第9話
アンノーンたちは、仲間のいる場所へ行くついでに、ブイゼルたちを連れて行ってくれることになった。
「しかし、私は本当に、この世界から出ることが出来るのだろうか」
ギラティナの声は不安そうだった。
「やってみるしかないよ。例え出られなくても、やってみる価値はある」
ブイゼルは尻尾を回した。
「うう、緊張すんなああ。オレがやるわけじゃないけどさ」
ルクシオはぶるっと身を震わせた。
『ヨウイハ、イイネ?』
アンノーンが問いかける。皆、黙って頷いた。
やってみるしかない。
もしこの方法でも元の世界に出ることが出来なかったら――まあそれはそれで諦めるか、他の方法を考えるか、だ。成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。
『ジャア、イクヨ』
アンノーンたちは、ゆっくりと体から光を放ち始めた。目の前の景色が、少しずつ揺らいでいく。空間を渡る準備として、空間の隙間への入り口を開けようとしているのだ。
(上手くいきますように)
ここにいる誰もが、そう願った。
『アケルヨ!』
アンノーンの目の前に、大きな空間の裂け目が出現した。同時に、その裂け目の内部へと、アンノーンは飛び込む。その姿はすぐに消えた。
『ハヤク、オイデヨ』
空間の裂け目からアンノーンの声が聞こえるも、誰も、飛び込む勇気が起きない。
数秒経過。
「ええええい!」
思い切って最初に飛び込んだのは、ルクシオだった。たちまちルクシオの姿は裂け目に飲まれて見えなくなった。
「わあああっ」
裂け目から聞こえる叫び声に弾かれるように、他の者も次々に、空間の裂け目へと飛び込んだ。裂け目に飛び込むと同時に、重力から解放される。体がふわりと浮き上がり、自分で動く事ができなくなった。手足をじたばたさせても、全然思い通りに動けない。
裂け目の中で、皆は、アンノーンにつかまえられた。
『ヤア、チャント、キタネ』
『デ、ドコヘデタイノ?』
「ポ、ポケモン渓谷っ!」
やっと答えたのは、ブイゼルであった。アンノーンはまばたきした。
『ア、ポケモンケイコク。シッテルヨ。ジャア、イコウ。ツカマッテテ』
アンノーンの体のどこにつかまればいいか分からなかったが、とにかくつかまれそうなところを見つけて掴まる。一番体の大きなギラティナはどうしようもなかったので、片手でアンノーンをつかんでいるブイゼルの尻尾をくわえる羽目になった。
アンノーンは、移動を始めた。体の浮遊感だけがあって、アンノーンに引っ張られている感覚は全く無い。それでも、周りの空間は徐々に歪み、あるいは正常な姿になって彼らの背後へと流れていくのが見える。移動している事に間違いないだろう。
そのまま一分くらいは移動していただろうか、
『トウチャ〜ク!』
陽気なアンノーンの声が聞こえ、続いて、真下の空間がいきなり開いた。その開けた空間の更に下には、見覚えのある森が広がっていた。
『ジャアネ!』
アンノーンは空間を出るや否や、皆を、落っことした!
空間のゆがみは、そのまま閉じられてしまった。
皆を支えるものは一本の木すらも存在しない!
「わあああああああああ!」
眩しい夕日の光を受けて落下しながら、皆は絶叫した。誰も飛べない! このままでは墜落死する!
もう駄目だ! 今度は本当に死んでしまう!
ふと、ブイゼルたちの体は、何か大きなものの上にドサッと落ちた。
「いてて……」
どこの上に落ちたのかと確認するまでに、時間がかかった。落下のショックから立ち直るのに、それなりの時間を要したのだ。
彼らが落ちたのは、ギラティナの背中だった。
ギラティナは空を飛んでいる!
「と、飛べたんだね……」
「そうだ」
どうやらギラティナ自身もすっかり忘れていたようだった。
「とにかく助かってよかったよ……ありがとう」
飛んだギラティナはやがて着陸した。ポケモン渓谷の東外れの、海岸。満潮を迎えており、いつもは綺麗な白い砂浜が見渡せる浜辺がすっかり海水につかってしまっていた。
懐かしさを感じる、海の潮のにおい。
「帰ってきたんだね!」
皆、涙を流して抱き合い、海へ飛び込んだ。ギラティナは、海の水に触れ、一口飲んでみた。しょっぱい。初めての、塩の味。
「これが、海の水……」
ブイゼルたちは、海水の中で泳ぎ、派手に水を跳ね上げていた。
帰ってきた。ポケモン渓谷へ帰ってきた。その喜びだけが、皆を元気にさせていたのだから。
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