第7話
死の世界への入り口。冷たい風が勢い良く吹き付けて来て、あっというまに身が凍える。冷たい光に、冷たい風。人間の言葉でたとえればブラックホールとも呼べるもの。
「これが死の世界……?」
ブイゼルはぶるりと身を震わせる。あの入り口をくぐった先には、もっと冷たい世界が広がっているのだろうか。考えるだけで、体が凍りつきそうな気がする。
ふっと、闇の円が閉じた。凍りつきそうな風は、吹かなくなった。
「これ以上広げると、お前達の誰かが、あの穴の中に吸い込まれかねん」
ギラティナは言った。
「死の世界に行くことを許されぬ身であっても、入り口に立つことはできるからな」
入り口に立つ。あの穴の中にはいる事だろうか。
もし、あの穴の中に入っていたら、どうなっただろう。
「入り口に立ちっぱなしのまま、この入り口自体が閉まってしまえば、もちろん、再び入り口が開くまで立ち往生だ。どこへも行けやしない。お前達の鈍い頭でも、そのくらいは考え付けるだろう」
ルクシオが唸る。が、ギラティナは気にも留めず、ズシンズシンと大きな足音を立てて、回れ右をする。
「さて、そろそろ休みに行くとしようか。お前らの相手は疲れるからな」
「休む? こんな所に寝る場所あるの」
エイパムは尻尾を振った。
「あるとも」
ギラティナはそのまま歩く。皆は顔を見合わせたが、ついていった。ついてこいとも言われていないが、この寂しい空間に取り残されるよりは、怒られてもいいからついていった方がいいと、意見を一致させたからだ。
ギラティナの巨体の数メートル後ろをそっとついていくと、やがて、薄暗いこの岩壁の中に一筋の青白い光が見えてきた。光の中に、ギラティナは消える。見ると、岩壁のまん前に、冷たい青白い光を放った球体がフワフワ浮いている。大きさはウリムーくらいだろう。あの巨体のギラティナは光の中へ消えたが、それはこの球体の力によるものだろうか。
「触ってみるダナ?」
ヌオーが恐る恐る問うた。その答えは、ブイゼルが自ら出した。尻尾を緊張でスクリューのごとくぶるぶる回しながら、その球体に触れた。冷たい、氷の感触だ。
だが、氷のような冷たさを感じたその瞬間、眩しい光が放たれた。
「わっ……」
思わず目が眩んだ。同時に、何かものすごく強い力に引っ張られて、ブイゼルたちは、光の中へ、正確には球体の中へと吸い込まれてしまった。
なにか柔らかなものの上にドサリと投げ出された。そろって団子状態になっていたが、やがて互いに身を振りほどいて自由になる。
落ちてきた場所を見て、皆、驚きの声を漏らした。
一面の花畑と、大きな木々の生えた小さな林。空は桃色で、太陽に似た丸くて白っぽい光を放つモノが、ふわふわと漂っている。雲は妙にどんよりとした緑色の塊。この桃色の空には似つかわしくない。
「きれいな花畑ダナ〜」
ヌオーが花の匂いをかぐ。ポケモン渓谷にはない花だ。当然匂いも、かいだ事のないかぐわしいもの。どうやら、先ほど投げ出されたのはこの花畑の上らしい。
「ここって、あの岩だらけの灰色の世界とは大違いじゃん」
ルクシオは尻尾の先に静電気を走らせた。
「まあちょっと違和感はあるけど、ポケモン渓谷の北の花畑に似てるよね。オイラそんな感じする」
エイパムは尻尾を乱暴に振り回した。
皆はギラティナを探す。しかし、探すまでもなく、その灰色の巨体を見つけるのはたやすかった。林の奥に入ると、巨大な木があり、その木のうろの中に、ギラティナは横になっていたからだ。
皆が近づくと、目を閉じていたギラティナが、かすかに目を開けた。寝ようとしていたのを邪魔されたらしく、先ほどよりも目つきが悪い。
「ねえ」
ブイゼルが話しかける。
「ここが休憩場所なの?」
「そうだ」
「なんでこんなに外の世界に似てるの? あの灰色の岩だらけの場所とは大違いじゃない」
「私が自ら作ったからだ」
『へぇ〜』
皆は思わず声を出した。その反応に、ギラティナは驚いたらしい。伏せていた首を上げる。
「それほど驚くことでもあるまいに」
「だってさ」
口を開いたのはエイパムだった。
「あんた、あれだけ陰気な世界に暮らしてるんだし、てっきり休める場所って岩の中だとばかり思ってたもん」
「そうそう」
ルクシオも賛同する。
「寝られりゃどこでもいいけど、まさかこんなほのぼの場所だなんて誰も考えないさ」
ギラティナはむっとしたらしい。
「どのような休息場所を作ろうが、私の勝手だ。お前達に批評されるおぼえなどない」
「でも」
ブイゼルは尻尾をスクリューのように回しながら、言った。
「あんただって、外の世界に出たいんでしょ?」
皆が沈黙した。ブイゼルは、視線が一気に自分へ集まるのを感じた。
「だってさ、あれだけ外の世界に良く似た場所を作っているんだよ? 岩を掘っても休める場所は作れるのに、わざわざお花畑や林……。そりゃあんたの作る場所に口出しする権利なんかないけどさ、やっぱりあんたは外の世界に出たいんじゃないか! だから、せめて外にいる気分を味わおうとしてこんな場所にしたんでしょ! そうじゃないの」
暫時の沈黙。
先に口を開いたのはギラティナだった。
「……そうだ」
この言葉に、皆は目を丸くした。
「私も、外の世界へ出たい。だが、私はこの中途半端な世界でしか存在を許されぬ身。この世界から出ることなど出来ないのだ」
「でも」
ブイゼルは次の言葉を出した。
「僕らは、帰りたい!」
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