最終章 part2



「姪?」
 シングの強引な話題切り替えに、相手の男の視線がシングからアユミに移される。その鋭い目がアユミを射抜くが、アユミはその視線を受け止めた。
 シングはこの男をリーダーと呼んだ。元クラン所属のシングがリーダーと呼ぶ人物はただ一人であり、それはシンイチすなわちアユミの叔父。
(この人が、私の叔父上……)
 アユミの心臓が高鳴った。ユトランドに来て以来捜していた、叔父のシンイチが、目の前にいる。
 クランのメンバーの話を聞いて「長身で筋骨隆々とした男」を想像していたが、里の武人たちより細身で背も高いほうではなかったので、その点は彼女の予想を外れた。あまり強そうには見えないけれど、長い間戦いに身をおいてきた者のぴりぴりした雰囲気だけは、アユミも感じ取ることが出来た。
 アユミは、口を開いたはいいが、頭の中で色々な言葉がぐるぐると回りだし何を言えばいいのか急にわからなくなった。迷っているアユミに、シンイチは声をかけた。
「お前が、私の姪か?」
「は、はい!」
「お前の名は?」
「ア、アユミです。父上のお名前は、コウタロウです」
 そこでシンイチの視線がよそへ逸れた。遠くを見て懐かしんでいるような……。
「そうか。では改めて名乗ろう。私はシンイチ、お前の父コウタロウの末の弟であり、お前の叔父だ」
 そしてシンイチの視線はアユミに再び戻る。
「それで、兄は、そして父のゲンゾウ――いやお前には祖父に当たるんだったな――は息災か?」
「はい、父上もおじい様もお元気です」
 叔父の質問に答えるうち、人見知りしない彼女の性格も手伝って、アユミの緊張や混乱は次第にほぐれていった。
「ところでアユミ、どうしてユトランドへ来た?」
「一度、叔父上にお会いしたかったんです! 異国で名をはせていらっしゃるのだからさぞかし強い方なんだろうって思いましたので。それで、シングさんと一緒に旅をしておりました。途中、叔父上のクランに所属しておられた皆さんにもお会いして、叔父上のお話を聞かせていただきました!」
 そこでシンイチはシングに視線を落とす。確認の意とわかったシングは、アユミの言葉を肯定し、元はアレンの頼みでアユミの旅に同行していることを話した。
 シンイチが再び満足そうに頷いたところで、今度はアユミが質問する番だった。混乱のおさまってきた頭の中で組み立てることが出来た質問だ。
「あの、叔父上。失礼ですが、なぜクランを解散されて、それからはどちらへ旅立ってらっしゃったのですか?」
「……体力の衰えで昔のような戦い方が出来なくなったからエンゲージ中心の活動は限界と思ったのと、もうやりたいことはじゅうぶんやってきたから、解散した。そして、長くユトランドに留まっていたから、少し他の国も見てみたくなってな、最近はロザリアの方へ行っていた。今日は偶々、戻ってきただけだ。また明日になったら出発する」
「左様ですか」
 まだ四十なのに解散なんてもったいない、とアユミは思った。だがそれ以上に、アユミの心中にまた強くわきあがるこの思いは何なのだろうか。叔父は明日また旅立ってしまう。去って欲しくない、ずっと傍にいたい。
 一呼吸おいて、シンイチが再びシングを見て口を開く。
「ところで、お前たちが討伐すべきだったラフレシアの件だが、私の名は伏せて、自分たちが討伐したと報告にいってこい」
「えっ、でも――」
「もうユトランドでは目立ちたくないんだ。早く行ってこい」
「わ、わかりました。アユミさん、行こう!」
 シングは言われたとおり、アユミに呼びかける。アユミがぐずぐずしているとシンイチからも「行ってこい」と言われたので、討伐の証拠であるラフレシアの茎の一部と焦げた花びらを持って、ふたりはフロージスへと急いだ。その前にシングはシンイチにフロージスへ行かないかと言ったが、サンディがいい顔をしないだろうからとシンイチは断った。
 シンイチは注目され目立つのが苦手……町への道中、シングの話でアユミは叔父が何故自分の名前を伏せろといったのか合点がいった。解散した強豪クラン・ガードナーのリーダーがユトランドへ戻ってきたと新聞種になったり噂されたりするのが、嫌なのだろう。
(叔父上って案外恥ずかしがりやなのね)

 シングとアユミが報酬を受け取ってアイセン平原のシンイチのもとへ戻ってきた頃には、既に日は西へ傾いており、空は橙にそまりだしていた。
「リーダー、ほんとに野宿するんですか?」
 シングの言葉に対しても、シンイチは意思を曲げなかった。久しぶりに野宿をしたいから、と。宿で親族水入らずで過ごすものと思っていたシングとしては大いに不満だったが、結局折れた。目立つのが苦手なリーダーだから、と自分に言い聞かせて。
 火災を避けるため草の生えていないところで火をおこし夜営の準備をする。アユミの手つきを、シンイチは興味深そうに見守る。夜営の準備が整うころには、太陽は西の地平線に姿を消していた。
 夕餉の後、シンイチは、彼の故郷についての話を聞きたがった。すっかり緊張のほぐれたアユミは問われるまま思いつくまま、色々なことを話して話して話し続けた。シングは東の異国の習慣や儀礼などを興味深く聞き、シンイチは、特に己の家族の話題を聞いているときはとても懐かしんでいた。
 アユミの話が終わると、シンイチはシングに姪との旅の感想を問うた。アユミの知識不足と実戦経験の少なさに初めは肝を冷やしたが、今はそれなりに腕を磨いているので最初の頃の危なっかしさは無くなったものの、一人旅させるにはまだ不安がのこる。シングがそう答えたところ、アユミはふくれっつらをした。確かにその通りと叔父が言えば、そのふくれっつらが赤くなった。叔父上にまで言われてしまうなんて。
 今度はシンイチが再びアユミに話題をふって、ユトランドを旅した感想を問うた。これもアユミは話して話して話し続けたので、彼女が新天地で様々な体験をしたことが聞き手にも十分伝わった。ただひとつ文句を言うならば、クランのメンバーに話を聞いたときなどには「シンイチの姪」ということで、シンイチと比較されることが多かったという。
「――それと、何度か私の国出身の男(おのこ)に会えました!」
「男(おのこ)?」
「はい! シンジという名で、私より年下の男(おのこ)なのです。大人びた少年ですが、彼のおかげで、なんといいますか、ホームシックにならずにすんでます!」
 そこでアユミはふと、焚き火に照らされる叔父の顔をまじまじと見た。
「……そういえば叔父上は、シンジ君に似ておられますね」
 唐突な姪の言葉にシンイチは目を丸くしたが、すぐ表情を戻した。
「四十を迎えた私が、アユミほどの年頃に見えるのか?」
「いえ、そのように申したのではなく、私の実家にあります叔父上の写真のことを思い出しましたので……幼い頃の叔父上とシンジ君が似ているという意味で……」
「ああ、そういうことか。それならば他人の空似だろう。私がユトランドに初めて来たあのころよりは、故郷からここへやってくる者もはるかに増えているはずだから、その中に過去の私に似た人物がいてもなんら不思議ではない。それに、大人びて見えるのはそうあるようしつけられたおかげだろう。ひどく取り乱したり感情をあらわにするのはみっともないこと、としつける家があったからな」
「さようでございますね」
「そうですね」
 シングは、シンイチが自らシンジとの相似を否定したのでそれ以上問わぬことにした。シンジの言動がシンイチに似ていたのは、故郷でそのようにしつけられたからと片付けた。何よりリーダーは魔獣使いの技術をなにひとつ身に付けていなかったではないか。シンジのように言葉だけで獣の群れを追い払った光景など、シングは全く見たことが無かった。
(うーん。やっぱり叔父上とシンジ君が同一人物なわけないわね。懐かしさを感じるのだって、叔父上とシンジ君が同じ国の出身だからに過ぎないんだし……)
 アユミも同じくそれ以上問わぬことにした。が、シンジに抱いていたあの懐かしさや離れたくないという強い思いは、シンイチに対しても続いていた。これはきっとあのホームシックというものだろう、と片付けた。
「そういえば叔父上、失礼ですが、なぜ叔父上は刀をふた振り佩いていらっしゃるのですか? クランでご活躍されていたころは片方をお使いにならなかったと伺いましたが」
 アユミの強引な話題の切り替えにも、シンイチは嫌な顔をせず応えた。
「こちら側の刀は、ある方との約束ゆえに抜かないだけだ」
「約束?」
「私にこの刀をお預けになったとき、私があの方を超えた剣士になったならば抜いても良いと、あの方は仰った。あの方は亡くなられてしまったが、私はあの方の腕を超えたとは思っていない」
 シンイチは「あの方」についてぽつぽつと語った。そして彼がユトランドで一、二を争う腕を持つ剣士となったのも、「あの方」のおかげらしい。こればかりはシングも知らなかったので、アユミ同様聞き入っていた。
 アユミは、過去の自分にも憧れの人がいたのを思い出した。しかしそれは俗に黒歴史というやつで、今はその人に憧れてなどいない。
(叔父上って結構一途なひとなんだなあ。毎年お墓参りにも行ってるなんて、それぐらい偉大な人だったんだなあ)
 ユトランド全土に名をはせるような有名な剣士ではなく、クランにかつて所属していた凄腕の剣士だっただけの、無名な存在。既に亡き人なのでシンイチの思い出の中にしか生きていないが、それでも当時少年だったシンイチに大きな影響を与えたことに変わりない。
(私も、叔父上みたいに、尊敬できる人が出来るのかな)
 ……。
 月が南天に昇る頃、アユミは眠れずにいた。叔父が十六歳のとき初めてユトランドに来てから二十歳でクランを開くまでの昔話を聞いた後なので、興奮して寝付けないのもあるが、今の自分はどうなのだろうかとアユミは悶々としていたのだ。
 もともと自分はユトランドの観光がしたかった。叔父に会うのは二の次だった。まだシングが行かせてくれない土地もあるが、ユトランドの観光は確かに楽しかった。そして今日、叔父に会うことが出来た。アユミの目的はそれぞれ達せられた。
(クラン、か。叔父上は私と同じくらいの頃にはもう自分のクランを開いてたのよね。私の里にもクランはいくつかあるし……でもこの土地でクランを開いても、叔父上と比べられるだけだわ)
 クラン開設に興味はある。開く前に、叔父と比較されないために故郷へ帰ろうかと思ったが、叔父やシンジと離れたくないという強い気持ちが急に湧き上がってきて、その考えを阻んだ。
(ここを離れたくないなあ、やっぱり。でもクランを開く前に今の自分の腕前じゃあ……一人旅させるの不安だってシングさんも言ってたし)

 翌朝早く、シンイチは太陽が地表を照らす前から素振りを始めた。とうとう一睡も出来なかったアユミだが不思議と眠気は感じず、薄暗い中で叔父が刀を振るうのを見つめた。
「叔父上」
 アユミは起きだして声をかけた。叔父は素振りをやめて姪に向き直る。
「おはようございます、叔父上」
「おはよう。お前も鍛錬か?」
「は、はい」
 本当は興味本位で声をかけただけなのだが、アユミはシンイチの言葉に沿うことにした。そしてしばらく共に素振りをしてから、アユミは言った。
「叔父上、お願いがございます!」
「なんだ」
「私との手合わせをお願いいたします! 叔父上の腕前がどれほどのものであるかをお教え下さい!」
「そうか。ではかかってこい」
 シンイチは刀を下ろし、アユミの言葉に応じてくれた。断られるかと思っていたアユミとしては拍子抜けしたが、かつてユトランド有数の腕を持つ剣士といわれた叔父の剣術をこの目で見ることが出来ると嬉しくなった。
「では、参ります!」
 結局は手合わせにすらならなかった。シンイチはアユミの太刀筋を完全に見切って最小限の動きで回避あるいは易々と刀で受け流す。猪突猛進のアユミが疲れて動きの鈍ったところで彼は攻撃に転じ、たった数回の攻撃だけで彼女の手から刀を叩き落した。
「あ、ありがとうございましたっ」
 息の上がったアユミに、シンイチは刀を鞘に納めながら言った。
「懐かしい型の太刀筋だが、攻撃があたらんからといって、焦ってガムシャラに突き進むんじゃない。無駄に疲労するだけだ。ほかに敵がいたならば、その疲労の隙を突かれて攻撃されるぞ」
「は、はい!」
 そこで顔を出した太陽の光に照らされ、シングがようやく目を覚ました。

 本人の予定通り、シンイチはフロージスのエアポートからロザリアに向けて出発することになった。
「リーダー、またユトランドへ戻ってきてくださいね」
 名残惜しむシングにシンイチは答える。
「気が向いたら戻ってくる」
 ふたりのやり取りを見つめるアユミ。まるで、叔父が去ったら自分の中がからっぽになるかのような奇妙な感覚に支配されていた。去ってほしくない、ここにとどまってほしい。しかし、クランを解散した彼は自由を満喫して物見遊山の旅を続けるべきだ。
「アユミさん?」
 シングに声を掛けられ、ふたつの考えの板挟みになって悶々としていたアユミは我に返った。
「どうしたの、そろそろリーダーが出発しちゃうよ。お別れの挨拶しないの?」
 いわれて顔を上げれば、シンイチが彼女を見つめていた。アユミは言おうか言うまいかしばし迷った末、
「叔父上、お発ちにならないでください!」
 そして、シングの驚きのまなざしをよそに、彼女は叔父に詰め寄った。
「私、叔父上と離れたくありません! もう少しユトランドに留まってくださいませんでしょうか! 私のわがままであることは存じています! ですが――」
 そこでアユミは急に我に返った。
「あ、ご、ごめんなさい叔父上! 確かに私は叔父上にお発ちになってほしくないのですが、けれど叔父上には旅をなさる自由もございますから私のことなど……!」
 混乱し赤面してアユミは途中で言葉を切ってしまった。
 シンイチは姪の顔をしばし見つめた。そして悲しげに笑んだ。
「たった一日いただけなのに私にそれほどの信頼を置いてくれるとは、嬉しいことだ。だが同郷の者がともにおらず寂しいというのなら、もっとこの地方を隅々まで見渡して捜しなさい。なにより、私の後ろにくっついていては、お前は『シンイチの姪』としてしか認識してもらえんし、様々な点で私と常に比べられることになるぞ」
「わかってはおりますが……」
 シンイチは様々な言葉をつくして姪を説得し、アユミは嫌々ながら応じた。
「……かしこまりました。叔父上の仰るとおりにいたします。叔父上はお発ちください。私はユトランドに残ります」
「うむ」
「ですが、またいつか戻ってきてくださいますか?」
「いつかは、な」
「ありがとうございます。それと!」
 アユミの目に力がこもる。
「私、決めたことがございます! 叔父上と同じくクランを作りたいのです!」
 へぇ、と傍のシングが目を丸くした。
「もちろん私は冒険者としても武人としても未熟でございますから、まずは一人前の冒険者となるべく腕を磨くことから始めねばなりません。しかしいずれは叔父上のクランを超える、ユトランド最強のクランを作ってみせます! そのときには、我がクランと手合わせをしてくださいますか?!」
 シンイチは、姪の力いっぱいの言葉を黙って聞いていたが、やがて口元をほころばす。
「いいだろう。それに供えて日々精進を続けるように。私と刃を交える以前に、あの剣の腕ではクランを率いるには力不足にも程があるのだからな」
「はい、もちろんでございます!」
 シンイチは、今度はシングに眼を向ける。
「そういうわけだ、シング。まずはアユミが一人前の冒険者となれるよう、今後もみっちり指導してやってくれ」
「はい! もちろんです、リーダー!」
「ありがとう」
 そこでエアポートのロビーに、ロザリア行きの航空便の出発まであとわずかだと告げるアナウンスが響いた。
「もう行かなくては――達者でな、お前たち」
 身を翻したシンイチに、シングとアユミは声をかけた。
「お元気で、リーダー!」
「またいつかお会いしましょう、叔父上。さようなら!」
 まもなく、ロザリア行きの航空機が飛びたった。

 後日、モーラベルラに渡った二人は、まずシングの用事を済ませるためポピーの情報屋へ向かった。シングが店内に入ってまもなく、アユミはまたしても何かに強く惹かれた。
「あっ、シンジ君!」
 叔父が発ってからアユミは自分の半身がなくなったかのような喪失感にさいなまれていたが、人ごみを歩く彼を見つけた途端に元気が盛り返した。アユミは大急ぎで少年の下へ行く。
「また会えたね、シンジ君!」
「え、ええまあ」
 アユミの勢いに気おされるシンジに構わず、アユミは先日の大ニュースである叔父との遭遇から別れまでを長々と語った。
「だから、いつか私も叔父上と同じくクランを作るの! それでもって叔父上のクランを超えてみせる!」
「そうですか……」
「ねえ、シンジ君。よかったら――」
 アユミが最後まで言い終わらないうちに、相手はアユミをさえぎった。
「クラン加入はお断りします」
「まだ全部言ってないけど……駄目なの?」
「残念ですが、一人の方が性に合っていますので」
 冷たい言葉を、アユミはしょぼんとして受け取った。
「一人が好きならしょうがないわね。……ごめんね、シンジ君の都合も考えずにこんなこと言っちゃって」
 そこでシングが背後からアユミを呼んだので、彼女は振り返った。
「あ、はい――じゃあね、シンジ君」
 アユミは振り返った。
 いつも煙のように消えてしまうシンジは、ちゃんといた。
「お気をつけて」
 別れの言葉を受け、アユミはシングと共にパブへ向かった。その背中を見送り、シンジは呟いた。
「アユミ。『私』に執着しすぎるあまり、無茶なことはするんじゃないぞ。シング、姪のお守は任せたぞ」


 姪にもシングにも、そしてかつて旅をした恩人やクランの者たちにも、決して知られたくない。
 私は二十年以上もの間、彼女の術に心身ともに拘束され術の影響を受けて――彼女の傍にいることが一番の喜びだと思えるほどに私の心は支配された。クランを解散したあの日、それ以上老いることのないようにと古代呪法で作られた特製の人形に封じられてからは、かりそめの姿で外に出る時以外は、物言わぬ人形として暮らしている……これらすべてを私自らが望んだ。
 そんな中でアユミに会ったのは偶然だった。財布を盗人にあっけなくスられる醜態を見せた彼女の心を読心術で読んだところ、確かに彼女は私の兄の娘、つまりは姪だった。名を問われたとき、とっさに私は「シンジ」と名乗ったが、彼女は私の正体に勘付かなかった。同郷の者と思ったようでそれ以降私と会うたびに色々と旅の話を聞かせてくれたが、姪にはこれ以上深入りをさせたくなかった。だからかつての血肉あるときの姿を見せてやり「異国へ旅立った」と思わせ捜索を諦めさせた。魂の半分をわけた以上アユミは今後も私を追い求めるだろうが、「シンジ」としてなら会ってやれるから、もう「私」の背中を追って欲しくない。私は故郷へ帰るつもりはない――彼女の傍から離れたくないから。
 ギィさん、貴方は今の私の体たらくをご覧になったらお怒りになるでしょうか。貴方からお預かりしたこの刀……手入れを欠かしたことは一度もありませぬが、どれほど修練を積もうとも、彼女の傍にいることを選んだ私にはもはや貴方の刀を振るう資格など無いのです……。


 パブにて腹ごしらえをしたアユミは、シングと共にクエスト一覧が貼られた掲示板を眺めていた。彼らはまだクランを結成していないので、受けられるクエストは日雇いなどの簡単なものばかり。だが、
「叔父上を超えるんだもの。どんな地味なクエストでも頑張らなくちゃ!」
 彼女の目はこれまでにないくらい活き活きと輝いていた。





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