第4話



「その卵は危険なのだ。その美しい光の中に、お前たちを陥れようとしているのだぞ」
 アブソルは声高に言った。だが、ポケモンたちは誰も動けない。
 やっと動いたのは、ピチューだった。
「なんでチュか、タマゴがあぶないって、どういうことなんでチュ?」
 岩の上に乗ったままのアブソルは、優雅に地面に降りたった。
「言ったとおりだ。その卵は、その美しい光でお前たちを惑わそうとしているのだ」
 隙のない身のこなしで、近づいてくる。
 ライチュウが電気ショックをはなつが、その一撃はあっさりとかわされた。
「なんで卵が危険なんだよ! なんで割らなきゃいけないの」
 電気をパリパリと頬袋から放電させ、威嚇するライチュウ。アブソルは歯牙にもかけぬ顔で、ヨルノズクに顔を向ける。
「久しぶりだな、ヨルノズク。もっとも、このような再会をするとは夢にも思わなかった」
「わしもそうじゃよ……」
 ヨルノズクは、ぶるっと体を震わせる。
「で、お前さんはこの卵について、何か知っておるようじゃな」
「そうだ」
 アブソルは否定しない。
 太陽は雲に隠れ、卵は光るのを止めた。アブソルは卵をにらみつけ、続いて、ポケモンたちに視線を移す。
「この卵は、確かにポケモンの卵ではある。だがその卵の中で安穏としているのは、この星に住まう生き物たちの夢を食らい、果ては生命までも食らい尽くそうとする、貪欲な食欲を持つ脅威のポケモンなのだ!」
 ポケモンたちの間にざわめきが走る。ライチュウは頬袋から放電したまま、落ち着き払っている。だが完全に落ち着いているわけではない。ライチュウも、アブソルの話を素直に信じることが出来ない。信ずるべきか否か、戸惑いを隠せない。
「人間のことわざには、『綺麗なバラには棘がある』というものがある。外見に惑わされてうかつに近づくと、痛い目を見るという意味だ」
 アブソルは、またポケモンたちを見つめる。澄んだ深紅の瞳が、ポケモンたちの驚愕した顔を映し出す。
「それと同じように、この卵をただのきれいな卵と思っていると、その卵の中から孵るものに痛い目にあわされるぞ。今はまだ卵の状態。まだ間に合う。一刻も早く卵を破壊しなければ、我々は全員、そいつに呑み込まれてしまうのだ!」
 アブソルの口調はだんだん熱を帯びてきた。それにつられ、ポケモンたちの中にアブソルの話すことが本当ではないかと半ば信じ始めた者がいる。卵とアブソルを交互に見ている。
「そんなこといわれても、信用できるものか!」
 きいきい声で、バルキーが叫んだ。アブソルは、バルキーを見やり、威圧するように言う。
「私の話を素直に信じられぬのも、無理はなかろう。だが、そのまま卵を放置しておけばいずれは卵から忌まわしきモノが孵るのだぞ。私はお前たちをからかっているのではない。警告しているのだ!」
 それでも、ポケモンたちは動かない。これ以上説得は無理かとみたか、アブソルは言った。
「今はまだ私の話を信じられぬだろう。だが、その卵が危険であることは告げた。卵はあと一週間で孵化する。その時になって後悔しても遅いのだぞ」
 そして、身を翻して、どこかへ走り去った。

 アブソルが去った後、ポケモンたちはいっせいに緊張の糸が切れて、全員そこへ座り込んでしまった。アブソルの威圧感はすさまじく、気弱なものならばすぐに圧倒されてしまうほどであったからだ。
「まさか、あやつとこんな再会を果たすとはのう」
 ヨルノズクは翼を畳みなおした。
 ライチュウが問うた。
「物知り博士、あのアブソルと知り合いなの?」
「ま、そんなところじゃな……」
 ヨルノズクはくちばしをカチカチあわせると、そのままどこかに飛ぼうとする。が、アーボの尻尾がヨルノズクの足をつかむ。
「さっきのアブソルと物知り博士って、どーゆー関係なの?」
「知り合いじゃと言ったろうに」
 またヨルノズクは飛ぼうとするが、他のポケモンたちがそれをゆるさない。ライチュウをはじめとした電気ポケモン、イシツブテをはじめとした岩ポケモン、イノムーをはじめとした氷ポケモンが行く手を阻んだからである。
 何が何でも、聞き出してやる。
 ポケモンたちの、殺意とも熱意ともうけとれるすさまじい気迫におされ、ヨルノズクは飛ぶのを諦めざるを得なかった。無理にでも飛ぼうとすれば、たちまちポケモンたちの攻撃にあうからだった。
「わかったわい……」

「わしとアブソルは、古い馴染みじゃった」
 ヨルノズクはぽつぽつと話を始めた。太陽の光が卵に当たり、卵は虹色に輝いたが、誰も卵を見ていなかった。卵に背を向けて、ヨルノズクの話に一生懸命耳を傾けていたからである。
「アブソルは若いながらもかなりの物識りで、古い言い伝えなどをよく記憶していた。わしも時折、あやつから色々教わったことがあったわい。アブソルは生真面目な奴だったから、軽いジョークが通じなくて困ったこともあったのう。とにかく、わしとアブソルとは、この渓谷に来る前からの古い知り合いだったわけじゃよ」
 ヨルノズクはいったん言葉を切るが、ライチュウは頬の袋から電気をパリパリと出している。
「それで?」
「それで、じゃ」
 ヨルノズクは慌てて咳払いする。
「ポケモン渓谷にわしが住み着いたころ、アブソルは一人旅をしていた。なんでも、古より伝わる災厄の卵を探すとか何とか。理由はわからなかったが、あいつは自分の信念を貫く奴じゃったから、きっとなにか考えあっての事だろうと思うておったわ。じゃが、まさかあの美しい卵が災厄の卵だとは……」
 見とれたくなるほど美しい光が、ポケモンたちの目に飛び込んだ。あの光を見る限りでは、あの卵が災厄をもたらすものであるとは、とても思えない。ポケモンたちは光に目を奪われた。
 アブソルのいう、災厄。だが、この卵が本当にその災厄の元凶なのだろうか。光を見れば見るほど、あの言葉を否定したくなってしまう。
『綺麗なバラには棘がある』
 アブソルの言った人間のことわざが、ライチュウの頭の中にこだました。
(この卵は、本当に、危険なものなのかなあ……)

 皆が卵に見とれているとき、はるか上空から、一匹のポケモンがその様子を見て、くすくす笑っていた。それは、ライチュウが卵の世話を引き受けたときに見た、透き通った青い目を持つ、あのポケモンだった。


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