第6話
強引にこじ開けられたロッカーの中は、ハンガーにひっかけられた服しか見当たらない。だがその下へ視線を向けると明らかに服ではないものが置かれていた。
ムンナをかたどった、ぼろぼろのぬいぐるみ。
「これは……?!」
てっきり、口にしづらいモノがあると想像していたユウスケは、拍子抜けした。そうか、さっきの変なにおいはこのぬいぐるみから出てきてたのか。肩をがっくりと落としたユウスケにヘイタが近づく。
「おい、何があるんだよ?」
ヘイタはロッカーの中を覗く。そして、
「何だこれ、ぼろぼろのぬいぐるみじゃんか」
驚きとがっかりの混ざった声を出す。
「こんなののために、わざわざここまで連れて来られたのかよ、もう! とんだ無駄骨おらされたぜ!」
こんなのじゃないもん!
ヘイタの言葉に、ユメコが怒る。怒ると言うことは、このぬいぐるみはもしかして、
あたしは、「こんなの」じゃないもん! ずっとここにいたら、こんなになっちゃったんだもん!
ユメコの言葉通り、このぬいぐるみこそが、ユメコそのものなのだった。
「でも、パパとママと一緒に遊園地に来たって……」
ユウスケとヘイタは混乱したが、先に冷静さを取り戻したのはユウスケであった。
「あ、待てよ。このぬいぐるみの持ち主が、パパとママってことじゃないか? 本当の両親じゃなくて、持ち主の子供をパパとママって呼んでるんじゃない?」
「ああ、なるほど。でも、何でこのぬいぐるみがここに?」
「たぶん、持ち主の子供が忘れて帰ってしまったんじゃないかな。で、ここに預けられてそのまま忘れられていた、とか……」
「おお、そういうことか! でも何でぬいぐるみの幽霊が……」
「ほら、物に情念や魂が宿るってあるだろ、ツクモガミってやつでさ。あれじゃないかな」
二人が話しあっている間、ユメコは、ロッカーの中にぽつんと置かれているぼろぼろのぬいぐるみの傍に寄り、じっと見つめている。それから、話を続ける二人の間に割って入る。
おにいちゃん。
「うわあああっ」
驚いて声を上げる二人に構わずユメコは続ける。
はやく、ここからでたいの。はやくだしてよ。
「で、出たいって……で、出たらどこに行くの」
ユウスケの問いに、ユメコは鼻を鳴らして答える。何故そんなことを聞くのかと言わんばかりの顔もして!
パパとママのいるとこ!
ユメコの言葉に、ユウスケとヘイタは開いた口がふさがらなかった。驚きあきれた。元々、追いかけっこの末にユメコをつかまえることができれば、閉じ込められているこの妙な遊園地から出してもらえるはずだったのだ。だが今度は、ユメコは自分の体らしきぬいぐるみを連れて行けと言う。約束と違うじゃないか、と二人は叫びそうになった。
「つまり俺らをこの遊園地に閉じ込めておいかけっこをさせたのは、このボロボロの縫いぐるみを外へ出して持ち主を捜してもらうためってことだったのかよ!?」
ヘイタはムキーッと怒り出す。口のジッパーがそれに合わせてカタカタと小さく鳴る。
「ゆ、遊園地の外に出るだけじゃ駄目なのか……」
これで遊園地から出られるはず、と芽生えていたユウスケの期待は、みるみるうちにしぼんでいった。確かにこのぬいぐるみを持っていけば、遊園地の外へ出られるかもしれないけれど、持ち主を捜せと言われると……。
ユメコは、肩を落とす二人をせっつく。
はやく。
早くと言われても、触れば崩れてしまいそうな、ぼろぼろのぬいぐるみをどうやって持って行けと言うのだろうか。
「……」
ユウスケとヘイタは、一緒にロッカーの中を覗き込んで、それから互いの顔を見合わせた。
「なあ、どうする?」
「どうするって言われてもなあ」
長く放置されていて虫に食われているのは確実(ゴキブリの卵等がないのは幸いだが)だけれども、そのまま抱き上げるのは抵抗がある。崩れそうなほどぼろぼろで汚れているだけでなく、虫食いの跡がちらほらと見えるのだから。持ちあげた途端にぼろぼろ崩れ去るとか、ウジ虫が大量にぼろぼろ毀れおちてくるとか、そんな光景が二人の頭をよぎった。
(さ、触りたくない……)
(ど、どうしよう……)
早くしてっ!
しかしユメコが何度もせかすので、とうとう二人は折れた。
「この部屋の中に、袋とかないかな?」
素手で触るのは嫌なので、代わりにぬいぐるみを包めるものをさがす。小道具等がしまいこまれている部屋なので、工具の他に布があれば……。
「あっ、これなんか丁度いいんじゃないかあ?」
ヘイタが小道具箱の底からひっぱりだしたのは、赤と黒の二色マント。なかなか上等の布らしく、しわこそあれ、糸のほつれ等は見当たらない。
「ふろしきの代わりになりそうだな。うん、それ使おうよ」
ユウスケは賛成した。
二人がかりで、手触りのよいマントを広げて、それごしに、ロッカーのぬいぐるみをそっと持つ。くずれたり壊れたりしませんようにと願いながら。
そっとぬいぐるみを持ち上げる。さいわい、どこも崩れたり壊れたりせず、大人しく風呂敷代わりのマントの中へ滑り込んでくれた。ほっと安堵の息を吐く二人。
ユメコは、ぬいぐるみが風呂敷に包まれるのを見届けた。
じゃあ、お外でよう。
彼女の言葉と同時に、この部屋の景色がぐんにゃりとゆがみ始めた。
それも一瞬で終わった。
ゴロゴロゴロ……。
ユウスケとヘイタは、聞こえてきたその音が雷鳴である事を知った。二人は周りを見回した。灰色の空からぽつぽつ降る冷たい雨。遠方の空から降りる稲妻、聞き慣れた車の音、下方の道を急いでいく人々。そして背後にそびえる――閉園した遊園地。
出たよ。
ユメコの声が、二人を現実に引き戻した。
ユウスケとヘイタは、遊園地から出てきたのだ!
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