第7話



「やった! 出られたぞ!」
「やった、やったんだ!」

 ざー。

 閉園した遊園地から出た喜びを噛みしめるより早く、地面に落ちている荷物を拾い上げたユウスケとヘイタは雨宿りすべく急いで道を駆ける。雨は徐々に強くなったが、二人は幸い最寄りのコンビニの軒下へと入ることができた。
「た、助かった」
 軒下で雨を服から払い落しながら、二人は大きくため息をついた。体から力が抜けて、コンビニのガラス壁に背中をぴったりひっつけもたれかかる。
「本当に出られたんだよな、僕たち」
「うん……」
 改めて二人は喜びをかみしめた。しかし、
「でもこれ、どうしよう」
 ヘイタの言葉で喜びは急速にひいていった。
 ユウスケのもっている、あの遊園地のロッカーに入っていた古びたマント。それを風呂敷の代わりにして中にユメコのぬいぐるみを包んでいる。
「持ち主を探してくれって言われてもなあ」
「このぬいぐるみがいつ置き忘れられたのかもわかんないし、そもそも持ち主が誰なのかすら知らないし」
「ぬいぐるみに名前でも描いてあればいいんだけどな」
「それだ!」
 ヘイタの言葉にユウスケはぱっと顔を明るくした。
「ぬいぐるみを調べてみよう!」
「ここでか?」
 ヘイタの言葉に、ユウスケは我にかえる。ここはコンビニの軒下、雨が降っているとはいえそこそこ人通りもある。こんなところで包みを広げてぼろぼろの縫いぐるみを調べるなど、まるで不審者ではないか。
「そうだな。場所を変えようか」
 二人は、ユウスケの住むアパートへ移動した。
「ほんとにさ、何か手掛かりでもあればいいんだけどな」
 ヘイタは、ユウスケが包みをほどくのを見守る。遊園地から持ってきた、おそらくは吸血鬼役の衣装のマントと思われる黒と赤の包みがほどけると、ムンナをかたどった、ぼろぼろの縫いぐるみが現れた。
「くずれたりしませんように」
 それだけを願いながら、ユウスケとヘイタは協力して縫いぐるみを調べ始める。洗濯時の注意を促す布タグはついていたが、長い年月が経っていたことですっかり色あせてしまい、読みとれなくなっていた。いつ製造されたものかも一応知っておきたかっただけに、これは残念だ。
 ぬいぐるみをひっくり返し、横に向け、力を入れ過ぎないよう気をつけて調べていく。二人が調べているうちに、雨はいつの間にか止んでいて、青空が広がっていた。時刻は既に昼の三時。だが彼らは腹が減っていなかった。食欲がわかなかったのだ。
 二人は縫いぐるみを念入りに調べ、その結果、
「あっ」
 ユウスケが声を上げた。縫いぐるみの腹の縫い目がほつれて、中からぼろぼろの綿が少し毀れおちたのだ。
「あっちゃー、やっちゃった。強く引っ張りすぎた……」
「ちょっとぐらい平気だろ――あれ?」
 ヘイタは、ぬいぐるみの腹から毀れおちた綿をかきわけ、その腹の中に何かが挟まっているのを見つけた。そっと取り出してみると、それは古い紙切れであり、いい加減に折り畳んである。
「紙だ!」
「何だろう?」
 長く縫いぐるみの中にあったのが幸いしてか、あまり外気にさらされなかった紙はそれほどいたんでおらず、ヘイタがそっと広げても破れたりはしなかった。紙の片面は赤色、片面は白色で、形は正方形。
「これ、折り紙だ!」
「赤い折り紙を折って入れてあるのか……」
 折り紙の白い面に、何かが殴り書きしてある。小さな子供が文字の練習をしていたとしか思えない、ぐにゃぐにゃの文字が黒のクレヨンで書かれている。いくつかの文字は向きが違っているし、バランスも悪い。明らかに大人が書いたものではない。
「何て書いてあるんだろ」
 つたない子供の字は解読がやや難しいが、やっと読みとった所、

 ユメコ

 一番大きな文字でそう書いてある。そしてその下には、住所らしき文字の羅列。懸命に描いたのは分かるが、クレヨンでかいたためにつぶれて読みにくくなっている。
「あれっ、これは……」
 ユウスケとヘイタは驚愕した。読みとれたその住所は間違いなく、彼らの通っている大学のすぐ傍なのだ。
「す、すぐ傍……!」
「灯台もと暗しにも程があるぜ。これで持ち主探しもはかどるぜ!」
 ヘイタは驚きながらも大喜びした。
「しかし、このユメコってのは、このぬいぐるみの持ち主の名前ってことでいいんだよな?」
「たぶん」
「それでも捜査の幅は大きく狭まった。これで作業ははかどるぜ!」
「うん」  思案顔のユウスケに、ヘイタは首をかしげた。
「どしたよ、お前」
「名前も、たぶんこれも住所だろうけど、分かって嬉しいのは本当だよ。でもこの住所に、本当にこのぬいぐるみの持ち主が住んでいるとは限らないじゃん」
 ユウスケの言葉に、ジッパーで閉じてあるヘイタの口が真一文字になった。
「そうだった……」
 言うなりヘイタは仰向けに畳に寝転んでしまった。
「全然思いつかなかった、住人が引っ越してる可能性があるって事! くそー! ぬか喜びだよ、まったくもう!」
「でも、そう悲観するもんでもないだろ、この紙の情報が正しいと仮定するなら、少なくとも住所だけはわかってるんだ。ここらへんを尋ね歩いて、ぬいぐるみに見覚えが無いかだけでも聞いて周ろうよ」
「こんなおんぼろの縫いぐるみを憶えてるやつなんているのかよ。いるとしても、その持ち主が引っ越していたらどうすんの?」
「それは後で考えよう。とにかく、やることやらないと……」
 ユウスケの顔が暗くなる。
「……呪われる気がしてならないんだ」
「……」
 しばしの沈黙が狭いアパートを包みこんだ。
「それお前の思いこみとか推測とかじゃねえぜ」
 ヘイタはおそるおそる口を開いた。
「……お前の後ろ、あのチビがいる」
 ヘイタの言葉通り、青ざめたユウスケの肩の後ろで、ユメコが嬉しそうな顔で辺りを飛び回っていた……。


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