第6話
ポケモン渓谷は、満月の光に照らされている。静かに雲が空を横断し、時折満月を隠して月光を遮る。
謎の声が消えた後、アブソルは渓谷を見下ろしたが、そこで、信じられないものを目にした。
ちょうど満月が雲に隠されていた。切れ目のない厚くて広い雲。雨雲であろうか。一寸の光も、雲から漏れていない。
アブソルが驚いたのは次の光景だった。
切れ目なき雲が突然割れて、月の光とは違う、まばゆい光が漏れ出してきた。その光は、何かを探すように地上をあちこち動いて照らし、続いて、ある地点でピタッと止まった。
「何だ、あの光は……」
アブソルは、調べてみようと思った。考えるまでもなく、体は既に谷に向かって降りていた。崖に突き出た岩を足場に、優雅に谷まで降りていく。そして最後の大きな足場の岩から大跳躍で草地に降り立ったとき、アブソルの周囲では、何か不思議な光が辺りを包み込んでいた。
「なんだ、この光は……」
何かささやき声が聞こえてくる。耳を澄ましてみると、それはどうやらこう言っているようであった。
ダイジョウブダネ。
ダイジョウブダヨ。
キット、ブジダヨ。
この声が一体何を意味するのか、アブソルには分からなかった。暖かな光に包まれたこの辺りに、誰がいるのだろう。渓谷のポケモンたちは、ズバットなどの夜行性のあるポケモンを除き(彼らの姿すら見えないが)、めいめいの巣穴で眠っているはずである。だが、見渡す限り、誰もいない。
「いったい誰の声だ」
声は辺りから響くように聞こえてくる。気配を探ろうにも、どうやら辺り一帯にその気配が分散しているらしく、何かいることは分かっても、どこにいるのかがはっきりと分からない。
また声が聞こえる。
ブジダネ、ブジダネ。
タマゴ、ブジダネ。
「卵?」
アブソルは、木の上に見える一筋の光を頼りに、歩く。ポケモンたちは卵を木の洞の中に入れていたはずだ。それならば、あの光のさす場所は、その卵が置かれているところに違いない。
光が差している場所にたどり着いた。人間が十人がかりで幹を抱え込まねばならないほど、巨大な老木。その根元の洞を、光は照らしていた。
アブソルは老木の洞に近づいて、用心に用心を重ねて、中を覗いてみる。光の差し込んでいる洞の中に、美しく輝く卵が、安置されていた。
「!」
誰かの気配を感じ、振り返る。いつのまにか、アブソルのすぐ後ろに見慣れぬポケモンが立っている。あまり大きくなく、人間が抱きしめられるほどである。そのポケモンの体からは、白い光が発されている。星の輝きを思わせるような、白くて美しい光。
アブソルがじっとポケモンを見つめていると、そのポケモンが口を開いた。
「ねえ、その卵はボクらの卵だよ」
「ボクら……?」
「もうじき孵るの」
ポケモンはそれだけ言って、ふっと消えた。
「何だ、今のポケモンは……」
ひとり取り残されたアブソルは、周りをきょろきょろ見回したが、もう誰もいなかった。
差し込んでいた光が消えて、辺りはまた闇に閉ざされた。
夜が明けた。だが今日はあいにくの曇り空。雨が降りそうで降らないという中途半端な空である。
寝床から起きだしたポケモンたちは、顔を洗いに川へ向かう。そして、冷たい川の水で顔を洗って目を覚ます。
「ぷはっ、冷たい」
川の中に頭を直接突っ込んで、ざばっと顔を上げる。ライチュウは水の冷たさで眼が覚めた。そして、ぷるぷると頭を振って水気を払う。
「ところで」
木の実を採りに行こうとするライチュウに、川の中から、テッポウオが話しかける。
「あの卵、どうなったんだい。夜のうちに勝手に割れちゃったのかい」
「わかんないよ。まだ見に行ってないもの」
ライチュウはそれだけ言って、森の中へ戻った。木の実を採るのを後回しにして、卵を入れてある巨木の洞の前まで行く。
「あれ?」
洞の前に、見慣れない足跡がある。昨夜誰かがここへ来ていたらしい。
洞を覗いてみると、卵はちゃんと敷き草の上に置かれている。割れてはいないようだ。
「あれれれれ?」
ライチュウは首をかしげた。そして、洞の中に直接入って、卵をそっと押しのけてみる。敷かれた草が、カサカサと音を立てた。
「何か変だな」
ライチュウは草を押しのけてみる。だが何も見つからない。
「何かいたと思ったのに」
卵を元に戻そうと、手を卵に伸ばす。だが、その手がピタと止まった。
ぴくん。
卵が、動いた。
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