第2話
どんよりと曇っている土曜日の昼前。スーパーマーケットで食料を買った後、ユウスケは遊園地へやってきた。前回立ち寄ったときに比べ、置かれている資材が増えている。それらは、おそらく工事で必要なものなのだろう。次に見る時は、資材だけでなくブルドーザーなどの重機も置かれているに違いない。
「もう、工事は目の前だもんな。仕方ないよ」
ユウスケは資材をよけながら進む。そして、さびだらけの門の前に立った。
「あれ?」
ユウスケは門を凝視した。門を閉ざす鎖が無くなって、門がわずかに開いているではないか!
「工事の人が、うっかり外しちゃったのかな」
それとも、今誰かこの奥にいて、門を開けたままにしているのだろうか。ユウスケは門の隙間に頭を突っ込んで園内を覗いてみる。
「おーい」
後ろから聞こえた声に、ユウスケは振り返る。見ると、ヘイタがコンビニの袋を持って、車道に面した歩道に立っている。
「あ、ヘイタ」
「何やってんだあ、ユウスケ」
ヘイタはユウスケの方へ歩み寄ってくる。
「何って、この門が開いてたからさ、誰かいるのかと思って覗いてみただけさ」
ユウスケの言葉に、ヘイタは、開いている門の隙間に頭を突っ込んでみる。そして、きょろきょろと眼を動かした後、頭を門の隙間から戻した。
「錆だらけの遊園地じゃん。別に誰もいないって」
「じゃあ何でここ開いてたのさ。工事が始まるなら立ち入り禁止のコーンとか立て札とかあるはずなのに、それもないんだよ?」
「工事のおっちゃんが何かしに来たけど、結局工事の準備とか忘れて帰ったんだろ。それより、帰ろうぜ。そろそろ雨が降りそうだしさ、ほれ」
ヘイタの指した方角には、辺り一帯の空を覆う雨雲よりも、さらにどんよりとした暗い灰色の雲のかたまりが見える。風も出てきているので、間もなく雨が降りだすだろうと思われる。遠くで聞こえるゴロゴロという雷鳴も、それを証明している。
「うーん、そうだねえ」
ユウスケは、どんよりした雲を見つめた。強めの風が吹いてきて、錆だらけの門を撫で、わずかに動いた門はキーッと嫌な音を立てる。
「ここにずっといても意味ないし、帰ろっか?」
「そうそう、さっさと帰るが吉! こんな寂れ果てて取り壊しの決定した遊園地なんて、面白くもなんともないって! 雨に降られる前に、さっさと帰ろうぜ」
「うん」
ユウスケはヘイタと一緒に回れ右し、遊園地に背を向けた。
カラン。
何かが落ちる音が聞こえ、ユウスケとヘイタは同時に振り返った。
「あっ」
遊園地の門が、大きく開いていたのだ。
「さ、さっきまでこの門はそんなに開いてなかったのに」
また回れ右したユウスケとヘイタは、開いている門に近づいた。頭を突っ込めるだけの幅しか開いていなかった門が、いつのまにか、彼らが並んで通れるほどの幅まで開いている。
だが、この門が開く音など、彼らは全く聞いていない。先ほどから吹いている強めの風で吹かれただけで、耳をふさぎたくなるような嫌な音を立てたのだ。門をここまで大きく開けたなら、それが風の力だろうが人力だろうが、確実にキイキイと音が聞こえるはずだ。なのに、聞こえたのは、何かが落ちたらしい音だけ。
「さっきの音は何だろう」
ユウスケは、上半身を園内につっこみ、園内をきょろきょろ見まわす。ほどなく、ペンキがはげて錆だらけになった、メリーゴーランドの飾りを見つけた。その隣には、全く錆の付いていない鉄パイプが落ちている。
「あのパイプかな、落ちたのって」
「どうでもいいけど、早く帰ろうぜ」
ヘイタは、眉間にしわを寄せて園内を睨んだ。
カラン。
今度は、ユウスケもヘイタも、はっきりと見た。奥の、全く人気が無いティーカップソーサーの陰から、新品の鉄パイプが落ちるのを。そして、それを持っていた、腕を。
からころと音を立てて、その鉄パイプはやがて止まる。腕は、ティーカップソーサーの陰へと引っ込んでしまった。
雷鳴が近くでゴロゴロと響く。ユウスケとヘイタは、その音が聞こえるまで、身をこわばらせたままだった。
「おい、見たかい?」
ユウスケの言葉に、ヘイタはうなずいた。
「おう、見たぞ……」
確かに見た。腕を。
「だ、誰だろう。こんなところで遊んでるのかな?」
「き、きっと近所の子供だろ。鎖が外れて門がちびっと開いてたから、隙間から入って遊んでるんだよ」
ユウスケのひとりごとに、ヘイタは応えている。
またその腕がティーカップソーサーの陰から現れ、鉄パイプを投げた。新品の鉄パイプは、地面に落ち、からからころころと転がった。腕はまた引っ込む。
「一体誰なんだろう」
ユウスケがつぶやいた時、彼の額にぽつんと何かが当たる。それは雨粒。雨が降り始めたのだ。
「やべえよ、早く帰ろうぜ、ぬれちまう!」
園内にいる不審人物よりも濡れることを心配したヘイタは、早くも回れ右している。ユウスケはヘイタと一緒に帰ろうとしたが、回れ右する前に、
「あ、雨が降るから、帰った方がいいよ……」
園内にいるであろう不審人物に向かって小さく声をかけた。
途端に、一陣のより強い風が吹きつけてきた。園内からだ。吹き飛ばされそうな、台風なみの強風にヘイタもユウスケも驚き、飛ばされないようにととっさに門にしがみついた。
一緒に遊ぼうよ。
激しい風が、二人のしがみつく門を強引に閉じさせた。激しい金属のきしみ音を立て、門は閉じた。
雨が降り始めた。
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