第4話



 こっちだよ。
 そう伝えながら、ムンナの少女はふわふわ飛んでいく。遊園地の奥へ向かって。錆だらけの数々の遊具が隙間なく左右に積まれて道を作り上げている。
 ユウスケとヘイタは、先を飛んでいくムンナの少女を追いかける。ただひたすらに。
 背後でとどろく雷の音は次第に小さくなり、雨もいつの間にか止んでしまっている。それでも彼らは構わず走る。少女を追いかけていく。
 ぼろぼろの大きな観覧車の前で、ムンナの少女は止まり、走ってくる二人を見る。そして、ふふっと小さな笑いをこぼしながら、言葉を送った。

 かんらんしゃ、乗ろうよ。これ、大好きなの。

 かつては赤やピンクや緑などカラフルな色で塗られていたであろう観覧車は、ペンキははげ落ち、風雨にさらされたおかげで錆だらけとなっている。少女は構わず、念力でぼろぼろの観覧車の扉を開け、乗りこむ。そして、

 はやく。

 少女の体が光ったかと思うと、走っているユウスケとヘイタの体がふわりと持ちあげられた。突然の浮遊に慌てる二人だが、体はそのまま観覧車に運ばれていった。二人とも観覧車に乗せられ、固い座席に座らされる。同時に、バタンと乱暴に扉が閉まる。

 スタートだよ。

 ムンナの少女の声と同時に、ギギギと錆ついた音が聞こえてきた。そして、観覧車が、ゆっくりと動き始めた!
「う、動いた……!」
 ユウスケとヘイタは疲労で荒く呼吸しながらも、突如観覧車が動きだしたことに驚き、周りをきょろきょろと見ている。少女はおかしそうにくすくす笑う。
 観覧車はゆっくりと動く。薄汚れた窓の外には、どんよりした暗色の雲が空を覆い尽くしている。暗雲を引き裂いて稲妻が地上へ降り注いでいく。地上には、遊園地を囲む高い柵が見え、その向こうにはうっすらと霧が広がっている。街路樹やビルの姿も見えるし、車が道路を行き来するライトも見えている。
「なあ」
 ムンナの少女に問いかけたのは、ヘイタであった。
「お前、一体何なんだよ……何者なんだよ?」
 ムンナの少女はヘイタを見る。

 あたし、ユメコ。

「ユメコ?」
「で、ユメコちゃん。なんでこんなおんぼろ遊園地で追いかけっこしようなんて言うんだ?」

 あたし、ゆうえんち、すきだから。

 答えになっていない。
 子供には何を言っても無駄か、とヘイタはため息をついた。
 また、無言の時間が訪れる。観覧車はゆっくりと動いている。彼らの乗っているゴンドラは、観覧車のてっぺんまで登っている。これから、ゆっくりと降りて行くのだ。
 次に口を開いたのは、ユウスケだった。
「……ねえユメコちゃん。君は一体いつからこの遊園地に住んでるの?」
 その問いにヘイタは目をまん丸にした。
「おい、お前一体何でそんな――」

 えーっとね。十年前から!

 しかしユメコは回答してくれた。しかも、目玉が飛び出る内容で。
 ユメコは、驚愕しているユウスケとヘイタに構わず、急にめそめそ泣きながら話を続ける。
 ユメコは『あの日』、両親と一緒に遊園地へ来ていた。たくさんの遊具で遊び、屋台の菓子を食べ、存分に楽しんだ。そして、夕方近くになってさあ家に帰ろうと言う時に、急に両親がいなくなってしまった。ユメコは大あわてで探したが、両親は見つからなかった。
 それからずっと両親を探していると言うユメコ。ユウスケとヘイタは、青ざめながらも、口をあんぐり開けていた。その阿呆面のまま、二人は視線をかわしあう。
 こいつ、幽霊だ。
 一方で、気がすむまで泣いたユメコは、

 おにいちゃんたち、だからあたしと追いかけっこしてほしいの。

「追いかけっこと、パパとママを探すのと、何の関係があるんだよ」

 おにいちゃんたちじゃないと、あたしを見つけられないから。だから、おにいちゃんたちが追いかけっこしてくれないと駄目なの。

 どうも意味が分からない。ヘイタが更に問おうとしたところで、観覧車はちょうどぐるりと一周し終わった。
 錆だらけの扉が開けられ、ユメコはふわふわと飛びだした。ヘイタとユウスケも立ちあがり、「行くぞ!」とユウスケの一言でゴンドラを飛び出す。
「なあユウスケ、何で俺達、こんなことしてんだろ」
 走りながらヘイタが口を開く。
「俺達を遊園地に閉じ込めたのはあいつだろ。あいつはパパとママを探したいって言ったのに、なんでかしらないけど俺らに追いかけっこをしろって言うし。マジでわけがわかんない」
「遊園地から出るにはあの子を追うしかないよ。たぶんあの子はこの遊園地のどこかで、その、死んでるんだよ……。だから遊園地から出るにはまずあの子を見つけてやるしかないと思うんだ。つまりその、あの子の魂を成仏させてやるのが一番じゃないかな」
「成仏って、俺、お経も知らないし、清めの塩だって持ってないぞ! どうするんだよ」
「うーん、それは後で考えるとして、今はとにかく追いかけよう!」
「今はって……」
 二人が喋りながら走っている間も、瓦礫で作られた道は真っ直ぐに二人を導いていく。ユメコはその先を飛びながら、時々、二人がついてきているかを確認するためなのか、振り返っている。

 こっち。

 ユメコの飛んでいく先には、大きなお化け屋敷があった。看板は壊れ、大きなテントは斜めに傾いており、紫や黒と言った不気味な色に塗られていたであろう建物は、風雨にさらされたせいか、ペンキやしっくいがはげおちて混ざり合っており、別の意味で不気味な姿に代わっている。
 ユメコは何のためらいもなく、その中へと飛び込んだ。
「お、お化け屋敷……。お化けを追ってお化け屋敷に入るって一体全体……」
 走った疲労でヘイタは考えをきちんとまとめられない様子。
 ユウスケは、廃墟となったお化け屋敷の入り口を見る。闇だけが、こわれかけのドアの奥から覗いている。
 不気味だ。入りたくない。
 その考えを読みとったかのように、その屋敷の奥から声が聞こえた。

 おにいちゃんたち、来てよ。ここ、全然こわくないんだよ。

「幽霊が言うからこそ怖いんだよ!」
 ヘイタはぶるっと身震いした。
「入れるかよ、何がいるか分からないのに! 俺、お化け屋敷本当にニガテなんだよ!」
「ゴーストポケモンがオバケを怖がるなよ、もう!」
「それとこれとは別だあ!」
 言いあうばかりでなかなか入って来ない二人にしびれを切らしてか、ユメコがお化け屋敷からひょっこりと顔を出す。

 早く。

 その短い手で招くようなしぐさをした途端、ユウスケとヘイタの体がまたふわりと浮かぶ。そして、じたばた暴れる二人を強引に、お化け屋敷の中へと放り込んでしまった。


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