最終話



「これが、緑か」
 ギラティナは、森の木々に体を触れさせた。エイパムが枝によじのぼり、モモンの実をゆすって落としている。一つ食べると、口の中に甘みが広がる。渓谷の住人にとってはありふれた食事であったが、ギラティナにとっては初めての食事だ。
「これが、外の世界の木の実か」
 既にブイゼルたちは、木の実を腹いっぱい食べていた。
「やっぱり美味しいね!」
「ダナ」
「いつもよりさ、美味く感じるよな! オレらの舌が肥えてたりして」
 冗談を言い合いながら食べ、笑った。
 森のはずれに、小さな泉がわいている。ぐびぐびと水を飲むと、生き返った気持ちになれた。
 日が暮れてきた。
 一休みした後、ブイゼルはギラティナに言った。
「さ、行こう。みんなのところへ」
「みんな?」
「うん」

 見たことのない巨大なポケモンをつれてきたブイゼルたちを見て、渓谷の住人達はびっくりした。ギラティナの周りはたちまち、好奇心によって集まってきたポケモンたちに取り囲まれた。
 何が起きたのかと、ミュウと子ミュウが飛んできた。
「やあ、どうしたんだい。こちらの大きな彼は?」
「カレは?」
 どうやらギラティナのことを知らない様子。ミュウでも知らない事があるんだなと思いながら、ブイゼルはギラティナを紹介した。
「へーえ。狭間の世界ねえ。ボクのひいじいさんがそんな事を言っていた気がするね」
 驚く事も無くミュウは青い瞳でギラティナを見つめた。
「確か、生きている者も死んでいる者も入れないとかいう世界があるって――」
「そうだ」
 ギラティナの声は雷のようにとどろいた。ブイゼルたちは気にしていなかったが、改めて聞きなおすと、耳をつんざくような音量だったと気がついた。
「ふうん。狭間の世界からアンノーンの力を借りて出てきたわけか。ちょっと非合法な手段といえばそうだけど、まあ、一回くらいズルして出てきてもいいんじゃないの? で、君たちも食べちゃったの、世界の境目のオレンの実を」
「ダナ」
 ヌオーが肯定する。
「で、君たちもギラティナ同様狭間の世界の住人になっちゃったのに、よくここに存在できるね……。ひいじいさんの話だと、あの実を食べたら最後、二度とこの世界には戻れないってことだったけど」
「私にもわからぬのだ。アンノーンの力が我らに何らかの影響を与えたのかも知れぬ」
 そこへ、噂の、渓谷に住むアンノーンが、空間を渡りそこなって落ちてきた。また寝ぼけたらしい。
『ヤアヤア、マタシッパイシチャッタヨ』
 改めて、ギラティナに気づく。
『アレ? モシカシテ、ボクラトオンナジ、チカラヲモッテルノ?』
「同じ力、とは、空間を渡る力のことか?」
『ソウ。ソレヲモッテルンジャナイノ?』
「持ってないよ」
 答えたのはブイゼル。
「君の仲間の力を借りてここへ戻ってきただけだから――あっ、ついでに頼めばよかったかな。君の事」
『イイヨ、ベツニ』
「でも、どうして『力を持ってる』なんて言ったのさ」
『カンジタカラ。ボクトオンナジ、クウカンヲワタルチカラノカケラヲ』
 しかし誰もそんな力は持っていない。
『ジャア、クウカンヲワタッタトキニ、チカラノカケラガ、キミタチニウツッタンダヨ。ダカラ、キミタチハコノセカイニソンザイデキル。デナケレバ、キミタチハ、トックニハザマノセカイヘモドサレテイルハズ』
「何で分かったの。オイラたちが、狭間の世界にいたってこと」
『カンタンダヨ。キミタチハ、コノセカイノジュウニントハチガウ、オーラヲタダヨワセテル。コノセカイノジュウニンハ、アタタカナオーラ。ベツセカイノジュウニンハ、ツメタイオーラ。モッテルモノガチガウンダヨ』
 アンノーンの空間移動能力が、皆に影響を与えたのだ。死者でも生者でもない彼らがこの生者の世界に戻ってこられたのも、存在する事ができるのも、どこへでも移動できるアンノーンの力に守られているからなのだ。
「良かったじゃん。アンノーンのおかげで戻ってこれて」
 ミュウは人事のように言った。子ミュウはギラティナの周りを飛びまわっている。
「でもさ、ギラティナがいなくなったら、あの狭間の世界はどうなってしまうんだい。元々ギラティナが番人としてあの世界に存在していたわけだし、急に守り役がいなくなって世界の均衡が崩れる、なんて事になりやしないか?」
 ミュウの一言で、ギラティナは尻尾を振った。周りにいるポケモンが尻尾になぎ払われそうになった。
「そうだな。私は元々狭間の世界の住人として存在していた。私抜きで、あの世界は成り立たない。結局、外へ出たというのに、また戻らねばならんようだな」
 諦めたように目を閉じた。
「どうやって戻るんだい?」
 聞いたのは、ルクシオだった。
「アンノーンの力を借りてここへ戻ってきたけどさ、オレたちは。あんたは自力で戻れるのかい?」
 無言。
「アンノーンが力を貸すにしても、ギラティナくらい巨大なやつを狭間の世界に連れて行くのに、どれくらいパワー使うんだい?」
『ソウダネエ。コノオオキサダト、カナ〜リツカレチャウネ』
「あのしみったれた世界なんてさ、たまに帰って様子を見るだけでいいじゃん。どうせ誰もあんたを出迎えてくれやしないって。それより、やっと出られたんだろ、あの世界から。だったら、好きなだけ外の世界を味わえばいいじゃん」
 自慢のたてがみから、パリパリと弱い電気が走った。
「そうだよ!」
 ブイゼルは言った。強い風が起こるほど、尻尾を激しく回転させている。
「ずっと外に出たい出たいって思ってたじゃないか! やっと出られたのにもう戻るなんてそんな寂しいことするなよ! 戻りたいときに戻ればいいだけじゃないか。クレセリアだってここにずっと暮らしてるしさ」
「そうだね」
 ミュウが突然、口を挟んだ。
「ボクとしては、実際にはギラティナが狭間の世界に戻るほうがいいとは思うよ? でも、ひいじいさんの話だと、生者でも滅多にあの世界には迷い込まないって言うしね。ちょっとくらい、この世界で休暇を楽しむのも、良いんじゃない? どうかな、皆」
 渓谷の住人達への問いは、拍手で返ってきた。
 ギラティナは無言のまま、その長い首を垂れた。

 その夜。
 渓谷の森の奥に、巨大な木があった。樹齢が何百年もあるという、巨大な老木。嵐にあっても倒れる事のなかったその巨大な木のうろで、ギラティナが眠っていた。
 木に止まったズバットや、他の木の幹の陰から覗くゴースたちの好奇心の視線を浴びながらも、優しい月の光を浴びて熟睡を続けるギラティナの寝顔は、孤独も不安も無く、満ち足りていた。


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ご愛読ありがとうございました!
今回は、生と死の狭間にある世界を舞台にしました。
外に出ることを願うギラティナと生の世界へ戻りたいポケモンたちとのお話です。
話の大半が会話で進んでいくので、世界や能力の説明もポケモン任せになっています。
見知らぬ世界に迷い込んだブイゼルたちの為に、ギラティナガイド役として会話を大幅に増やしてみました。
至らぬところの多い話ではありましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
最後までおつきあいくださり、ありがとうございました!
連載期間:2008年1月〜2008年10月


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