく。
「早くしぃや! 置いてかれてまうでっ」
「じゃあお前がその短い脚で走ってけよ! お前が載ってるせいで、こっちは遅くなるんだぞ!」
「ふーん」
ピィは素直に降りて、
「じゃあ、行くわ。おおきに」
言うが早いか、ピィは駆けだした。一気に速度を上げ、コノハナたちにおいついた。アーボは、あの短い脚のどこにそんな脚力があったのかと一瞬あっけにとられたが、すぐに皆の後を追った。今度は、すぐに追いつけた。
ピィはどんどん速度を上げ、皆を追いぬいてしまった。
「ちょっと待て! そっちは違う!」
その脚力に驚きながらも、皆は、どんどん先へ走って行ってしまうピィを止めた。ピィはいったん立ち止まり、振り返る。
「道、違うん?」
「ちがうのお!」
息を切らして、ウパーは尻尾でぺちぺち地面をたたく。
「こ、こっちなの」
「こっちなんやな」
ピィはまた駆けだした。皆そろってあっけにとられたが、すぐに追いかけた。あそこまで脚がはやいとは……。
ピィは先走るあまり、何度も、本来の道から外れて行ってしまい、そのたびに皆に止められて引き返す羽目になった。
「もー、この森入り組んでるんとちゃう?」
「そりゃ、お前が勝手に走ってるから迷子になるんだろ! 大人しくおいらたちについてこいよ」
「むう」
ピィは大人しく従った。
「とにかく、急がないとだめなんだから。これ以上道に迷わないうちに、さっさと行くぞ!」
皆はまた走り出したが、今度はピィは皆の後ろを走っていた。
はるか遠くで、何かの音が聞こえてきた。ポケモンの鳴き声ではない。もっと甲高い――
「汽笛の音や!」
ピィは思わず叫んだ。
「わーん、間に合わへん!」
「大丈夫だよ、あれは一回しかなってない! ただ蒸気を吹きあげただけだよ!」
コノハナの言葉にもあまり耳を貸していないピィ。とにかく急ぎたいという気持ちだけが強かったようだ。
「とにかく落ち着けって!」
ブルーはピィの前髪に噛みついて引っ張った。ピィはしばらく喚いたが、やがて大人しくなった。時間の無駄だとわかったのだろう。
とにかく皆、しばらく無言で走った。やがて、明るい太陽の光が、前方に差し込んできた。どこかの出口だろうか。
ガサガサと乱暴に茂みをかき分けると、ピィは歓声を上げた。
森を抜けた!
「やった! 運がいいや、駅が見えてきたぜ!」
ブルーは歓声を上げた。
やや急な下り坂が、森の傍にある。さらに、坂の下に小さく、汽車が停車している駅が見える。ここから一本道だ。だが結構距離がある。転ばないようにと注意して降りていたが、汽車が勢いよく煙を噴き上げた。もうじき出発してしまう合図だ! 急がなくては!
「急げーっ! もう汽車が出ちまう!」
「あかん、間に合わへん! うちを放り投げてや!」
「放り投げる? なんでよ」
アーボが問う。ピィはじれったそうに、
「うち、そんなに体重重くないし、放ってくれれば後は転がっていくで、だいじょぶや! うちを信用し!」
「そりゃ、ここは坂だけど、転がるって――」
「転がるにきまってる!」
ピィは皆を見渡して、
「投げてくれへん?」
「まあ、軽いのは認めるけど、マジで大丈夫なんか?」
「大丈夫や!」
「わかったわかった。でも、怪我しても、恨まないでよ」
「恨まへん。うち、そんな心の狭い奴とちゃうで」
アーボ、コノハナ、ブルー、コラッタ、ウパーは、ピィをみこしのごとく担ぎあげ、
「そーれっ!」
ぽーん。
ピィを投げた。
「あい、きゃん、ふらあああああああああああいいいいいい!」
ピィは飛行ポケモンのごとく空を飛び――見事に草地におっこちた。さらにそこは坂の上。下り坂を、ピィはピンクのボールとなって、線路に向かって転がり落ちて行った。
「あいつホントに大丈夫なのかよ!」
投げた後、当然坂へ落ちてしまう。それから、きゃー、と悲鳴をあげて転がっていくピィを見て、皆はあわてて坂を下りた。降りたと言うより転げ落ちたと言う方が正しいか。
ピンクのボールとなったピィは、勢いよくゴロゴロ転がって行ったが、坂の終わりで石に体をゴチンとぶつけてしまった。しばらく目を回していたが、やがてやっとのことで立ち上がり、駅に向かってヨロヨロと歩きだした。めざす駅まで後少し。止まっている汽車が見えてきた。アレに乗れば町まで戻れるのだ。とはいえ、ピィの短い脚ではなかなか駅にたどり着けない。駅から少し離れたところに転がり落ちてしまったせいだ。
「おーい、早くしろー!」
坂を転げ下りてくるアーボたちの声が耳に入る。ピィは自分の頬をペチペチと叩いて、正気をやっと取り戻す。
「ああ、あかんあかん!」
朝六時。駅のホームにとまっている汽車が、ポッポッポーと派手に煙を上げる。短い脚を懸命に動かしたピィは、どっこらしょと動き出した貨物車両にやっと飛び乗った。
「ばいばーい!」
やっとたどりつけたホームで、アーボたちが見送っている。
「また来いよー!」
「元気でなー!」
「今度はおみやげ持ってこいよーっ」
ピィは、やっと立ち上がって、手を振り返した。
「また来るでーっ! さいならーっ!」
朝日が明るく線路を照らす。汽車は町に向かって、走り出した。
完
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ご愛読ありがとうございました。
たった一日だけの夏休みを体験するピィのお話です。
都会からきたピィには、自然が何でも新鮮なものにうつる、
子供ならではの感動を書きたかったのですが、
ツメコミすぎてちょっと伝わりにくかったようでした。
つたないものですが、楽しんでいただけたならば幸いです。
連載期間:2010年1月〜2010年12月
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