最終話



 ミュウと名乗ったそのポケモンは、空中から、皆を見下ろした。
「ミュウ、だと……? あの、世界で一番珍しいといわれるポケモン……」
 アブソルはミュウを見つめ、その赤い目を大きく見開く。ライチュウはくりくりした丸い目をミュウに向けたまま、驚きのあまり、口が利けなくなっていた。ヨルノズクも同じく。
「そうだね、人間はそういっているようだね」
 ミュウはくすくす笑った。
「でも、ボクは珍しいってわけじゃない。ずっと昔からこの星に住んでいる。ただ人目にほとんどつかないから、珍しいって言われてるだけなのさ。種族個体の数が少ないのもその原因かな」
 ミュウの笑いに応えるかのように、雨がしとしとと弱く降る。まるで会話を邪魔するまいとしているかのように。
「ボクは、この卵をこの渓谷に置いてきた。ポケモンたちの目に付くような場所にね」
 ミュウは笑いながら、卵を脚でコンコンと叩く。
「この卵、ボクたちの仲間の卵なのさ」
「仲間……」
「そ。仲間。君達だって、卵から生まれるじゃん。ボクらも同じことだよ。でも、ボクらが生まれるには、ちょっと面倒な条件が必要なのさ」
「条件?」
「そ。優しさや暖かさ、喜びのエネルギーに満ち溢れた場所でなければ、この卵は孵化できない。そのエネルギーがなければ、この卵は孵らないし、孵化できたとしてもそこから生まれるのは、能力を操ることのできないミュウなんだよ。伝説、つまり卵から破滅のポケモンが現れ世界を滅ぼすというのは、ある意味ではあたっているけど、ある意味では外れている。アブソルは、どうやらごっちゃにしていたようだけどね」
 アブソルは喉の奥でうなり声を上げた。ミュウはそれを気にしないで、話を続ける。
「この渓谷で、卵はたくさんのエネルギーを吸収できたよ。皆が卵を捨てないで置いてくれたおかげさ。この卵は、そろそろ孵化できるころだ」
 すると、卵が虹色の光を放つ。これまでにない、美しい光。どこからも光は差し込んでいないのに、卵は万華鏡のごとく光り輝いた。
「もう少しだ……」
 そこにいた者たちは、皆、固まった。固唾を呑んで、卵が割れるのを見守った。

 ピキ。

 卵にひびが入った。

 ピキピキッ。ピキ……

 だが、亀裂は卵の半ばまでしか入らなかった。
「あれっ?」
 ミュウは目をくりくり動かした。
「孵らない……」
「ええっ」
 ライチュウが慌てたように、卵を撫でさすった。
「あっためなきゃ駄目?」
「そんな事はないさ。……たぶん、この雷雨で皆の喜びのエネルギーが恐怖にかわっちゃったんだ。だから、もう少しプラスのエネルギーを注ぎ足すことが出来れば、卵は孵化すると思うよ」
 ミュウは卵の周りを飛び回った。
「でも、ここにいるのはボクらだけだし、エネルギーは足りそうにないね。渓谷の皆が集まってキャンプファイヤーでもすれば、別なんだろうけど」
「きゃんぷふぁいやーって?」
「キャンプとは、大勢の人間達の野宿のことだ。ポケモントレーナーもやっている」
 アブソルが言う。
「人間達は、キャンプの際に大きな火を焚いて、その周りで踊ったり語り合ったりするのだ。親睦を深めるためなんだろう。私にはよく分からぬが」
「そうなの。でも、皆が集まるのって、楽しそうじゃない」
 ライチュウは尾を振った。そして、ヨルノズクに聞いた。
「ねえ、渓谷の皆は、どこへ避難したの」
「確か東のほうだったな。だが、この天候じゃ、またどこか別の場所へ行ってしまったんじゃろう」
 ヨルノズクはため息をついた。
 ミュウはライチュウに聞いた。
「何をしたいの?」
「あのね」
 ライチュウは丸い目を輝かせた。
「この場所に、皆を呼び集めるんだ! それでもって、でっかいキャンプファイヤーを焚くんだ!」
「呼び集めるだと?」
 アブソルが角を振る。
「どうやってだ? 渓谷の皆がどこにいるかも分からぬというのに」
「大丈夫だよ」
 ライチュウは雨の中に走り出て、空に向かって勢いよく放電した。暗雲は少しずつ退いており、空は明るさを取り戻しつつあった。ライチュウの放電は宙で止まり、バリバリと何か模様に似た形を作る。やがて放電をおえて、ライチュウは戻ってきた。
「皆を呼んだよ」
 はて何をしたのかと考えるアブソルとミュウに、ヨルノズクは言った。
「あの放電の形は、皆を呼び集めるサインじゃ。あれをみたら、この場所へ集まれという合図なんじゃ」
「でも、放電だけじゃ、位置の特定は不可能なんじゃない?」
「大丈夫じゃ。あの放電の形で、皆、わかるんじゃよ」
 ヨルノズクの言葉を裏付けるかのように、十分も経つと、渓谷から避難したポケモンたちが、少しずつ姿を見せた。水棲ポケモンたちは、最寄の川から姿を見せた。そのころには雨が止み、少しずつだが、空は明るさを取り戻していた。
「やっと雨が上がったけど、何で呼んだの?」
 ライチュウに問うラルトス。ライチュウは尾をふりながら、皆に説明した。この巨大な卵はミュウの種族のものであること、ミュウの卵を孵化させるためには、渓谷のポケモンたちの喜びのエネルギーが必要であること、など。
 皆はミュウを取り囲み、ものめずらしそうに見つめた。ミュウは照れもせず、細い尾を振りながら皆を透き通った目で見つめ返す。むしろミュウは、自分をレアもの扱いされることを嫌がっているようでもあった。
「で、わかった?」
 ライチュウが最後に聞くと、皆、うなずいた。
「でもどうやったらいいの? いま、嬉しくなんかないけど」
 ころころと転がり出てきたタネボー。他のポケモンたちもタネボーに賛同するようにうなずいた。さっきまで雷に打たれそうになって逃げ惑っていたのだから、仕方ないだろう。
「楽しいことを考えればいいんじゃない?」
 誰かがアイディアを出す。それもそうだと思ったが、皆、なかなか考えにふけることが出来ない。
「キャンプファイヤーとやらを、焚いてみてはどうじゃな? 皆、雨に打たれて冷えたことじゃろう」
 ヨルノズクの指示で、ポケモンたちは枯れ木を集め始めた。そして、ブビィやヒトカゲが火をつける。積まれた薪に、すぐに火が燃え移る。そして、大きな炎の柱が立った。やがて空気が暖められ、ポケモンたちは火のまわりに集まり始めた。体が温かくなり、安らぎが戻る。
 ミュウがサイコキネシスで炎を操り、いろいろな形を作って見せた。ポケモンの形、人間の形など、いろいろな形の炎がキャンプファイヤーの上で現れては消えていく。皆、それをみて拍手喝采した。負けじと炎ポケモンたちが、火炎放射の吹き比べや、火の粉で小さな花火を作ってみせる。また、炎を囲うようにして、水ポケモンたちが水鉄砲を吹き上げ、炎の光の反射によって、虹を作り出してみせた。草ポケモンたちは葉っぱカッターや花びらの舞いで空を彩った。電気ポケモンたちは電気を放出し、思い思いの形を作っては、瞬間的な芸術作品を作り出していた。
 皆、楽しくなっていた。皆、それぞれがその場を盛り上げようとし、めいめいのやり方で雰囲気づくりを行った。
 渓谷に光が差し始め、ポケモンたちの笑い声が満ち溢れた。
 ピキ。

 卵に亀裂が入った音を、誰かが聞いた。
「卵がっ……」
 その声で、皆、いっせいに卵の方を見る。ミュウは卵のすぐそばまで飛んでいく。

 ピキピキピキ。

 卵に、更に大きな亀裂が入っていく。そして、亀裂が入るたびに、卵の中から、光が漏れてくる。

 ピキピキピキ。

 卵が、ついに割れた。

 卵の中から眩しい光があふれ出し、目をくらませた。卵の中から何かが出てくるような音が聞こえ、同時に目の眩みもなおる。
 皆、あっと大きな声を上げた。
 卵の割れた中から生まれてきたのは、小さなミュウだった。つやのあるピンクの体、華奢で細い尾、ビー玉を思わせる水色のくりくりした目。
 生まれたての子ミュウは、周りを見回した。見慣れないポケモンたちが大勢で、子ミュウを取り囲んでいる。だがその子ミュウは臆した様子もなかった。
「生まれてくれたんだ!」
 子ミュウを、ミュウが抱き上げた。子ミュウは同族の顔を見て、笑い顔になった。
「なんと、ミュウの誕生の瞬間を見られるとはな」
 アブソルは、ミュウを取り囲むポケモンたちとは離れた所にいたが、子ミュウの誕生の場面だけはしっかりと見つめていた。
「人間達の間で噂される伝説のポケモンの誕生を間近で見られるとは、我々は運が良いらしいのお」
 ヨルノズクは翼をばさばさと羽ばたかせた。
 ポケモン渓谷には、その日、子ミュウの誕生を祝う笑い声が響いていた。

 ミュウの子供が生まれて数週間後。
 ポケモン渓谷に、新しい仲間・無邪気な子ミュウが加わった。


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ご愛読ありがとうございました。
全シリーズのポケモンを色々登場させて、人間が会話し行動しているのと同じように、
ポケモン同士の、会話や遊びの場面などを書いてみました。
最初は、この話の主人公をミュウにしようかと考えていました。
が、ミュウは伝説ランクのポケモンですし、飛び抜けた能力の持ち主ですので、
どんな事件もパッと解決してしまいます。
ですから、話の主役は私の好きなライチュウに決定。ミュウは話の脇役となりました。
まとめ方は少し乱暴だと思いますが、楽しんでいただけたならば幸いです。
ありがとうございました!
連載期間:2005年4月〜2005年8月


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