最終章 part2



 あの《暴動》から月日が過ぎて行った。《暴動》は世界中にじわじわと広がり始め、特権階級の者たちは大半が暴動で殺されたが、残りは散り散りになって身を隠していった。様々な場所で起きた流血革命。無血革命の起きたところなど一か所もなかった。皆揃って、残された本当の自然の姿を知り、それを独占していた特権階級に怒りの矛先を向けるのだった。
 第一次産業が再び台頭し始める。人々が試行錯誤して作物を栽培しはじめたのだ。だが地域によっては土地がやせているままで作物が育たないのもあって、栄養剤のままで暮らすところもあった。
 ハンターの活動は大幅に減っており、手配書を飾っていたA、B、Cランクのハンターたちのほとんどは紙面から姿を消していた。誰でも動物を好きな時に触れられるようになったせいもあるし、特権階級という、多額の報酬をくれる客がいなくなったせいもある。ハンターを雇わなくても、やろうと思えば自分の手でこっそりと盗みだすこともできる。それほどまでに、かつての自然保護区の警備はゆるくなっているのだ。
『君のおかげで、ずいぶん早く特権階級は崩れ去ったよ』
 通信用のモニターごしに、薄い金髪を相変わらず綺麗になでつけ、ファゼットはおおらかに笑う。対して、アレックスは無表情のままだ。五年の歳月が過ぎ、アレックスの顔からは子供っぽさがほぼ消えている。代わりにその目は冷たかった。
「ありがとうございます」
 礼を言う彼の声は少し冷たい。
 午前の仕事を終え、後遺症の残る脚を引きずりながら、彼は仕事部屋を出た。廊下の窓の外から聞こえる小鳥の声とかわいらしい花たちが、春を告げる。セイレンの後について部屋に戻ると、そこにはすでに午後のおやつの準備が整えられていた。アレックスは紅茶を飲みながら、テーブルに置かれた別の書類に目を通していく。それから、食器を片づけるために入室したセイレンに言った。
「あとで、アレ持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
 食器を片づけたセイレンは一礼して部屋を出た。それからしばらくして彼女は、シンプルな花束を持ってきた。
「ありがとう」
 アレックスは立ち上がり、それを受け取った。その時セイレンの手に少しふれてしまったが、セイレンはぽっと頬を染めた。
「じゃ行こうか」
 屋敷の裏手に出た彼は、墓地に向かって進む。そして、墓地の隅に盛りあげられている土の塊の傍にその花束を置いた。
「本当は、オレには献花する資格もないと思うけど……」
 命日になると、彼は毎年この盛り土に花をそなえている。誰かがそうしろとすすめたわけでもないのに。
 屋敷に戻ると、仕事部屋へ直行する。デスクの上にはすでに書類が山ほど積み上げられ、処理を待っている。ファゼットの放った大勢のスパイたちが、町や村など様々な場所から送ってくる大量の報告書だ。全て目を通し、まとめの報告書を作る。それだけではなく、場合によっては鎮静や事態の展開のためにアレックス自身がスパイたちに指示を出さなくてはならない。かなり神経を使う仕事だ。指示を誤れば、大惨事を起こしかねないのだから。そのせいか、この仕事の後は毎回くたびれる。
 夜八時まで仕事をした後は、部屋に戻って軽い食事をとり、風呂に入る。最後にもうひと束書類に目を通してから十時前後にベッドにもぐって夢の世界へ旅立つ。それから朝六時過ぎにセイレンに起こされるか、悪夢にうなされてそれよりも早く起きるかのどちらかである。それから身支度をして朝食をとり、腹が膨れたところで仕事部屋に入って仕事に取り掛かる。
 十時ごろ、アレックスは、仕事の手をいったん休めた。窓の外に目をやると、雨がしとしと降っているのが見える。
(五年か……あっという間だったなあ)
 あの日から五年の歳月が過ぎたことを、ふと思い出した。仕事に追われる毎日だが、屋敷の中でもちょっとした出来事はおこっているのを思い出す。ニッキーはヨランダの良き友となった。ヨランダは三年前に娘を出産し、その子をヘンリエッタと名付けた。ヘンリーはたびたび屋敷に招かれ、妹や恋人と共に長話。ヨランダの夫は、監視されているせいもあるのだろうが、妻のヨランダには忠実で、まるで夫が召使のようにも思えるほど。娘のヘンリエッタをかなり甘やかしている。怒らないので、何かあるとヘンリエッタは父のもとへ逃げるのだった。
 そしてアレックス自身は、この五年間でどうなったろう。背はこれ以上伸びていない。だが、ものの考え方の変化に伴って顔つきは少し変わったのではなかろうか。子供っぽさが消える代わりに、何と言ったらいいのか、どこか冷たい感じになってきたような気がする。日常の多忙さにも慣れてきているものの、神経を擦り減らすような出来事が多いので、ストレス痩せした。そして体重は今もほとんど変化していない。ストレスが適度な体重維持に役立っているということか。
(まあ仕事にずっと追われていれば、そう感じても仕方ないか。それにしても――)
 書類を手にしても、目は宙を泳いでいた。
 この部屋にいても勝手に情報は舞いこんでくるので、世界のどこでどんなことが起きているかは把握できる。だが自分の目で見ているわけではないので、そこにいる人々がどんな考えを持ってその行動を起こしているのかは、わからない。スパイたちに指示を出す時は自分もその現場をぜひ見たいものだと、アレックスは思っている。場合によっては命を落としかねないだろうけれど。
(元気にしてるだろうか……)
 アレックスは、ユリの顔を思い浮かべた。今も《アース新聞》に勤めていることは知っているが、直接顔を見たいものだった。

 ユリは記事の校正を終えてから、同僚たちと食堂に向かった。人々が自然の恵みを口にしてから五年経ったのだ、食事の内容は大きく変化している。最初はスープと少量の野菜や肉だったのが、今では、特権階級の書庫から持ち出した料理の本を参考に作り上げられたものばかり。パン、スープ、サラダ、肉や魚。スープだけの時よりはるかに腹もちがよい。ただ、栄養剤よりもはるかに、摂取するカロリーが多いために、肥満を招いている。そのため、現在、あらたなダイエット方法が世間で流行中だ。当然、新聞社でも。
「また太っちゃったのよね」
「だったら食べる量を減らせばいいじゃないの」
「でも、美味しいし、うっかり食べちゃうのよね、ついつい」
「その《ついつい》が太るモトじゃないの」
 食事が終わると、昼休み。それから仕事だ。今日は早く終わったので、ユリは定時に帰宅した。
「やっぱり体重増えちゃったわねえ」
 鏡で半身を確認し、ユリはため息をついた。栄養剤は最低限のカロリーしか摂取できないので、彼女はもっとやせていた。あばらが見えるくらいに。だが今では肉付きがかなり良くなっており、むしろ少し太ってきている。これでも、昼食以外は栄養剤で我慢しているのだが……。
「もっと運動するのがいいのかしら。でも、その分おなかすいちゃうし」
 ひとりごちてシャワーを浴び、髪を拭きながら、ガラスごしに町を眺める。町の明かりで照らされる建物たち。人々が行きかうのも見える。新商品の果物を買うために店に大勢の人が並んでいる。売り切れにならないのが不思議なくらいだ。いったいどのくらい生産されているのだろうか。本屋にも多くの人が押し掛けている。目当てはダイエットの本に違いない。訪れる人々が皆、ふくよかすぎるからだ。
「五年で、ここまで変わるなんて信じられないわ……。人間の適応力ってすごいのねえ。あっというまのこの変化を、時間をかけて受け入れて行くんだから」
 五年前の《暴動》が起きなかったら、今も皆はまずい栄養剤を口にして、特権階級は自然の恵みをむさぼり食っていたことだろう。大勢の人間の血が流れた《暴動》の後は、人々の生活がガラリと変わってしまった。今では人々が、かつての特権階級の人間たちが独占してきたのと同じ生活を過ごしている。家屋の建て替えが進み、バクテリアを用いた素材ではなく、土を焼いて作りあげたレンガを用いたものにかわった。腐敗はなく、風をよりしっかりと防いでくれるため、まずは公共施設や企業から建て替えが行われてきた。今は、人々の家もレンガに変わりつつある。植えられた草木や花は成長し、土壌は徐々に回復しつつあることを示している。
「この社宅も、早く建て替えてくれないかしら。バクテリアに食われて、隙間風あるのよね」
 ユリはつぶやいた。会社はすでに建て替えが完了しており、次はいよいよ社宅の建て替えにうつるところだ。今年の秋に行われるらしい。工事の間、社員たちは町のホテルに泊まることになっている。
 空が曇ってきた。
「明日は雨になりそうね」
 ユリは寝台に寝転び、明かりを消して目を閉じた。
(……元気にしてるわよね、アレックスは……)

 夜中。
「雨か」
 ヘンリーは窓の外を眺め、ぽつりとつぶやいた。手元には、封筒が一つ。中にはニッキーからの手紙とヨランダからの手紙の二つが入っている。ヘンリーからは手紙を出せないぶん、二人から手紙が来ることはとてもうれしいものであった。数ヶ月おきに迎えが港に来て、屋敷まで連れて行ってくれる。手紙も嬉しいが、二人の顔を直接見ることが出来るのはさらに嬉しいものだった。ヨランダはそのうち子供を産んだ。もちろん、夫との間にできた娘だ。ヘンリーは素直にそれを祝福した。恋人以上の関係にはならないと、二人で決めていたから。彼女の夫は相変わらずヘンリーに嫉妬のまなざしを向けてくるが、ヘンリーはそれに慣れてしまった。
 窓を見るのをやめ、ヘンリーはもう一度手紙を読み返した。次に迎えが来るのは来月の五月。ヨランダもニッキーも元気そうだ。ただひとつの気がかりは、ニッキーは未だにアレックスに気があるらしいということ。アレックスがいつも仕事に追われているようでなかなか会えずちょっとさびしい、と書かれている。
(近づいてほしくないんだが……)
 だがニッキーももう二十歳だ、そろそろ彼女は結婚を意識するだろう。それは仕方ないが、アレックスと結婚してほしくない。今度会ったときにはそう言ってやろうと思った。
「ぼっちゃま、そろそろお休みになりませんと」
 さらに腰の曲がった執事が、部屋に入ってくる。ヘンリーは振り返り、言った。
「うん、わかったよ」
 社宅立て直しの前に、工事の間に社員の泊まるホテルの手配など、やることは山積みだ。来月時間を作るためにも、頑張らなくては。ヘンリーは、固い寝台に寝転がって、眠りに落ちた。

「ヘンリエッタはやっぱりお嬢様に似てますよね、お嬢様!」
 ニッキーは、彼女の膝の上でばたばたするヘンリエッタを見て、言う。ニッキーは未だにヨランダをお嬢様と呼ぶ。他の使用人たちは奥方様と呼んでいるのに。だがヨランダはその呼び方の方が好きだった。だから注意せず、お嬢様と呼ばせている。
 ヨランダは、そうねと微笑んだ。しつけや身の回りの世話は乳母や使用人任せだが、彼女は出来るだけ娘の傍にいることにしていた。自分の時のように、寂しい思いはさせたくなかったから。母似のまばゆい金髪と父似のまるっこい顔立ちを受け継いで生まれたヘンリエッタは両親だけでなく、ニッキーやアレックス、ヘンリーにも懐いていた。祖父に当たるファゼットには、ヨランダの出産以来、まだ一度も会ったことがないけれど……。
「次の、ヘンリーにいさんのお迎えはいつですか?」
「八月を予定しているの。そのころにはヘンリーの予定も空くでしょうから」
「そうですか。早く会いたいなあ。もう、なんでヘンリー兄さんたら、アレックスさんと結婚するな、なんて言うのかしら」
「アラ、ヘンリーがあなたを心配しているのよ。もっといい結婚相手がいるかもしれないから」
「むー」
 ニッキーが部屋から去って少し経つと、ヨランダの夫が入ってきた。ヘンリエッタは嬉しそうに叫んで、父親に向かってちょこちょこ駆けだした。小太りになった夫は、優しく娘を抱き上げた。娘に対する愛情は本物だ。
「おお、いい子だね、ヘンリエッタ。また、絵本を読んであげようか?」
「うん!」
 二人が部屋から去った後、ヨランダは窓の外を見た。穏やかな太陽の光が、美しい庭を照らしている。
(結婚してから、もう、五年も経ってしまったのね……。娘が生まれてからはもっと早く時間が過ぎ去っていった……)
 父に宛てて手紙を書いた後、小間使いにそれを渡した。
(お父様、早くヘンリエッタにお会いにならないと、嫌われてしまうかもしれなくてよ)
 夜。
「そうか、孫はもう二歳か」
 ヨランダから来た手紙を読み、ファゼットは、父親としての、祖父としての喜びの表情を浮かべた。思えば、ヘンリエッタに会ったのは、ヨランダの出産のときだけだった。産まれたばかりで元気に泣くヘンリエッタ。それを見て、妻のイライザがヨランダを産んだ時のことを思い出した。ヨランダも同じように元気よく泣いていた。
「なるべくたくさん、顔を見に戻ってやりたいものだなあ」
 その後は、ヨランダの書いてくる手紙に同封された写真でしか、孫の顔を見たことがない。少しずつ成長していくヘンリエッタ。その孫の顔には、どこか、亡きイライザの面影すら見えていた。
 娘の手紙を大事にしまうと、今度は別の書類を手に取った。それは各地のスパイの報告書と監視記録だった。
「やはり彼は優秀な右腕だ。かつて目をかけていたあの《子》以上の逸材……」
 アレックスの監視記録を読みながら、ひとりごちた。
「彼ほどの逸材には、これから先、なかなか出会えないだろうなあ」
 ファゼットは現在、新しい世代の《子供》たちを育てている。今度はH・Sのような《キズもの》を出さないように細心の注意を払って、子供を選び、教育している。特権階級がなくなった今、月に一度の会議が開かれることもなくなり、《子供》たちは、本来の役目を果たすことになった。《子供》たちは、町や村などに放たれたスパイたちのリーダー役として、彼らの送ってくる報告書をまとめ、ファゼットの元へ送ってくる。《彼ら》はH・Sを失った悲しみと喪失感から立ち直り、かつて《彼ら》が育てられてきた訓練所の裏手の墓地に、H・Sの墓標を一つ作りあげ、毎年かかさず命日になると訪れている。
「現在の《子供》たちの業績が、今後の《子供》たちの成長に大いに役立ってくれると嬉しいものだな。アレックスに匹敵する逸材が現れたら、今度こそ、正式な後継ぎとして指名できる」
 屋敷を継ぐのは孫だ。だが、彼の仕事を継ぐのは、将来の《子供》たちだ。その《子供》たちに対して、アレックスがどう『出てくる』か。懐柔してしまうか、あるいは大人しく従うか、それとも――。
「わたしもいつまでも生きているわけではないからな。彼に対する監視はこれまで通りでいいが、もし《子供》たちに何かするようであれば、あの《子》と同じ道をたどってもらうまでの事だ。せっかくの優秀な人材を失うのは残念だが……」
 後継ぎになることを拒む代わりに、ひとつ下の、右腕としての地位を望んできたアレックス。ファゼットは、アレックスがまだ何か腹に一物抱いているものとみている。だが、腹に一物抱いていようとも、ファゼットにはどうでもよかった。アレックスは、正式な後継ぎが出来るまでのつなぎでしかないのだから。
「後継ぎの《子供》たちが成長するまで、彼には頑張ってもらわなければ」

 雪の降る夜。セイレンから、熱いココアを受け取った。あいかわらず、うっかり手を触ったり顔を見つめたりすると、彼女の頬が赤くなる。アレックスは未だにその理由が分からない。ココアのカップをテーブルに置き、アレックスは窓に寄る。ビロードのカーテンを少し開いて、外を見る。しんしんと雪が降り積もっている。一面、綺麗な銀世界だ。
(新しい世代の《子供》たちが育てられ始めていると聞いてる。オレより優れた《子供》がいるなら、その《子供》が正式な後継ぎになれば、オレはもう用済みになる)
 窓から離れ、椅子に座る。柔らかなクッションを敷きつめた椅子は座り心地がよかった。熱いカップを持ち上げ、フウフウ吹いて熱いココアを少し冷まして飲む。
(だが、H・Sが排除された今は、どうでもいいこと。ほかの《子供》たちはあいつ以上の警戒心を抱いてはいない。義父の命令には忠実に従っているし、後継ぎとなることを拒否したオレのことは操り人形程度にしか考えていないはずだ。オレは確かに後を継ぐつもりはサラサラない。これから先の面倒事は、全部あの男に背負ってもらうつもりなんだから)
 飲み干した後のカップをテーブルに置いた。
(そのためには、オレを知りすぎてるH・Sは邪魔だった。排除されてくれてうれしいよ。おかげでもっとスムーズに行動を起こしやすくなった)
 ベッドにもぐると、明かりは勝手に消えた。
(それが成就するのが、オレの死よりも早いか遅いか、それだけだなあ)
 眠りの世界に旅立っていった。

 世界中を支配していた自然保護法は、一部の地域を残して、廃止された。土地の痩せている地域では、現在土壌の回復を最優先させているので、まだ畜産物や穀物が手に入りにくいのだ。そのため、栄養剤の食事が今も続いている。
 ユリは、会社の同僚のひとりと結婚し、一児をもうけ、家事と育児に専念するために仕事を辞めた。今住んでいる社宅は、レンガを使って作られたとても丈夫なもので、隙間風も雨もりもない。ベランダは広々として、物干し場がついている。ベランダから眺める外の景色は、あの時とは随分と変わってしまった。バクテリア分解用素材で作られた家はどこにもない。レンガの家が立ち並び、地面もレンガで舗装されている。並び立つ街灯と青々とした葉っぱを茂らせる街路樹。いきかう人々は、買い物袋に自然の恵みを詰めている。あの頃の面影は、見つからなくなっている。
 ユリは今年で三十四歳になる。産まれた子供はもう四歳だ。幼稚園に通い始めた子供を、毎日送り迎えする日々が、四月から始まった。それから帰宅して洗濯と掃除をし、買い物をし、本を見ながら料理を作る。子供を迎えに行って一緒に帰り、夫も帰宅して、夕食。そして一日が終わる。
 あの《暴動》が終わってから、何もかもが少しずつ変わっていった。そうでなければ今も、まずい栄養剤を口にし、隙間風のある室内で過ごしていたことだろう。柔らかな綿を使った布団に横たわり、ユリは眠りに落ちた。
 翌朝も、いつもと変わらぬ生活が始まる。起きて、朝食の支度をして、子供を幼稚園に連れて行って、夫を送り出して、洗濯と掃除をして、買い物に行って、食事を作って、子供を迎えに行って、家族一緒に食事をして、暖かな布団に入って眠る。
(あれからずいぶん変わったように感じるけれど、やっぱり、生活それ自体は元のままなのね。住まいの素材と食べ物が変わったくらいで、あとはそんなに変化はない……)
 ベランダで洗濯物を干しながら、ユリは思った。そして干しおわると、ベランダの柵から外を眺めた。木々の葉はあおあおとしげり、空は深い青色に染まり、太陽は眩しく輝いている。
(気が付けば、もうこんなに月日が経ってしまった。でも、あの《暴動》のことははっきりおぼえてるわ。あれがきっかけで、色々と変わった。法律も、身の回りの品々も、人々も)
 何度も起こった食料盗難事件。安定して供給できるようになるまでは頻繁に起きていた。暴徒が徒党をくんで倉庫を襲い穀物を大量に持ち去ったおかげで一時期は町中が栄養剤の生活に戻った。それ以降は食糧生産区には厳重な警備が配置され、盗難事件は激減した。皆、罠にひっかかって捕らえられるか命を落としたからだ。それ以降は何度か、不作による飢饉もおこったが、栄養剤の生活に戻ることで回避した。そうして今は、安定して食糧を供給できるようになった。
(変わったのか、変わってないのか、急に分からなくなっちゃったわねえ)
 家に入って、タンスの中にしまってある手紙を取り出す。しわがよっているその手紙は、昔、アレックスがだしたものだった。
(あれから便りはないけれど、アレックスのことだから、元気でやっているわよね)
 ユリは手紙をしまい、買い物に出掛けて行った。
 青空が広がる、気持ちのいい日だった。

 すべては成就した。
 ある地域で、第二の暴動が発生した。だがこれは、生き延びていた《滅亡主義者》たちが一斉に起こしたものだ。
「まだ生きている連中がこれほどの攻撃を仕掛けられるとはなあ」
 ファゼットは即座に事態の収拾にかかる。連中の行動には目を光らせていたつもりだが、いつのまにあれほどの火薬や劇薬を入手できたのだろうか。《滅亡主義者》の動向を探らせていたスパイたちは誰一人として入手に関する報告はしてこなかったのに。
「わたしの目をかいくぐってこれだけの規模の暴動を起こせるとは……」
 そこでファゼットは思い当たった。
(そうか、これは彼が仕組んだことか!)
 アレックスは長い時間をかけて、《滅亡主義者》の中にまぎれこむスパイたちから受け取った報告書を少しずつ書き変えて、ファゼットの元に送っていたのだ。ファゼットは、書きかえられていた報告書を信用し、《滅亡主義者》の勢力はまだ小さいものとして何も手を打たずにいた。その結果、この事態を引き起こしたのだった。
《滅亡主義者》の暴動が収まるまで、一週間以上もの日数を要した。指揮を執った首謀者は暗殺され、今度こそ《滅亡主義者》たちはすべて捕らえられて処刑された。ファゼットがどんなに急いで手を打ってもそれだけの日数を要したほど、《滅亡主義者》の最後の抵抗は大規模なものだっただけではない、彼の放っていた特に腕利きのスパイたちが、《滅亡主義者》によってことごとく「裏切り者」として殺されていたせいだ。
「確かに彼はすばらしい逸材だったよ、わたしの目をかいくぐって、これほどの芸当をやってのけたのだから」
 暴動が完全に静まってから、ファゼットは、うつろな笑い声をあげた。

 墓前に、ニッキーは花束を供えた。
 三十五の若さで、アレックスが病によってこの世を去ってから一年。ニッキーは寂しさからやっと立ち直ったところだった。彼女はまだ結婚しておらず、今もヨランダの良き友であり続けている。
 献花した後、ニッキーは屋敷に戻った。その後、少し経ってもう一人が献花をしに来た。
 セイレンだった。
 彼女も墓前に花を供えたが、ニッキーのそれに比べるとごくシンプルなものだった。
(アレックス様……)
 セイレンはしばらく墓前にたたずんでいた。桃色の前髪の下から、涙が流れ落ちていく。風が吹いてきて、彼女の涙をぬぐいさっていく。セイレンは屋敷に戻ろうと歩いたが、入り口に入る前に、もう一度墓を振り返る。しばらく、献花された墓標を見つめ、それから、屋敷の中へ戻った。
 青空が広がる、気持ちのいい日だった……。



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ご愛読ありがとうございました。
二部連載の、第二部が終了いたしました。
かなり大量の文章をつめたわりには、どうもまとまりが悪く感じられる…。
様々な人物の目を通して時間の経過をつづってみましたが、
場面展開が急激過ぎたかもしれません。
つたないものでしたが、楽しんでいただけたならば幸いです。
連載期間:2010年1月〜2010年12月

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