第8話



 帰りたい。
 その気持ちは、皆、同じだった。
 外の世界へ出たい。
 その気持ちは、永い間持ち続けてきたもの。
(利害は両方とも一致している。でも――)
 ブイゼルは尻尾を振るのをやめた。
 だが……どうしたらいいだろうか。
 言ったはいいが、それを実現する方法が分からないのだ。
「アンノーンがいればなあ」
 自在に空間を渡る力を持ったアンノーンが思い浮かんだ。ふと漏らしたその呟きを、ギラティナは聞き逃さなかった。
「アンノーンだと? 貴様らの世界にも姿を現しているのか?」
「うん。ある日突然、空から川の中に落ちてきたんだ。そのショックで記憶をなくしちゃってる。どこに住んでたかわかんないらしくて、渓谷で暮らしてる。時々寝ぼけて空間の中から落ちてくるけど」
「アンノーンは、私が存在する前からこの世界と他の世界を行き来していたらしい。私がこの世界に存在してからも、たびたび彼らは訪れて、去っていった。ひとつの箇所に永くは留まらぬ存在のようだ」
 めざめるパワーでショーを見せてくれるアンノーンが、常にどこかへ旅を続けるポケモンだとは知らなかった。
「しかし、アンノーンと我々は違う。存在すべき世界を限定されている身。あのミュウですら、この世界には来られぬ。死者となってこの世界を通過しに来ない限りはな」
 しばらく間があった。
「なんで死んだときしか、ここに来られないんだっけ?」
 急に口を開いたのは、エイパムだった。
「生きてる存在のいる世界に住めなくなってしまうから、ここを通過してあの世へ行くためだろ」
 答えたのはルクシオだった。
「それがどーかしたのか」
「いや、急にわかんなくなってさ」
 エイパムは尻尾で頭をかいた。
 急に、空間の一部がぐにゃりと歪んだ。そして、空間の歪みが一部裂けて、何かが現れる。無数の気配が辺りを包み込んだ。
「来たのか!」
 ギラティナが首を上げた。
「アンノーンたちだ!」
 ブイゼルは尻尾を回した。
 空間の避けた場所に、なんとも形容しがたい暗色の空間が広がる。その空間の内部をたくさんのアンノーンたちが群れを成して通過していくのが見えた。
「ねえ、ちょっと待ってくれる?!」
 ブイゼルは水鉄砲を吹いた。歪んだ空間に当たった水鉄砲は、アンノーンに当たったかどうかも怪しかったが、一応手ごたえはあった。
 水鉄砲の一撃で目を回したらしいアンノーンが二、三体、落ちてきた。渓谷にいるアンノーンとは違う形の体を持っている。
「いきなり落としてごめん」
 相手が目を覚ますと、ブイゼルはわびた。アンノーンたちは、目をぱちくりさせ、また歪みの中へ戻ろうとするが、ブイゼルはその体を捕まえた。
「ねえ、待ってってば! 聞きたい事があるだけなんだから」
 聞くだけ聞いたらすぐ離してくれるのだろう、と思ったのだろう。アンノーンたちは登るのを止めた。
『ナニヲ、キキタイノ?』
「実は、君たちがどうしてこの世界に来られるのかって、事なんだけど。君たちは、生きているんだよね?」
『ウン』
「でも君たちは、生きているとここに来る事の出来ないこの狭間の世界にもやってきているんだよね」
『ウン』
「どうして自由に行き来できるんだい?」
『ドウシテ、ッテ、イワレテモ』
 どうやら相手は答えに困っているようだ。
『サイショカラ、ソウダッタノ。ボクラハ、ドコニモトドマラナイデ、タビヲツヅケテイルノ。ナンデココニコラレルカトイワレテモ、サイショカラ、ココニコラレテタカラ、カンガエタコトモナカッタネ』
 期待した返答が得られないブイゼルだったが、今度質問をしたのは、エイパムだった。
「じゃあさ、死者の世界に行ったことあるの」
『ナイヨ』
 即答。
『ダッテ、ボクラハ、イキテルノ。ココニハコラレルケド、アソコニハ、イケナイネ。ココデ、イキドマリ』
「へえ。そうなんだ。でも、生きているってことは、この狭間の世界には入れないはずだよねえ。でも、君らは空間を渡って、ここにも現れる。不思議だね」
『ウン。……モシカスルト、ボクラハ、クウカンノスキマヲトオルカラ、ドコニデモイケルンジャナイカナ』
「空間の隙間? そんなのがあるの」
『ウン。スキマッテネ、ナガレル《ミズ》ミタイナモノ。ソコヲトオッテイクト、イロンナバショヘデラレルンダヨ』
「そうなんだ」
 エイパムは尻尾を振った。ブイゼルは周りを見て、質問はなさそうだと判断した。
「ねえ」
 そして、彼は次の言葉を出した。
「僕らも、その空間の隙間に、連れて行ってくれないか?」
 ブイゼルの言葉は、この場の皆を驚かせた。
「何だと」
 ギラティナは目を大きく見開いた。
「空間の隙間に入るだと?」
「うん」
 ブイゼルは頷いた。
「この世界から、直接出る事は出来ないんでしょ? だったら、別の出口を作って、空間の中から外へ出ることくらいはできるかもしれないよ」
「でもヌーたちは、ギラティナが出口を開いたあの時、渓谷へは出られなかったダナ」
 ヌオーは尾をぱたんぱたんと振った。
「ヌーたち、あのオレンの実を食べたから――」
「そりゃそうさ。でも、空間に乗って出口を開いてもらうっていうアンノーン式のやり方は、まだ試していないよ。ねえ、ギラティナ」
 ギラティナは頷いた。ギラティナは確かに出口を開く事はできる。しかし、二つの世界を直接引っ付けてしまうやり方である。生者の世界と狭間の世界をつなぐ、ちょうど隙間に当たる空間それ自体に穴を開けるやり方ではない。アンノーンは、空間と空間の隙間を通路として使い、時には空間に穴を開けてどこかの場所へ、あるいはどこかの世界へと出ることが出来る。
「ねえ、やってくれないかな。僕ら、元の世界に帰りたいの」
 ブイゼルの手の中のアンノーンたちは、互いに目を見合わせる。どう返答するか考えているらしい。やがて、片方のアンノーンが喋った。
『ヤッテミヨウカ』
 ブイゼルの頼みは、聞き入れられたようだった。
「ありがとう!」


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